表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

10. 春 後編

結構軽いノリで描きたかったけど、文字だけじゃ上手く表現出来なかったので、後々挿絵も入れようかと思います。

 厚い雲にさえぎられ、朝の訪れを感じられない一日の始まり。

 春に浮き足立っていた大地が、数歩冬に後戻りしたように静かだ。


「よう」

「おはようございます。姫様」

「おはー……」

 門で待ち構えているのは(せき)(こう)

 半月ほどは右京(うきょう)も付いていたが、今では2人だけで十分、護衛の任をこなせている。

 だから監視は外してもいいだろうという話になり、その代わりに2人は、体に術を施されることとなった。


 人の心を読む(かげ)がいるというのは、この世のものなら誰でも知っていることだ。

 だが、それがどんな見た目をしていて、何を好み、何を嫌うのか、それを知るものは少ない。

 その翳の中の数体が、はるか昔、時の帝と契約した。

 彼らが求めたのは、生きていくための翳力(えいりょく)の供給と、暇つぶしの何か。


 翳力は、皇族の血から分け与えられてきたらしい。

 というのも、翳力は物に宿るから、空を介して分け与えるのは非常に困難だからだ。

 翳力を外に出そうとすると、それは光だったり、風だったり、炎だったりに変換されて出ていってしまう。

 それらは翳たちの何の腹の足しにもならない。

 だから翳は生き物を殺し、その肉体に宿る翳力を貪り食うのだ。


 今は帝、珠子(みこ)の父がその血を与える役目を担っている。

 その翳を、光と夕の肉体に封じて、その心を読ませる。

 封じられている間は、翳力の供給は必要ない。

 さらに、人の心を覗き放題なのがたまらんということで、その翳たちは封じられることについて結構ノリノリである。


 そして2人が珠子に害をなそうとし、それが翳に察知されれば、2人の意識を奪う術が発動される。

 そして光と夕は島へ流され、その翳たちはまた元のように、帝の血を貰い、人間の娯楽を享受する生活へと戻るのだ。

 

「……どうした?」

「何が?」

 いつも眉間に力を入れている夕だが、意外にもよく話しかけてくれるようになった。

「お前いつも会うなり、気持ち悪い言動してくんじゃねーか」

 そういえば最近、そんな夕が可愛くてたまらなくなり、撫で回したり褒め倒したりしていたっけ。


「腹が痛いからかな。ちょっとうんこ行ってくる」

「さっさと行け」

 裏門の近くにも厠はあるだろうが、珠子は使い慣れた自分の部屋の方へ向かう。

「……私も」

 珠子が建物の中に入ったところで、光もその後ろに続く。

「えー、なら俺も!」

 結局その場には、翳鳥たちだけが残された。




 珠子は走った。

 走って、走って、乾いてしまえばいいと思った。

 それでもこぼれ落ちる涙は止まらない。

 なぜ。

 胸が痛いのは、息が苦しいのは、走っているからだ。

 それ以外に理由なんていらないのに。

「……っ」


 厠の横の物置に飛び込む。

 あまり心地よくない匂いが充満する暗くて狭いその空間で、やっと珠子は涙を拭った。

 ここへ来るまでに何人かの兵や官とすれ違った。

 彼らは心配して珠子を追いかけて来るだろうか。

(いやだ)

 今は誰にも会いたくない。

 このままここで、暗闇に隠れていたい。


 思えば数日前から、予兆はあった。

 怪我人を目の前にして、術をかける手が止まりそうになるのだ。

(わからない……)

 癒しの術が使えるのはいいことで、それで人を助けるのもいいこと。

 いいことをするのはいいことで、自分も心から望んでやっていたことだった。


 それなのに、今日もまた治院を回るのだと思うと、急に目の前が滲んでいった。

 足のどこに力を入れたらいいのか分からなくなり、無理やり走って逃げた。


 けれど治院に行かないのなら、その力を持っていながら人を助けないのなら、自分が生きている意味はなんだ。

 怪我人は助けたい。

 けれどここから動こうとする自分の足を、何かが止めてくる。


(また、あの生活に戻るのか)

 喋らない母の隣で、自分の役目から目を逸らして生き続ける日々に。

 言いようのない絶望が珠子を襲う。

 涙は流れ続けるのに、時間は止まったようだった。

(もうなんか……)

 死にたいかもしれない。


「見つけた」

 物置の扉を開けたのは、光。

「……別に」

 涙をふいて、声が震えないように低く呟く。

 光の反応に怯えながら、できるだけ音を立てずに鼻をすすろうとすると、頭の上から何かを掛けられた。


「行こう」

「ちょっ……!」

 光は着ていた衣の1枚を珠子に被せ、そのまま珠子を抱き抱えて建物の外へと出た。

 扉の先は、ちょうど暁炎(ぎょうえん)が降り立つところだった。

「暁炎、お前ほんといい子だな」

 言って光は、珠子を抱えたまま暁炎に飛び乗る。


「え?ちょっと!」

 やっと珠子たちを見つけた夕が、駆け寄ってきた。

「お前ら何してんだよ。糞は??!」

「いつもの森へ行く。右京殿にそう言えば、分かってもらえるから」

「はぁあああ?」

「夕飯までには帰るよ」

「待て、光!!」


 光がポンと背を叩くのを感じ、暁炎は力強く地を蹴る。

 あっという間に遠ざかった大地を見渡し、幾年ぶりかのその方角へ首を向けた。




 白く吹き出す滝つぼを眺めながら、止まる気配のない涙に、珠子は苦笑する。

「なんでここに?」

 鼻の詰まった声で、問う。

「俺が来たかったから」

「そうか……」

 今は光、というよりも千影に戻ったようだ。


 しばらく、滝の音と風に草木が擦れ合う音だけが響く。

 いつ切り出されるか分からない空気にやきもきして、珠子は口を開いた。

「そろそろ戻らないと」

「戻りたいの?」

 千影は、手のひらほどの石を拾って、それを水面に放り投げる。

「うん」

 絞り出した肯定に、嘘はない。


「ここにいるのは嫌?」

「……ううん」

 できればずっとここに居たい。

 どちらも本心だ。

「今日くらい、羽を伸ばしてもいいんじゃないかな?」

「……だめだ」


 千影の顔は視界に入れず、ただ水面に向かって話し続ける。

「だめなんだけど……。治院に行きたくないってのも本当だ」

 何がそんなに嫌なのか、自分でも驚くほどの嫌悪感。

「うん」

「……けど、人を助けられる力があるのに、それをしないのも同じくらい嫌だ」

 けど、なのに。

 逆接ばかり出てくるのは、それだけ相反する感情を抱えているから。


「このまままたあの日々に逆戻りしてしまうなら、珠子の生きている意味はなんだ……」

 千影は首を傾げて、珠子の隣に腰掛けた。

「あの日々って5年前の襲撃から最近までのこと?」

 珠子は小さく頷く。


 千影は相変わらず、明るい口調を崩さない。

「俺がいるのに?」

「……は?」

 当たり前のように言う千影に、さすがに涙が途切れてしまった。

「治院に行かなくても、やることはたくさんあるだろう?小さい頃みたいにここで毎日遊んだっていいし、学校に行ったっていい。旅に出てもいいし、一日中あやとりしたっていい」

「いや、しないが?」


「とにかく、俺はあの日、貴族たちを殺して、自分の目的を果たそうとした」

 千影が何を言いたいのか量りかねて、珠子は黙って続きを待つ。

「だけど珠子の声を聞いて、君の隣にいることに決めたんだ。それとも珠子、もう君に俺は必要なくなったの?」

 両肩を掴まれ、目を向けた千影の目には、頼りない顔をした自分が映っていた。


「別に、そんなことは言ってない」

 ペシッと千影の腕を振り払い、そっぽを向く。

「じゃあ今日くらいは、俺と――」

 頬が緩みそうになるのを、また思考がかき消してくる。


「けど、こうしている間にも死んでいく人たちがいるんだ。珠子なら助けられるかもしれないのに」

 そうだ。

 大怪我をおったものが今も治院に運ばれているだろうに、それを分かっていて放っておくなんて、してはならない。

「なら珠子は、医者は患者を助けるために休みも取らず働くべきだと?」

 千影は、柔らかく問い続ける。


「医者になる技量をもつ者が別の夢を語っても、医者になるべきだって言う?」

「そんな事はない」

「なら、自分にもそう言ってやれば良くないか?」

「でも……」

 自分にしか助けられないから。

 寝る間も惜しんで、なんて自己犠牲を語るつもりは無い。

 けれどせめて、日が昇っている間だけでも。


「珠子、君は自分が疲れてることに気づいてる?」

「……?疲れてないけど」

 治院への足が止まったのは、疲れたからでは無い。

 治院を回り、癒しの術を使うだけの日々への忌避感。

 そして、そんなことを考える自分が酷く汚いものに見えて、板挟みになっている。


「体が動けば疲れていない、なんて思ってないか?」

「……」

 そう思っていたが、改めて聞かれると違う気がしてくる。

「気力は体力とは違う。ただでさえ生活が大きく変わったのに、毎日人の命を託されて生きてちゃ、耐えられなくもなるよ」

 けれど少し休んだからといって、何の負の感情もなくまた治院へ行けるようになるとも、思えなかった。


「ここで立ち止まるのは、珠子のためだけじゃない。珠子について行く俺や、アサのためだって……言うのはズルいかな」

「……」

 それでも、と言わなくては。

 そう思ったが、これだけ自分の弱さの逃げ道を用意してくれる千影に、これ以上反論する気は起きなかった。

「……とりあえず、今日はここにいていいか」

「そうしよう」


 千影に背を向け、縮こまって横になる。

 硬い岩の上だから少々体が痛かったが、寝れないこともないだろう。

 背中で、千影も寝そべる音がした。

 そこに少しだけ体を寄せて、目を閉じる。


 まぶたから、また涙が溢れた。

 1度泣いてしまってから、涙を流す機能が張り切りすぎているみたいだ。

 けれどそれは、物置で流したものとは違う。

 小さな安堵を含んだ涙だということは、自分でも分かった。




 目が覚めると、暁炎が隣で眠っていた。

 千影は、岩や石の少ない足場で剣を振り回している。

 雲は相変わらず空を覆っているが、葉の影をうっすらと映すほどには、光を通すようになっていた。

 耳に入るのは、いくつかの小鳥の鳴き声と、低い笛のような鳥の声、風に葉が擦れ合う音、滝の水が打ち付けられる音。

 そして自分と暁炎の呼吸音と、千影の剣が空を切る音。


 何の花かは知らないが、この時期になるといつも漂ってくる香りもする。

 そういえば森自体も、土の匂いなのか木々の匂いなのか、うっすらと独特の香りがする。

 久しぶりの感覚に、息が軽くなる気がした。


 突然、蜂なのか蝿なのか、虫が耳元を掠める。

 反射的に頭を振ると、それがその虫の逆鱗に触れたのか、珠子の顔の辺りへ突撃を始めた。

「ぬぁっ」

 助けを求めて千影のもとへ走っていく。

 暁炎が、何事かと半分ほど瞼を開いた。

「ああああ」

 ジタバタと腕を振り回しても、虫は追撃をやめない。


 カンと鈍い音がして、耳元の不快な音が消える。

 警戒を緩めず辺りを見渡すと、大きな蜂がフラフラと足元を漂っていた。

 すかさず珠子は、剣の側面を蜂へ向けている千影の後ろへ隠れる。

 剣で殴られたらしい蜂は、揺れながら茂みの中へ消えていった。

 暁炎は、決着が着いたのを確かめてから、また瞼を閉じた。


「二度と来るな!!」

 心の底からの怒りを込めて、珠子は叫ぶ。

 ついでに、ペッと唾も飛ばしておく。

「蜂が可哀想だよ」

「何もしてないのに襲ってくるのが悪い」

 千影は、呆れて笑った。


「全身防御の術でも考えようか……」

 蜂は速いし毒も持っているから、意外と翳以上の天敵かもしれない。

「あはは、いいな。珠子も俺たちと一緒に稽古する?」

 笑い続ける千影に、珠子は恨めしく目を細める。

 だが、助けてもらったことを思い出し、そっぽを向きながら礼を言う。


「助けていただいて、ありがとうございました!じゃあ、寝るから!」

 吐き捨てるように言って、元いた岩に戻ろうとした珠子の腕を、千影が引き止めた。

「珠子」

 振り返った先の妙に真剣な眼差しの千影に、珠子は唇を引きしめる。


 何も言わずに、千影は珠子の顔の横へ手を伸ばしてきた。

「何……?」

 後ずさりしようとした珠子の髪に、千影が触れる。

「……取れた」

「……は?」

 髪から何かが剥がれる感覚がした。


「カタツムリ」

「……!!!」

 寝ていたときについたのか。

 泣きそうになりながら、川の水に頭を突っ込む。

「大丈夫か……?」

 若干引いたような声で、千影が聞く。


 さっきの蜂のことで気が動転していたが、よくよく考えればカタツムリはそんなに苦手でもない。

 粘液は気持ち悪いが、ゴキブリ程じゃないし。

「さぶい」

「今、火起こすよ。……いや、ついでに魚でも取ろうか」

「死ぬぞ?」


 千影は衣を脱いで、躊躇無く川へと飛び込む。

「珠子もおいでよ」

 1人でやらせてもいいが、千影が戻るまで火を起こすこともできないから、仕方なく川へ入る。

 風を起こすことはできるが、火は自分が作り出すのをどうしても想像できない。


「ふぁああああ」

 歯をガタガタ言わせながら、千影の隣まで進む。

「珠子、風かなんかで渦を作れないかな」

「魚を端に追い込むくらいは」


 冷たさを跳ね返す翳術、熱を発する翳術とかを使えないか考えながら、風で水を押し、なんとか魚を岸辺へ追い詰める。

 閉じ込められた可哀想な魚たちは、千影の剣に瞬く間に串刺しにされていった。

 急いで火を起こして、魚と共に火を囲む。


「この世は厳しい……」

 全身を震わせ、腹も鳴らしながら、珠子は呟く。

「そうだなぁ」

 千影は笑顔で肯定する。

「……お前、楽しそうだな」

 何にも興味が無さそうな淡白な人間に見えるが、千影は意外とよく笑う。

「楽しいよ」


 今日初めて現れた雲の切れ間から太陽が顔を見せ、珠子の震えを幾分かマシにさせる。

 陽の光は、白みがかった大地に、ほのかに金を差した。

 上空に吹く風のおかげか、空はどんどん開けていく。

 滝つぼにも光が落ち、ガラスが砕けるように水しぶきが光る。


 珠子は、思わず深く息を吸い込んだ。

「美しいものも、そうでないものも。楽しいことも、苦しいことも。世界に何かを見せられる度、聞かせられる度、感じさせられる度、思うんだ。俺は世界から祝福されてるって」 

 歌い合いながら頭上を通り抜けた、深い青の鳥たち。

 木の洞から飛び出して、森の奥へと消えた、小さな野うさぎ。


「どれだけ自分の殻に閉じこもっても、世界は干渉してくることを止めない。つまり俺は、世界に必要とされて生きている。そう勝手に解釈してるんだ」

 空を見上げる千影。

 すべてが、春のぬるい風のように心地よい。


「って、何の話?これ。……まあとにかく、俺はこの世界が好きだってこと」

 千影は、照れたようにさっと話をまとめる。

 足元に咲いている小さな花を指で撫でて、珠子は千影と同じ空を見上げた。

「珠子も好きだよ」







「――つーわけで、お前ら明日から学校な」

 帝の職務室に呼ばれた珠子、光、夕は唐突に告げられる。

「光と夕は護衛として入るが、一応成績も出してもらうから、ちゃんと授業受けろよ」

「えぇぇぇぇぇぇぇ」

 夕の絶叫の声が、部屋の外まで響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ