7話 感謝と気づき
グウェン王子に魔力を込めてもらっても、紫水晶にはなんの変化も起こらなかった。
正確に言えば、魔力を込めた認知できるかできないかくらいの細かい振動が起きてなにかが起こりそうな感覚はあるのだけど、実際にはなにも起こらない。
その後もアイリーンの研究室に戻って色々とやってみたけれど、状況は変わらなかった。
「お腹が空きましたね」
気が付けば、昼ごはんの時間が大分過ぎていた。
城で働く者用の食堂はいくつかあるが、今日は王宮の使用人たちも、最低限の人数だけ残して休暇を取っているものが多いので、魔術師塔用の食堂は閉まっているはずだ。
となると、城の衛兵用の食堂か。
俺のよくいく馴染みの食堂だ。城の警備の人数は減らせないので、通常通り食べられるはずだ。
――でもアイリーンを連れてあそこに行くのは、なんか嫌なんだよな。
明確に説明はできないが、とってもややこしいことになる気がする。
俺の勘は結構当たるので、馬鹿にできない。
「あ、そうだ。俺たちも祭りに行ってみませんか?」
「……なんだって?」
「いえ、春祭りだったら、きっと美味しい屋台とか、特別メニューとか、いっぱいあるかなと思いまして」
「……あ、ああ。食事か。そうか、そんな時間だな」
なんだかアイリーンの歯切れが鈍いというか、反応が鈍い感じで、ボケッとしている。
まあアイリーンは明らかに、祭りよりも塔に籠って研究しているタイプか。
「ちょっと思いつきで言っただけなんで、無理に付き合ってくれなくて大丈夫ですよ」
やっぱり衛兵の食堂かなー。他にやっているところあったかな、などと考えていたら、アイリーンがいそいそと鞄を取ってきて、出かける準備をしていた。
「行かないとは言っていない。確かにお腹も空いたしな。今日は本来春祭りの休暇だしな。まあ行ってみても、良いんじゃないか」
アイリーンの頬が、少し紅潮している。
もしかして――アイリーンは、祭りに行きたいのではないだろうか。
なんてことは、間違っても口にしてはいけない。
「そうですか、良かったです。ちょっと行ってみたかったんで、春祭り」
「そうか」
途端にめったに見れない笑顔を浮かべたアイリーン。
もっと早くに、誘えば良かったかなーなどと考えながら、俺も急いで出かける準備をしたのだった。
美味しいと評判の店で、春祭り限定メニューを食べていたら、なぜかニーナさんたちと相席になり、紫水晶の謎はあっさりと解けてしまった。
「まさかこんなにあっさり解決するとは。やっぱり研究室に閉じこもっているだけじゃダメですね」
「そうだな」
出店などをなんとなく見ながら、魔術師塔のほうへとゆっくりと歩いていきながら考える。
アイリーンが国で一番研究成果を上げ続けているのは、よく外へ出かけるからかもしれない。
遠くの地方の依頼は断る魔術師も多いのに、筆頭魔術師でありながらホイホイ受けるし、なにもなくても、勝手に定期的にフィールドワークに出かけている。
そもそも幽閉塔に収監されていた俺に仕事を任せてみるというのが、今にして思えばありえない柔軟さだ。
それにしても、ニーナさんとドレスディアがデートしているのを見ても意外と平気な自分にも驚いた。
犯罪歴がついて、爵位がはく奪されて、婚約者も使用人も失った俺は、本来なら呑気に春祭りを眺めながら歩いている場合じゃないはずだ。
賑やかな祭りの音に気が狂いそうになりながら部屋に閉じこもっていたほうが普通だろう。
それが新しい友人もできて、毎日楽しく研究して、せっかくの春祭りなんでなんか食べに行こうかなんて考えられるのは、間違いなく目の前にいるアイリーンのおかげだった。
「俺を雇ってくれて、ありがとうございますアイリーン」
「……逃げようとしていたようだが?」
「あーあれは、まあそうなんですけど。でもよく城の舞踏会で暴れて爵位をはく奪された男を雇おうだなんて考えましたね?」
「あれはお前のせいではないからな」
アイリーンはあっさりとそう言ってくれるが、洗脳だなんだというのはイマイチ信じてもらえなくて、距離を取られた元友人もいる。
そして洗脳のことを知っているはずなのに、会えば嫌味を言ってくるような下っ端貴族なんかも、結構いるものなのだ。
「魔術師塔に戻らないで、このまま市場でも見に行きませんか?」
「いいのか!?」
「はい。石の使い方は分かったし、今日はもう仕事はなしにしましょう」
やっぱりさっき感じたように、アイリーンは祭りを楽しみたいようだ。
剣技大会なんかはもう終わっているだろうけど、まだまだ市場もやっているし、ダンス会場も色んなところにあるだろう。
「そうと決まれば、花冠も用意しないとですね」
春祭りで一緒に歩く女性に花冠の一つも用意しないなんて、良い年した男としてあり得ないだろう。
この時間だと、もう売り切れている店もあるかもしれないけど、なにせこれだけの店が出ているのだから、探せば売っているところもあるだろう。
「あ、ちょっと待ってくださいよアイリーン」
そんなことを考えていたら、アイリーンがずかずかと大股で先に進んで行ってしまうので、慌てて後を追いかける。
その表情は見えなかったけれど、後ろからでもチラリと見えた耳が、熟れたリンゴみたいに真っ赤になっていた。
――…………マジかよ。




