6話 魔術師塔では
ローデン地方の聖域である泉に行って、大鹿の聖獣に紫水晶をもらって以来、アイリーンはそれの研究に夢中になってしまった。
その水晶は、直径1~2センチくらい。
完全な球ではなく、木の実みたいに少し楕円の形状だ。
水の属性の石みたいで、なにか特別な効果があるような気がするけれど、水に浸そうが、凍らせようが、魔力を込めようが、地面に埋めようが何も起こらなかった。
「やはり次は火で炙るか、粉々に砕くしかないな。砕くのを手伝ってくれコナー」
「ですからそれは、最後の最後にしましょうって」
明らかに水の属性の石を火で炙ったらどうなることか。
下手をしたら割れてしまうかもしれないと思って、何度も止めている。
そろそろ付き合いも長くなってきたので、恐らく俺が止めていなければ、既に実行していただろうことが容易に想像できてしまう。
「せめてまずは、火の魔術師に魔力を込めてみてもらうくらいにしましょうよ」
「……分かった」
「え!?」
他に思いつく方法を全て試してしまっていたせいか、俺の提案を聞いてすぐ、アイリーンはいつもの大きなフード付きのローブを羽織って出かける準備をしてしまう。
「火の魔術師に魔力を込めてもらいにいくんですか? 今日は春祭りだから、どうせ誰も来ていませんよ」
「お前と私は来ているじゃないか。他にも物好きがいるかもしれない」
「……否定はできませんが」
魔術師の中にはアイリーンみたいに四六時中研究ばかりして、それが幸せ、みたいな連中が結構いるのだ。
国中が春祭りに浮かれていても、魔術師塔に籠って働らいているような人が、他にも一人や二人いてもおかしくないかもしれない。
「というか実は朝、グウェンが魔術師塔に来ているのを見かけた」
「グウェンって……グウェン第四王子ですか? 珍しいですね」
コベル王国の第四王子、グウェン・ベルプシュレは、火の魔術師の筆頭でもある優秀な方だ。
当然魔術師塔に彼用の研究室もあるのだが、彼をそこで見ることはほとんどない。というか、今のところ俺は見たことない。
普段はどこか、他のところに入り浸っているらしい。
「いつも私の水の魔石をやっているからな。たまには役に立ってもらうとしよう」
同じ塔の、別のフロアへと移動する。
実はアイリーンの部屋は塔の最上階だ。
最上階とその一つ下の階に、筆頭魔術師の部屋がそれぞれ2つずつある。
経歴が長いほうが上の部屋という不文律があるそうだ。
子どもにも間違われるほど若く見える外見のアイリーンは、実は今の筆頭魔術師の中で最古参らしい。
階段を下りて、一つ下の階へと移動する。
二つしかない部屋のうちの、一つのドアをコンコンとノックした。
「……」
しかし扉は沈黙したまま、動かない。
朝見かけたと言っても、もういないのではないだろうか?
……いや、ノックする前、かすかに中から物音が聞こえた気がした。
ノックをしたら、聞こえなくなってしまったけれど。
ゴンゴンゴン!!
アイリーンが先ほどよりも強く、荒々しくノックをする。
「いるのは分かっているぞグウェン! 出てこい!」
一瞬アイリーンを止めようかとも思ったけれど、止めておく。
グウェン王子は俺よりもアイリーンとの付き合いが長い。自分でなんとかするだろう。
「……どこの借金取りさんですか?」
「うるさい。さっさと出てくればいいだろうが」
しばらくして、渋々というようにゆっくりと開いた扉の向こうには、黒髪のグウェン王子がいた。
――あれ、グウェン王子って、確か赤髪だったよな。
間違うはずもない。この国の第四王子と言えば、燃える炎のような鮮やかな赤髪で有名だった。
それが今は、黒髪になっている。
「なんだその髪。どうしたんだ」
「うーだから開けるのヤだったんだよね。……まあほら、今日春祭りだから。お忍びで参加しようかなって」
なるほど。春祭りと言えば、貴族の屋敷でもパーティーが開かれたりするものだけど、庶民のお祭りにお忍びで参加しにいく者も少なくない。
その日ばかりは立場も礼儀作法も忘れて、思いっきり騒ぐのだ。庶民のほうも貴族に気づいても気が付かないふりをして、普通に扱う。
グウェン王子は、その庶民の祭りに参加したいのだろう。
「別にわざわざ髪まで染めなくても大丈夫じゃないか。赤髪のやつは沢山いる。誰もまさか王子だとは思わないだろう」
「知り合いにバレたくなくてね。手加減されたくないし」
「手加減?」
「そう。負けると分かっている相手にさ、思いっきり負けにいこうかと思って。そうじゃないといつまでも、もしかしたら勝てるかもっていう期待を捨てきれないじゃない?」
グウェン王子のその言葉に、なぜか黒髪の勇者の末裔の顔が思い浮かんだ。
俺が婚約破棄した(されたじゃなくて、した。知らないうちにしていた)ニーナさんの幼馴染で、今の恋人らしい。
元々なんであんないい子、しかも実力のある聖女様が俺となんて婚約してくれたのかは分からないし、復縁できるなんて希望1ミリも抱いていないけど、さっさと結婚でもしてくれたらスッキリと諦められるのになとは思っている。
グウェン王子の言っているのは、別の意味なんだろうけど。
「変わった趣味だな」
「放っておいて。それで、今日は俺になんの用事?」
「この石にお前の魔力を込めてみてくれ」
アイリーンが、大鹿様の紫水晶を、グウェン王子に向かって差し出した。




