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追放聖女ニーナの下町暮らし【旧題:私は陥れられていたようです】  作者: kae
3章 聖なる泉

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6話 大鹿

 コナーさんの思わぬ才能が発覚するという想定外の出来事がありつつも、泉の濁りの原因の調査を続けた。

 私もアイリーンもコナーさんと同意見で、濁りが流れてくるのは先ほどの聖像のあたりからだと意見が一致した。

 明かりの魔法で照らしながら、聖像のほうへと夜の森を歩いていく。

 町の石畳の上を歩くのと違って、歩くたびに少し地面が沈む感覚が気持ちいい。

 やがて昼間に見た、紫水晶でできた鹿の聖像に辿り着いた。

 ガレンさんの浄化が不十分だったので、この像はまだ濁ったままだった。

「……やはりこの像は大分濁ったままだ。通常ならこの像自体に浄化能力があるはずが、その能力を超えて穢れているんだな」

「そうですね。浄化するどころか、逆に穢れが溢れ出てしまっている」

 多くの人が祈りにやってくる聖像だけど、このままだと逆に祈ったら悪いモノをもらってしまいそうだ。

 泉が濁ってからは、一般の祈願者は立ち入り禁止にしているようだけど。

 ……どうやら泉の濁りは、この像から溢れ出るものが流れ出てしまったものらしい。

 だったらこの像の穢れは、どこから来ているのか。

「この像を浄化してくれるかニーナ。私は原因を探ってみる」

「はい、アイリーン」

 アイリーンに頼まれたとおり、私は像の浄化に集中する。

 水の魔力に満ちた像なので、原因を探るのはアイリーンのほうが適役だろう。

 大きな像に手をかざし、アイリーンと二人で魔力を送る。

『光よ。真理の焔で闇を裂け』

 浄化魔法を掛けると、大鹿の像はキラキラと光りはじめ、一瞬聖像の紫水晶が透き通った。

 まるで月と星ごと、この森の夜空を閉じ込めたみたいに美しい。

 だけどなぜだかすぐに、どこかからまた穢れが湧き出てしまう。

 いったいどこから?

「この聖像は、なにかと繋がっているみたいだな」

「ええ。そこから穢れが流れ込んでくる」

 浄化しても浄化しても、どこかから流れ出てくる穢れ。

 どうしたらそれを遮ることができるのか、分からなかった。

「……キリがないな」

「そうでもないんじゃないですか?」

 アイリーンの独り言に答えたのは、後ろで私たちの様子を見ていたはずのコナーさんだった。

「そうでもない? なぜそう思うんだ」

「穢れは無限に流れ出てくるわけではなさそうだ。最初よりも、流れ出てくる量が少し薄くなってきている気がします」

「また『気がする』か」

 そう言いながらも、アイリーンは聖像の様子を探り始めた。

 コナーさんの意見を真剣に検証しようとしているんだろう。

「……確かに、最初よりはマシかもな」

 私も探ってみたけれど、確かに流れ出てくる穢れの量が、少しずつ減っていっている。

「なんだか悪いモノが、少しずつ出てきているみたいですね」

「そうだな」

 この調子で浄化し続けて、悪いモノが全て出きったら、聖像と泉は元に戻るのだろうか。

 ……それでは結局原因が分からないままのような気がするけれど。


 少しであっても良くなっているのならと、私とアイリーンとで浄化をし続けた。

 穢れは次から次へと涌いてくるけれど、ほんのちょっとずつ薄れていっている。

 まるで体内に溜まった膿を外へ出すみたいに。

 その先にあるのは、なんだろう。

 ――なにかがある。いいえ、『いる』。

「あなたは誰? なぜこのように穢れてしまったんですか」

 そのなにかに、語りかけてみる。

『……  ……  』

 なにも聞こえないけれど、かすかに反応が返ってきたのを感じた。

 ――答えてください。私たちはあなたを助けたいんです。

 

 気が付けば、夜の森が消えて不思議な空間に立っていた。

 目の前にあったはずの聖像もない。

 それどころか、あれほど聞こえていた木々の騒めきや、生き物たちの声も、なにも聞こえない。

 現実ではありえないほどの、静かな空間にいた。

 直径ほんの5メートルほどの空間が仄かに光っていて、その外側はなにがあるかも分からない、完全な闇。

 そしてその目の前の光る空間には、見たこともないくらい大きな鹿が、辛そうに力なく地面ベッタリと寝そべっていた。

「この泉に棲んでいるという、大鹿の聖獣様ですね」 

 ここにいる人間は私だけだと思っていたので、その声に驚いて見ると、すぐ隣にアイリーンがいた。

 先ほどまで気配がしなかったので、驚いた。

 他の人もいるかと思って探してみたけれど、ここに来ているのは私とアイリーンだけのようだった。

『そうだ……うぅっ』

 大鹿の聖獣様が、苦しそうな中、ごく小さな、かすれた声で答えてくれた。

 全身が穢れで覆われている。とても辛そうだ。

「大鹿様! 大丈夫ですか。今浄化しますね」

 慌てて浄化の呪文をかける。隣でアイリーンも同じように、浄化している気配がした。

『光よ。真理の焔で闇を裂け』

 まずは大鹿の聖獣の中に溜まった悪いモノを浄化していく。

『ふぅーーーーーーー』

 浄化が進むにつれて、大鹿様が力を抜くようにして長い長い溜息をつく。

 よかった。先ほどまでよりも楽になっているみたいだ。

 聖像を通じて漏れ出てくる穢れだけを浄化するよりも、穢れの元である大鹿様が目の前に居るほうが、やはり効果が高いみたいだった。

 次第に穢れがなくなっていき、代わりにキラキラとした神聖なエネルギーで満ちていく。

 目の前でみるみるうちに元気を取り戻していく様子を見て、ほっとする。

 やがて大鹿様から神聖な空気が放たれ始めた。

『ありがとう』

 やがて大鹿様が、穏やかな声で言った。

 もう大丈夫そうだ。


「大鹿様。一体あなたになにがあったのですか。あの穢れはなんなんでしょう」

 大鹿様が落ち着いたのを見計らって、アイリーンが心配そうに聞く。

 アイリーンは水の魔術師なので、大鹿様とは相性がいいのかもしれない。

『私はずっと以前からこの森を気に入って、泉と――聖像と繋がってきた。そうして昔から人間たちの私への祈りや願いを、心地よく聞いていた』

 この池に聖獣が棲んでいて、願いを叶えてくれるなどという言い伝えがあることは知っていたけれど、本当だったのか。

 もちろん全ての願いがそのまま叶うわけではないけれど、聖域で祈るとまるで聖者の繁栄の祈りを授かったみたいに、少しだけ物事が良い方向に進んでいくと言われている。

 本物の聖獣様が願いを聞いていたのだとしたら、きっとそういうことなのだろう。

『しかし最近、私利私欲のために願う者が増えてきた。それだけではない。よりによって、闇の聖者が私の力を奪おうとまでしてきた』

「闇の聖者ですって⁉ まさか……」

 大鹿様の言葉に驚いた。闇の聖者といえば……クロリスのようになりたての聖女が一人いただけで、社交界が大騒ぎになったことが記憶に新しい。

 まさか他にも、まだ闇の聖者がいるというのか。

『君は聖者だね。まるで夜明けの新しい空気のように、澄んだ気を感じる。君たちの傍は、とても居心地がいい。君みたいな聖者ばかりならいいのだが……いつの時代も闇に染まった者もいる』

「そんな……」

 60年前から、闇の聖者はいなくなかったのではなかったのか。

 クロリスの他にもいた――いいえ、今でもいるなんて。

「60年前から、聖者が他者のエネルギーを奪えることに緘口令が敷かれたが、その瞬間に闇の聖者が消えていなくなるわけではないからな。闇の聖者の多くは、闇の力を使うことを隠すようになったのだろう。きっと今でも、隠れて闇の力を扱っている者がいるはずだ。クロリスのように知らずにその能力を使って騒ぎを起こした者は、力を封印しているが……しかし大鹿様ほどの方が、ただの聖者に穢されるなど」

『複数の闇の者たちが、何度も私の力を奪いにやってきた。そして多分、あの方のところへも……』

「そんな……」

 複数の闇の聖者が、この国にいるなんて。

 一体どこの誰なのが。その人たちは、繋がっているのだろうか。

『ああ――……疲れた。私はしばらく眠るよ』

 大鹿様はそう言うと、また首を下げて目を閉じてしまった。

 一瞬心配したけれど、最初に見た時のようにぐったりと力なく横たわるのでなく、しっかりと身体を丸め、気持ちよさそうに目を閉じて寝ている。

「しばらくは泉に誰も立ち入らせないようにいたします」

 眠ってしまった大鹿様に、アイリーンが語りかけた。

『ありがとう水の子よ、感謝する。これを持っていきなさい』

 既に眠ったと思っていた大鹿様が、目を閉じたままそう答えた。

 気が付けば手の上に、3~4センチ、杏子くらいの大きさの紫水晶がを持っていた。



「アイリーン……先ほどの話。闇の聖者が増えているというのは、本当ですか」

「確証はない。見つけたなら捕まえて能力を封印しているからな」

 大鹿様がしっかりと深く眠ったのを確認してから、アイリーンに尋ねる。

 先ほどの話しは、とても放っておけるような内容ではなかった。

「しかし長く筆頭魔術師をやっていると、この国はなにかがおかしいと感じることがある。もしかしたらこく……いや」

 アイリーンはそこ言いかけた言葉を止めた。

「……今の時点で、あまりはっきりしたことは言えないんだ」




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