4話 全部
「ふざけんなよお前!」
「えっ」
泉の浄化が終わったと思ったら、いきなりガレンさんが声を荒げて怒り始めた。
その怒りの矛先、目線の先にいるのは、私だ。
怒りに任せたような荒いどうさで、大股で近づいてくる。
「なんですか」
「なんですかじゃねーよ! 呪文すら唱えず、サボりやがてって!」
「きゃあ!」
「止めろ!」
手を伸ばされて、服の胸倉あたりを掴まれかけるけれど、アイリーンに付いてきていた衛兵さんたちが、寸前で止めてくれた。
「なんなんだよお前! ギャレット様が夢に見たんだかなんだか知らねーけどよ! 俺たちが今までどれほどの思いでこの地位を得たと思っている! それをいきなり外からきて……やる気がないなら帰れよ!!」
体格の良い衛兵にとり抑えられながらも、ガレンさんは怒りが収まらないようだった。
「ガレンだったか。お前には見えなかったのか?」
「……なにがですか、水の筆頭魔術師様。俺はこの女を候補者とは認めません。アンワース家出身の聖女? だからなんだよ。名前だけじゃないか! ろくに試験を受ける気もない者は、排除すべきです!」
「それはお前が言うべきセリフではないのだがね」
「なっ」
アイリーンが、相変わらずの平坦な声音でそう言うと、ガレンさんは真っ赤になって押し黙った。
「一応聞くが、あとの二人はどういう考えなんだ?」
アイリーンが、ケンリックさんとルーシーさんに尋ねた。
二人とも、冷たい視線を私に向けた。
「私はニーナがサボっているとは思いませんが、腑に落ちないのはガレンと同じです」
そう言ったのは、ルーシーさんだった。
「外から突然やってきて、やる気がないようでしたら、辞退されるのがよろしいかと」
「……」
「そちらの……ケンリックは?」
「私は特に。ニーナ殿に対して、思うところはありません」
「そうか。とりあえず今回のところは浄化も終えたし、各自宿に戻って休むがいい。明日王都へ戻る。皆の意見も踏まえて、選定の結果に反映させておく」
その日の夜、皆が寝たころを見計らって、私はもう一度泉までやってきていた。
聖像の浄化が不十分だったことが気になっていたからだ。
それに泉が濁った原因もまだ分かっていない。
汚れる原因が分からないのに、ただ浄化だけしても、意味がないのではないかと思ったのだ。
暗い森の中を、明かりの魔法を点けて進んでいく。
最初は少し怖かったけれど、森もつ神聖な雰囲気に圧倒されて、次第に気にならなくなっていく。
葉が擦れる音、虫や鳥の声。本来人が踏み入れない世界。
濁っていても、ここは確かに、聖域だった。
聖なる力が体中に取り込まれていくのを全身で感じた。
「あ」
「来たか、ニーナ」
泉に着いたら、予想外な先客がいた。
アイリーンたち一行だった。
昼間は仕事中だからか真剣な顔で警備に徹していたコナーさんや衛兵さんたちが、私に気づくとニコニコ笑って「こんにちはー」と親し気に挨拶をしてくれた。
「アイリーン。なぜまたここに来たんですか?」
「ニーナと同じ理由だろう。まだ泉が濁っていた原因が分かっていないからな」
そう答えるアイリーンの隣でコナーさんも、うんうんと頷いている。
やっぱりアイリーンもそのことに気が付いていたのか。
「だったら昼間に全員で原因を考えればよかったのに。なぜ浄化だけして解散したんですか?」
「ああ。あれはただの選定試験だろう? だから候補者たちに分かりやすい浄化をさせた。これからは私の仕事だ」
「なるほど」
「協力的な雰囲気でもなかったしな」
言われてみれば、同じ条件で候補者たちの浄化魔法をさせたほうが、選定試験としては判断しやすいのかもしれない。
「……気にするな。私も昔はああいったことはよくあった」
「アイリーン……ありがとう」
あまりフードを取りたがらず童顔を隠している。とっても優しいのに、物言いがちょっとキツイアイリーン。
筆頭魔術師の彼女も、色々苦労としたらしい。
ガレンさんたちに誤解されて、落ちこんでいた気持ちが少し軽くなった。
アイリーンが月を映している暗い夜の泉に、真っ白で繊細な手をポチャリを浸していた。
「また少し、濁り始めている」
「えっ、もう?」
昼間に完全に浄化したのに、もう濁り始めているなんて。
これほど光のエネルギーに満ちた森で、普通なら考えられないことだった。
慌てて私も、泉に手を浸してみる。
「……本当だ」
まだわずかだけど、確かに濁りがある。
この濁りは、どこからくるんだろう?
目を閉じて、泉の中に感覚を広げていく。意識を集中してみると、泉にも濁りの濃い部分があることに気が付いた。
その濁りの濃いほうへと追っていく。
やがてある方向から、濁りが流れてきているのが分かってきた。
あの方向は……
「さっきの聖像があるところらへんからですかね」
「えっ」
コナーさんの声に驚いて、思わず目を開けた。
いつのまにかコナーさんもアイリーンの隣に片膝をつき、泉に手を浸していた。
――コナーさんって、そんなことが分かるの?
水の魔力があるアイリーンや、光の魔力があって濁りが分かる私ならともかく、なんの魔力も持たない人には、この暗い泉のわずかな濁りが分かるはずがない。
「おい……お前、魔力があるのか?」
どうやらアイリーンも驚いているみたいで、可愛らしい顔の眉間にしわを寄せながら聞いている。
「いえ、ないですよ」
あっさりとコナーさんが答えた。ないない、と手を軽く振っている。
「魔力検査をした時、全部基準に満たないくらい、ほんのちょっとずつしかありませんでしたから」
ほんのちょっとずつ。ということは――。
「あるんじゃないか」
呆れたように、少し嫌そうな顔で「この天才めが」とアイリーンが呟いた。
「それで? ちょっとずつあったというのは、どの属性の魔法だったんだ」
「ですから、全部です」
「だから、全部、とは?」
「風、水、火、土の四元素魔法の全部です」
コナーさんの言葉に、アイリーンだけでなく、衛兵さんたちも口を半開きにして固まってしまった。




