8話 ポーション
「待ってくださいケンリックさん! 先ほどのはどういうことですか?」
初めの能力検査が終わり、神殿での試験を兼ね備えた業務は明日からガレンさんの補助をすることに決まって、解散した。
部屋を出ていくケンリックさんを追いかけて、人気がなくなってきたところで声を掛けた。
私が付いてきていることに気が付いていたようで、ケンリックさんは呼び止められたことに驚く様子もなく、ゆっくりと振り返った。
「見ての通りですよ。この神殿の中の事情が、大体分かったでしょう?」
「……分かりません」
魔力がある者なら誰だって、自分の実力以上の魔力は『見えない』ことなんて知っているはずだ。
わざわざ見えるように光らせでもしない限りは。
それなのに皆知らないふりをして、自分の実力以上の魔力でも評価している。
こんなことはおかしい。
「聖者は貴族からですら丁重に扱われる。それは力の強い聖者が病気を治したり、家を繁栄させたりと役に立つからだ。実力がある聖者は王族にだって頭を下げられる……でもその実力とやらはどうやって見分けるんですか?」
無表情という訳ではないけれど、ケンリックさんの顔からは怒りも憤りも、なにも感じられなかった。
穏やかですらある。
実力が分かってもらえないのは当然のことだと言わんばかりに。
「それは……病気や怪我が治ったら、普通の人でも見れば分かります」
「そうですね。実力のある聖者かどうかくらいは、それで分かるでしょう。でもある程度以上になると、どちらが上かなんて誰にも分からなくなる。偶然二人同時に大怪我をした者を治すでもしない限りはね」
「……」
そう言われてみれば、魔力がない人にとって誰が実力者かどうかなんて、分からないのだと気づいた。
浄化も、繁栄の祈りも、目には見えない。
目に見える光や、権威といった分かりやすいもので競うようになっていくのは、ある意味仕方のないことなのかもしれない。
「ふふ。今気づいたという顔ですね、呑気なものだ。私たち神殿の聖者は、小さいころから激しい競争にさらされて、途中で諦めて辞めていく者も多い。神殿を辞めた聖者はまともな貴族には相手にされなくなり、平民相手に治療院でも開くしかなくなる。……アンワース家は独自の権威と人脈があるから、そんな競争などどうでもいいんでしょうね、羨ましい」
そう言いながら、ケンリックさんは笑った小さく笑った。
言っていることと表情がちぐはぐだ。
「結局は神殿の要職は、力のある貴族出身の者たちが占めるようになる。ギャレット様は、歴代の祭祀長の中でもまだ実力があるほうなのでこれでも幸運なんですよ。今回の候補者選びが終わったら、私は条件の良い貴族様のところに紹介していただけることになっている。やっとだ。だから余計なことはしないでいただきたい」
確かに神殿に所属しない聖女である私が、神殿の中のことに口出しをするのはよくないのかもしれない。
ケンリックさんの正確な年齢は分からないけれど、子どもの頃から神殿に入っていたのなら、10年以上――もしかしたら20年以上、頑張ってきたんだろう。
「あんたも適当うまくやれよ」
だけどそう言って去っていくケンリックさんの背中を見ながら、思った。
なぜケンリックさんは、さっきの試験を途中で止めずに、私に実力を見せたんだろう。
誰かに分かってもらいたかったんじゃないのかと。
◇◇◇
下町にある知る人ぞ知る魔導具店、『カエルの王子』に、一人の客が入ってきた。
魔力がないと認識することも難しい店の扉に、その人物は迷うことなく手を掛けた。
「いらっしゃーい」
赤髪の店員の能天気な声が出迎える。
その客は、頭の上から足の先までを、旅の巡礼者が着るようなマントで覆っている。
更に目から下をマスクで覆うほどの念の入れようで、自分の正体を隠している。
ここまでして隠しても、この店ではほぼ無意味だった。
世の中には金さえ払ってくれるなら誰にでも売るという魔導具店もあるが、そんな店には大した物は売っていない。
この店のように貴族や高名な魔術師とも取引がある店は、身元のチェックは必須なのだ。
高品質な魔導具を、犯罪に利用されたりしては大変だからだ。
だからこの一見不審な客も、どこの者だかは既に分かっている。
その気になれば、いつでも『誰』かまでも分かるだろう。
「例のポーションを頼む」
「ああ、ごめんね。あれ今売っていないんだ」
「なんだと!? 先日も品薄だと言って、1本しか売ってくれなかったではないか」
「本当に今ないんだよ。事情があって以前から品薄だったんだけど、今はあれ作っている人が忙しくなっちゃって。完全に生産自体していないの」
「……いくらだ?」
「へ?」
店員がいくら事情を説明しても、マスクの客は全く納得せずに、食い下がる。
「どうせ値を釣り上げて、貴族には売っているんだろう? 俺はこの通り聖者だ。そして貴族でもある。金はいくらでも払う。……大人しく売っておいたほうが、身のためだぞ?」
そう言いながら、客は店員に神殿の聖者の証であるペンダントを見せた。
神殿の――それも大神殿の、高位の聖者である証のペンダント。
このペンダントを見せれば、ほとんどの者はその場にひれ伏すだろう。
この店でも、ペンダントを見せるだけで容易に買い物をすることができた。
しかし店員は、そのペンダントをチラリと見ただけだった。
「はい、もう何度か確認させていただいて、お客様が確かに神殿の聖者様であることは存じてますがね。本当に商品がないんですよ。値段を釣り上げる気なんてないですし……けどさあ」
呑気な声で対応していた店員だが、そこで急に声音が変わった。
視線も鋭く、客を睨みつける。
「身のためだぞってどういう意味? 脅し? お前この店の顧客に誰がいるか分かってんの?」
「あっ、いや……」
どうやら客は、店員を怒らせてしまったらしい。
確かにこの店は、噂によれば大貴族や王族とも取引があるような店だ。
そんな大貴族たちのお気に入りの店を脅したとなれば、ちょっとした貴族の家くらい簡単に取り潰されてもおかしくない。
それに単純に、商品を売ってもらえなくなったら困るのは客のほうだ。
「そ、そういうつもりではなくて……すまなかった。頼むから売ってくれないか」
「まだ粘るの、すごいね。だから本当にありませんって。というかお客さん、力のある聖者なんでしょう? ポーションなんて使わなくても、自分の力でなんとかすれば?」
店員が迷惑そうに、手でシッシッと客を追い払う仕草をした。
脅してくるような客は、客ではないのだろう。
さすがに今日は分が悪いと感じたのか、ついに客は諦めた。
「……またすぐくる。入荷があったら、取っておいてください」
「はぁ。一応リストに書いておきますけどね。『レンさん』ですよね……今30人待ちくらいだったかな」
カウンターの下から取り出したノートをパラパラと捲りながら言った。
「なっ……!」
「あ、でも先日来た時に、名前書いておいたんで、4番目になってる」
一瞬絶望しかけて下を向いた客が、その言葉に嬉しそうに顔をあげた。
「ありがとうございます!」
「はいはい」
もういいからさっさと出てってーという店員に頭を下げて、やっと客は店から出て行った。
「グウェン、お客さんに対して言葉遣いが悪いですよ」
客が出ていくと同時に、奥から優しそうな年配の男性が出てきた。この店の店長だ。
店員に、やれやれというように注意する。
「脅してくるような人はお客さんじゃありませんー」
しかしグウェンと呼ばれた店員は、全く反省する様子はない。
「……ニーナさんのポーションですか。名のある聖者でしょうに」
店長のほうも、それ以上注意することはなかった。
「うん、気づいちゃったんだろうね。本来なら聖者がポーションを使うことなんてない。だって聖者の力を込めた薬草から抽出したのがポーションだから。ポーション使うよりも、聖者自身が使う魔法のほうが効果が高かった。しかもポーションは作ってから時間が経つにつれて、その聖力は流れ出ていってしまう。だけどニーナちゃんは元々の力が桁違いに強いうえに、王都で作っているから……」
「ニーナさんのポーションのほうがその辺の聖者の能力よりも、効果が上回ってしまうんですね」
店長が、ううむ、と困ったように小さく唸る。
「あの人聖者なのに、金で買ったポーションで、一体なにをしているんだろうね」
「……もしもニーナさんがまたポーションを作ってくれるようになったら、売り方を考えたほうが良さそうですね」




