2話 国の成り立ち
ケンリックさんに連れてこられたのは、王宮の隣の敷地にある大神殿だった。
ドレスディア領にも神殿はあったけれど、王都にある大神殿に来るのは初めてだった。
王都の中心にあるとは思えないくらい広大な敷地の中心に、見事な乳白色の魔崗石――まこうせき、魔石になる前の石が数えきれないくらい積み上げられた見事な神殿だった。
そのためほのかに光の魔力を帯びていて厳かな雰囲気を放っていた。見上げるとため息がでそうだ。
神話によればこの世界の始まりの頃、この世界は魔獣で溢れかえっていたらしい。
そんな世界に人間を産み落とした創光神イルミナが、か弱い人間が生き残れるようにと四人の英雄に、それぞれ風・火・水・土の力を与えた。
英雄たちの死後、この力が世界中に広まって薄まり、時々使える者が現れるのが魔術師。そして聖者は創光神イルミナの子孫とされている。
四人の英雄により魔獣は封印され、その跡に神殿が建てられた。そしてその神殿を守るようにして国家が形成された。
つまり神殿のほうが王宮よりも先に建てられたのだ。
神話が真実かどうかは知るすべはないけれど、建物の年代的にも実際に、大神殿のほうが王宮よりも歴史が古いらしい。
コルベ王国に生まれた子どもは全員、5歳のうちに自分の住んでいる領地にある神殿で能力検査を受ける。
そこで光の魔力が一定以上あることが判明したら、聖者として認定される。
聖者として認定された者は、神殿に入って聖者としての能力を磨いてもいいし、神殿には入らずに直接誰かに弟子入りしてもいい。
あまり聞かないけれど、聖者にならずに普通に暮らしても自由だ。
アンワース家は聖者が生まれる確率がとても高いので、代々親や親せきに聖者の技を習ってきた。
ドレスディア領の神殿とは長年お互いに協力し合いながら、良い関係を築いている。
「こちらです」
ケンリックさんに先導されて、神殿の扉の中へと入っていく。
扉を入ると、しばらく長い回廊が続いていた。
たまたま廊下を歩いていた緑の聖衣を着た聖者や、白い衣装を着た見習い聖者たちが、私たちが通るとスッと両脇に避けてくれる。
「ありがとうございます」
お礼を言って会釈をするけれど、返事をする人は誰もいない。
しかしその顔はどれも固く無表情で、視線も冷たく感じた。
「神殿では、階級が上の者が通ると、道を譲るのは当然です。お礼を言う必要はありません」
ケンリックさんが、相変わらずの平坦な声で説明してくれた。
階級が上の者に譲る。といことは、私は神殿に所属していないので、ケンリックさんが上のほうの階級の方なのかもしれない。
そうして連れていかれたのは、応接間らしい一室。
部屋の奥には一枚板でできた大きく重厚な机があり、一人の人物が座っていた。
緑の聖衣の上に特別な銀色の肩掛けであるストラを纏っている、黒髪の50代くらいの男性だ。
一目見て、何かの役職にある人だと分かる。
こういっては失礼かもしれないけれど、顔も体もふくよかで、コロンと転がっていきそうなフォルムをしていてニコニコしている。
正直言って、ちょっと可愛い。
そしてその人物の両脇には、灰青色の短髪の勝気そうな男性一人と、明るめの茶髪を二つに結んだ、大きな眼鏡の真面目そうな女性が一人、それぞれ立っている。
二人とも緑色の聖衣を着ているので、聖者だ。
私と同年代くらいだろう。
「あなたがニーナ・アンワース殿でございますか。私はこの大神殿での祭祀の全てを任されている祭祀長のギャレット・ノックスと申します」
「初めまして、ギャレット様。ニーナ・アンワースと申します。よろしくお願いいたします」
ノックスと言えば、聖者を多く輩出することで有名な貴族家と同じ名前だ。きっと無関係ではないだろう。
ギャレット様が話しながらもずっと親しみのある笑顔でニコニコとされているので、建物に入ってからずっと感じていた緊張が、少しだけ解れた。
「早速ですが、本題に入らせていただいても?」
「はい」
促されて、応接室にあるソファーにギャレット様と向かい合って座る。
先ほどギャレット様の両脇に控えていた二人も移動して、ギャレット様の後ろへと立ちなおす。そこにここまで案内してくれたケンリックも並んだ。
「実は私どもは今、次の守護聖獣様との祈りの儀式を執り行う聖者の選定を行っております」
「えっ、そうなのですか」
建国以来ずっと1年に一度、国の守護聖獣様との大切な祈りの儀式を行われている。
その1年の間、国を守護していただいたお礼を込めてお祈りすると同時に、これからもお守りいただくようにお願いするのだ。
「ここ何十年か、国王付きの聖者様がその儀式を行われていたのですが、今年は事情があってできないとのこと。そこで神殿にいる聖者の中から私が新たに選定することになったのです。しかし奇妙なことに、そのことが決まってすぐに夢に聖獣様が現れたのです。聖獣様は夢の中で、『ニーナ・アンワース』を次の儀式の聖者にするようにとおっしゃっていました」
「夢……ですか」
「ええ。次の聖者を選ぶこのタイミングで、選定の責任者である私がそのような夢を見たことは、とても偶然とは思えません。そこでニーナ・アンワース様に聖者の選定試験に参加していただきたいと思い、今日こうしてお運びいただいた次第です」
今まで何十年もずっと儀式を担ってきた聖者様は、なぜ今年儀式ができないのか。
どんな事情があるのだろうか。
守護聖獣様が体調を崩されて、私の薬草畑から薬草を食べていることと、無関係ではない気がする。
「神殿からの他の候補者は、後ろのこの三人です。ケンリックはもう知っていますね」
「はい。先ほどご挨拶させていただきました」
「ケンリックは平民出身でありながら、素晴らしい魔力の持ち主です」
なるほど、やっぱりケンリックさんは、相当偉い方のようだ。全国に百人以上いる神殿の聖者の中で、守護聖獣様との契約の儀式を行う候補に選ばれるほどなのだから。
「そしてこちらがガレン・ノックス」
次にギャレット様が紹介したのは、灰青色の髪の男性聖者。ノックスと言えばギャレット様と同じ家名だ。
「お察しの通り、私の出身のノックス家の者です。本家ではありませんが、なかなか見どころがある。最近急激に力を伸ばしています。そしてこちらが、ルーシー・クールー。魔力だけでなく、才女と名高い。幼いころから常にトップの実力者です」
「よろしくお願いいたします」
三人に向かって挨拶のお辞儀をしたら、ケンリックさんだけが軽い会釈で返してくれた。
ガレンという男性は、ずっと怒ったような表情で部屋の隅にある本棚辺りを睨みつけている。
「聖獣様との契約の儀式は、コルベ王国の最重要事項です。ご協力いただけますよう、よろしくお願いいたします」
そう言われては、断る選択肢などない。
私は3日後から、2か月に及ぶ選定試験に参加することになってしまったのだった。




