10話 ランスの心境
ニーナがコナー・シレジアと婚約したと知ったのは、俺がまだ16歳の時だった。ニーナがドレスディア領から王都へと一人で旅立ってから、一年ほど経った頃。
アンワース家とドレスディア家に、驚愕の知らせが届いたのだ。
「あらー、これはランスロートには言わないほうがいいかもしれないわね」
何の気なしに、いつもの時間よりも少し早めに食堂へと行ったら、既にいた母上の声が聞こえてきた。
「いいえ、母上。私たちがいないところで、なんらかの形で知ってしまったほうがやっかいですよ。ここははっきりと伝えましょう」
兄上の声も聞こえてきた。
二人のこの会話に、とてつもなく嫌な予感がした。
「母上、兄上。いったい何の話をされているのです」
「ランスロート!? 随分早いな。実は……」
「待ちなさいガラハルト! もう少し慎重に考えましょう」
「しかし母上……」
声を掛けると驚かれたものの、兄上はすぐに切り替えて俺に何かを話そうとした。しかしそれを母上が必死に止めている。
なにやら意見が割れている様子の二人にかまわず、その原因であろう手紙を見つけて、強引に母上の手から奪う。
「あああ! ランスロートォ!!」
慌てる母上と、その母上を制しする兄に見守られながら、手紙を読み進める。
その手紙は、3歳年上の初恋の相手、ニーナ・アンワースからのものだった。几帳面そうな美しい字からだけでも、すぐにそれが分かる。
「ニーナが婚約!? そんな……まさか……」
読んでその内容に、愕然とする。
「まさかではないだろう。ニーナはもう19歳だぞ。婚約相手が決まっても、不思議でもなんでもない」
冷静な兄の言葉が、全く頭に入ってこない。正確に言えば、感情的に納得できなかった。
「ここ数年、お前はニーナを避けていただろう? それに比べて手紙によればこの子爵は、はっきりと真正面からニーナにプロポーズしたらしい。勝負にもならないな」
「でもニーナがドレスディア領を出たとき、俺はまだ15歳で……」
物心ついた頃から、常にそばにいたニーナ。
でも子供にとって3歳差は、とてつもなく大きなものに思えた。
ニーナはいつも遊んでくれて、色んなことを教えてくれる。優しくて大好きで、頼れるお姉さんだった。
それがいつの間にか自分が彼女の背を抜かしていて。ニーナが小さくて細くて、か弱い女性だと気が付いた時、どうし接していいか分からなくなって避けてしまったのだ。
ニーナが寂しそうにしていたのに、気が付いていたけれど。
優しいお姉さんと、弟のようなもの。その関係が気に入らず、なんとか抜け出したかった。
「くそぅ……」
行き場のない思いで、手紙を握りつぶす。
今すぐ王都へ行って、ニーナを攫ってきてしまいたい。
しかし兄上の言う通り、俺にはそんな資格はない。
一度だってニーナに好きだと言ったこともないし、それどころか距離をとっていたのだから。
「皆なにをしているんだ、席に着きなさい」
「父上。先ほどの手紙の件です」
「ああ、なるほど」
ドレスディア家の当主である父上が食堂にやってきて、家族が揃った。母上と兄上はそれぞれの席に座る。
遅れて俺もしぶしぶと自分の席についた。
「ランスロート。ニーナのことは残念だったな」
食事が始まってから、父上が慰めるように話しかけてきた。
俺のニーナへの想いは誰にも言っていないのに、なぜ家族はさっきから、当然のように俺がニーナのことを好きだと知っているのか。
「……はい」
否定するのも面倒なので、もうどうにでもなれと認める。
「アンワース家と我がドレスディア家は固い友情で結ばれているが、男女の縁に関してはどうしてもすれ違うようにできているらしい。親戚連中も、お前たちとニーナは年齢も近いし、ついにどちらかと結婚するかもしれないと期待していたんだがな。まあ長く付き合いを続けていたら、またいつか縁もあるだろう」
家同士の絆とか親戚の期待とか、そんなものはどうでもいい。
父上はもう俺たちの代が結婚することはないと思っているようだったが、俺は心のどこかで諦めきれないでいた。
――シレジア子爵とは、すぐに結婚するわけじゃないみたいだ。きっとまだチャンスははある。その時がきたら今度は絶対に逃さない。
今は大人しくしながら、いずれくるはずの時を待つ。そう固く決意したのだった。
♢♢♢
こいつがそのコナー・シレジア。
以前王宮の舞踏会で少しだけ会ったが、闇の聖女に洗脳されている状態で、性格などは判断がつかなかった。
外見はどこにでもいるような平凡な男で、服装も髪色も目立つところなど一つもない。
実を言えば、王宮の舞踏会でありながら最低限のマナーは守りつつ、とても動きやすく機能的な服装をしていて、もしもニーナを苦しめた男でなければ、好感を抱いていたかもしれないが。
だからきっと責任感の強いニーナが、シレジア子爵家への義理だけで婚約したのだと思っていた。ニーナ本人もそう言っていた。
しかし実際に会ったシレジア元子爵は、ニーナを真っすぐに見て、心からの言葉を紡いでいる。
ただの義理だけじゃない。ニーナに恋愛感情はなかったようだが、きっとこいつとなら一緒にやっていけると思ったんだろう。
ニーナが婚約したと知ったあの日の苦い敗北感が、胸に蘇ってきた。
「ほら、なにをしているさっさと帰るぞ!」
銀髪で小柄な可愛らしい女性が、コナー・シレジアの服をグイグイと引っ張って、ニーナから引き離して、宿の外へと続くドアのほうへと連れていく。
「なーんであの人、あんなにモテるんだろうな」
隣に立っているアレフが呟いた。
「そうなんですよねー。本当に、俺たちも謎なんです」
「いやでも俺も、たまーに格好良く見えることある」
「あ、実は俺も」
そんなの知るか! と答えようとしたら、なぜか城の衛兵たちが、先にアレフの言葉にうんうん頷いている。
「また来るからなニーナ! お前はもうここに来るなコナー」
「え、ですがアイリーン一人では危ないのでは……」
「衛兵は連れてくる! それでいいだろう」
小柄な女性に引きずられて、コナー・シレジアは出ていった。
本気を出せば簡単に抵抗できるだろうに、ハイハイと言いながら大人しく引きずられていく。
「それではお騒がせしました」
「失礼いたします!」
待ってくださいよーと二人を追いかけて出ていく衛兵たち。なにやらとても親し気だ。
賑やかに去っていく一行を見送りながら、絶対にあいつには負けられないと、心に誓ったのだった。




