9話 和解
「ランス止めて。以前のことはシレジア様も、操られていたような状態だったのだから」
「それだけじゃない。こいつがニーナにやらせていた仕事の量は、明らかに異常だった。ニーナですら疲労困憊するほどにな。操られていた件だって、アレフのように避けることも可能だったんだ。全く責任がないとは言えない」
「くぅっ……」
シレジア様も長身だけれど、190センチ近いランスに胸倉を掴まれると、ほとんど足が浮いているような状態になってしまい、苦し気に顔を歪ませている。
確かにアレフさんはクロリスの洗脳から免れていたけれど、それはアレフさんがクロリスを上手く避けていたからだ。
クロリスの直接の雇い主であるシレジア様が、洗脳を避けられたとは考えづらい。彼も被害者だったと言えるだろう。
再び会いたいとは思わなかったけれど、恨む気持ちはもうなかった。
「……ない」
「なんだと?」
苦し気にしながらも、必死で何かを話そうとしているシレジア様に、ランスが胸蔵を掴んでいた手を少しだけ緩ませる。
「すまない。俺は元平民の出身で、伯父一家が亡くなって突然子爵になったんだ。仕事も慣れず、聖者の一般的な能力も知らず、ニーナさんに頼り切りだった。無知であるなら、調べたり、人に聞いたりするべきだった。ドレスディア……様の言うとおりだ。俺が愚かだった。本当に申し訳ない」
言い訳じゃない。まっすぐに私をみて紡がれるその言葉は、確かに心からの謝罪だった。
私がシレジア子爵家に雇われたのは、彼が子爵になってからまだ半年しか経っていない頃だった。
慣れない仕事や、社交界での人間関係に苦労されている姿を見ていた。
だから彼の言葉が本当に、嘘偽りのないものだということが分かる。
「……」
ランスもそれが分かるのだろう。渋々ながらも、シレジア様から手を離した。
「私もシレジア様の事情は存じております。仕方のなかったことだと思っています。もう気にしておりませんから」
「本当にすまない。俺の顔など見たくはないだろうが、謝罪を受け入れてもらって感謝する。それと……俺はもう子爵じゃない。様付けは止めてくれ。コナーでいい」
ずっと会いたくないと思っていた。
だけど今は会えて良かったと思う。
クロリスがシレジア子爵家にくる前は、忙しくて大変だったけど、シレジア様……コナーさんは、誠実で優しい人だと思った。
それが間違いじゃなかったことが分かったから。
私もコナーさんも、あの頃はシレジア子爵家をなんとかしなくちゃって、必死に働いていた。
その為の婚約だったようなものだけど。一時期は結婚の約束までした人が、悪い人じゃなかったというのは単純に嬉しかった。
「コナーさんは、今何をされているのですか。子爵位をはく奪されて、大変なのではないですか」
操られていたことを考えると、コナーさんの貴族位はく奪はとんでもない重い罪だ。
彼は元平民だったせいかそれほど悲壮感は感じられないけれど、元から貴族だったとしたらその後うまく生活できずに身を持ち崩していてもおかしくはない。
「ああ、そこにいる水の筆頭魔術師様に雇われて、助手として働いているんだ」
「ああ! それでなんですね」
先ほどアイリーンの言った、迎えにきた『お付きの者』というのが、コナーさんのことなのだろう。
「コナーさんは、王都で薬草を育てる方法を思いつくほどの方ですから、水の筆頭魔術師様の助手にはぴったりなんですね」
「ははは、ありがとう。お役に立てているかは分からないけれど、楽しく働いているよ。……それにしてもニーナさんこそこんなところで働いているとは思わなかった」
本当に、私自身もびっくりしているくらいだ。
あの時とお互いに立場は違うけれど、またこんな風に普通にお話しできる日がくるなんて。
「……客として、今度またここに来させてもらってもいいかな」
「ええ、もちろんお客さんとしてでしたら……」
「おい、犬! いつまでお喋りをしているんだ」
すっかり蟠りがなくなり、お互いの近況などを話していたら、突然アイリーンが割って入ってきた。
先ほどまでは抑揚がないものの、穏やかな様子だったアイリーンが、突然不機嫌そうな声音になるので、少し驚く。
それに聞き間違いだろうか。今『犬』と聞こえたような気が……。
「ああ、すみませんアイリーン。お待たせしてしまいましたね。ニーナさんは以前の知合いなもので」
「そんなことは知っている! お前は何しにきたんだ? 私の迎えに来たのではないのか」
「そうでしたね」
責めるようなキツイ口調のアイリーンの言葉に対し、コナーさんは気にした様子もなく穏やかに答えている。
そのせいだろうか。『犬』なんて呼ばれていて最初は驚いたものの、なんとなく、アイリーンがコナーさんに怒っている様子が、まるで甘えているように見えた。




