8話 シレジア元子爵との再会
「こちらへどうぞ。すみません歩きづらくって」
ローブの人物を、中庭に案内する。
今日は天気がとても良くて、大量に干されたシーツが、風が吹くたびににパタパタと揺れている。
そのシーツの隙間を縫って歩いて、奥の薬草畑へと案内した。
「こちらです」
「これは見事に……食べられているな」
「そうなんです」
「でも残っている薬草もある。すごいな、立派に育っている」
ローブの人物はしゃがみ込んで薬草畑を観察し始めた。
邪魔だとばかりに、あっさりとフードを取り払って。
――うわぁ。可愛い。
フードの中から現れたのは、透き通るようなサラサラの銀髪に、神秘的な紫色の瞳の可愛らしい女性。まるで妖精のようだった。
顔つきは思ったよりも幼くて、かなり若いのかもしれない。
「……なんだ?」
「すみません。フードを取っても大丈夫なのかなと」
じろじろ見すぎたのか、不審そうにされてしまった。
「ああ、別に……そこまで隠したい訳じゃない。下町の居酒屋なんかでは、子どもだと思われると舐められてやっかいだから被っているだけだ」
「なるほど」
ジャックとオリーブ亭は居酒屋ではないのだけど、確かにこの容姿では、隠しておいたほうがいいだろう。
「そういえば自己紹介をしていなかったな。私はアイリーン・グレイシアという。コルベ王国の水の筆頭魔術師だ」
「ニーナ・アンワースと申します。よろしくお願いいたします、アイリーン様」
「様はいらない。お前だって聖女だろう?」
相変わらず冷たい印象の抑揚のない声だけど、意外と気さくな人なのかもしれない。
アイリーンは、長い時間掛けて薬草畑を観察していた。
守護聖獣様に食べられて短くなった薬草や土を採取して、魔力を流してみたりしながら、ぶつぶつと呟いている。
「すごいな。やはりあいつの予想は当たっていたか……まあ実践できたのはニーナの光の魔力が抜きんでているからだろうが」
あいつというのは誰だろうと少し気になるものの、呟いて思考を整理しているだけで、どうやら私に話しかけている訳ではなさそうなので、大人しく見守って待っている。
ポカポカ陽気なので、待っている間に眠くなってきてしまう。
『なん……あんたが……!?』
『……!』
暖かな日の光と心地よい風にウトウトしていたら、宿の食堂の中で何事か揉めている気配を感じて、ハッと眠気が吹っ飛んでしまう。
――今のは、アレフさんの声?
珍しくアレフさんが、声を荒げている。
もうランチのお客さんも帰ったころだろうに、一体誰と揉めているのだろう。
今日はランスが2階の部屋にいるはずだ。騒ぎになればきっと降りてくる。
アレフさんも元貴族の私兵の部隊長をやっていたくらい強いのだから大丈夫だろうとは思うけれど、心配になってしまう。
ベルさんとエリックは出かけているので大丈夫なはず。おばあは2階にいるけれど、降りてこないといいな。
「あっ、ちょっと。今は行かないほうが……」
気が付けば薬草畑を見ていたはずのアイリーンが、宿の入口へとスタスタと近づいていってしまっていた。
中で何が起きているか分からないので、今は危険かもしれない。
引き留めようと、ローブの端を掴んだ。
「多分私の関係者だ。ここには内緒で来たつもりだったが、バレてしまったんだろう」
「迎え?」
「ああ。私のお付きの者と、城の衛兵」
「え、でも……」
なぜアイリーンのお付きの方とお城の衛兵に、アレフさんが声を荒げるのか。
やはり止めようと思ったものの間に合わず、アイリーンはあっさりと食堂へと続くドアを開けて、宿の中へ入っていってしまった。
「ニーナ!」
「シレジア子爵様!?」
アイリーンを追いかけて宿の食堂へ入ると、そこにいたのはなんと、私の元婚約者であり、雇い主でもあったシレジア子爵だった。
彼の後ろには、確かにお城の衛兵らしき制服を着た男性も二人いたけれど。
いや、シレジア元子爵か。彼が子爵位をはく奪されたことはグウェンさんから聞いていた。
シンプルな白いシャツに、細身の動きやすそうなパンツと、服装もほとんど以前と変わらない。以前と違って家紋を掘ったリングや、宝石でできたカフスなどはしていないようだけど。
顔色は以前よりもよく、思ったよりもとても元気そうだ。
――どうしよう。
シレジア子爵が私に対して婚約破棄をして、冷たく屋敷を追い出したのは、闇の聖女であるクラリスの影響であることはもう知っていた。
だけど実際に顔を合わせてしまうと、嫌悪感が湧き上がってくるのを止められなかった。
できるならもう会いたくなかった。
なぜこの宿に来ているのだろう。
「オイッ! ニーナちゃんはあんたのせいで、随分苦しんだんだぞ。どの面下げて来たんだ。さっさと出て行って……」
「すみませんでした!!」
「えっ」
アレフさんの言葉をさえぎって、シレジア元子爵がいきなり深々と頭を下げた。
いくらもう貴族でないとはいえ、元子爵だった人が平民であるアレフさんも見ている前で頭を下げるなんて驚きだった。
「ニーナ……さんには、本当に申し訳ないことをしたと思っている。なにやら洗脳状態だったと後から説明されたが、俺がしたことはしっかりと覚えている。ずっと謝りたいと思っていた」
頭を下げ続けている元シレジア子爵様。その態度と言葉に、嘘はないような気がした。
「頭をあげてくださ……」
「お前ここで何をしている!」
「うぐっ……」
「ランス!」
取りあえず誠心誠意謝っていただいたのは伝わったので、頭をあげてもらおうとしていたら、いつの間にか食堂に降りてきていたランスが、怒りの表情でシレジア元子爵の胸倉を掴む。




