7話 不審な訪問者
結局薬草畑が荒らされる件は、そのまま様子をみることに決まった。
食べられてしまっても、これまで通りに薬草を作り続けるのだ。
もしかしたら守護聖獣様がなにか不調を抱えて、薬草を必要とされているのではないかというのが、ブレイズ様の予想だからだ。
闇の聖女の問題が収まった後の私の生活は、下町の聖女としての仕事と宿のお手伝いが半分半分といったところ。
薬草畑を含め中庭の手入れをしたり、お料理を手伝ったり、エリック坊やのお世話をしたりと、楽しく働いている。
おばあたちはいつまでだってジャックとオリーブ亭にいていいと言ってくれている。
「あの、いつまでもいて良いとは言っても、さすがに私がおばあちゃんになるまでいる訳にはいかないですよね」
ある日の休憩時間、おばあとお茶を飲みながら、相談してみたことがある。
「ん? いいよ、いつまでもいても。ニーナちゃんがおばあちゃんになっても、ずっーっとね」
膝で眠る猫ちゃんを撫でながら、おばあが言った。
ちなみに猫ちゃんの名前はマオちゃん。どこか異国の言葉で『ねこ』という意味らしい。
「なにか気になることがあるのかい?」
「えーっと。ランスはいつまでこの宿にいるのかな……とか。私ももうちょっと計画的に考えたほうがいいのかなって」
「おやまあ。ふふふ」
優しいおばあの顔を見ていると、考えていること全部喋ってしまうから不思議だ。
「ニーナちゃんは今、ここにいて楽しいかい?」
「はい! とっても」
「じゃあいいんだよ、ここにいて。もしも動く必要がある時期になったら、その時は分かるようになっているものだから」
「……本当ですか? 本当にその時が分かるか、私自信がありません」
「分かるよ。ニーナちゃんがここに来た時も、分かっただろう?」
私がここに来た時というとシレジア子爵家を出た時の話だろうか。
「あれはほとんど、追い出されてしまって。アレフさんに連れて来てもらったので、全部偶然なんです」
「つまりニーナちゃんが、前いたところに相応しくなくなったということなんだよ。ニーナちゃんが追い出されたんじゃない」
「そうなの……ですか」
「うんうん」
穏やかに微笑むおばあを見ていると、そんな気になっててきて、気分がスーッと晴れた気がした。
「ニーナちゃん。今日のランチの材料はもう品切れだ。おしまいの札を掛けてきてくれ」
「はい、アレフさん」
ベルさんの妊娠中から宿の食事作りを代わったアレフさんは、今ではすっかり宿の料理人らしくなっていた。
アレフさんがやっている、宿泊客以外も食べられるランチは、用意していた材料がなくなり次第終了する人気商品だ。
だから材料がなくなった後はお客さんに分かるように、その日のランチが終わったら売り切れの札を宿のドアに掛けておくことになっている。
カラン カラン
ドアに取り付けてあるベルが鳴って、来客を知らせる。
札を掛けにいこうとしている間に、新しいお客さんが入ってきてしまった。
「すみません。今日のランチはもうおしまいなんです。ちょうど今札をかけるつもりで……」
入ってきたのはローブを羽織った小柄な人物だった。
私は初めて見るお客さんだ。多分下町の人ではない、旅人だろうか。
大きなフードを被っているので、顔はよく見えない。
私よりも背が低いし、ローブでも分かるくらい華奢なので、女性かな、と思った。
「……私はランチを食べに来たのではない。この宿にニーナという人物はいるか」
「ニーナは私ですが」
ローブの人物の声は、やはり女性のように高かった。
抑揚がないので冷たい印象の喋り方だけど、小鳥のように可愛らしい声だ。
「なんの御用でしょう」
料理を終えたアレフさんが、厨房からわざわざ出てきて、庇うように私の前に立ってくれる。
フードで顔が見えない人物を警戒しているのだろう。
「……グウェンに、王都で薬草を作っているのが『ジャックとオリーブ亭』のニーナだと聞いた。ニーナに話を聞いて、薬草畑も実際に見せてもらいたい」
「まずはフードをとって、顔を見せてくれ」
すかさず厳しい声で、アレフさんが言った。
「悪いがあまり人前でフードをとりたくない」
グウェンさんの名前も知っているし、悪い人ではないような気がするけれど、顔を隠したがるなんて怪しいことは確かだった。
「薬草畑には、私の水の魔石も使われていると聞いている。場合によっては更に協力してもいいぞ」
「水の魔石ですか!?」
グウェンさんやブレイズ様が作製した炎の魔石に劣らない品質の水の魔石。
それを作ったのが本当にこの目の前の人物なのだとしたら、それはこの人が水の筆頭魔術師様ということになる。
「ああ。これだ」
そう言ってローブの人物が手のひらの上に載せて見せてきたのは、魔石を作る材料になる、ただの石だった。
「これは魔力が入っていないただの……」
そう言いかけた私の目の前で、石が光り始める。
今まさに、魔力を込めているのだろう。
きらきらと、波が押し寄せるように綺麗な光が宿の食堂中に広がる。
食事中だったお客さんたちも、その幻想的な美しい光に、一時食事する手を止めて見とれていた。
「ほら、できた」
そう言って差し出されたのは、間違いなく最高品質の水の魔石。
「本当だ。間違いありません」
この水の魔石は、グウェンさんから貰った物と同じ人物が作っている。
そう確信を得て、アレフさんにも大丈夫だという意味を込めて頷いた。




