6話 獣の正体
昼過ぎになって、ようやくブレイズ様が目を覚ました。
「師匠! よかったー……」
「……グウェン、重いです」
まだベッドで横たわるブレイズ様のお腹の辺りに、グウェンさんが子どもみたいに覆いかぶさっている。
そんなグウェンさんを、ブレイズ様は孫を見るみたいな温かい目で見守っていた。
ただの師弟以上の絆が、このお二人にはあるみたいだった。
「ブレイズ様が夜中に気を失われて、半日も目を覚まされなかったので、グウェンさんがとても心配されていたんですよ」
「それは悪いことをしました。心配かけてすみません、グウェン」
「本当だよ。心臓に悪いから、気を付けてくれじーさん」
ブレイズ様が目を覚まされて、グウェンさんは本当に嬉しそうだ。
照れる様子もなく素直に甘えている。
朝から何も食べていない二人に、アレフさんとっておいてもらった食事を運ぶ。
今度はグウェンさんも食べてくれた。
「ブレイズ様は、薬草畑に来ていた獣をご覧になりましたか?」
「ええ。気を失う前の一瞬でしたが」
「あんなに怖そうな獣、初めてみました。普通の動物ではないですよね。魔獣……でしょうか」
「いいえ、違います」
ブレイズ様は予想外に、断定して言った。
「私はあの方を何度も見たことがあります。あの方は聖獣。このコルベ王国の、守護聖獣様です」
「え、聖獣様⁉ あの守護聖獣様が、薬草畑を荒らした犯人? ほんとかよじーさん」
どうやらグウェンさんも、会ったことがあるみたいだ。
「私が最後にお会いしたのは、筆頭魔術師時代の10年以上前ですが間違いないでしょう。白銀の毛並みに、角度によって青にも紫にも見える瞳の色のフェンリル。姿かたちもそのままでした」
確かに私が見た獣と、ブレイズ様が見たものと、同じものみたいだ。
「へー。守護聖獣様が食べにくるなんて、よほどニーナちゃんの薬草の品質が良かったのか」
「でもちょっと待ってください。守護聖獣様というのは、あれほど人間を憎むように、警戒されているものなのですか」
私はこれまでお会いしたことはなかったけれど、守護聖獣と言えばこの国を慈しみ見守って下さるものだと思っていた。
あんな風に憎悪を込めた目で見られるだなんて。
それとも元々そういうものなのだろうか。
「そんなはずはありません。本来の守護聖獣様は優しく知性的な方です。私のことも、覚えていてくださっているはずだ。それなのに……昨日は会った瞬間に、恐ろしい表情で威嚇を放たれて、気を失ってしまった」
「あの守護聖獣様がじーさんに……信じられない」
守護聖獣様が、ブレイズ様の意識を失った原因だと聞いて、グウェンさんが複雑そうに呟いた。
「なにか事情がおありのようだ。もしかしたら体調が思わしくないのかもしれない。薬草を食べにくるというのも、その現れなのかも。ニーナさん、薬草を食べられた分はうちの店で買い取ります。しばらくは聖獣様が薬草を食べにくるのを、そのままにしておいていただけませんか」
「ええ、それはいいですけど。それではお代なんていただけません」
「いやいや、薬草育てるのにお金かかるんだから、きちんとお金取らなきゃダメでしょ」
「でも……聖獣様が食べた分をグウェンさんたちがお金を払うというのも、おかしいような」
「あーもう。それは……じゃあこうしよう。火の魔石は俺とじーさんが作るから無料! ドレスディア領の水も、ランスロートのところに届けてもらうから実質無料! 皆で協力して薬草作る! はい、これで良い⁉」
「は、はい……」
なげやりにそう言うグウェンさん。
私でもそれはちょっと無理があると分かるけれど、まあそれで良いんだろう。
「この条件でもニーナちゃんの魔力を無料で注いでもらうことになっちゃうから、申し訳ないんだけどね。本当に、なにかお礼させてよ」
「この国の守護聖獣様が困っていらっしゃる様子なんですもの。これまでずっと守っていただいてきたのを、お返ししましょう」
「……だね」
「私からもありがとう、ニーナさん。店にある物でしたら、なんでもお礼に差し上げますよ」
「本当ですか⁉ 嬉しいです」
魔導具店『カエルの王子』には、珍しい魔導具が沢山ある。
ここはお言葉に甘えて、今度ゆっくり見させてもらおう。
「あ、でも最近は水の魔石も砕いて土に混ぜていますよね。そのおかげで更に薬草の品質が上がってきていて。……その水の魔石は、どうしましょう」
「ああ、それは大丈夫。実は水の魔石は、実験で大量に出たやつの屑を、元々無料でもらっているから」
「あれほどの品質の水の魔石が、屑なんですか」
火の魔石もそれまで見たことがないくらいの高品質だったけど、現火の筆頭魔術師のグウェンさんと、元火の筆頭魔術師のブレイズ様が作られていると知って納得だ。
でも水の魔石も、それに劣らないくらいの、素晴らしい品質なのだ。
どんなに小さい欠片だろうと、屑と呼んでいいような代物じゃない。
「そう。魔術師塔の裏に、大量に捨ててあるよ。まあ一応もらっていいか本人に許可とらないといけないんだけどね」
「本人って?」
「水の筆頭魔術師。通称氷の魔女ってやつさ」




