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追放聖女ニーナの下町暮らし【旧題:私は陥れられていたようです】  作者: kae
第2部 1章 薬草畑を荒らすモノ

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1話 ベルさんの出産

「ニーナちゃん、庭に生えてたこのハーブ、ベルさんの痛み止めに持っていっていい!?」

「は、はい! いくらでも使ってください」

 ジャックとオリーブ亭の食堂に、下町の女性たちが何人か集まっていた。

 男性たちは全員、宿泊客もこの宿の主人になったアレフさんですら追い出されて、文句ひとつ言わずに近所の酒場で待機しているらしい。

 集まった人たちはお湯を沸かしたり、この日のために用意していた清潔な布を運んだりと、打ち合わせをしていたのかと思うほど迷いなく動いている。

 私はというと、ずっと前に宿全体に浄化魔法を掛けてから、何をしたらいいのか分からず他の人たちが動くのをただ眺めていた。

 邪魔してしまいそうで、皆さんの作業を手伝うことすらできない。

この宿の女将さんであるベルさんが産気づいてから、もう何時間も経っている。

こんな時にどうしたらいいんだろう。魔法で少しでも楽にしてあげたいのに。


「ニーナちゃん、ベルさんが呼んでいるわよ。部屋に行ってあげて」

「え、でも……」


 先ほど痛み止めのための煮出したハーブの汁をベルさんに届けに行った、タバサさんという女性に言われて、少し戸惑う。

できるだけ邪魔にならないようにと、ベルさんの部屋にはおばあと産婆さん以外は必要な時以外は皆、入らないようにしていた。

 私も忙しく動く人たちの邪魔もしないようにと、1階の食堂の隅、壁に張り付いていたのだ。

 聞き返す暇もなく、私に伝えたタバサさんは忙しく作業に戻ってしまう。

 

 ――本当に、私が部屋に入って良いのかな。


 足音を立てないように、静かに階段を昇って、ベルさんの部屋のドアをそーっと開けてみる。

 すると椅子に楽な体制で、もたれかかるようにしているベルさんと目が合って、ニコリと笑ってくれた。

 出産する際は痛みが強くなる時間と、痛みが引く時間を繰り返すそうだけど、ベルさんは今は束の間の痛みが引いている時間みたいだった。

 さすがにいつもほどの元気はなくて、椅子の背もたれに寄りかかるベルさんの元へと駆け寄る。

「光よ。聖なる泉の安らぎを」

 手をかざして、ベルさんの疲れと痛みが取れるように、祈るような気持ちで魔法を掛ける。

「ありがとう、ニーナちゃん。聖女様に祈ってもらいながら出産できるなんて、えらーいお貴族様みたい。ぜいたくね」

 少しは回復してくれたのか、ベルさんがいつもの調子でそう言った。

「あの、他に私にできることありますか。あっ、下に敷いている布、取り替えましょうか」

「それは今はいいわ。起き上がるのが大変だから。……ううっ」

「大丈夫ですか⁉」

 またお腹が痛み始めたみたいで、ベルさんは苦し気に顔をゆがめた。

「あ、もう一度回復魔法を……」

 どうしよう。回復魔法を掛けて一瞬痛みが引いたとしても、またすぐに痛くなってしまうだろう。

 魔法を掛け続ける?

 そんなことして、大丈夫かな。

「落ち着きなさい、ニーナちゃん」

「おばあ……」

 焦っている私の背中を、いつも通りニコニコしているおばあが優しくポンポンと叩いた。

「魔法はもういいの。傍にいて、手を握っていてあげなさい。ああ、もうすぐだね」

「でも……はい」


 おばあに言われてベルさんの手を握ると、ベルさんも手を握り返してくれる。痛いくらいに強く。


「ベルさーん、もうすぐですよ。順調ね」

 産婆さんの声かけに、こんなに何時間も掛かっているのにこれで順調なのかと驚いてしまう。

「いい子だね、ベル。あとちょっとの頑張りだからね」

 ベルさんと私の手をおばあの小さくて温かい手が包み込んでくれた。



◇◇◇



「ベルさん! 生まれたわよ。可愛い男の子ね」

永遠に生まれないような気がしてきた頃、ようやく産婆さんのそんな声が部屋に響いた。

産婆さんがすばやく用意してあったぬるま湯で赤ちゃんを清めて、横たわるベルさんの胸元に連れてくる。

「本当だ。……可愛いねぇ」

 ベルさんはとびきり優しい笑顔で、その赤ちゃんの顔を覗き込んでいた。


 ――すごい! 本当に生まれた。


 ついに赤ちゃんが生まれた。

 いくら魔法が使えても、私にはほとんど何もできなかった。

 人が一人生まれることの大変さ、その奇跡を目の当たりにして、なぜか涙が溢れでてくる。

「ありがとうね、ニーナちゃん」

「おばあ……私はお礼を言われるようなことはなにも」

「そんなことあるもんかい。魔法ももちろん助かったけどね。ニーナちゃんはもう家族みたいなものだから。一緒にいてくれて、嬉しかったよ」

 おばあがそう言ってくれた。

 クラリスという聖女に陥れられて、以前の職場であったシレジア子爵家を追い出された時、この宿に連れてこられて私は救われた。

それから一緒に働いたり、生活し始めてから、1年半が経っていた。

 家族みたい――おばあとベルさんにそう思ってもらえているのが嬉しかった。


「ほら、おばあとニーナちゃんも見てよ。この子メチャクチャ可愛いわよ。世界一可愛いんじゃないかしら」

 ベルさんに言われて、私も生まれたての赤ちゃんの顔を覗き込む。

 大げさに言っているんだろうと思っていたけど、そこにいたのはお目目パッチリで、お人形さんみたいに小さなお鼻と口の、本当に、正真正銘どう見ても世界一可愛い赤ちゃんだった。

「……本当だ。えっ、この子すごいです! こんなに可愛い子、今まで見たことありません!」

 私がそう言うと。


「おやおや、まあまあ」

「ニーナさんも親ばか? 姉バカですかね」

「……っぷ。はははははっ! ニーナちゃんもう最高!」


 なぜかベルさんたちに、笑われてしまったのだった。


 ――この赤ちゃんが。ベルさんやおばあや、下町の皆が。ううん、もうこの赤ちゃんを取り巻く全ての物が、いつまでもずっと幸せの光に包まれますように。

 心の底からそう願った。


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