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夕暮れのバス停にて

 住宅街のはずれに、ぽつんと古いバス停がある。

 夕暮三丁目。

 けれど地元の人は、そこを“帰り道バス停”と呼んでいた。

 理由は単純だった。

 どんなに人通りが多い時間帯でも、そこでバスを待つ人はほとんどいない。

 それどころか、夕方になると誰も近寄らなくなる。

 中学二年のあおいは、そんな噂にまったく興味がなかった。

 部活帰りで疲れていたし、家まで歩くと十五分。

 バスに乗れば二分だ。

 時間の節約の方が大事だった。

「別に、普通のバス停だし」

 そう思いながら、葵はベンチに腰を下ろした。

 夕日は濃いオレンジで、家々の影を長く伸ばしている。

 風はまったく吹いていなかったのに、屋根のトタンがカタ、と鳴った。

 葵は振り返る。

 ……誰もいない。

「気のせい」

 そう言い聞かせてスマホを取り出した時だ。

 横から小さく声がした。

「……ねえ」

 はっとして横を見ると、小学校低学年くらいの女の子が座っていた。

 白い帽子、赤いリュック。

 どこか時代遅れにも思える服装で、肌が妙に青白い。

「こんな時間に、ひとりで大丈夫?」

 葵は思わず声をかけた。

「……だいじょうぶ。帰るだけだもん」

「そっか。家は近く?」

 女の子は首をこてんと傾けた。

「うん……ちかい、はず。でも、ひとりじゃ帰れなくて」

 妙な言い方だった。

 迷子なのかと思い、葵は立ち上がる。

「送っていこうか?」

 すると女の子は、コクッとうなずいた。

 ただ、その目はどこか、影が落ちたように暗い。

 葵は「じゃあ立って」と言って手を差し出した。

 女の子はその手を握る……のではなく、手をじっと見つめて、ふくんだ笑みを浮かべた。

「……だめだよ。バスくるよ」

 その瞬間だった。

 バス停の前に、音もなくバスが止まった。

 エンジン音もしない。

 排気ガスの匂いもしない。

 車体は古びて泥にまみれ、窓ガラスの奥は、どろりと濁った闇が溜まっている。

 車番表示は壊れているのか光っておらず、ただ「死」という文字が欠け落ちたような、不気味な模様に見えた。

 運転席も暗くて、運転手の姿が見えない。

 いや、そこには服だけが浮いていて、首から上が欠落しているように見えた。

 葵の背筋に冷たい汗が流れる。

「……これ、いつのバス?」

 つぶやいた途端、真横から耳を刺すような冷たい声がした。

「これにのれば、かえれるの」

 女の子は笑った。

 さっきよりも、はっきりと。

 口角が頬を切り裂くほど不自然に上がり、その隙間から真っ黒な舌が覗く。

 目は見開かれたまま、瞬きひとつしない。

「わたし、まいにちここでまってるの。でも、だれも……いっしょにのってくれないんだよ?」

 葵は一歩後ずさった。

「え、あの、どういう……」

「いっしょにのってよ。ね? そしたらね、“そっち”にもどれるの」

 バスのドアが、錆びた鉄を削るような音でギィ、と開いた。

 誰も乗っていないはずの車内から、腐った泥と、濡れた犬のような悪臭が混ざった冷気が流れ出す。

 奥の席に、何人も人影が座っていた。

 全員が、首を直角に曲げ、肩をガタガタと揺らしながら、暗い眼窩でこちらを見ている。

 彼らの足元には、無数の「赤いリュック」や「白い帽子」が、山のように積み上げられていた。

「……やっ、無理!」

 葵は走った。

 ランドセルの女の子が追ってくる気配はなかった。

 ただ、背中越しに、地面から這い出てくるような湿った声だけが聞こえた。

「また明日もまってるね。かえれない人は、みんなここにくるから。つぎは──あなたの番だよ?」



 次の日。

 そのバス停は、取り壊されていた。

 市の老朽化点検で“危険な状態だったため”と説明されていたが、地元の人たちは首をかしげていた。

 なぜなら、前日の朝まで、あのバス停には一切問題がなかったのだ。

 葵は遠くから更地になった場所を見つめ、ぞくりと背筋を冷やした。

 そこには、更地になったはずなのに、葵にしか見えない「ベンチ」がまだ残っていた。

 そして、そのベンチの上には、葵が昨夜着ていたはずの「部活のジャージ」が、丁寧に畳んで置かれている。

 風がないのに、耳元で誰かが濡れた舌を動かす音がした。 

「……のりばは、あなたの家にも……つくれるよ」


 葵が震えながら自分の部屋に帰ると、そこには、昨日までなかったはずの「降車ボタン」が、壁にポツンとついていた。

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