第8話 一日目 アインズガーデン
その日の夕方、変装した僕とルナは、門番に偽の通行証を見せる。
アインズガーデン地方で一番大きな町、トルペハートの町の中に入った。
人口は、約二千人。
森と平原に囲まれ、堀と城壁で守られている。
大通りは店が立ち並び、多くの人たちで賑わっていた。
その中にシリウスが差し向けた追手が紛れているのを、僕は見逃さなかった。
王国軍の兵士、ニコライの手先である隠密部隊の工作員、暗殺ギルドの刺客、賞金稼ぎまで。誰が追手なのか、アサシンの本能と感覚が見抜いてくれる。
ルナの情報によると、裏社会で僕の首に莫大な賞金がかけられたらしい。
僕の顔と容姿だけ教えられ、生きたまま捕らえるという条件つきで。
シリウスが二人目の勇者の名を広めずに、捕らえたいんだ。
逆らった僕を、自分の手で殺すために。
たった十二歳の僕は、世界中から追われる身となった。
悔しいけど今の僕は、ルナに案内されて隠れ家に行くことしかできない。
今に見ていろ――。
「着いたよ」
ルナが案内してくれたのは、二階建ての小さな一軒家だった。
つい最近まで、誰かが住んでいたのだとわかる。
「よくあったね、こんな場所」
「いつ何が起きてもいいように、いろんな場所に拠点や協力者を作ってるの」
先生は、この世界でソフィア様の反乱のために独自の組織を作っている。この隠れ家は、その一つだという。
ルナが鍵を開け、僕たちは隠れ家の中に入る。
一階は、居間と食堂と台所があった。
椅子とテーブルが置かれ、食器と雑貨がひと通り揃っている。
二階への階段を登った先は、寝室。ベッドが二つ並んでいる。
隣の部屋は、浴室と更衣室。タオルや石鹸等が置かれていた。
「いいところだね。二人で暮らすにはもってこいだよ」
一通り見終わって、ルナは機嫌がいい。
「そ、そうだね……」
対して、僕は緊張していた。
ずっと考えないようにしてきたけど、僕はここで……ルナと一週間同棲する。
まだ十二歳の僕が……可愛い女の子と!
「あれ、カケル……なんか変なこと考えてな~い?」
「考えてないよ……」
考えてない、考えてない、考えて……あと十回ぐらい繰り返してしまった。
「……ルナは平気なの。僕みたいな男と二人っきりで?」
「あたし? もちろん平気だよ。暗殺者だもん」
僕もそうならないといけない……はずだけど、そうなれる自信が湧いてこない。
「とりあえず、ご飯にする?」
「いいよ。今日カケルはとてもがんばったから、あたしが作ってあげるね」
なぜかルナは、メイド服に着替えた。
今日起きたことを、僕は思い出す。夢の世界でルナに殺され、ルナを殺して、現実の世界では魔法使いのせいでニコライに追われて、ルナが助けてくれた。
何かするべきなのかは僕の方な気がしたけど、ありがたく席についた。
彼女がメイド服で料理する姿を眺めながら、食べ物が出てくるのをじっと待つ。
「できたよ~」
香ばしい匂いを漂わせながら、料理が運ばれてくる。
ルナが作ってくれたのは、牛のステーキ、サラダ、パン、シチューなどなど。
何から何まで、まさにご馳走、まさにご褒美。
「どう、カケル?」
「……おいしいよ。すごく」
「ほんと? よかった」
ルナの料理の腕はすごかった。
本当に美味しくて、頬がほころびそうになってしまう。
理由は決して、二人っきりということだけじゃない。
「こんなに安らぐ食事……久しぶりだよ。誕生日以来だ」
「そっか……」
あれから僕の家族は引き裂かれ、勇者パーティーでもこういうものはなかった。
「……あたしもかな。アーニャと二人だけの時は違ったけどね」
アーニャも、ここに連れて来られればどんなに良かったか。
……いや、待てよ。そうなると僕は、二人と…………。
その時、二階の窓が外から叩かれる音が響いた。
窓の方を振り向くと、外にいたのは僕たちのドラゴン。
夜になってから飛んでくるよう命じておいたのだ。
「おかえり。ご飯できてるよ」
ルナが窓を開けて、フロッティとルナのドラゴンが入ってくる。
僕たちに駆け寄って、ルナが作った牛肉のステーキを食べ始めた。
僕とルナは食べながら、これからの方針について話し合う。
常に二人で行動する。
極力、家から出ない。
不要な外出は控えること。
まず僕は二日間かけて、徹底的な訓練を受ける。
密偵ニコライと蠍魔女スカーレットの捜索はその後だ。
ニコライについて、調べるべき場所はわかっている。
北の山奥にあるヒンメルハウス病院。
以前、ニコライは、そこに入院していたらしい。
ルナが、勇者パーティーの中で掴んでくれた情報だった。
後日、彼女と一緒に行く予定だ。
スカーレットの方は、この町に来る途中、近くを通りかかったので、ルナと一緒に立ち寄った。
森の奥のヴィンデ村。
七ヶ月前まで二百人が住んでいたその村は、ある日の夜、スカーレット直属の浄化隊シザーズ隊の奇襲を受けて、たった一人を除いて皆殺しにされた。
浄化隊というのは、その名の通り、人類浄化のための専門部隊。
人間を虐殺するためだけに作られた魔王軍の部隊。
その中でも世界中の人間たちに恐れられているのが、蠍魔女スカーレットと直属の上級戦士、人間サソリの怪物シザーズ率いる部隊だ。
蠍魔女スカーレットは、赤い髪をした美女であること以外は正体不明。
魔族ですら見た者がほとんどいなくて、今どこにいるのかもわからない。
十二魔将の中で最も人間を憎悪し、人類浄化に執念を燃やしているという。
彼女と同様に、シザーズ隊もまた神出鬼没。
当時、ヴィンデ村にいた二百人は、奇襲を受けるまで誰も気づけなかった。
滅ぼされた村に争ったような痕跡がないことから、それは明らかだ。
正体は不明だけど、スカーレットとシザーズ隊が何らかの姿を隠せる能力を持っていると予測される。
そして、殺し方が残虐非道。
どんなものなのか伝えるために、必ず一人は生かされる。
僕たちが立ち寄った廃墟のいたるところに、血肉の跡がこびり着いていた。
何をされたのか。それだけで、僕とルナが想像するには十分だった。
僕は、シリウスとディアギガスだけじゃない。
ニコライとスカーレットも、殺さないといけないんだ。
全部、僕がやる。
そのためには、誰でも殺せるようになれるぐらい強く――。
「――カケル。殺さなきゃって考えてる?」
「……えっ?」
いきなりルナに言われて、僕は呆けてしまう。
「やっぱり。ニコライとスカーレットを殺さなきゃって考えてたでしょ」
考えに耽る余り、ルナに見抜かれていると気づけなかったらしい。
「ダメだよ、カケル。先生と魔法使いに言われたよね。殺す前によく調べ、よく考えろって。どうするか決めるのは、二人について調べた後だよ」
「けど……君もここに来る前に見たろ。スカーレットが何をしたか?」
「それじゃあスカーレットは、なぜあんなことをしたの?」
「……えっ?」
「スカーレットは、人間を憎んでいるんじゃない?」
「それは……」
「もしスカーレットが大切な人を殺されていたら? ニコライもそうだったら?」
ルナの問いに、姉さんを殺されて、魔王と勇者を憎んでいる僕は何も言えなくなってしまう。僕がやろうと思ったことは、スカーレットと同じだったから。
「ねっ、わかったでしょ。『独り善がりな正義の下、無闇に血を流し、混沌を生んではならない。憎しみと戦火を広げ、復讐の連鎖を繰り返し、争いを大きくしてしまっては、取り返しのつかない破滅をもたらしてしまうから』」
「……先生の教え?」
「そう。争いを鎮め、平和へと導くことこそ、我ら暗殺者の使命。勇者なら尚更だよね?」
確かに、その通りだ。
殺せたって、争いを終わらせなれなければ何の意味もない。
そんなこと、ソフィア様、母さん、姉さんは望まないだろう。
その後の未来は、ミナとアーニャも生きていくんだから。僕とルナだって――。
「……わかってるよ。まずはスカーレットがどんな人か調べる。ニコライも」
「よし」
僕の返事を聞いて、ルナは笑った。
「がんばろう。あたしがしっかりサポートするからね」
「改めて、一週間よろしく」
僕たちは、寝ることにした。
ドラゴンたちと一緒に二階に上がって、先にルナにお風呂に入ってもらう。
僕は右側のベッドに腰掛けて、ドキドキしてしまったけど、幸いにも時間はすぐ過ぎてくれた。浴室から薄着に着替えたルナが出てきた後で、ゆっくりとお風呂に入る。
僕は、落ち着いていた。
ルナが気を引き締め、リラックスさせてくれたおかげだ。
寝間着に着替え、浴室から出る。
ルナが左側、僕が右側のベッド。
フロッティは、僕のベットの上、ルナのドラゴンは、彼女のベッドの上だ。
「おやすみ」
「おやすみ~」
ルナが灯りを消して、僕は眠りにつく。
隣に彼女がいて、眠れるかなと不安だったけど。
今日一日の体験で、とても疲れていて、明日はがんばらないと思っていたから。
あの誕生日以来、きっと僕は最も安らかに眠れた。
ありがとう、ルナ――。
――ちなみに、
「…………もう」
悶々として眠れないのは、ルナだった。
――トルペハート南の城門。
「……懐かしきアインズガーデン!」
『シリウスから伝言。あのガキとスカーレット、二人ともですって』
「出発間際、聖女様に会ってよ、土産持って帰るって言っちまった」
『まあ、めずらしい』
「楽しみにしてますだとよ……さあて、何を持ち帰るかね……」
翌日。
僕たちは朝早くから、ご飯を食べて、暗殺者の服に着替える。
僕とルナとドラゴン二匹。
隠れ家の中から、夢の世界へ――。
「よく来た、少年」
そこで、先生が待っていた。
「それでは早速、暗殺者の訓練を始める」




