第5話 少年
話はちょっとの間だけ、夢の世界で二人と出会った時に遡る。
――魔法使いが、どんな奴なのか知ってもらうために。
「……暗殺勇者ってなに?」
「その名のとおり、暗殺者となった勇者だよ。新しい職業だ。私は君に、暗殺勇者への転職を薦めている」
アサシンがそこに立っている中、魔法使いが楽しそうに語った。
「……僕みたいな子供に、暗殺者になれっていうの?」
「悪いことだとは、わかっているよ。君みたいな若者を勇者にして、魔王を殺しに行かせるのと同じぐらい悪いことだとね」
「……どうして勇者が、暗殺者になれるのさ?」
「勇者の使命は、魔王を殺すこと。ならば勇者とは、魔王暗殺を依頼された暗殺者だ。だったら勇者を本当に暗殺者として育て上げれば、魔王を倒せる可能性がより高まる。世界が救われて、人々にとっていいことずくめではないかな?」
「…………その発想は、どっから?」
「つい最近ひらめいてしまってね。試したくなった」
「……あっそ」
「そんな時に君を見つけた。暗殺勇者に実に向いている」
「……なるほどね。僕を実験台にしたいんだ」
「そのとおり」
呆れる僕に向かって、魔法使いは本性を隠すこともなくニヤリと笑い返す。
「君のような勇者を、暗殺者にしたらどうなるか。勇者の力を、伝説の聖剣を、勇者そのものを暗殺に全振りしたら一体……ワクワクしてくるだろ?」
「僕が暗殺勇者になったとしても、あんたの方がイカれてるよね?」
狂った魔法使い。
本当にヤバい人に目をつけられた。
どうして僕のところに来るのは、こんな奴らばっかりなんだ。
せっかく来てくれるなら、女神様やヴァルキリーみたいなお姉さんだよね。
ただどうするかは、僕に選ばせるらしい。
あとでやめてもいいと言われた。
結果がどうなるにしろ知識は広げられるから、それだけで満足なんだとか。
大事なのは、僕の意志。
この人は、僕に何も強要しようとはしなかった。
……どうして律儀なんだ?
「何はともあれ、殺したい君にとっておいしい話だと思うんだがね」
魔法使いの誘いに、僕は惹かれていた。
「もし僕が……なりたいって言ったら?」
「アサシンが暗殺術を、私が魔法を君に教える。君は、誰でも殺せるようになれるだろう」
そう言われて、僕は――ゾクっとしてしまう。
しかしもう一人の僕が、思いとどまらせる。
勇者にだまされたばかりで、こんな人たちを信じられるはずなかった。
「……あんたの話、本当? シリウスみたいに僕をだましていないって言える?」
「信じてもらえるのは難しいだろうね。あの手の奴らは、私も殺したくなるとは言えるが……」
「嘘か、どうかはっきり言ってよ。もしあんたが……僕を裏切ったら!?」
「ああ、その時には……」
「私が、魔法使いを殺そう」
その時、初めて口を出してきたのが、暗殺者。
魔法使いの側にずっと立っていた、東のアサシンだった。
「少年。私は魔法使いの仲間である前に、神を信仰する一人の信徒だ。君が私の教えを受ければ、君は私の教え子となる」
信じられないという想いはたくさんあったけど、
「神に誓って君を守ろう。私は君の味方だ」
この人が、嘘をついているという気がしなかった。
「だからそんな君を裏切った時には……私が、魔法使いを殺す」
相手は、暗殺者だというのにだ。
「だとしても……私は反対だ」
「一つ目の試練を遂げた君に改めて問おう。暗殺勇者になりたいかい?」
魔法使いが鴉のくちばしを使って、一度選択した僕に問いかけてくる。
「逃げたいなら逃がそう。普通の勇者がいいならそう育てよう。君が選べ」
「あくまで僕に選ばせる気なんだね?」
「もちろんだとも。この世界の運命は、二人目の勇者である君にかかっている」
そうやって、プレッシャーかけないで欲しいな。背負う気なんてなれないのに。
「暗殺勇者を選ぶメリットは?」
「手っ取り早い。敵味方ともに犠牲が最小限。陰キャな君に実に向いている」
「それもそうだね……」
「逆にデメリットは、世界を救っても、みんなに認めてもらえないことだ」
「いいよ、そんなの」
シリウスを認める連中にチヤホヤされるだなんて、そんなのゴメンだ。
「逆にみんなに知られたくないな。寄ってたかって、うるさく言われたり、仕事押しつけられたり、命を狙われたりするなんて、いやだよ」
「わかった。君が暗殺者であり、勇者であることは、私たちだけの秘密にしよう。君が望む者以外誰にも話さない。約束する」
……ソフィア様には申し訳ないけど。
「僕は、シリウスとディアギガスを殺したい」
「君が殺したい奴らは、他の世界と比べても強大だ。それでもやるかい?」
「アサシンは、そんな奴らを殺せるの? 死神みたいなあんたのことも?」
「ああ。彼は殺せる。彼にはそれだけの力と覚悟がある」
「僕も……殺せるようになれる?」
「なれる。君ならば勇者や魔王だけではない。私や彼であっても……世界中の誰であろうとも殺せるようになれるとも」
”死神”のささやきは、本当にゾクッとするほど怖かった。
だけど一つ目の試練で、この人たちに力をもらったおかげで、僕はシリウスのクソ野郎にナイフを突き刺せた。
これからもこの人たちの言うことを聞いて、そうなれたことを想像すると――ワクワクしてくる。
このチャンス――逃したくない。
この人たち、こんなふうに僕みたいな子供をだましてきたんだろうな。
「さて、どうする?」
「……それじゃあ一週間」
これからどうするのか。僕の選択は初めから決まっていた。
「まずは一週間。本当になれるかどうか試させてよ」
「……決まりだ」
僕たちは、共犯者になったかのように笑い合う。
「……少年」
――なのに、
「自分が何をやろうとしているのか、わかっているのか?」
またしても反対してくるのは、東のアサシンだった。
カチンと来た僕は、アサシンの方を振り返る。
「わかってるよ。シリウスとディアギガスは、僕がやる。あんたみたいな暗殺者になって、この手で殺してやる」
「……勇者と公爵夫人を殺しかけた時、どんな気分だった?」
「……気持ち悪かった」
僕は、正直に答える。
「勇者に殺されかけて、どんな気分だ?」
「今にも怖くて震えそうだよ!」
「一つ目の試練は、君に直に味わってもらうためでもあった……。暗殺者になれば、何度でも味わうことになるんだぞ!」
「なに、僕に説教する気?」
僕は、もう止まらなかった。
「命は大切? 殺しはいけないこと? あんな奴でも一人の人間? 殺す殺されるの毎日? こんな世界でもみんなのために誰かが救わなきゃ? 僕みたいな子供が、暗殺なんかやっちゃダメだって……わかってるんだよ、そんなこと!!!」
ずっと溜めてきた――怒りと悔しさを爆発させる。
「だけどあいつらを殺さなきゃ……また誰かが泣くじゃないか? あんたこそわかってるのか!? アーニャは、お母さんを殺されたんだぞ! 僕に!!」
姉さんの最期を、母さんやソフィア様の微笑みを、アーニャが泣く姿を想像しただけで僕は――。姉さんが教えてくれたことが何度心に突き刺さろうとも、僕は、僕は、僕は――、
「だからさっさと勇者と魔王を殺してよ! 僕を暗殺者にしてよ!! 勇者シリウスと魔王ディアギガスは、勇者なんかじゃない僕が……ブッ殺してやる!!!」
――あいつらを殺したくて、たまらなかった。
「……復讐か? 救いのためか?」
「どうでもいいだろ、そんなこと!」
僕は、睨み続ける。
「あんた言ってたよね。二つの試練を与えるって」
一つ目の試練は、シリウスからソフィア様を救うこと。
「あんたを認めさせてやるから、さっさと最後の試練を受けさせてよ!!」
「……いいだろう」
生意気な僕に、アサシンは腹を括ったようだ。
「これを乗り越え、また同じことを口にできるのであれば、私はもう何も言わない……。ただしこれだけは言っておく。君が最後の試練で味わうことになるのは、人生で最低最悪の気分だ!!」
一体……どんな試練だというんだ。
「おいおい、本当にあれをやらせる気か?」
そう聞いて、鴉が困惑する。
対して、アサシンは強気だった。
「どう育てるかは、私に任せたはず。黙っていてもらおうか、魔法使い」
「この少年は、お前と同じだ。この世の悪と理不尽が許せないだけだ」
「あなたにもよく似ている。手段を選ばないところとかな!」
この二人にはどんな過去が……魔法使いに似ているってのは心外だけど。
「いいよ、魔法使い。やらせて」
僕は話しかけると、鴉が見上げてくる。
「カケル、東のアサシンを決して悪く思うな。君にとって彼は必ず最高の師となるだろう」
鴉がそう言うと、どこからともなく、誰かが指を鳴らす音が聞こえた。
次の瞬間、僕たちは、古い城の中の部屋にいた。
廃村にいた自分が、いきなり城の中にいて仰天するしかない。
「なに、ここ?」
「夢の世界の城だ」
アサシンが言った。
「魔法で、君の意識だけをここに移した」
「君の意識だけを夢の世界って……僕の身体は!?」
「安心しろ。フロッティが見張ってくれている」
フロッティって、ドラゴンのことだよね……大丈夫かな。
「とりあえず、試練はここでやるってことだね」
「まずは私の教え子を紹介しよう。勇者パーティーに潜入させたスパイだ」
「スパイ!?」
僕は驚いた。
「その子は、君と同じように私の技を受け継いでいる。君が二人目の勇者だと私に教え、城での勇者の企みを伝えたのも、その子のおかげだ。君が私の教え子になれば、姉弟子になるな」
僕とソフィア様にとって、命の恩人と言えるじゃないか。
「姉弟子って、女の人か……」
「そう緊張するな。既に会っている」
「えっ?」
「それでは紹介しよう。入ってこい」
アサシンの合図で、部屋の中に誰かが入ってきた。
「やっほ〜、カケル~♪」
彼女の可愛い笑顔に、僕は度肝を抜かれる。
「話は聞いたよ。これからよろしくね」
暗殺者らしい身軽な赤黒い服に着替えていたけれど、彼女に間違いなかった。
「……ルナ?」
「そうだよ」
「……ルナ!?」
「そうだってば」
アーニャに仕えているメイドのルナだった。
「どうしたの?」
僕は無視して、アサシンに尋ねる。
「……ルナも?」
「そうだ」
東のアサシンは、答えた。
「ルナも、暗殺者だ」




