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第4話 迷子

「ブッゴッ!?」


 シリウスの首の傷から大量の血が吹き出す。僕とシリウスは血まみれとなり、足元には血溜まりができる。

 呪文の主が死に瀕したため、僕にかけられた《催眠ヒュプス》の効果が消失した。


 予想外の事態に、戦士長ライアンと従士マーロは立ち尽くすばかり。


 僕が振るったナイフの技は、異世界最強の暗殺者のもの。

 仕損じるなんてありえない。


 これで、シリウスは死ぬ――はずだった。


 首の傷が黄金の光の粒子に包まれ――回復していく。


 噂されていたとおり、黄金の魔力による再生能力だ!


 僕の後ろでソフィア様は倒れ、意識を失っている。

 瞬時に判断した僕は急いで、近くの床に散乱した聖剣の柄と切先、あと破片をできるだけ拾い始めた。


「――いい一撃だったぜ、ガキイイイイイイー!!」


 復活したシリウスが口から血を吐きながら、怒り、笑い、そして絶叫する。


「だが無駄だったな。偉大なる勇者は不死身なんだよ!!」


 思い知らされる。

 今の僕では、まだ殺せない。

 未熟なままでは、まだ――。


 僕は破片を拾うのを止め、倒れるソフィア様を後ろにかばった。


「この俺に逆らったんだ……覚悟はできてるんだろうなああああーーー!?」


 このままでは、僕とソフィア様は殺される。

 残されたアーニャとルナ、村にいる妹にも何をするかわからない。


 生き残り、守るためには、どうするべきか――。


 あの人が授けてくれたのは、技だけではなかった。

 暗殺者あのひとの知恵が、僕に最適解をくれる。


「おい、シリウス……」

 僕は、ニヤッと笑い返した。

「アーニャや妹に手出ししてみろ……。僕にられたって、みんなにバラすぞ!」


 油断していたとはいえ、僕に不意打ち喰らったことは事実。

 再生能力がなければ、僕みたいな子供ガキにブッ殺されていた。


 褒められたいシリウスにとって赤っ恥。誰にも知られたくない黒歴史。


 だから僕が妹を取られたのと同じぐらいに、偉大な勇者様に対する人質となる。

 僕の忠告を聞いた途端、奴が笑いながら青筋立てて、ブチ切れたのがその証。


 これで当分の間、アーニャたちが手出しされる心配はなくなった。


「おぼえとけ。次こそ、僕がる!」

「ガキイイイ――!!」

 シリウスが襲いかかった瞬間、

「《移動呪文ビューン》!」

 僕は、使用を禁じられていた呪文を唱える。

 一度行った場所に、ひとっ飛びで飛んで行ける《移動呪文》を。


 僕は気を失ったソフィア様をお連れして、部屋の窓から城の外へと飛び出す。

 ヴィレンスキー城から夜空高く飛び上がって、逃げ出した。


 部屋の中に取り残されたシリウスが、叩き割られた窓辺に近寄り、飛んで行った方角を見つめる。


「……れるものならってみやがれ」


 呆然となっているライアンとマーロ、部屋に入ってきたニコライたちに背を向けて、不敵な笑みを浮かべた。


「この俺に逆らって……楽に死ねると思うなよ!!」



 

 ソフィア様をお連れした僕は、夜空の上を西へ飛ぶ。

 お城から遠く離れて、森に隠された廃村の中に降り立った。


 ここは、暗殺者アサシンから受け継いだ記憶から咄嗟に選んだ場所だった。


 彼の記憶の中にメッセージとして書かれていたんだ――私は、ここにいると。


 僕は、ソフィア様を安静になるように横たえる。


「ソフィアさま……大丈夫ですか?」


 脇腹の傷から血が止まらない。息遣いも激しい。

 もう一刻の猶予もない状態だ。


「ソフィアさま!」

「……私に任せろ」


 僕の後ろに現れたのは、ターバンをかぶり、目元を前髪で隠した暗殺者。

 夢の世界で出会った、東のアサシンだった。


 彼の頭上で、赤茶色の小さなドラゴンが翼をパタパタとはためかせる。


「少年、見事だった……。君の勇気に心から敬意を」


 アサシンがソフィア様の前に膝をついて手当てを始める。

 看護師だった僕の両親より腕は優れ、そして負けないぐらい優しかった。


 彼の頭上を飛んでいたミニドラゴンが、僕の足元に左右の翼をたたみながら四本足で降りて、なぜか僕になついてくる。

 ドラゴンの小さな頭には二本の角があり、僕を見上げる黄色い瞳はつぶらで可愛かった。


「君は……?」

「そいつの名前は、フロッティ。暗殺勇者の使い魔だ。可愛がってくれよ」


 頭の上から声が聞こえ、そばに建てられていた家の屋根を見上げる。

 誰も住んでいない家の屋根の上に、真っ黒なカラスが止まっていた。


 魔法使いの肩に止まっていた、あの鴉。


「この私、魔法使いが、この鴉を可愛がっているようにね」


 黒い鴉がくちばしから発せられたその声は、”死神”――魔法使いのものだった。



 魔法使いとアサシンは、ソフィア様の反乱の協力者。


 最大の敵であるシリウスがヴィレンスキー城に来て、ソフィア様に何かしてくる可能性が大きかった。

 ソフィア様は、アーニャを人質にされていたから、表立って逆らうわけにはいかない。しかし二人目の勇者である僕と接触する好機でもあり、密かに動いて、僕に伝説の聖剣を渡そうとした。

 それすらも勇者に利用されると読んだアサシンたちは、ソフィア様にも内緒で夢の世界から僕に接触してきた。彼女を救ってほしいと――。



 ――母さんが死んだのは、本当だった。


 村からの手紙には「返事も送らないで何やってんだ!」と、乱暴な文字。

 妹に会いに行っても、会わせてもらえそうになかった。


 帰れる家も失くなっちゃった――。



 公爵夫人ソフィア様の死が、世界中に発表された。


 ヴィレンスキー城内に魔王の刺客に侵入されて、跡形もなく惨殺されたと。


 数日後には『葬儀は静粛に』という遺言は無視されて、王宮に世界中の人たちが集まって盛大な国葬が挙行された。


 シリウスの『叔母上を奪った魔王を絶対に許さない!』という涙ながらの演説が世界中の人々を感動させる。


 魔王を殺せ! 魔王を殺せ! と誰もが叫ぶようになった。


 王国軍の雰囲気は、変わったそうだ。


 シリウスとお近づきになれる勇者パーティーの仲間たちは相変わらずだけど、下々の兵士たちからは笑顔が消え、暴力沙汰が増えるようになったらしい。


 皆の前に、あれだけ優しかった聖母様と聖女様が現れなくなったからだ。



「うわああああああ……!」

「泣け。好きなだけ泣くといい」


 野営地のテントの中で、アーニャがシリウスに慰められている。


「お義兄様……」

「安心しろ。仇は俺が取ってやる……いや、俺たちで取るんだ!」


 「殺せ」と命じたその手で、その口で――。



 その裏で。


「あいつは、まだ見つからないのか?」

「ええ……。奴らに匿われたみたい」


 ニコライ、ライアン、マーロがいるテントの中にもう一人の人物がいる。


「例の連中か……お前の星見もたいしたことないな?」

「いいえ、尻尾は掴んだ。連中を誘き寄せるために、あの子を泳がせておいた甲斐があったわね」


「……皆まとめて、俺の前に引きずり出せ」

「当然……。ニコライ」


 二人の前に、密偵ニコライが進み出る。



 ソフィア様は、峠を越えた。


「もう大丈夫だ。彼女は、私が引き取ろう」


 村の中で、アサシンが僕に言った。

 ソフィア様が眠る家の外で、僕たちは話をしている。

 僕に贈られたあのミニドラゴン、フロッティは村の周辺を隠れながら飛び回って、番犬代わりをしてくれていた。


「破壊された君の聖剣も預かろう。魔法使いが直してくれるはずだ」

「ソフィア様は、これからどうなるの?」


「しばらくの間、死を装って隠れていてもらう。誰にも秘密にして欲しい」

「アーニャにも?」


「そうだ。すまないが……」

「あんたたち、本当に何者なんだよ……」


 僕に技を授けて、聖剣まで直してくれるだなんて。

 得体のしれないこの人たちに、まだ感謝する気になれない。


「異世界から来たあんたたちが……どうして僕たちを助けてくれるのさ?」

「この世界を守るために。今はそうとだけ言っておこう」


 肝心なことはまだ話せないっていうのか。


「魔法使いが頼んだとおり、君にはこの世界の魔王と勇者を倒してもらいたい」

「ねえ……僕を暗殺勇者にするのもそのため?」

「それは……」

「僕に暗殺勇者になって、この世界の勇者と魔王を殺せっていうの?」

「いや、勇者と魔王を倒してくれるならただの勇者でも構わない」


 アサシンが何か言う前に、”死神”の声が聞こえてきた。


「残酷なこの世界を救うのに、暗殺勇者は最もふさわしい手段の一つだがね」


 魔法使いのあの鴉が、今度は僕たちの足元にいた。


「カケル、一つ目の試練を遂げた君に改めて問おう。暗殺勇者になりたいかい?」


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