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第2話 奴隷

「あなたが、カケルですか?」


 いつものように雑用を命じられた僕に、同じ歳の少女が話しかけてくる。

 銀髪のポニーテールとつぶらな瞳が、とても可愛い少女だった。


「掃除と洗濯ですね。聖女として私も手伝います!」


 それが、アーニャとの出会いだった。

 掃除と洗濯は、僕を唖然とさせるぐらいヘタクソだったけど……。



 勇者パーティーに入った僕は、三英雄の一人、密偵ニコライが率いる最も危険な隠密部隊に入れられる。強くなるためだと言われた。

 かくれんぼは得意だったから、その時は上手くやれると思った。


「カケル、新たな任務だ」


 野営地のテントの中で、勇者シリウスが僕に命じる。


「東の森にあるエルフの街が魔王軍に占領された。そこに潜入して、魔王軍十二魔将が二人、牛魔人タウレスと猪鬼人ガウレスがどこにいるか探し出せ。そして俺たちのいる野営地の方まで誘き寄せるんだ」


 勇者が話している中、青年が機嫌悪そうに両腕を組んで柱に寄りかかっている。

 この青年が、密偵ニコライ。

 乱れた白い髪に、青バンダナを巻いていて、顔の右側には白い火傷痕があった。


「なあに危なくなったらニコライがすぐ来てくれる。俺とアーニャもすぐに駆けつける。頼んだぜ、カケル」


 ニコライが来てくれたことなんて一度もない。


「なあ……。お前、いつ死ぬんだ?」


 最初の任務の後で、話しかけられた時の僕の驚きようといったら。


「みんな、勇者と世界のために戦ってるんだ。お前みたいなクソガキは、死んで役に立たなきゃいけねえだろ……。なあ、お前は、いつオレたちのために死んでくれるんだ?」


 最初の任務で、同じ部隊の仲間少年六人と少女四人が死んだ。

 それ以来、僕は一人で任務に行くようになる。



「いってらっしゃい、カケル……。気をつけて」


 見送ってくれるアーニャの言葉が救いだった。



 東の森には、獣人兵がうようよいた。


 勇者になってから、僕は勘が良くなった。

 なぜかはわからないけど、敵の位置が何となくわかる。


 《敵避呪文コーコソ》で敵に気づかれにくくなって、木の影や草むらに隠れながらゆっくりと進んだ。


 そのまま魔王軍に占領されたエルフの街へ潜入し、奥で牛魔人と猪鬼人を見つけたんだけど、


「……ネズミがいるぞ!」


 また見つかった。最初の任務の時からいつもこれだ。

 どんなに隠れていても、なぜか敵の幹部クラスに気づかれる。


 僕は《加速呪文ヒュン》で素早さを強化して、必死に逃げた。

 しかし牛魔人が大斧で樹々を薙ぎ倒しながら物凄い勢いで迫ってくる。


 僕はたちまち追いつかれて、大斧を振り下ろされた。

 何とか避けたけど、地面を叩き割る衝撃に吹き飛ばされ、地面に転がされる。

 動けない僕に、老将・牛魔人タウレスが近寄った。


「ここまでだ、小僧……ぬうっ!?」


 倒れる僕が見上げる中、誰かが空から降りて来て、牛魔人がそちらを振り返る。

 勇者シリウスとパーティーの仲間たちだった。

 シリウスの移動呪文ビューンで、野営地からここまで飛んで来たんだ。


「貴様……勇者シリウス!」

「カケル、無事ですか!?」


 仲間たちの中から真っ先に、白銀の戦衣を着たアーニャが僕に駆け寄った。

 シリウスが鞘に収めた聖剣を手にしたまま、たった一人で牛魔人の方へ近づく。


「老将・牛魔人タウレス、俺が相手だ!」

「よかろう。老い先短く、ますます盛んな我が肉体! やはり小僧小娘如きでは物足りぬ!」


 ここからは、いつものパターンだ。

 仲間たちの前でシリウスは聖剣を抜かず、敵と一騎討ち。


「サービスだ。最初に一発だけ――」

「ぬうううん!!」


 最初に一発だけ、敵の攻撃をわざと喰らう。


「……なに!?」

「……おいおい、いきなりを何するんだ?」


 そうして、己の不死身っぷりをアピール。

 タウレスの大斧が、勇者の左腕一本で受け止められる。


「やはり、わしでは及ばぬ……」

「せっかく勇者が話してるんだぜ。最後まで言わせろ――よっ!」


 最後に、ワンパン。

 牛魔人タウレスの巨体が、勇者の右パンチ一発で肉片に変えられた。


「やったわね、シリウス!」

「さすがです! あの獅子王に並ぶと称されたタウレスまで一撃だなんて!」


 勝った後は、従士マーロと仲間たちが褒めちぎる。

 勇者が黄金の魔力をまとえば、死ぬどころか傷つけられるものなど存在しない。

 たとえ傷つけられたとしても、その肉体は瞬く間に再生される、という噂が世界中に広められている。聞く者はその無敵っぷりに目を輝かせ、畏怖の念を抱かせられるらしい。

 実際、あの聖剣が抜かれたところを、僕はまだ見たことがなかった。


「おう、シリウス。そっちも片付いたみたいだな」


 森の奥から全身に板金鎧を来た大男が、戦士たちを引き連れてやってきた。

 身の丈以上もある大剣を右肩に担ぎ、猪頭の首を左腰に挟んで、笑っている。


「ライアン、エルフの街の方はどうだった?」

「ご覧の通りだ。猪鬼人ガウレスを、俺様自慢のこの巨人殺しの大剣でブッタ斬ってやったぜ!」


 ライアンと呼ばれた大男が、シリウスの足元に猪頭の首を投げ捨て、右手の大剣を堂々と掲げる。


「さすがは三英雄の一人、戦士長ライアン様だな」

「礼としてお宝もたんまり頂いたぜ。まっ、街はほとんど壊れちまったけどな」


 後ろにいた手下たちが、両手一杯の金銀財宝を見せびらかせた。

 王国軍と勇者パーティーは乱暴狼藉なんてしない。

 ここではそういうことになっている。


「で、お前は、また一撃か!?」

「見ればわかるだろ?」

「やっぱりお前は、偉大なる勇者だぜ!」

 ライアンは、いつものようにシリウスを称賛し、

「……それと比べて、あのガキは」

 僕をバカにする。


「おら、奴隷! そんなチキンぶりじゃまたしごいてやんねえとなあ、おい!?」


 僕の情けない姿に、マーロと他の仲間たちがくすくす笑う。


「やめなさい!」 

 アーニャを除いて。


「カケルが、タウレスとガウレスを見つけてくれたんですよ。それなのに、なんて口の聞き方ですか!?」


 聖女の叱責に皆黙るが、ニヤニヤは消さない。


「それからライアン! お礼に頂いたってどうせ無理やり……」

「そうだぞ、みんな。アーニャの言う通りだ」

「お義兄様……」


 シリウスがそう言ってアーニャを黙らせながら、僕に歩み寄って手を伸ばす。


「カケル、よくやったな」


 これが、勇者パーティーでの僕の現状。

 装備は、黒服と黒マスク。メイドの友達がくれたナイフだけ。


 勇者の力を授かっていなければ、とっくに死んでいた。


 魔力は莫大だけど、おぼえた呪文は微妙なものばかり。


 《沈黙呪文サプレス》や《幻惑呪文ユラユラー》は、幹部級には効きづらい。

 《魔術消去マジポイ》は、味方の支援まで打ち消してしまう。

 《消臭呪文オドレス》は、野犬から逃げるぐらいしか役に立たない。


 一番便利なのは、《移動呪文ビューン》だ。

 一度行った場所や仲間のいるところに、ひとっ飛びで移動することができる。

 だけど勇者や聖女にしか使えない特別な呪文で、これを使ってしまうと僕が勇者だとバレてしまうから、シリウスに使用を禁じられていた。


 これを最初の任務で使えば、みんな一緒に逃げられたのに……。



 現在、王国軍が主拠点としているのはヴィレンスキー城。

 アーニャの実家でもあるここの広場で、勝利の宴が開かれる。


「みんな、聞いてくれ! 今日、俺たちは、魔王軍十二魔将、牛魔人タウレスと猪鬼人ガウレスの二人を討ち取った!」

「「おおおおおおーー!」」


 黄金の盃を手に持つシリウスの元に、公爵夫人、勇者パーティーの仲間たち、王国軍の将兵たちが集まった。


「これも皆のおかげだ!」

「「総大将シリウス! 王子殿下シリウス! 偉大なる勇者シリウス! この勝利をあなたに!!」」

「ありがとう、みんな。さあ、今日の勝利を祝して乾杯!」

「「乾杯!!」」


 そこで僕は、何をやらされていたかというと、


「おい、奴隷! 皿が空になったぞ!」

「おら、奴隷! 何してんだ。次の酒持ってこーい!」


 任務を終えたばかりで疲れてるのに、給仕の仕事を手伝わされていた。


「何してるんですか、奴隷。シリウス様とライアン殿のお酒が尽きましたよ。早く次の酒を持ってきなさい」


 マーロが喜んで、僕をこき使う。


「ああ、それから僕たちの――」

「カケルー!」


 しかしその声が飛んできた途端、ぴたりと止んだ。

 僕の元に駆け寄って来たのは、真っ白な私服に着替えたアーニャだった。


「給仕のお仕事ですね。私も手伝います!」


 彼女は聖女、王子の従妹で公爵令嬢、しかもここは実家なのに。


「……うん、お願い」

「まかせてください!」


 彼女は、自分は聖女なんだからみんなのためにがんばらなければいけないんだと、いつもがんばっていた。また女の子らしく、家事や料理にハマってきている。


 それから、アーニャの後ろにもう一人。

 公爵家御用達のメイド服を着こなす少女がいた。


「カケル、任務おつかれさま~」


 ホワイトブリムを頭につけ、栗色の長い髪をウェーブに伸ばし、可愛い笑顔を振りまく。白いエプロンの膨らんだ胸元と、黒いスカートから伸びた足に、僕はつい目が行きそうになってしまう。


 彼女は、ルナ。

 アーニャに仕える同じ歳の女の子だ。


「アーニャから聞いたよ、今日も大活躍だったんだってね」

「……逃げてただけだけどね」

「そんなことない。逃げる、誘き寄せる、生きて帰ってくる。ぜーんぶ立派なお務めだよ。それができたカケルはえらい! よくがんばりました~」

「……ありがとう」


 ルナに拍手されて、僕はうれしかった。


「だからさ、カケルからもアーニャにやめるよう言ってくれない?」

 けどこういうところがあるんだよな。

「明日も大事なお務めがあってね。代わりにあたしが手伝うからさあ……」

「何を言うのです、ルナ。これも大事なお務めです。あなたも手伝いなさい」

「うええ……」


 ルナは、僕たちなんかより全然上手。

 料理、掃除、洗濯、何でもテキパキとこなしてしまう。

 僕とアーニャがやれるようになれたのも、ルナが教えてくれたおかげだ。


 二人と友達になれて……僕は救われていた。


「シリウス、新しいお酒を持ってきたよ」

「おう、そこに置いといてくれ」


 僕が宴の席に戻ると、シリウスは美女たちを侍らせていた。


「ねえ、シリウス……。いつ僕に剣や魔力の使い方を教えてくれるのさ?」

「おう、それか。なら答えろ。今度の任務で、魔物の一匹でも殺せたか?」


 僕は正直に答える。


「……殺せてないよ」

「それじゃあダメだ」


 シリウスが可愛がるように微笑み、女たちから薄ら笑いが聞こえた。

 

「いつも言ってるだろ。殺せたら教えてやるって。まずは男にならなきゃな」

「……わかったよ」


 このパーティに加わって、もうすぐ三ヶ月。

 姉さんの仇を討つため入ったというのに、僕は魔物すら殺せずにいた。

 誰も殺してはいけないという姉さんの教えを、破れずにいる。


「……あら。シリウス、この子は?」


 そこで隣の貴婦人が、僕の方を見ながら話しかけてきた。


 輝く銀髪、優しい笑顔、豊かな胸元と白銀のドレス。

 天国から女神さまが降りて来たんだと、僕は思わず見惚れてしまう。


 この人が、ヴィレンスキー城の主。シリウスの叔母で、国王の実妹。

 ソフィア・ヴィレンスキー公爵夫人。


 世界中の人たちから愛されている、”聖母”ソフィアさま。

 アーニャのお母さんだ。


「叔母上。はい、この少年は……」

「待って、お義兄にいさま。私に紹介させてください」


 するとアーニャが、ルナと一緒に料理を持って飛び込んできた。

 慌ててテーブルの上に料理を置くと、僕のそばに立ち、お母さんやシリウスと向かい合って、僕はつい期待してしまった。


「お母さま、こちらの少年が……私の友達のカケルです」

「まあ、この子が?」

「は、は、はじめまして、ソフィアさま!」


 僕は緊張の余り、背筋を伸ばしすぎ、声を必要以上に出してしまった。

 恥ずかしい姿に、ルナがクスクス笑う(うるさい!)。

 同時に、パーティーの仲間たちから嫉妬の眼を向けられた。


「フフ。はじめまして、カケルくん」


 ソフィア様が可笑しがり、僕に微笑んでくれた――本当にきれいな人だ。


「君の活躍は、アーニャの手紙に書いてあったわ。危険な偵察任務にいつも行って、生きて帰ってくる、勇敢な人なんですってね」


 僕の方にかがみ込み、お美しい顔を僕の目の前まで近づけてくる。


「いえ、そんなことは……」

 僕は、ドキドキしてしまう。

「ねえ、カケルくん……」

 ソフィア様は、僕の耳元にそっと唇を寄せ、こうささやいた。

「……今夜十二時、北の別荘まで会いに来てくれる?」

 とろけさせる甘さなど微塵もない、真剣な口ぶりで。



「……私は反対だ」


 夢の世界。


「勇者である君が、暗殺者になるなど」


 魔法使いと共にいた中東風の暗殺者アサシンが、僕に語る。


「殺す前によく調べ、よく考えろ。たった一つしかない命を奪ってしまった後で、自分と世界が一体どうなってしまうのかを」


 いや、僕に説いている。


「君には家族と共に逃げる道がある。真っ当な勇者を目指す道もな。しかし、一度でも手を汚してしまったら最後……君がいる世界は、闇に包まれる」


 そんなものではなく、光を。

 まるで僕に、その道を選んで欲しくないかのように。


「ここにいる者として、何度でも君に問おう。少年、闇に堕ちる覚悟はあるか?」


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