2ー1
続編部分になります。
レウス元王太子の婚約破棄騒動から早二か月。
継承権の順序が変更となり新しい王太子となったのは庶子だった第一王子シャルク殿だ。
彼はレウス王子より年上だが母親が平民で後ろ盾が弱かった為に継承権を放棄を宣言していた。
ゆくゆくは隣国の駐在官として働くために勉学に努めているところだった。
それが急遽王太子となり、様々な手続きや交渉、式典と目まぐるしい忙しさを強いられていた。
そんな雑多な事柄が収束し時間の猶予が出来た本日ようやくシャルク殿との会談が実現した。
「ダン殿、お会いできて光栄です。」
応接室で先に待っていたシャルク殿が席を立ち此方を迎える。
「こちらこそお会い出来て光栄です、シャルク王太子殿下。」
シャルク殿下に臣下の礼をとる。
「あまり畏まらないでください。
まだまだ半人前で皆様に助けていただかないと立ち行かない身なのですから。」
殿下自ら此方に歩み寄り手を差し出してくる。
なる程、リント卿が仲介をしてまで合わせようとした理由がわかる。
はっきり言って王家の中では異端と言っていい程に下手の対応だ。
もちろん庶子と言う立場での処世術もあるのだろうが舐められない為に立場の高い方は強気であたる者も多い。
まぁ、前世の記憶がある身としては印象の悪くない態度だ。
手を取り立ち上がると目を合わせる。
目を引くような際立った特徴があるわけでは無いが整った顔立ちと高い身長、落ち着いた物腰が先日蟄居を言い渡されたレウス殿下と比べると随分大人に見える。
確か二つほどしか変わりないはずなのだが育った環境だろうか?
「正直急な話で私も心構えがまだ出来ていないのです。
先日までの友人が遜ったり敬語になったりでだいぶ参りました。」
「…それはまた、」
気心知れたものがいないと言うのはかなりキツいものがある。
「ですので高位の方で年の近い方には砕けてお話ししたいと思っています。」
「私は一回りほど上になりますが?」
「高位で年の極近い者たちは先日の件で繋がりを持てません。
ダン殿は年上の方でも近い方ですしリント卿の義息子になられましたので今後もよく付き合いがあると思っています。」
なる程、レウス殿下の婚約破棄騒動時とその後の対応を見るに有能な方だとは思っていたが想像以上のようだ。
「そう言う事であれば不肖な我が身ではありますが殿下の友人として堅苦しい喋りはここまでとしましょう。」
実際、宮廷の堅苦しい喋りは前線で働いていた身としては息の詰まる思いだった。
俺も気がおけない相手ができる事に否はない。
「助かります。」
「それで殿下、今日は?」
「既にリント卿からは賛同をえていますが、次期東部軍総統としてダン殿にも私の傘下に入って頂きたい。
理由はお分かりと思いますが国内の勢力バランスを保つためです。
先日の件で王家の信は大きく傾きました。
宰相派もレウス王太子に聖女と言う鬼札を失いはしましたが勢力としては無傷と言っていい。
このままでは中央を宰相派に抑えられてしまうでしょう。」
シャルク殿下の推測はリント卿や俺、東部諸侯が危惧している事と同様である。
元々勢力拡大著しい宰相派に対抗する為の婚姻政策だったのだ。
ほぼご破算となってしまったいま、対抗する勢力が心許ない。
せめて婚姻継続できた2家だけでも傘下に置きたいのが王家の意だろう。王妃の意は別として。
「こちらの結束が上手くいかなければ宰相派は実力行使に出てもおかしくありません。
教会もここぞとばかりに出張って来そうですし…。」
古来より宗教と政治が絡むとろくな事がない。
善悪を謳い人の命を蔑ろにする。
善も悪も視点が変わればどちらが正しいとは言えないのに、だ。
前世の歴史でも証明されている。
人は自分に良いように世界を見るものなのだから。
「たしかに、教会が国政に幅を利かせるのはいただけない。」
シャルク殿下もこちらの言に頷く。
こう言う視点をお持ちの方は希有だ。
通常、幼少期からの刷り込みで教会の教義を当たり前に受け止める者が多いからだ。
「分かりました。元よりこちらも同様の危惧を抱いていました。先程件次期東部軍統領として同意いたします。」
「あぁ…よかった。」
俺の言葉に少し驚きの表情をされたあと緊張が解けた様に破顔される。
「しかしそうすると北部を味方に付けれるかが鍵となりますね。」
「はい。」
シャルク殿下も真剣な顔になられる。
西のアルケイウス王家
南のディルクセン公
東のバルダート公
北のダルカタ公
1王3公は元は4つだった国がアルケイウスに併合されるにあたり、其々の地を公爵として治めたのが始まりだ。
併合当初はアルケイウス王家がほぼ実権を握っていたが、200年の時の中で各公領が力をつけてきた。
現宰相は南のディルクセン公爵その人でもある。
因みに東のバルダート公爵はザム家やリント家の寄親だ。
ここで話を破談となった婚姻に戻すと西の王家と東のバルダート公との間で同盟し、南のディルクセン公と国内の勢力を2分する予定だったのだ。
ここに北部は含まれていない。
理由は北部が今の国勢から二歩も三歩も身を引いていたからだ。
主要ポストに手を上げるでも無く、次期国王とされていたレウス殿下の側近にも人を送らず、精々北部軍統領の地位をいだいているだけだった。
無事婚姻がなされていれば次代のバランスが取れる筈だったのだが、全ては教会が送り込んだ聖女によって覆される。
レウス殿下達の独断で行われた婚約破棄で王家は不審をもたれ同盟もご破算。
国内勢力の2分は失敗となった。
これでディルクセン公爵の一人勝ちかと思われたのだが、実はこの婚約破棄ディルクセン公や教会勢にとっても予想外のタイミングだったようで準備が整っていなかった為に王家はギリギリ楔を打ち込む事に成功する。
それが継承権の変更だ。
シャルク殿下を新王太子に据え、王太子妃はそのままバルダート公の娘ヘルミナ嬢が務める事でどうにか体裁を整えた。
各部署に爪痕を残した一連の出来事はここ2ヶ月でどうにか落ち着きを取り戻し現在に至る。
「今、国王やバルダート公がダルカタ公と会談を持とうと調整をされていますが難航しているようです。」
「現ダルカタ公は昔気質なかただからな、一度こうと決めたら変えるのは難しい。
スレン殿ならもう少し融通をお持ちだが。」
「えぇ、それで正攻法ではなくスレン殿の一人娘アマリリス殿にご協力をお願いしています。」
「アマリリスか…ベオルクのもとに嫁いでいたな。
当時身分違いの婚姻に随分と騒ぎになった。」
アマリリスと聞いて思い出す。
自分が学院に通っていた頃の同窓で、卒業後、親の反対を押し切り北部でも片田舎の男爵家に勘当同然で嫁いで行った。
学院時代から破天荒な性格で貴族令嬢らしからぬ事を幾つも起こしており、俺も何度か巻き込まれた事がある。
嫁いだ男爵も彼女の幼馴染みで、まぁ実に良く振り回されているのをみかけた。
結婚した時は"やはりなぁ"と妙に納得した事を覚えている。
最終的に祖父であるダカルタ公がベオルクに条件を出し、見事それに結果を出した事で正式に婚姻認められた経緯がある。
「既にアマリリス殿とは条件等の擦り合わせは終えていますが、寄親であるダカルタ公に話を通す必要があります。
しかしこちらからお願いをする以上礼儀を逸する訳にはいきません。
直接お会いする必要があります。」
「なるほど、それは確かに信頼出来る筋の護衛が必要になるな。」
ダカルタ公は公領にいて登城するのも稀だ。
呼びつけるなんてもっての外で必然こちらから出向がなくてはいけない。
勿論国の趨勢に関わる事柄をそこらの木端役人に任せる訳にもいかないのでそれなりの人物が行く必要がある。
「しかし誰が行くのかと表向きの理由次第で護衛部隊の質と量がかわるがそこらはどうなんだ?」
「行くのは私です。
訪問理由はアマリリス殿の息子リオル殿に婚約者を紹介する為となります。」
「はぁ⁉︎」
目の前の男はサラリと爆弾発言しやがった。
「おま、いえ殿下!あなたが行くなど殺してくれと言ってるようなもんだぞ⁉︎」
「理解しています。
しかしそうでもしなければダカルタ公は動いて頂けないと思うのです。」
‼︎、確かに2、3度しかお会いした事はないが、前世で言うところの頑固職人風のダカルタ公を説得するなら最低でもそれぐらいしなければ結果は得られないだろう。
が、
一国の王太子が下級貴族の婚姻を取り付ける為公爵を訪ねる。
人事と職務のバランスが悪い。
裏交渉をしに行くのがバレバレである。
宰相派からすれば北部が王家に与するのはよろしくなく邪魔してくるの必然だろう。
「もっと他にらしい言い訳なかったのか⁉︎」
「時間が有ればどうとでもなったのですが、余裕がなく、既に教会が傭兵を多数雇い入れていると情報が上がっていて一刻も早く北部の賛同が必要なんです。」
「マジか…。」
騎士団の、いや前世の言葉でボヤキが溢れる。
アリス嬢との婚約以降東部騎士団から王都騎士団への移動、隣国皇子の接待や護衛等雑務に追われ現場の情報から離れていたせいで南部の詳細は知らなかったがかなり危険域に達しているようだ。
「件の婚約破棄騒動に巻き込まれた令嬢の名誉を守るため、各令嬢の希望を王家が可能な限り叶えると言う建前で今回の話を取り付けました。
何としてでも今回話を纏めなくてはなりません。」
「命を賭ける旅程になるぞ。」
「私の命を賭ける事で内戦が回避できるなら賭ける価値はあります。」
真っ直ぐな力強い目だ。
おそらく俺が断ろうとも実行に移すだろう。
ならば成功確率を少しでも上げる為に同行する必要がある。
何せ彼の進退は東部のひいてはこの国の未来に関わる。
「3日くれ。今の部署の者では実力が足りない。東部騎士団から必要人数を集める。」
「‼︎ありがとうございます!」
嬉しそうに感謝を述べるシャルク殿下を見遣りながら心の中で悪態をつく。
どれもこれもヒロインのせいだ!
細かい齟齬があるような気がする…。
気付いたら直します(ー ー;)