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彼氏

 りっちゃんは大学進学を機にこっちに戻ってきた。でも住んでいるのはお祖父ちゃん達の家じゃなくて、大学から歩いて15分のところにあるマンションだ。おばさんの方のお祖父ちゃんの持ち物なんだって。

 私達は同じ大学に通っている。りっちゃんが戻ってくるための条件の一つだったこの大学は、県でも一番頭のいい大学。私はここに入るために、高校の三年間、死ぬ思いで勉強したものだ。

 りっちゃんと本当の恋人同士になってから約三年。

 私には今悩みがある。それは聞く人によっては「惚気かっ」「爆発しろっ」とか言われるだろう。わかっている。それでも言わせて欲しい。


 彼氏がかっこよすぎて辛い。


 大学生になったりっちゃんは、更に伸びた身長と、甘めのイケメンフェイス。穏やかで優しい上に、実家は今ではお金持ち。その結果、キャンパスでも5本の指に入るほどの、超人気者になっている。

 学部の違う私にも、毎日のようにその日のりっちゃん情報が回ってくるくらいなのだ。その人気ぶりは想像に容易いだろう。まあ、私にりっちゃん情報が回ってくるのは、90%くらいが悪意の塊だけどね。はっはっはーっ。……ハァ……

 私がりっちゃんの彼女だって事は、りっちゃんを知っている人はほぼ100%知っていると思う。りっちゃんは誰の目から見ても、私にとっても優しい彼氏だ。これで私もりっちゃんのように文句なしの美女、もしくは天使のように愛らしい性格の子なら問題はなかったのかもしれない。

 でも、私はボランティア精神旺盛ないい子でもなければ、お世辞でも君かわうぃ~ね~なんて言われた事もない容姿。結果どうなったかと言えば、ありきたりだが嫉妬の塊となった人たちから、いろんな事をされている。

 私に聞こえるように嫌味や悪口を言う人はまだいいほう。過激派は、トイレで手を洗っているときに水をぶっかけてきたり、学食でご飯を持っているときに後ろから押してきたりする。そばを頭から被った時は、何となくその日の気分で冷とろろそばにしていた自分を、グッジョブと褒めたものだ。後は、講義の最中に後ろから物を投げつけられることも多い。

 私は、自分はそこそこ図太い神経をしていると思っていたけど、初めての虐めは結構辛いものがあった。こんなの気にせず相手にしなければいい。そう思っていたのに、私はいつからか人の目を気にするようになっていた。今この瞬間、誰に見られどう思われているのかと思うと、自然と俯いていることが増える。でも不思議なことに、その事を自分では気付いていなかった。

 誰かに相談すればいい。私も他人事ならそう思っていただろう。だけど、いざ自分がそんな対象になってしまうと、家族は勿論、りっちゃんにも口が裂けても言いたくなかった。そして私は、自分でも自覚できないくらいのスピードで、少しずつダメージを溜めていたのだ。


 かっこいいりっちゃんの横にいるのが、大事にされるのが私ではおかしい。全然つり合っていない。そう言われ続ける中、ならどうすればいいのかと必死に考えた。

 悩みに悩んだ私は、まずメイクの腕を上げることにした。不細工と言われた一重を二重に見せて、埃入りまくりだろと笑われた睫毛を、多く見せるよう付け睫毛をつける。研究を重ねて作り上げた私の顔は、りっちゃんにも家族にも不評だったが、私はそれでようやく前を向いて歩けるようになった。りっちゃんの横に立てるようになったのだ――




 今日はおうちデートと決めた私達は、りっちゃんのマンションでゲームをしたりテレビを観たりとまったり過ごしていた。夕飯を食べに行くかカレーでも作ろうかと相談していた時、りっちゃんの携帯が鳴った。りっちゃんは電話の相手を確認すると、出ないまま切ってしまう。


「りっちゃん? 電話切っちゃったの?」

「うん。話すことない人だから大丈夫」

「ん? いや、向こうが話すことがあるから電話してきてるんでしょ」

「いいんだよ。別に俺は困らないから」

「……そっか」

「うん。それより夕飯どうしようか。カレーにするならもう作り始めたほうがいいね」


 りっちゃんにカレーにすると言いながら、頭の中には今の電話のことがグルグル回っていた。

 かかってきた電話に出ないまま切ってしまう。それはこれが初めてじゃない。ここ一ヶ月くらい、よく見る光景だった。りっちゃんは何も言わないけど、きっと相手はりっちゃんのことを好きな女の子たちだと思う。

 りっちゃんが自分で番号を教えたのかな? 私がいないところでは電話に出ているのかな?

 そんな考えが一瞬浮かんで消えた。りっちゃんを疑うようなこと絶対言えないし、聞けない。

 昔はこんなことなかったのに……。たまにしか会えなかったときより、毎日のように会える今の方が、りっちゃんを誰かに取られてしまうんじゃないかっていう不安が大きくなっている。


 小さい頃は、りっちゃんに内緒にすることなんて何もなかった。

 小さい頃は、自分の行動でりっちゃんが怒るんじゃないかなんて考えなかった。

 小さい頃は、隣にいるだけで心臓が煩くなることなんてなかった。

 小さい頃は……一緒にいるともっと楽しかった。


 最近……こんなことばかり考えている。こんなの私らしくない。りっちゃんに遠慮したり、こそこそ隠れるようにデートしたり、こんなの、こんなの嫌なのにっ。

 ……嫌なのに……動けない自分が一番嫌だ。堂々とりっちゃんの横に立っていられない自分が、本当に嫌だ。


「香子ちゃん? ボーっとしているけど大丈夫?」

「……りっちゃん」

「ん?」

「りっちゃん」

「うん。どうしたの?」


 目の前に座って私を見つめるりっちゃんは、今ではチワワじゃない。ふわふわの髪の毛は変わらないけど、優しく見つめてくれる瞳はもう大人の男の人のよう。りっちゃんは見た目だけじゃない。中身だってとってもかっこよくて、私を置いて一人だけ大人になっていく。

 私だけが成長できていない。むしろ、どんどんダメな奴になっていっている。こんなことを考えてしまうのもジメジメしていて本当に嫌だ。だから、だから……


「わ、別れよう」

「…………」

「昔みたいに、し、親友にっ」

「俺は香子ちゃんを友達だと思ったことはないよ」

「そ、それでも、わ、たし」

「香子ちゃん。香子ちゃんは何が一番怖いの?」

「り、っちゃんっ」


 体の横にダランと下ろしていた手を、りっちゃんに取られた。両手の指先を優しく握られる。


「言って、香子ちゃん。香子ちゃんの胸の中にある不安や不満を、俺にぶつけてよ」

「……ふ、ふうっ……う……」


 段々視界が滲んでくる。でもここで泣くのは嫌だ。そう思って目に力を入れて我慢していると、りっちゃんの手が頬に寄せられた。優しい親指が、私の目尻を擦る。


「バカだなあ、泣きたいなら泣けばいいのに。俺の前で何も我慢しなくていいんだよ」

「りっ……ちゃ……」

「香子ちゃんが何を言っても、何をしても、俺は君を嫌いになることはないよ。

 ……君を嫌えたらいいのにと思うことはあってもね」


 その言葉で一気に涙が溢れてきた。そんな、そんなの嫌だ。りっちゃんに嫌われたら、私はきっと息も出来ない。


「き、嫌っちゃ嫌だ~っ! りっちゃ、りっちゃんーっ!!」

「だから嫌いになんてならないってば。昔も今も、これからも、俺は香子ちゃんが大好きだよ」

「ふっ、うあーーーっ!!」


 あの時のようにおでこにされた軽い音を立てるキス。それをきっかけに、私は涙と鼻水を垂れ流しながらりっちゃんに胸の中の物をぶちまけた。

 チワワのりっちゃんがゴールデンレトリバーになってしまったせいで、いつだってりっちゃんが女の子に囲まれているのが嫌だ。

 私に優しいのは嬉しいけど、私以外の女の子にも優しいのが嫌だ。

 そんなことを思ってうじうじしている私がもっと嫌だ。

 どこで学んできたのか知らないが、やたらとドキドキさせるりっちゃんが嫌だ。

 なんなんだ。私の心臓をイカレさせて楽しいのか。酷すぎる。いつの間にドSになってしまったんだ。私はMじゃない。だから勘弁して。


「かっこいいりっちゃんなんてキラっんぐ」

「それは言っちゃダメ」


 頭を撫でてくれていた手で口を塞がれた。それでも諦めずにフガフガ言いながら「キライ」と連呼していると、「ダメって言っているでしょう」と真顔で叱られてしまい、余計涙が溢れてきた。

 その後はもう何も言わずにとにかく泣いた。泣いて泣いて、頭が痛くなるまで泣いた後。

 最後に「りっちゃん、大好き」と呟くと、りっちゃんは目を見開いた後……真っ赤な顔で私の唇にりっちゃんの唇をくっつけた。


 私のファーストキスは、レモン味とは違うしょっぱい味がした。




 元のブスの顔が更に酷い有様になった私は、りっちゃん家の洗面台を借りて顔を洗った。化粧落しなんてないからりっちゃんの洗顔料を借りてごしごし洗うと、洗面台の鏡には変身の解けた私が写っている。

 本当は、お父さんに似ているこの目が好きだった。小学生のときに、自分の名前の意味を両親に聞いて、赤ちゃんの時の写真を貼ったミニアルバムを作る宿題があった。その時にお母さんが話してくれたのだ。三人生まれた姉弟の仲で、私だけがお父さんに似ていることを、お父さんがとっても喜んだって。何かある度に、「香子はパパ似だなあ」とニコニコ写真を撮っていたんだって。

 それを知っていたのに、私はこの半年……ずっとこの目の不満を口にしていた。お母さんに似たかったって、お父さんの前で平気で口にしていた。

 お父さん、ごめんね……。なんで忘れていたんだろう。何で気付かないふりをしていたんだろう。最近お父さんがとても寂しそうなことを。本当に今の私は狭い視界の中で生活をしていたんだなあ……

 自己嫌悪で小さくため息をついたら、後ろからりっちゃんの声がした。


「終わった?」

「うん」


 振り返った私を見たりっちゃんは、綺麗な目を嬉しそうに細め、私の顔を両手で挟んだ。


「ああ……久しぶりに香子ちゃんに会えた」

「……毎日会っていたよ」

「そうだね。でも、最近の香子ちゃんはいつも鎧を着けていたから」

「…………ごめんね」


 するっとでた謝罪の言葉に、りっちゃんはおでこのキスで返事をした。




 気持ちが落ち着いた私は、りっちゃんと片手を繋ぎながら、りっちゃんが入れてくれたコーヒー牛乳を飲んでいた。


「ねえ香子ちゃん」

「なに?」

「まだ俺に話すことあるでしょう?」

「へ?」

「あるでしょう?」


 そう言われても、私の慎ましい胸に溜め込んでいたどす黒いものは、さっき全て吐き出した。もう叩いても何も出てこないと思う。そう言ったのに、りっちゃんはそんなわけないと譲らない。


「いや、本当にもう何もないよ。今はもう何であんなに人目を気にしていたんだろうって笑えるくらいだから」

「人目を気にするようになったのは、そうなるような事があったからでしょう?」

「あー、それは、まあそうだけど。もういいんだよ。もう大丈夫。気にしなければいいだけだから」

「駄目。ちゃんと教えて」

「もういいんだってっ、ホントに気にしないで」

「香子ちゃん。ちゃんと教えてくれないなら、ちゅうするよ」

「……いいよ」

「えっ?」

「ちゅう、すればいいじゃん。りっちゃんは私のか、彼氏なんだから」


 自分の言葉で一気に顔の熱が上がったのがわかる。分かるから、りっちゃんの視線から顔を逸らすように横を向く。その私の顔を追ってきたりっちゃんの唇が、私の唇に触れた。それはすぐに離れたけど……自分でいいって言ったのに、さっきと違い何だか無性に恥ずかしくて、思わず声が出てしまった。


「に、二回目だねっ」

「うん。三回目もしようか」

「いや、ちゅうは一日二回までっん、んんー」


 何度も角度を変えてされるそれは、私の唇が少し腫れぼったくなるまで続くのだった――




 あの日から、私の大学生活は一変した。

 私は結局、ここ2.3ヶ月にあったそういうことを洗いざらいりっちゃんに暴露した。私の話を聞いたりっちゃんは、守ってあげられなくてごめんと謝った後……どうしてすぐ自分に言わなかったのかって怒った。私がビビッて涙目になってしまうくらいの勢いで怒ったのだ。……とても怖かった。

 今後は何かあれば必ずりっちゃんに相談するという誓いをたてた後、漸く怒りを納めてくれたりっちゃんは、笑って言った。


「安心して。もう二度と香子ちゃんの目の前にそいつらをちらつかせないから」

「あ、いや、私は本当にもう大丈夫だから」

「うん。生きていることを後悔させてやるね」

「違うでしょ。気にしないでいいんだって」

「わかった。泣こうが喚こうが気にしないよ」

「…………そうですか」


 りっちゃんを止めることを諦めた後。本当に水をかけられたり、講義の最中に後ろから物をぶつけられたりとか、そういう事が一切なくなった。

 一度、私を目の敵にしていた三人組と、大学内で鉢合わせた。彼女達と目があった私が、おっ、来るかっ! 来るならこい! 私は逃げも隠れもしないぞっ! ばっちこーいっ! と、臨戦態勢に入るなり……真っ青な顔をしてダッシュで逃げられた。

 ……え? 来ないの? と、あっけにとられたが、それから二度と彼女達の姿を見ることはなかった。りっちゃん。君は一体、彼女達に何をしたのかね?

 もちろん、悪口を言ってくる人はまだ結構いる。でも、そういう人は自分でちゃんと撃退している。例えば……


「あんたみたいな不細工が霧生君の彼女なんて絶対認めないっ!」


 と、言われたら。


「別にあなたに認められなくていいし。それにりっちゃんは、私の顔が可愛いらしいよ」


 と返してやった。塗りたくるメイクは止めて、今はナチュラルメイクを追求している私は、お父さんそっくりの切れ長の一重でにっこり笑って彼女たちに返した。

 そうだ。私は昔から誰かに攻撃されたら、こうして口で反撃してきたんだ。クラスの男子にりっちゃんとの仲をからかわれた時だって。こうやって跳ね返してきた。

 それでも、どうしても我慢出来ないほど辛いことがあったら、その時はりっちゃんにぎゅっとしてもらえばいい。ご飯を食べるのも遊ぶのも、りっちゃんと一緒じゃなきゃつまらないから。りっちゃんと一緒じゃなきゃ嫌だから。りっちゃんと離れる事なんて考えられないんだから、そのためには彼氏がかっこいいことを乗り越えていかなくちゃね。


 私の一番の悩みは大好きな彼氏がかっこいい事だった。

 それが最近少し変わった。


「ねえ香子ちゃん」

「ん~?」

「俺、手を繋ぐよりキスをするより、もっとずっと仲良くなれることしたい」

「ふぉっ!?」

「体の奥でお互いを感じて、大好きだって伝え合おうよ」

「だっ、大好きは口で伝えるのがいいと思うよ、私っ」

「それじゃ足りないよ。手が触れ合うだけじゃ我慢できなくて、だから唇を触れ合わせるんでしょう?

 唇だけじゃ足りなくなったら、もっと深く触れ合いたくなる……

 俺に触れて、俺に触れさせて……香子」

「ぬあーーーーーっ!!」

「あっ、逃げないで香子ちゃん!!」


 大好きな彼氏に迫られて辛い……って、やっぱり爆発しろって言われるかな?




 Fin


壁ドンなるものを知って、それを書きたいと思って構想した話でした。

でもきゅんとできる文章は難しいですね。


読んでいただきありがとうございました。

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