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020 武器の入手

 科学の進捗は人間という単一個体を刷新し、〝特脳者(イルミネーター)〟という新たな存在を生み出すことに成功した。彼らは超能力とも呼べる力を有し、例えば、指先を軽く振るうだけで他者の行動を束縛することも可能だ。

 いまやヒトが築き上げた人類社会は、地球上に生息するすべての種族の頂点に君臨し、世界を支配するに至ったわけだが、あらためて種としてのヒトを生体ピラミッドに組み込んだ場合、特脳者とそうでない者との間では、単一個体としての能力には天と地ほどの開きがある。

 人々の生活が絶妙なバランスで維持された世界に、特脳者という種を仮に落としたとしたらどうなるか。

 力を持たない民衆は彼らの存在を許容できず、恐れ、迫害に至るかもしれない。学者は社会システムに異常を起こす彼らを隔離し、さらなる叡智を求めようと人体実験を求めるかもしれない。軍事アナリストは新たなる力の発見を喜ぶだろう。彼らを拘束し、銃に代わる人間兵器として軍に迎えろと叫ぶかもしれない。


 いずれにせよ、完璧とは言えないが、人間が人間足りうるだけの人間性が尊重された現社会システムは、ひとつの完成形といっていい。そのため、現状では特脳者という存在は世間から隠さねばならず、国家首脳部は彼らを公には存在しないモノとして秘匿し、倫理を無視した研究を続けていくほかない。

 現行の社会制度がある限り、特脳者は頂点捕食者になりえないのだ。


 特異脳力場に関する研究は、先進各国でしのぎを削る競争が行われているわけだが、研究のイニシアチブは当然のことながら、莫大な国力を誇る大国が握っている。

 研究をリードする先進諸国に後れを取る第三世界の国々が、金の延べ棒を失っても欲しがるものがあるとすれば、それは他でもない特脳者(イルミネーター)の頭部、正確にいうなら改善手術を受けた彼らの脳味噌だろう。最先端の科学の恩恵を受けた特脳者の頭脳は、情報の山と言っても過言ではなく、ハイテクノロジーの塊である特脳者の頭部がひとつ手に入るだけで、特化脳力場の研究は段違いに進歩するのだから。そのために、最先端の軍事テクノロジーを手に入れようと暗躍する者たちは、先進諸国の宝物を奪い取る機会を虎視眈々と狙っているわけだ。

 グウェンがプログラム(改善手術)をクリアし、〈戦闘適応班〉に配属が決まったとき、局長から念を押して繰り返されたことがある。

 曰く、戦闘状況、あるいはそれに類似した状況が発生し、〈戦闘適応班〉の武装要員が致命的なダメージを負った場合に関する管理運用規定についてだ。

 助かる見込みがなく、また、敵勢力にその身柄が渡ってしまうのを防ぐために、戦闘状況から離脱する前に行うべきは、仲間の頭部を完全に破壊すること。原型を取り留めないほどに破壊してしまえば、それはもうタンパク質や脂質、各種細胞物質の塊に過ぎず、情報を引き出すことはどんな技術を以ってしても不可能となるのだから。


(――情報をむざむざ敵に送るくらいならば、我々の手で握り潰せ。それが、たとえ死地をともにした仲間であっても……)


 ジャコンッ! 一際大きい金属摩擦音。無意識に引いていたチャージングハンドルから鳴った音だ。どこまでも明快で清澄な金属の響きは、グウェンの鼓膜にリフレインし続けていた局長の言葉を瞬時に消し去った。

 手に握るのはコルト・カービン銃〝モデル733〟。ベトナム戦争で活躍した時代の寵児、M16ライフルの後継デザイン器であり、特殊部隊向けの特殊用途兵器として開発された、小口径弾・アルミ合金製のブラックライフルだ。

 銃把から伝わる、しん、とした冷たさが手の内から伝わり、その感触がかけがえないほどに頼もしかった。

 視界の端では、フィンチが5・56mm弾を弾倉に込めている。

 ここは貨物コンテナの中。青い外装が剥げ、錆びが至るところに生えた鉄の箱内部に二人はいた。

 外は雑草が生い茂った廃線路が伸びており、かつて操車場のコンテナターミナルだったこの場所には、いくつもの放置コンテナが寝転がっている。

 その内のひとつ。〈スカイロード〉の備蓄コンテナ。

 濃いブルーのニスが塗り込められた扉、厳重に偽装がほどこされた生体認証の錠を解除すると――重厚な音とともに二人を出迎えたのは、かつての戦争に使われた残滓、鉄と火薬の匂いに満ちた武器の群れだった。コンテナ内部にはフィンチが選定した銃器が行儀よくずらりと並び、その壮観な眺めは軍の武器庫にも劣っていないだろう。


「大した品揃えね」

 思わず感嘆の声を上げてしまう。

 実際、その通りだった。

 グウェンが手に持つカービン銃を始め、短機関のMPシリーズからM2重機関銃。グレネードランチャー、携帯型ミサイル発射筒、電子制御式スナイパーライフルまで、鉄と木とカーボンナノチューブで組まれた色とりどりの重火器が、艶を帯びた新品そのままにガンラック棚に掛けられているのだから。

 コレクター気質というものだろう。これらの銃器はいざという時の道具でもあるが、フィンチの眼鏡にかなったコレクターズ・アイテムという側面も持っている。

 だからこそグウェンの褒め言葉に、フィンチは笑みを深め、

「軍の在庫を伝手で引き取ったものだ。お古だが人を殺すにゃこんくらいが丁度いい」

 錆びたコンテナで眠るのは、セールス当初から単品としてあり続けた鉄銃そのものだ。光学照準器やバイポッド、フォアグリップ、射撃補助デバイスといったゴテゴテしたアタッチメントはない。フィンチ同様、武骨な銃本来の味しかなかった。

「キャンディは大丈夫か?」

「いまやってる」

 銃床を肩に付け、コンテナの奥にある射撃用ターゲットを狙う。ズレがある。グウェンは口に咥えていたライフル弾を手に取り、後部照準調整のつまみに先端をさし込んだ。銃弾を横にずらすごとに後部照準のポストサイトがゆっくり上昇していく。再度、照準器を覗き、微調整を繰り返す。

 キャンディとはM16ライフルの照準調整の事を指している。

 射撃用ターゲットを飴玉に見立てた場合、ポストサイトが棒になる。照準器を覗いた際に、棒と飴玉がくっ付いて棒付きキャンディの状態になることで、より精微な射撃を行える。キャンディを行わないと、的の中心を狙っても弾は外れてしまう。

 ふざけた作業ネーミングだが生死を分ける事柄だ。念入りに、慎重にトルクを動かしていく。


「グウェン、これを」

 頃合いを見てフィンチが取り出したのは、表面に幾何学模様が施された万年筆ほどの大きさのピンだ。

「これって、亡者の操縦桿(アンテナ)?」

 グウェンは不可解な顔になる。

「なんで、特殊装具(ソケット)をフィンが持ってるのよ」

 特殊装具とはセカンダリに到った特脳者を、通常値以上に活かすことを目的として開発されたアップグレード・パーツで、技術の粋を集めた塊は値段にして新車が一台買えるほど。その形状はさまざまで、テッドの網膜に移植されたナノレンズも、特殊装具として機構が生み出したものだ。

「いろいろあんのさ。上の連中だって、こうした局面を想定していないわけじゃないってこった」

「これがあるとないとじゃ、殺り方に雲泥の差があるから訊かないでおく。バイザーかジャケットがあれば、さらにいいんだけど」

「そいつはさすがに、な」

 フィンチは苦笑した。


 特化脳力場の観測にリンクして駆動するテスラ・バイザー(電磁放射感知式暗視鏡)は、実用性の面での困難を『技術』で解決した、電磁波を用いた次世代型の暗視装置だ。政府のバックアップを受け、機構が開発。〈戦闘適応班〉が採取したバイザーの実戦データをもとに、一般軍人向けに改良したバージョンがどこかの部隊に配備されているはず。

 駆動肉(ミート)ジャケットも同じく機構が開発したもので、〈戦闘適応班〉御用達のアシストアイテムなのだが、レトロは手に入れられても、いまが旬のハイテクアイテムはさすがのフィンチも入手できなかったようだ。

 バイザーもジャケットも、いまごろポートランドの地下実験棟にある、イカれマッドどもの研究室の片隅で埃をかぶっているに違いない。日本通のミルトンなら、なんてもったいない、と叫ぶに違いない。

 だが、ぐだぐだ言っても始まらない。

 アンテナがあるだけでもめっけもので、これ以上は高望みというやつだろう。もとより今回の救出作戦はオッドフィッシュの独断だ。機構の支援は期待できない。


 亡者の操縦桿数本をケープコートの内側に収めていく。もともとアビーのお下がりだったコートの裏生地は、グウェン自身の手によって、さまざまなお役立ちアイテムを取り付けられるように改造してある。バーゲンのワゴンの底に眠っていたマントコートは、女性の平均身長ぴったりのアビーには少々大きかったが、彼女よりも鍛え上げた身体つきのグウェンにはちょうどのサイズだった。

 暗器を内に秘めた格好は中世の殺し屋、もしくは彼女の容貌も含めて現代に蘇った魔女のようで――動きに支障がないか、外套を軽くはためかせると、コートの裾が遠心力でふわりと広がった。

 裏ポケットの中身を見咎めたフィンチが、

「まだそんなナイフ使ってるのか。いつか指がブッ飛ぶぜ」

「いいでしょ別に。スパイダルコのこのシリーズ好きなんだから」

「まあいいがね……ミルトンからの連絡は?」

「まだ来ない。それよりも段取りの概要を」

 数で勝る相手に正面突破は自殺志願者のやる事だ。仕掛けるならば、ケーキハウスで用いた奇襲、または陽動からの隠密行動なのだが――本来であれば、こうしたケースミッションにもっとも適した能力を持つのがテッドである。彼の強制認識圏ならば敵の数、所持する武器、位置関係などが全て筒抜けになるからだ。

 テッド一人が抜けた穴は大きかった。

「今日は十一月五日。何の日か知ってるか?」

「ウェストハムが優勝した日?」

「全然違う。今日はガイ・フォークス・ナイトだ」


 ガイ・フォークスとは、一六〇五年にイングランドで発覚した政府転覆未遂事件の実行責任者だ。彼は上院議場の地下に仕掛けた大量の火薬によって、当時の国王ジェームズ一世らを爆殺しようとしたが、実行直前に匿名の密告が入り失敗することになる。

 用意された火薬は、仮に爆発したならば周囲一キロの窓ガラスが粉砕し、ウェストミンスター宮殿の大半は破壊されていたと言われているほどの量だ。

 下手をすれば王家の血が途切れていただけに、十一月五日はイギリス議会にとって〝命を救い給うたことを神に感謝する日〟として特別の意味を持つ。

 フィンチの言うガイ・フォークス・ナイトはガイを表す人形を児童らが曳き回し、最後には篝火に投げ入れられて燃やされる祭りだ。

 自由を求めて戦う反逆者の末路は、四世紀が経った現在も別の形で受け継がれている。すなわち、篝火と打ち上げ花火である。

 フィンチはにやりと笑った。

「派手に行こうってことさ」

「回りくどい」

 グウェンは呆れながら、小型のリボルバーを腰ベルトに差した。

 ミルトンから連絡が入ったのはそれからすぐのことだった。




 すっかり夜に染まったハイウェイを一匹の黒豹が驀進(ばくしん)する。

 雨勢はいまだ衰えることを知らず、対向車線から浴びせられるヘッドライトの眩惑のなかを、拡張現実が浴びせる情報の渦潮のなかを、電飾ネオンの洪水のなかを、ひたすら突き進んでいく。

 シリンダー内部で高純度の燃料が燃焼し、沸騰を伴った爆発力が、ピストンを猛烈に律動させた。ビリビリと車体が振動し、それでも踏み込まれたアクセルペダルは、GT350を一筋の光へと押しやった。

 一台二台と次々に追い越し、フロントガラスに溜まった雨水をワイパーが拭き取る。それでも絶え間なく降り注ぐ水滴の束が、車窓を流れる夜景のひずみを大きくしていった。


 複雑な都市構造を抜けて、郊外に続く幹線に乗ると、途端にドライブウェイはがらんと道が開けた。こいつはいい。グウェンはギアを一段上げた。

〈In God We Trust〉車速がさらに増し、雨でブロックノイズが走った広告ホログラムを置き去りにして、夜景のひずみは光の奔流へと転じていく。ナノフィルムの情報取得機能を切れば、より純粋で荒れた夜景が望めるが、ハンドルを握るグウェンはそうしなかった。嵐が生んだひずみを奈落への道標とするよりも、無駄に情報標識が整った天国への道標として、メタファーな視認感覚に浸ったほうがまだ気分はマシだろうから。

 が、それはあくまで彼女の思考法であって、マスタングが一唸りするや、助手席のフィンチがたまらずといった風に、

「奴が心配なのは分かるが」

「心配してない」

「だったら車を盗難車みたいに転がすのはよせ! 縁石にでも乗りあげたら一発でお陀仏だ!」

 そうこう言ってる間にも、エンジンの回転数は唸りを上げながら跳ね上がっていく。速度は一五〇キロを超え、窓の外を流れる景色は残像となって熔けていった。

「心配してるのは、あいつの頭の方よ」

 目尻をきゅっと吊り上げた鋭い視線を前方に固定して、ぶっきらぼうにグウェンが言った。

「テッドの特脳は、私やフィンのと違って燃費が悪い。ニュース見たでしょ?」

「ああ」

 グウェンを煩わせる原因のニュースとは、恐らくはテッドがやらかしたであろうカーチェイスのことだ。ニュースプログラムのヘッドラインを飾った市郊外での派手な銃撃戦は、その初期報道の映像クリップを見るだけで、現地でなにが起こったのかを想像させるに充分だった。

「あの馬鹿、薬も持たずに暴れたに違いないんだから。悪い状況に拍車をかけてるわ」

「わかってるよ、お前さんが言いたいことは。ロシアの糞溜めから掬いあげたら、ケツに予防注射を打ってやればいい」

 そう言って、フィンチは笑った。人を安心させる渋い笑みだ。それに安い気慰めの言葉だったが、グウェンの荒んだ感情を落ち着かせるには十分だった。

 リヴァプール港湾にある工業用地の一角。船舶の点検を請け負う修理メーカー保有の倉庫。これが、ミルトンからもたらされた答えだった。そしてそれは、悪徳警官二人組からもたらされた答えの先でもあった。


(名義はボックスメント社なる造船企業、経営者は国外在住のロシア人……)


 東南アジアからの出稼ぎ労働者を雇う、いかにも裏がありそうなロシア人オーナー。該当エリアを走査して引っ掛かったのが、目的地の一点のみというのは幸運だった。

 あとはモーテルの映像に映った車輌があればビンゴだ。

 フィンチとの物言いも置き去りにして、グウェンは、アクセルペダルを車体へとめり込ませるように踏み込んだ。

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