最終話 なくさないで
すべてが終わった夜だった。
街は、何も変わらない。
人も。
光も。
音も。
でも。
私の中だけが、変わっていた。
■
屋上に立つ。
風が、やさしい。
あの日と同じ場所。
でも、もう違う。
■
「終わったな」
蓮の声。
「うん」
今度は、ちゃんと笑える。
■
少しの沈黙。
それが、心地いい。
■
「お母さんのこと、聞かせて」
そう言うと。
蓮は、少しだけ目を細める。
「……昔の話だ」
静かに語り始める。
■
何もなかった頃。
居場所も。
食べるものも。
すべて足りなかった時。
「拾われたんだ」
短く言う。
「黒崎玲子に」
胸が、熱くなる。
■
「厳しい人だった」
少し笑う。
「でも、正しかった」
頷く。
(うん)
■
「“生きなさい”って言われた」
その言葉で。
涙が、こぼれた。
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「私も言われた」
小さく言う。
「同じこと」
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視線が合う。
言葉はいらない。
■
「私、救われた」
はっきりと伝える。
「あなたに」
一歩、近づく。
■
「好き」
迷いはなかった。
■
少しの沈黙。
そして。
蓮が、小さな箱を出す。
開く。
指輪。
■
「返事だ」
それだけ。
でも。
十分だった。
■
少し笑う。
「それでいい」
手を差し出す。
指輪が、はまる。
温かい。
■
空を見上げる。
夜空。
どこまでも、広い。
■
「お母さん」
声が震える。
「私、頑張ったよ」
風が吹く。
やさしく。
■
「見ててくれた?」
答えはない。
でも。
わかる。
■
ちゃんと、ここにいる。
心の中に。
ずっと。
■
隣を見る。
蓮がいる。
温もりがある。
もう、一人じゃない。
■
「大丈夫」
小さく呟く。
今度は、失わない。
■
——真実の愛を見つけたら、無くさないで。
その言葉を、胸に刻む。
■
「お母さん」
最後に、もう一度。
「ありがとう」
空に向かって。
微笑む。
——終わり。




