第25話 燃えないブレスと魔族の少年。
いつもお読みいただきありがとうございます!
雛が紅龍の火炎に飲み込まれ、絶体絶命の窮地に立たされた春。
絶叫が響き渡る中、物語は予想だにしない方向へと転がり始めます。
紅龍の正体は?
そして、雛を狙わせた男の真の目的とは――。
第一部、堂々の完結回です。
二人の旅のひとつの区切りを、ぜひ最後まで見届けてください!
雛の小さな体を飲み込んだ、紅龍の猛火。
数秒後、山を震わせていた轟音が止み、あたりに静寂が戻った。
「雛ぁぁぁぁぁっ!!」
春は絶叫しながら、白煙が立ち込める場所へと必死に駆け寄った。
愛する妹が、目の前で焼き尽くされた。その凄惨な光景に心臓が止まりそうになりながら、春は必死に地面をかき分ける。
「ん、んん……? あれぇ? 熱くないよぉ?」
煙の中から聞こえてきたのは、拍子抜けするほど呑気な雛の声だった。
見れば、雛は地面に座り込んだまま、不思議そうに自分の手足を眺めている。火傷一つ負っていないどころか、着ている服に焦げ跡すらついていない。
(ま、まさか、さっきかけた『守護神』の盾が、ドラゴンの直撃を防ぎきったの!?)
春は自分のスキルの想定外の威力に驚愕したが、事実は違った。
ゴォォォォォォォッ!!
再び、紅龍が咆哮と共に春と雛を狙ってブレスを放った。
今度は避ける間もなく、二人の全身が真っ赤な炎に包まれる。
「――っ!? ……え?」
春は思わず目を閉じて身構えたが、衝撃も熱さも全くやってこない。
目を開けると、視界のすべてが炎の赤に染まっているというのに、肌に感じるのは山を抜ける涼しい風だけだった。
「ほらね、やっぱりなんともないよ、春姉ぇ」
炎の中で、雛がケロリとした顔で笑っている。
この炎には、熱も破壊力も一切備わっていない。ただの光の残像――つまりは幻影だ。
「そうと分かれば……えいやっ!」
春は安堵から一転、怒りを込めて剣を振り上げ、目前のドラゴンに向かって斬りかかった。
剣道で鍛えた鋭い踏み込み。刃は確実にドラゴンの首元を捉えた――はずだった。
手応えがない。
鋭い一撃は、まるで空気を斬ったかのようにドラゴンの巨体をすり抜けた。
「えっ……!?」
驚く春の目の前で、巨大なドラゴンの姿が、霞のように揺らいで消えていく。
それだけではない。あたり一面を焼き尽くしていたはずの火の海も、焦げた草木も、最初から存在しなかったかのように一瞬で消失してしまった。
「え? どういうこと……?」
呆然と立ち尽くし、春が独り言を漏らす。
ふと視線を前方に走らせると、先ほどまで不敵な笑みを浮かべていた「ドラゴンを連れた男」が、気配を殺してこっそりとその場から立ち去ろうとしているのが見えた。
「――ちょっと待ちなさいよ。これは、どういうことかな?」
春は素早く回り込み、逃げようとする男の前に音もなく着地した。
腰に手を当て、仁王立ちで男を睨みつける。
「え、えっと……オイラは何も知らないかなぁ、なんて……」
男は顔を伏せ、しどろもどろに答えをはぐらかした。
だが、その聞き覚えのある独特な一人称に、春の眉が跳ね上がる。
「……オイラ?」
こんな状況で、自分を「オイラ」と呼ぶ人物に、春は一人だけ心当たりがあった。
「もしかして……ラック君?」
春が確信を持ってその名を呼んだ瞬間。
男の姿がぐにゃりと歪み、魔法が解けるように中から一人の少年が姿を現した。
そこに立っていたのは、里長の孫――昨日、春にお尻ぺんぺんの刑に処された、あのラックだった。
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地面に正座させられたラックの前で、春は腕を組み、仁王立ちになって冷ややかな視線を投げ下ろしていた。
「――さて。詳しく話してもらえるかな!?」
その背後には、春の怒りに当てられたのか、あるいは先ほどの安堵からか、雛が小刻みに震えながら事の成り行きを見守っている。
ラックが涙目になりながら白状した内容は、あまりにも意外なものだった。
まず、彼が里長リゾットの孫だというのは、真っ赤な嘘だった。昨日、リゾットの家で春たちをつけ回していたのも、里人の目を盗んで自分の正体を探られないようにするためだったのだ。
「オイラ、魔族の子供なんだ。生まれつき、ちょっとした幻術が使えてさ……」
ラックの話によれば、彼は魔族領の街の外で遊んでいたところを、あくどい人攫いに攫われてしまったのだという。この里の付近で運よく隙を見つけて逃げ出したものの、幼い子供一人では生きていけない。
そこで彼は、得意の幻術で巨大なドラゴンと大人の男の姿を創り出し、里を脅迫することで、自分の世話を焼いてくれる「保護者」を手に入れようとしたのだ。
「でもさぁ、幻術はあくまで幻なんだ。見た目だけ派手で、熱くもないし、攻撃も一切できないんだよ……」
だからこそ、春と雛はドラゴンのブレスを浴びても無傷だったのだ。
「じゃあ、里から連れて行った女の人たちはどうしたの? まさか、ひどいことはしてないでしょうね?」
春が詰め寄ると、ラックは絶望に染まった顔で大きく首を振った。
「ああ、生きてるよ! 生きてるどころか……お願いだ姉ちゃん、あの二人を連れて帰ってくれよぉ!」
春と雛は顔を見合わせると、半信半疑のまま、ラックの案内で山の中腹にある小さな小屋へと向かった。
それはかつて登山者が休憩のために使っていたのであろう、古びた、けれどもしっかりとした造りの山小屋だった。
春が警戒しながらドアを開けると――。
「あ、ラック? おかえり。ご飯まだぁ〜?」
「お腹空いちゃったわよ。今日は美味しいお肉、手に入った?」
そこには、清潔な毛布に包まり、火の気のない暖炉の前で完全にくつろぎきった二人の若い女性の姿があった。
恐怖に震えている様子など微塵もない。それどころか、彼女たちはラックが「実は弱い子供」だと知るや否や、世話を焼くどころか、自分たちが養われるという、驚くべき寄生生活を送り始めたのである。
「た、頼むよ、姉ちゃん。オイラもう限界なんだ。あの二人を、里に連れて帰ってくれよ……」
先ほどまでドラゴンを操って里を脅していた「悪の支配者」はどこへやら。
ラックはボロボロと大粒の涙をこぼしながら、春の裾を掴んで情けなく懇願した。
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その後、春と雛は、駄々をこねる二人の女性とラックを引き連れて、ルセラの里へと帰還した。
「えー、やだやだ! あそこなら家事も仕事もしなくてよかったのに! 帰りたくない!」
「そうよ! 私たちを元の堕落した生活に戻してよ!」
道中、労働から解放された「ニート生活」の蜜の味を知ってしまった女性たちは、子供のようにわめき散らしていた。しかし、春がリゾットから借りた真新しい剣をチャキッと抜き放ち、満面の笑みで首元に突きつけると、二人は青ざめて大人しく歩き始めた。多少強引ではあったが、背に腹は代えられない。
里の中央広場。
事の顛末をすべて話し終えると、ラックは里の住人たちの前で綺麗な土下座をして深く詫びた。
「……ま、まぁ、女たちも無事だったし、特にこれといった実害はなかったからなぁ」
「そ、そうだな。それに、相手はまだこんなに小さい子供だし……」
あまりにも予想外で情けない真相に、里の住人たちは怒る気すら失せ、すっかり呆れ果てていた。結果として、ラックには特にお咎めなしという寛大な処置が下された。
それどころか、里長であるリゾットから驚きの提案がなされた。
「魔族の領地までは遠く険しい道のりじゃ。お主さえよければ、安全に帰れるようになるその日まで、わしの家で暮らしてもよいぞ?」
「えっ……ほ、ほんとにいいの!?」
ラックがぱあっと顔を輝かせる。
里としても、ラックの持つ『幻術』の力は非常に魅力的だった。幻とはいえドラゴンを出せるとなれば、森をうろつく野盗や魔物を追い払うのにはこれ以上ないほど役立つからだ。厄介者から一転、ラックは里の頼もしい用心棒として歓迎されることになった。
こうして、騒動は無事に幕を閉じた。
役目を終えた春と雛は、いよいよルセラの里を旅立つことにした。
「ここから北の森を抜けた先に、『リリアガルド』という大きな街がありますじゃ。そこなら、お主たちの探している仲間も見つかるかもしれん」
出発の朝、見送りに来てくれたリゾットから有力な情報を得た二人は、大きく頷いた。
大きな街に行けば、大好きな幼馴染や姉に会えるかもしれない。その希望が、二人の足取りを軽くする。
「それじゃあ、元気でね! ラック君も、里のみんなのお手伝い頑張るんだよ!」
「オイラ、頑張るよ! 姉ちゃんたちも気をつけてな!」
ラックや里の人々に大きく手を振りながら、春と雛は北へと続く道を踏み出した。
目指すは、大都市リリアガルド。
二人の少女の新たな冒険が、今、始まろうとしていた――。
第1部 完
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
これにて『生活魔法って便利ですね!』第1部、堂々の完結です!
ここで皆様に大切なお知らせがあります。
本作の連載は、この第1部完結をもちまして、しばらくの間お休みをさせていただきます。
再開を待っていてくださる皆様には心苦しいのですが、この休止期間を利用して、明日より「全く新しい新作小説」の連載を開始することにいたしました!
新しい世界で経験を積み、いつかまた一回り大きくなった圭たちの物語を再開できればと考えています。
新作の詳細は、準備が整い次第、活動報告やこの後書き等でお知らせいたします。
第1部を温かく見守ってくださった皆様、本当にありがとうございました。
新しい物語でも、皆様にお会いできるのを心より楽しみにしています!




