第10話 【初仕事】薬草採取とスライム狩り。経験値三倍でもお尻は見せられません!
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第9話での「紋章刻印(お尻)」という衝撃の儀式を終えた圭たち。
第10話では、ついにヒロイン・ココが抱える「重すぎる事情」が明らかになります。
元教師・結の冷徹なまでの分析能力と、異世界の非情な現実。
そして、そんな中で圭がどう動くのか――。
ぜひ最後までお楽しみください!
冒険者協会の広大な一階ロビーは、独特の熱気と澱んだ空気に包まれていた。
無事に依頼を完遂し、勝利の美酒に酔いしれる屈強な男たち。対照的に、ボロボロの装備で隅の方に蹲り、深い絶望を瞳に宿す若者。さらには、非日常の刺激を求めて見学に来たらしい、華やかな装いのカップルまで――。
そこは、富と名声、そして死が隣り合わせにある、異世界の縮図そのものだった。
そんな喧騒を縫うようにして、圭たちは一角にある休憩所の円卓を囲んでいた。
先ほど、紋章刻印という名の惨劇……もとい、儀式を終えたばかりの圭は、まだどこか落ち着かない様子で自分の右尻を気にしている。だが、対面に座る結の表情が、かつての「水泳部顧問」としての鋭さを取り戻しているのを見て、彼は背筋を正した。
「さて、ココ。ここからは大人の時間よ」
結は静かに、けれど逃げ場のない響きを含んだ声で切り出した。
彼女の指先が、トントンと木製のテーブルを一定のリズムで叩く。それは彼女が何かを分析する際の癖だった。
「二日後に支払いがあると言っていたわね。具体的に、それは何の支払いで、金額はいくらなの?」
ココは、結の整った顔に浮かぶ、慈愛を孕んだ微笑に、得体の知れない圧迫感を覚えた。蛇に睨まれた蛙のように、彼女の肩が小さく震える。
「さ、3万アデナ……」
「何の支払いかしら?」
結の笑みが、さらに深くなる。瞳の奥は一切笑っていない。
ココは逃げられないことを悟り、堰を切ったように真実を語り始めた。
それは、あまりに身勝手で卑劣な、一人の男が引き起こした悲劇だった。
かつて『星屑の錆』に在籍していた、アルフという名の男。彼はココの両親が他界し、ギルドが混乱に陥った隙を突いて、金庫の運営資金を持ち逃げしたのだという。
挙句の果てには、その金で酒を飲み歩き、泥酔した勢いで酒場の備品はおろか、近隣の建物まで破壊し尽くし、そのまま街から逃亡した。
「被害総額は300万アデナ。アルフは除名したけれど、当時ギルドに所属していた彼の不始末として、私は……被害者の人たちに謝って回って、毎月少しずつ返済してるの」
小さな拳を握りしめ、唇を噛むココの姿に、圭は胸が締め付けられるような思いだった。
日本でいえば、高校生の年齢で数百万円の借金を背負わされたようなものだ。しかも、自分がやったことでもないのに。
「……酷すぎるよ。そんなの、ココに責任なんてないじゃないか」
圭の素直な怒りに、ココは力なく首を振った。
結は冷静さを保ったまま、さらに深い部分へと踏み込んでいく。
「ココ、その被害者の人たちは、返済が一日や二日遅れるだけで、そこまで厳しく取り立てるものなの?」
「それは……その……」
言い淀むココに代わって、隣で静かに控えていたソフィが、悲痛な面持ちで口を開いた。
「お姉ちゃんは……被害者の方々に一括で弁償するために、ある事業者からお金を借りたんです。今はその業者に、利息を含めた返済を続けています。でも、そこは……とても質の悪い金貸しで……」
ソフィの話によれば、その契約はあまりに苛烈だった。
たった一日でも返済が遅れれば、拠点は即座に没収。そしてココ自身は、残債を埋めるための『商品』として、奴隷市場へ流されるという。
(……なるほどね。最初からそれが狙いか)
結の脳内で、バラバラだったパズルのピースが音を立てて繋がっていく。
困惑する圭に、結は公報念話を飛ばした。
(圭、これがどういう意味かわかる? 相手の目的は、借金の完済じゃないのよ)
(え? どういうこと、結姉ぇ)
(1アデナを1円と換算して考えなさい。300万の借金に対して、ココの美貌と、あの広大な敷地を持つ『拠点』……。返済が滞ってそれらを差し押さえた方が、業者にとっては遥かに大きな利益になる。つまり、彼らはココが失敗するのを手ぐすね引いて待っているのよ)
結の冷徹な指摘に、圭は戦慄した。
この世界には、子供の健気さを利用し、その人生を根こそぎ奪おうとする悪意が、当たり前のように存在しているのだ。
「……まずは最優先で、二日後に支払う3万アデナを稼がないとね。時間が勿体ないわ。今すぐ依頼を受けるわよ」
結が毅然と立ち上がった。
その背中には、かつて生徒たちを引率した時のような、揺るぎない覚悟が宿っていた。
一行は、獲物を求める獣のような眼差しで依頼掲示板へと向かった。
絶望の淵に立たされた少女を救うため、元教師と生活魔法士たちの、反撃の火蓋が切って落とされた。
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巨大な依頼掲示板を前に、結は腕を組み、知的な瞳を細めていた。
一行が所属する『星屑の錆』は現在Dランク。制度上、一つ上のCランク依頼まで受注可能だが、結の出した結論は「堅実」の一言に尽きた。
「今回はDランクの依頼二件、これで決まりね。皆のスキルや魔法の相性、連携が未知数な現段階で、背伸びをするのは愚策よ」
結の言葉に、圭、ココ、ソフィが神妙に頷く。
選んだのは『薬草採取』と『Dランク魔物討伐』。どちらも成果が上がれば上がるほど、報酬が上乗せされる「従量制」の依頼だ。
「薬草採取は私がいつもやってるから任せて。一個につき30アデナもらえるわ。……一人で一日頑張れば、4000から5000アデナくらいにはなると思う」
ココの言葉に、圭は素早く脳内で計算した。一人で5000なら、四人なら2万。二日あれば3万アデナの返済に手が届く。
一方で、魔物討伐の対象はスライムなどのDランク魔物だ。
「スライムなら魔石一個で10アデナ。安く感じるけれど、昨日の様子なら私の力添えがあれば、ココの大剣で一撃のはずよ。数をこなせば馬鹿にできないわ」
結は昨日の戦闘を思い出し、ココを頼もしげに見やった。
これらの依頼は現物を持ち帰ってから後付けで受注・報告することも可能だが、タイミング次第では支払いが後日に回されることもある。借金返済の期限が明後日に迫る今、確実に即日払いを受けるためには、事前の受注手続きが必須だった。
「よし、方針は決まったわね。行きましょう」
結を先頭に、一行は受付カウンターへと向かった。
対応したのは、相変わらずの笑顔を振りまく猫耳の受付嬢、エミリアだ。
「これ、お願いします!」
圭が意を決したように、依頼書を差し出した。
対応したエミリアは、事務的な書類の山から顔を上げると、彼らの顔を見てその薄桃色の唇をいたずらっぽく吊り上げた。
「あら、早速お仕事? 感心ね。……えーっと、薬草採取とDランク魔物討伐の二件ね。了解したわ」
エミリアは慣れた手つきで受注台帳を広げると、羽根ペンを走らせる。
「じゃあ、代表者一人でいいから、ここに紋章をかざしてもらえるかな? ……ねえ、ケイくん。君がやってくれるかしら?」
エミリアが、試すような、そして明らかに楽しんでいるような瞳で圭を見つめる。
その視線の意味を理解した瞬間、圭の顔は沸騰したヤカンのように真っ赤に染まった。
「ち、ちょっと待ってくださいよ! こんな、人の多いところで出せるわけないじゃないですか……っ!」
圭は必死に声を潜めながら抗議した。
彼の紋章が刻まれているのは、右の臀部だ。周囲には屈強な冒険者たちがひしめき、酒の匂いと鉄錆の香りが混じり合うこのロビーで、お尻を出す勇気など彼にあるはずもなかった。
エミリアはクスクスと喉を鳴らし、あやすように首をかしげる。
「いいじゃない、誰も見てないわよ? それとも、お姉さんと別室に行きたいのかな?」
「そういう問題じゃありませんってば……!」
圭の困り果てた様子を、結は冷ややかに、けれどどこか慈しむような眼差しで見つめていた。
本来なら、教え子の羞恥に塗れた姿を観察するのも一興だったかもしれない。しかし、今の彼女たちには一分一秒の猶予も残されていないのだ。
「エミリアさん。ごめんなさい、今日は少し急ぎなの」
結が一歩前に出ると、凛とした声でその場を支配した。
彼女が右手を差し出す。その白い肌、手の甲には、『星屑の錆』の証である星の紋章が淡く輝いていた。
「私が代表を務めるわ。これでいいかしら?」
結が受注書にそっと手を翳すと、魔力が共鳴し、羊皮紙が青白い光を一瞬だけ放った。
エミリアも、結の瞳に宿る並々ならぬ決意を察したのだろう。それ以上はからかうのをやめ、プロの受付嬢としての顔に戻った。
「……ええ、確かに確認したわ。薬草採取と魔物討伐、正式に受注完了よ。……頑張ってね。ココちゃんのこと、よろしく頼んだわよ」
エミリアはそう言うと、カウンターの奥から四つの頑丈な背嚢を取り出した。
「はい、これ。薬草採取用の魔法バッグよ。鮮度を保つ魔法がかけられているから、これに詰めてきてね。……あ、壊したら弁償だから気をつけてね」
「ありがとう、助かるわ」
四人は背嚢を受け取ると、冒険者協会を後にした。
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城郭都市リリアガルドの巨大な城門を抜けると、そこには見渡す限りの草原と、その先に広がる深い緑の森が待っていた。
四人の背中には、冒険者協会から貸し出された魔法の背嚢が揺れている。子供の体格には少し大きく見えるが、中身はまだ空だ。これからここに、自分たちの命を繋ぐための成果を詰め込んでいくことになる。
「薬草はこの辺りにいっぱい生えているよ。皆、こっち!」
ココが先頭に立ち、慣れた足取りで草むらへと踏み込んでいく。
彼女は一箇所に立ち止まると、腰を下ろして手本を見せた。
「いい? 薬草はね、葉っぱだけじゃなくて根っこごと綺麗に抜かないと、鮮度が落ちちゃうの。土を軽く落として、そのままバッグに入れて」
「……なるほど。丁寧な仕事が求められるわけね」
結は知的な瞳でココの指先を観察し、すぐに実践に移った。隣では圭が、ココの教えを忘れないよう、一際真剣な表情で地面に向き合っている。
だが、ここは安全な温室ではない。
ガサリ、と茂みが揺れ、半透明の震える塊――スライムが二匹、這い出してきた。
「来たわね……。皆はそのまま続けてて」
結はココから借りた背負っていた大剣を、淀みのない動作で引き抜いた。
十七歳の瑞々しくも引き締まった肉体が、流れるような動作で間合いを詰める。全国レベルの水泳部顧問として培った体幹。
ズバァッ!
重厚な一撃がスライムの核を正確に捉え、一匹を瞬時に霧へと変えた。さらに返しの刃で二匹目も両断する。
「……っ! レベルが上がった!」
「わ、私も上がりました、ユイさん!」
ココとソフィが、驚きに満ちた声を上げた。
現在のパーティーは四人。本来なら経験値は分散され、成長は鈍るはずだ。しかし、圭と結が宿す『コハクの加護』……経験値三倍という規格外の恩恵は、同じパーティーのメンバーにも等しく分け与えられていた。
(加護のことを話した時はひっくり返るほど驚かれたけれど……。)
結は内心で分析を続ける。圭と結の時は一匹で上がったが、今回は二匹。四人パーティーになったことで、一人あたりの獲得量は半分になっているのだろう。それでも、常識を遥かに超えるスピードであることに変わりはない。
「どんどん行くわよ。今のうちにレベルも上げておかないとね」
結の言葉に、圭も「うん!」と力強く頷いた。
それから数時間。
傾き始めた太陽が、草原を黄金色に染め上げる頃。
「……ふぅ。そろそろ引き上げましょうか」
結が額の汗を拭い、大剣を鞘に収めた。
四人の背嚢は、既に溢れんばかりの薬草で満たされている。その数、500個以上。金額にして15000アデナを超える。
討伐したスライムの落とし物である魔石も、154個。チリも積もれば1540アデナの稼ぎだ。
そして、何よりの変化は彼女たちの状態だった。
全員のレベルは『3』まで到達している。
(……でも、ここからが本番ね)
結は状態板を確認して、眉を寄せた。
レベル2までは数匹で上がった。レベル3までも、三十匹ほどで到達した。しかし、その後百匹以上のスライムを狩り続けても、レベル4の兆しは見えない。
「レベルが上がるごとに、必要な経験値が跳ね上がっていく仕組みのようね。甘くないわ……」
「でも、薬草も魔石もこれだけあれば、今日は合格点だよ!」
圭の明るい声に、結はわずかに表情を緩めた。
夕闇が迫る中、一行は確かな手応えと、それ以上の疲労を抱えながら、リリアガルドへの帰路に就いた。
借金返済まで、残りあと二日。
彼女たちの初陣は、ひとまずの成功を収めようとしていた。
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すっかり日が落ち、リリアガルドの街路に魔導灯の淡い光が灯る頃。
泥と草の匂いに塗れた四人は、ようやく冒険者協会の喧騒の中へと戻ってきた。
受付カウンターでは、相変わらずエミリアが猫耳を時折ぴくつかせながら、戻ってきた冒険者たちの対応に追われている。
「おかえりなさい! 初陣はどうだったかな?」
エミリアの明るい声に迎えられ、一行は魔法の背嚢をカウンターへと並べた。
エミリアは慣れた手つきで中の薬草を取り出し、一つずつ丁寧に検分していく。その眼差しは先ほどまでの冗談めかしたものとは違い、プロの鑑定士の鋭さを帯びていた。
「これはOK、30アデナね。……あ、こっちは少し傷がついてる。これだと20アデナになっちゃうかな」
淡々と進む仕分け作業を、圭は固唾を呑んで見守っていた。自分たちの努力が一つ一つ「数字」に変換されていく光景は、どこか不思議な高揚感と緊張感を伴う。
「あ、これは毒草だからダメだよ!」
エミリアが束の中から一本の草を抜き出し、圭に返した。
よく見ると、葉の表面に血管のような禍々しい紫の模様が走っている。
「うわっ、すいません……!」
圭は慌ててそれを受け取ると、そのまま近くのゴミ箱へ捨てに行こうとした。
だが、その手首を、結の細くも力強い指先が制した。
「圭、ダメよ。そんなところに捨てて、もし万が一にでも誰かが間違えて拾って使ったらどうするの? 教師として、そんな無責任な投棄は許しません」
結の凛とした、けれど有無を言わせぬ「指導」の声。
彼女の脳内では、化学実験の廃液処理を疎かにする生徒を叱る時と同じ危機管理回路が作動していた。この不慣れな異世界において、毒草一株がどのような事故を招くかは未知数なのだ。
「あ……そうだよね。ごめん、結姉ぇ」
「分かればよろしい。とりあえず持って帰りなさい。処分は後で考えましょう」
圭は反省しながら、ギフトのスキル『収納』を発動させた。
現在の彼の容量は「タバコ一箱分」程度しかない極小のものだが、薄い毒草一株を仕舞い込むには十分だった。
「はい、おしまい! えーっと、薬草が合計で1万6300アデナ。それからスライムの魔石が154個で、1540アデナ。合わせて、1万7840アデナね!」
エミリアが弾いた計算結果に、その場にパッと明るい空気が流れた。
一日で、1万7000アデナ強。
ココが一人で必死に稼いでいた額の三倍以上だ。
「じゃあ、完了報告ってことで。この報告書に紋章をかざしてくれるかな? ……今度こそ、ケイくんがいく?」
エミリアが身を乗り出し、悪戯っぽく圭の瞳を覗き込む。
「か、勘弁してくださいよ! 受注したのが結姉ぇなら、報告も結姉ぇじゃないとダメなんじゃないんですか?」
「同じギルドのメンバーなら、誰の紋章でも受理されるわよ?」
隣からココが助け舟……とは言い難い事実を告げると、圭は「ええっ、そうなの!?」と情けない声を上げた。
「うん。……私がやるわ」
ココがすっと右手を差し出し、報告書に手の甲を翳した。
青白い魔法の光が走り、依頼完了の印が刻まれる。
「報告完了ね! ……ちぇっ、ケイくんの可愛いお尻、見たかったな」
エミリアが心底残念そうに、垂れ下がった猫耳を揺らして愚痴をこぼす。
その言葉に、ソフィが顔を赤くして「不謹慎です……!」と小さな声で抗議しているが、エミリアにはどこ吹く風のようだった。
「……何はともあれ、これで今日の分は確保できたわね」
結が安堵の吐息を漏らし、財布に納められた硬貨の重みを確かめる。
本日の成果、1万7840アデナ。
3万アデナの返済期限まであと二日。残りの目標額は1万2160アデナ。
(明日一日あれば、なんとか返せる。……異世界に来て、まだ二日目だっていうのに、なんて波乱万丈なのかしら)
結は苦笑混じりに、慣れない戦いで凝り固まった肩を回した。
自分たちの力で稼ぎ出した「希望」という名の数字を胸に、一行は夜の街へと歩き出す。
初陣の疲れを癒やすための、そして明日のさらなる飛躍を誓うための、ささやかな休息を求めて。
第10話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
結姉ぇ、元教師なだけあって分析が鋭すぎますね……。
300万アデナという絶望的な数字。そして、それを狙う悪徳業者の影。
「生活魔法士」としての圭の真価が、ここから問われることになりそうです!
(……それにしてもエミリアさん、あんな大勢の前で圭のお尻を見ようとするなんて、なかなかの策士ですね。笑)
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これからも圭と三姉妹をよろしくお願いします!




