第四十四話 設計者たちの罪
深層で最初に理解したのは、世界が“綺麗な一枚の設計図”として存在していないことだった。
中心核らしきものはある。
そこから外へ向けて線が伸び、都市、結界、記録、転移、治癒へ枝分かれしている。
だがその枝は途中で何度も継ぎ足され、切り替えられ、別の優先順位で上書きされている。
一度作られた世界に、戦争や統治や飢饉や保守の都合が何百年も後付けされ、そのたびに設計者の違うレイヤーが増殖してきた。
地上のレガシーは、ここではむしろ正直な結果に見えた。
「まず、優先順位層を探す」
ミレイアが言う。
声が少し硬い。
深層の情報量に押されながらも、まだ自分を保っている声だった。
翔太は視界の流れを読む。
保護順。
記録保持。
境界解釈。
民間層。
中枢層。
戦時例外。
普段なら別々の術式として見えていたものが、ここでは一続きの条件分岐として見える。
「……あった」
前方に、異様に太い分岐がある。
都市中枢、神殿、転移路、保管庫。
そこへ優先的に資源が流れ込む。
外縁や辺境補助式へ向かう線は、その分岐のあとで細く痩せる。
ただの結果ではない。
明確に“そうする”よう書かれている。
ミレイアがそこへ触れかけ、すぐ手を止めた。
触れるというより、認識を近づけるだけでも反応がある。
分岐の表面に、古い記録片が浮かび上がる。
中枢秩序保持を第一とする。
辺境補助は削減可能。
記録精度の低下は民間層において許容。
「やっぱり」
ミレイアの声は震えていなかった。
だが、その震えていないこと自体が怒りの深さを示していた。
翔太は別の層を見た。
寿命補助。
魔力循環。
適性配分。
そこにも偏りがある。
貴族層や神殿上位に接続しやすい経路が、一般層より太く安定している。
個人の才覚や努力で説明されてきた差の一部が、実は基盤側の初期条件に埋め込まれている。
「これ……」
声がかすれる。
「階層差そのものが仕様に入ってる」
ミレイアが目を細める。
「魔力格差だけじゃない。寿命補助の揺れも、治癒成功率も、都市階層で差がある」
翔太はしばらく言葉を失った。
世界法則は中立ではない。
それはもう地上の記録から見えていた。
だが深層に降りて実際に見ると、その偏りは想像よりずっと露骨だった。
偶然の集積ではない。
意図して設計された差別だ。
「誰がこんなものを作ったんだ」
思わず漏れる。
神ではない。
少なくとも、神秘的な必然ではない。
もっと人間的で、もっと実務的な悪意に近い。
その瞬間、分岐の奥からさらに古い記録片が浮かび上がった。
音声ではない。
だが、記述そのものに声の癖が宿っているみたいに感じられる。
広域安定運用には均質性より統治可能性を優先すべきである。
全層の同一保護は資源効率に劣る。
外縁の損耗は中枢維持のため許容される。
翔太はそれを読みながら、胸の奥に冷たいものが広がるのを感じた。
これは悪魔の呪いではない。
人間の会議で決まる種類の文だ。
予算会議。
戦時統制。
統治の効率化。
そういう言葉の延長にある、合理的な残酷さ。
「設計者たちの罪だ」
気づくと、そう口にしていた。
ミレイアが振り向く。
「罪?」
「はい。事故じゃない。世界をこう使うって決めた人たちがいた」
そのとき、深層のさらに奥で別の層が微かに開いた。
より古い記述。
中心核へ近い、原初設計に近い層。
そこには今までより整った文法が残っている。
戦時改修の荒れた継ぎ足しとは違う。
もっと洗練されていて、そのぶん冷たい。
翔太は息を整え、そこへ視点を寄せた。
最初の設計原理。
均衡。
循環。
接続。
それ自体は悪ではない。
問題は、その“均衡”が誰の視点で定義されたかだった。
「ここ」
翔太が指す。
「原式では、もともともっと平たかったはずです。最低限の保持は全域に配ってる。でも後代の再設計で、中枢保持が何度も上書きされてる」
ミレイアが目を見開く。
「つまり、最初から全部が腐っていたわけじゃない」
「はい。壊したというより、使い方を変えた。統治しやすいように」
その事実は、わずかな救いにも、もっと深い絶望にもなった。
原理そのものが完全な悪なら、世界を諦めることもできる。
だが、元は別の形がありえたのだとしたら。
それを人間が都合よく書き換えたのだとしたら。
罪はもっと具体的になる。
ミレイアはしばらくその層を見つめていた。
やがて、小さく言う。
「だったら、戻せる部分もある」
怒りの中に、初めて明確な方向が混じった。
壊したのが人間なら、直すのも人間の仕事になる。
その代わり、その直し方もまた誰かを傷つけるかもしれない。
深層の遠くで、地上側の監視盤からの呼びかけが微かに届いた。
サナだろうか。
言葉までは聞き取れない。
だが時間が長くないことだけはわかる。
識別の薄れも、すでにじわじわ来ている。
向こう側の記憶が、また少し遠くなる。
「長くはいられない」
ミレイアが言う。
「必要なものだけ拾う。修正できる線を」
翔太はうなずいた。
設計者たちの罪を暴くために降りたのではない。
罪を知ったうえで、いま何を書き換えれば人がまだ生きられるかを拾うために来たのだ。
それでも、深層の奥に残る設計者たちの合理的な文体は、ひどく嫌な余韻を残していた。
世界は神秘で歪んだのではなく、会議で歪んだ。
たぶん、それが一番救いがない。




