第八十三話 友情
前回
武装戦隊・狼ノ牙の成り立ち、そして神為とは何か、穢咀禁呪とは何か。
神瀛帯熾天王でもある首領補佐・八社女征一千によって首領Д・道成寺太は新たな力を得、そして参謀役の朽縄将兵は耐えきれずに無念の死を遂げた。
九月十三日土曜日。
週末ということで、この日は久々にとあるメンバーで集まっていた。
「この三人で会うのも随分久しぶりだね。」
「そうね。」
岬守航と麗真魅琴は高校時代に友人であった久住双葉と旧交を温めるべくカラオケボックスを訪れていた。
勿論、魅琴は以前判明したレパートリーでは流石に問題があるということで事前に航と彼女の持ち歌を増やした上で今日を迎えている。
「二人はよくデートに行ってるみたいだけどねー。」
双葉はやや悪戯っぽく目を細めて二人を揶揄った。
高校時代、元々は大人しかった彼女も打ち解けるにつれてこういう表情を次第に見せるようになっていったことが思い出されて、航と魅琴は感慨に耽っていた。
それと同時に、あの頃とは変わったことが一つある。
「久住さん、コンタクトでも十分可愛いと思うけどね。」
「ありがとう麗真さん。でも一緒に新しい眼鏡を選ぶの、楽しみにしてたよ。この後行くんでしょ?」
「ええ、勿論。」
双葉は航に自分の心境を吐露したあの後すぐに前線から外れ皇奏手議員の秘書として傍に置かれて暫く働いてから、最初に特殊防衛課の任期が切れる八月三日付で一足早く元の日常生活に戻っていた。
彼女と会うのはその時に魅琴の病室にも報告と挨拶に訪れて以来なので、実に四十日ぶりの再会だった。
この後、三人は双葉の眼鏡を買いに行く予定となっている。
「それにしても大変だったでしょう。仮の身分とは言え母の下で働くのは。」
「まあ……ね。やっぱりみんな優秀なんだなって、私なんかとは全然違うんだなって思い知っちゃった。」
双葉は遠い眼でディスプレイのアニメ映像を眺めていた。
それは期しくも、最後に会った時に話した今が旬の人気アニメだった。
「じゃあ最初はこれから行きましょうか。折角だし。」
「お、麗真さんから行っちゃう? 自信満々だねえ。」
そう、最初にカラオケを選んだのは、高校時代に三人の話題の中心だったアニメや漫画の最新流行や当時の思い出を語り合うのに丁度良かったからだ。
とは言え、当時は双葉とカラオケに来ることは無かったので、双葉は魅琴の歌唱力に大変驚いた様子だった。
「凄い! 麗真さん上手!」
「ありがとう。」
「えー、でも歌いにくいなー……。こんな歌唱力の後だとさ……。」
「ま、そこは慣れてる僕が緩衝材になりますか。魅琴曰く、可も無く不可も無く普通のレベルらしいし。」
「お、ちゃっかり頻繁にデートしてることアピールしちゃうねー。」
この後、三人は二時間ほどカラオケで盛り上がった。
やはりダントツで上手いのは魅琴、その彼女が評するに、双葉も割と上手い、航は相変わらず平凡というのが三人の歌唱力であるらしい。
会計は航が三人分を一先ず払い、後で二人に払い戻すという形を取った。
魅琴と双葉は航の後ろで支払いを待っている。
「久住さん、意外と歌い慣れてるのね。」
「うん……。まあ、色々あってね……。」
その時、一瞬双葉の表情に影が差した。
やはり会わなくなった高校卒業後に何かあったのか。――背中越しに声を聞いた航と表情を見た魅琴だが、双葉にも言いにくいだろうし、その後も深くは訊かなかった。
⦿⦿
カラオケボックスから出た三人は、いよいよ眼鏡屋へと足を運ぶ。
道中並んで会話するのも随分久しぶりだ。
「どう? 生活は落ち着いた?」
「まあね。そこそこ。」
航と魅琴は二人とも彼女のその後を気に掛けていた。
しかしそれは、双葉としても同じらしい。
「二人とももうあんまり無理しちゃだめだよ。今までは仕方なかったかもしれないけど、やっぱり自分が一番大事なんだから。」
確かに、魅琴は祖父からの逃避行を止めて共に暮らし始めて以来、自分以外の誰かの為に孰れは命を差し出さなければならないという責務を負って生きてきたし、航も魅琴を助け出して以来日本を皇國から守る為に命懸けで戦った。
そんな二人の在り方を、双葉の立場から見れば心配するのは当然だろう。
そして、事態がある程度落ち着いて余裕が出てきた今、二人もまた自分達を振り返って反省するところでもあった。
「まあ嫌でももう少ししたら普通の生活に完全に戻れるでしょうね。」
「そうだね。」
今はまだ、政権の移譲が行われていないが故に微妙な立場でありながらも武装戦隊・狼ノ牙を討伐する任に就いている二人だが、今後の政情によってはどうなるかわからない。
特殊防衛課を始めとした「皇國と戦う為の諸制度」は、選挙に敗北した現政権の負の遺産、「横暴の象徴」として、次期政権を担う最大野党によって大幅な見直しが宣言されている。
「政権が変われば、もう狼ノ牙を追えないかもしれないってこと?」
「うーん、どうだろうね?」
「それは何とも言えないわね。」
双葉の問いに航と魅琴が答えなかったのは、最早双葉が部外者だからだ。
故に、今狼ノ牙がどうなっているのかは一切今回の話題としていない。
「それにしても、入院生活は退屈だったわ。」
魅琴は狼ノ牙の事柄を避けるように話題を変えた。
「後半は僕も皇國の攻略に向かっちゃって見舞えなくなっちゃったからね。」
「私も……生活が落ち着かなくてあれから行けなかったし……。」
双葉は申し訳なさそうに顔を伏せた。
「まあでも、自分を見詰め直してこれからの事を考える時間が出来たのは良かったと思うわ。それに、あの時は雲野兄妹も隣の病室で寝ていたから、余り騒がしくならなかったのもね……。」
双葉の伏せられた顔の口元から僅かな笑みが消えた。
同時に、航は魅琴に視線を送る。
魅琴は何を思ったのか、愁いに浸るように目を細めて小さく息を吐いた。
夏も終わり、少しずつ秋も深まっている。
それは丁度、航と魅琴が久住双葉と交友を持ち始めたあの高校生の時と同じような時期だった。
戦争も一時は敵の巨大ロボット兵器の脅威に晒された恐怖が東京中心に日本中を駆け巡ったものの、結局は大きな被害も無く無事に一段落付きそうで、国は日常を取り戻そうとしていた。
⦿⦿
三人は双葉の眼鏡を選び、その後で少しファーストフード店に入って雑談を交わすという流れになった。
外では丁度雨が降り始めていた。
「しかし、まあ色々大変だったなあ……。」
「うん、色々あったね。」
この場では雨が降り始めた事から公転館で過ごした約一カ月の話題になった。
「あの頃、ちょうど梅雨時だったからこんな天気が多かったね。」
双葉が雨に何かを思ったように外を見ていたことから呟いたのを航が拾ったことで話題が拡がった。
「最初の脱出計画なんて杜撰も良い所だったからな。」
「結果的に早辺子さんに止められて良かったね。」
「屋渡の奴、無茶苦茶なんだもんなあ……。」
「出来れば皆で帰って来たかったね……。」
双葉の言葉で気まずい空気が流れた。
そう、元々決して気軽に話せるような内容ではない。
事の起こりは六月の初旬であり、最初の犠牲者が出てからまだ三カ月しか経っていないのだ。
「この話はもう少し後になってからの方が良さそうね……。」
「そうだね。」
「まだ早かった……かな……。」
外は雨脚が愈々強くなってきた。
もう少し店内で様子を見る事で三人の意見は一致した。
「でもま、雨はいつかあがるんだよな。」
「うん……。」
航の発言は、脱出決行日が丁度梅雨明けで晴れたということも含ませた、これからの明るい見通しを語る言葉だった。
双葉は少し俯いた後で航の意図を察したのか、顔を上げて二人に笑って見せた。
「多分これも通り雨だからもう少しのんびりしていよっか。」
「そうだね。」
通り雨。
この雨は予報には無かったため、三人は雨具を用意していなかった。
人生では予期せずトラブルに見舞われることも珍しくはない。
そんな「通り雨」に多くの人が生きていく中で何度も会うのだろう。
そしてそれらも、後には必ず晴れ間が射すのだろう。
だが時として、人は空の青さを忘れる。
空の色をモノクロームに塗り潰したまま、幻覚の雨に濡れ続ける一生もある。
暫く待った後、この日の雨は予想通りすぐに上がった。
今では最新の予報がすぐにスマートホンで手に入るので、雲行きが変わったらそれはそれでやることも変えれば良い。
雨を防ぐ屋根のある場所などいくらでもあるのだから。
心が幻覚に濡れ続けさえしなければ。
⦿⦿
「じゃあまたね、二人とも。」
「ええ。また連絡するわ。」
「久住さんも元気でね。」
雨上がりにファーストフード店を出て、今回はお開きとなった。
双葉は一人駅のホームへと入っていった。
残された航と魅琴は暫く黙ってそんな彼女の後姿を見送った。
暫くは、言葉を交わせないでいた。
「久々に会えてよかったね。」
航が先に切り出した。
魅琴は答えず、愁いを帯びた眼を長い睫毛の下で潤ませていた。
航はまた暫く答えを待っていたが、帰ってこないので小さく息を吐いてまた彼から問い掛けた。
「で、どうなんだろうね。あのことは……。」
「ええ……。」
魅琴は一言声を発した後、天を仰ぐ。
それはまるで、何かを受け止める心の準備をしているかのようだった。
「少なくとも、彼女の反応は私と雲野兄妹が同じ病院に入院していたという事実を流さなかった。ほんの少し、引っ掛かりを覚えたのは確かなようね。」
前日、武装戦隊・狼ノ牙のアジトに残された朽縄将兵の遺体を調べている時、ふと気になってしまったことがあった。
狼ノ牙の最高幹部の一人である沙華珠枝が雲野兄妹を手に入れる為に病院を襲ったのはいいとして、その入院場所の情報は何処から漏れたのかということだ。
「それに、今でも引き摺ってるみたいだ。椿の事を……。」
二人に良くない疑惑が浮かび上がっていた。
双葉は公転館で同室だった関係から、今でも椿陽子のことを他の誰よりも仲間として見て擁護する節がある。
椿陽子は武装戦隊・狼ノ牙の内通者だった。
それは首領Д・道成寺太の娘という血縁関係から来るもので、彼女自身にとって不本意なものであることは再会してからの言動の節々から察することが出来た。
その事に最も同情的なのは双葉を置いて他にはいない。
故に、どうしても疑念が湧いてしまう。
「双葉はそんな娘じゃないわ。私の入院先を、雲野兄妹の居場所を迂闊に話すことの意味が解らないような娘じゃない。」
「勿論さ。だが、もし彼女が今でも椿と繋がっていて、そして椿を助ける手段がそれしかないと判断してしまったとしたら……。」
二人とて疑いたくて疑っているわけではない。
彼女は言うまでも無く大切な友人だ。
だが、二人は知らなかった。
久住双葉という人間が高校卒業以後の四年間で何を経験し、どのように成長したのかを……。
⦿⦿⦿
航と魅琴の二人と別れた後、電車に乗った双葉が降りた駅は自宅の最寄り駅とはちがった別の目的地だった。
改札を出た彼女は、ある人影を見付けると急いでその女のもとへと駆け寄る。
「陽子さん。」
双葉は旧友に会った帰りにその足で別の約束、密会へと向かっていたのだ。
彼女を待っていたのは椿陽子。
武装戦隊・狼ノ牙の首領Д・道成寺太の娘で公転館では内通者として双葉と相部屋だった関係から、非常に打ち解け合っていた。
「ごめんね双葉、急に呼び出して。ここじゃ拙いからもう少し人気のない場所へ行こう。」
「あ、うん。そうだね。」
陽子に先導され、双葉は彼女と共に地下道の隅の方、街中では珍しい、滅多に人が通らない場所へと歩いた。
通常、女性二人だけでそんな場所へ行くのは危険だが、陽子には神為があるので何かあっても双葉を守ることが出来る。――双葉もまたそう信じていた。
「ねえ陽子さん、先に答えて欲しいことがあるの……。」
「何……?」
双葉は申し訳なさそうに、言い出し難そうに、しかし真っ先に切り出した。
「一昨日、麗真さんが入院した病院を確認してきたのは、お父さんの指示なの? 目的は双子の兄妹?」
「……ごめん。」
その一言は肯定と同義だった。
しかし、陽子は目の色に後ろめたさの影を差しながら弁解を述べる。
「麗真魅琴と雲野幽鷹の救助は同じタイミングだったし、長い移動はできないだろうから同じあの基地の近くの病院だって推測はできたから確認したかった。一応、病室までは特定できないだろうと思ってなるべく早くあの人達が駆け付けられるように通報はしたんだよ。それでもやっぱり、双葉を利用したことには変わりないよね。 ただ、私もああするしか無かったんだ。そこは解って欲しい。」
双葉は少なからずショックを受けていた。
彼女は今でも陽子に友情を感じているが、陽子はそれに付け込んで利用したのだ。
だが、それにたいする罪悪感もまた容易に読み取ることが出来たのは双葉にとって若干の救いでもあった。
双葉には陽子の微妙な立場も分かる。
「仕方無かったんだね……。だったら良いよ、気にしないで。」
「ありがとう。」
「それで、話って何なの?」
陽子が双葉を呼び出したのには別の目的、理由があった。
双葉は陽子の助けになりたいと今でも思っている、その確信が陽子にもあったのだろう。
「単刀直入に言おう。アンタの伝手で私と弟を助けて欲しい。狼ノ牙はもう限界なんだ。今はもう親父と私達姉弟と、胡散臭い首領補佐しか残ってない。もう逃げないといつ親父がトチ狂ったことをやらかすかわからないんだよ。」
陽子の訴えかける眼は深刻そのものだった。
「それは……勿論協力するけど、でもただ逃げるわけにはいかないんでしょ?」
「勿論そうさ。私は兎も角、弟がね……。あんな縛りさえなければとっくの昔にトンズラしてたのに……。」
事情は分からないが、陽子の表情からは悔しさが滲んでいた。
双葉は今まで、弟は何故逃げられないのか聞いた事が無い。
だが今、陽子の願いを叶える為には訊かない訳ないは行かない。
「その……。縛りって何? どうして二人はお父さんから逃げられないの?」
「弟の陰斗には親父の術式神為が掛けられているんだ。仮令逃げても、あいつの人生は大きすぎる縛りを受けることになる。それを解除させないと、あいつは自由になれないんだ。」
「術式……。それを解除させるんだね? どういう術式なの?」
「『術式神為・神威』。平たく言えば、自分の孫に生まれ変わる術式さ。陰斗はあいつにその術式を掛けられているから、あいつが将来結婚して子供が出来たらその子が親父の生まれ変わりになってしまうんだ。」
双葉は絶句した。
いくら自分の子供だからと言って、人生をそこまで束縛する権利がいったいどこにあるのか。
これではまるで呪いではないか。
「そんなの、解除させなきゃ……! でも、どうやって?」
「……その方法について、今から私は結構酷いことを言う。ひょっとするとアンタには受け入れがたいことかもしれない。でも絶対に悪いようにはしないから、私を信じて落ち着いて聴いて欲しい。」
陽子は胸を抑えている。
余程の覚悟が必要なのだろう。
双葉はそんな彼女に応えたかった。
「わかった。言ってみて?」
「……ありがとう。親父は要するに孫に生まれ変わりたいんだ。その保証が欲しいから、陰斗を手放せない。だから……。」
陽子はそこから先を言い淀んでいる。
だが固唾を飲み、意を決したように声に出した。
「陰斗の代わりを産ませればいい。それを産ませる女を確保できれば、道成寺は陰斗に掛けた術式を解除してもいいと言っている。」
見る見るうちに双葉の表情が曇っていく。
青褪めて今にも倒れてしまいそうなほどだ。
陽子の言いたいことは明らかだった。
「まさか私にその代わりになれって言ってるの⁉ ちょっと待ってよ‼ 道成寺の子を産めだなんて、そんなの私…」
「大丈夫‼」
陽子は動揺する双葉の両肩を強く掴んだ。
そして強めの口調で彼女に言い聞かせる。
「あくまで振りだけでいい。アンタはあくまで代わりの女として見つかった振りだけしてくれれば十分だ。アンタにはこの私が指一本触れさせない。陰斗の術式を先に解除させて、そうしたらそのまま三人で逃げるんだ! 後はアンタの伝手で、岬守たちの所へ逃がしてくれればいい。頼む、アンタだけが頼りなんだ!」
必死で頼み込む陽子だが、双葉は震えて泣きながら首を振っている。
「無理……。無理だよ……!」
双葉は泣き崩れた。
いくら言葉で振りだと言われようが、道成寺に「女という『子を産むための』道具」と見られるというだけで耐えられない。
そして今でも友情を感じている陽子にとって「それしかない」ということもまた理解できるだけに重荷、抑圧として圧し掛かってくる。
それらのストレスに耐えかねた双葉はその場で思わず、嘔吐した。
「双葉⁉」
余りの双葉の様子に陽子の方も青褪める。
そして、自分の頼みごとが余りに無茶で身勝手であったことを悟らざるを得なかったようだ。
「わかった。わかったよ双葉。ごめん、今のは忘れて。」
陽子は双葉の背中を摩りながら彼女を落ち着かせ、そして自分の不明を詫びながら一つの決意に満ちた眼で遠くの人波を見詰めていた。
「陰斗の解放はこっちで何とかする。逃げたら連絡するから、双葉はその後だけをどうにかしてくれればいい。」
少しずつ落ち着きを取り戻し始めた双葉は陽子の妥協に漸く顔を上げることが出来た。
しかし、それが意味するところを理解できない双葉ではない。
「陽子さん、どうにかするって、どうするつもりなの? まさか……。」
「アンタは気にしなくていいんだよ。元々私は陰斗とアンタ以外はどうだっていいんだから、アンタに無茶をさせるくらいなら他のやり方を選ぶだけさ。」
他のやり方、つまりは見繕うということか。
適当な女を攫って父親に差し出そうとしているのか。
「駄目……! そんなの駄目だよ……!」
再び双葉は首を振る。
頭を抱え、どうにもならない陽子が置かれた状況に思いを馳せる。
しかし、二人は気付いていなかった。
そんな二人に近づく二つの影があったこと。
二人にとって最悪の危機が接近していたことに。
「おやおや、御婦人がこんな人気のない所に二人だけで危ないと、一体全体どなたかと思えば、叛逆者の首魁の娘、椿陽子ではありませんこと?」
長い金髪を靡かせた長身の女が不敵な笑みと不気味な気配を浮かべて双葉と陽子に近寄ってきた。
そしてもう一人、銀髪で小柄の、人形のような少女も傍らで歩いている。
「もう一人も顔を知ってる。拉致に遭った明治の民の一人、久住双葉。」
二人は禍々しい殺気を放っている。
どう見ても穏やかに会話が出来る雰囲気ではなかった。
陽子は双葉を支えて立ち上がり、双葉に一粒の錠剤を渡した。
「東瀛丸だ。それ飲んで逃げな。」
「え? でも陽子さん……。」
「新華族令嬢三羽烏の二人、別府幡黎子と牧辻野愛琉。こいつら、話して通じる相手じゃない。」
金髪長身の別府幡黎子は愉快そうに笑っている。
銀髪小柄の牧辻野愛琉は無表情でじっと双葉と陽子を見詰めている。
黎子が口を開いて語り始めた。
「確か陽子さんを明治日本側だけで対処する理由って、狼ノ牙に通じている内通者の存在でしたわよね?」
「そう。ただ、何となく歯切れが悪い言い方だった。少し嘘も混じっていたと思う。」
「つまり、それが元お仲間の可能性もあったという訳ですか。」
「私も黎子の言う通りだと思う。」
何やら極めて不穏な空気が漂ってきた。
「双葉、早くそれ飲んで逃げるんだ。こいつら、只者じゃない!」
「陽子さん……でも……。」
二人のやり取りを見ていた黎子は声を上げて笑い始めた。
「あはははは。逃げるって、ここは袋小路じゃないですか! つまり、私たち二人を突破しないと逃げ場所なんかありませんよ?」
「内通者がはっきりした以上私達が始末しない理由もない。ここで二人とも殺す。」
野愛琉は臨戦態勢に入っている。
対して陽子も構えを取った。
「二対二でやるしかないって事か……! 殺戮人形・牧辻野愛琉と悪魔人形・別府幡黎子を相手に……!」
陽子の言葉で状況を察した双葉は渡された錠剤、東瀛丸を飲んだ。
街の隅で女たちの二対二の戦いが始まろうとしていた。
次回更新は、10月23日㈯




