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第八十三話 友情

前回


 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)の成り立ち、そして神為(しんい)とは何か、穢咀(えそ)禁呪(きんじゅ)とは何か。

 神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)でもある首領補佐・八社女(やおとめ)征一千(せいいち)によって首領(しゅりょう)Д(デー)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)は新たな力を得、そして参謀役の朽縄(くちなわ)将兵(しょうへい)は耐えきれずに無念の死を遂げた。

 九月十三日土曜日。

 週末ということで、この日は久々にとあるメンバーで集まっていた。


「この三人で会うのも随分久しぶりだね。」

「そうね。」


 岬守(さきもり)(わたる)麗真(うるま)魅琴(みこと)は高校時代に友人であった久住(くずみ)双葉(ふたば)と旧交を温めるべくカラオケボックスを訪れていた。

 勿論、魅琴(みこと)は以前判明したレパートリーでは流石に問題があるということで事前に(わたる)と彼女の持ち歌を増やした上で今日を迎えている。


「二人はよくデートに行ってるみたいだけどねー。」


 双葉(ふたば)はやや悪戯っぽく目を細めて二人を揶揄(からか)った。

 高校時代、元々は大人しかった彼女も打ち解けるにつれてこういう表情を次第に見せるようになっていったことが思い出されて、(わたる)魅琴(みこと)は感慨に耽っていた。

 それと同時に、あの頃とは変わったことが一つある。


久住(くずみ)さん、コンタクトでも十分可愛いと思うけどね。」

「ありがとう麗真(うるま)さん。でも一緒に新しい眼鏡を選ぶの、楽しみにしてたよ。この後行くんでしょ?」

「ええ、勿論。」


 双葉(ふたば)(わたる)に自分の心境を吐露したあの後すぐに前線から外れ(すめらぎ)奏手(かなで)議員の秘書として傍に置かれて(しばら)く働いてから、最初に特殊防衛課の任期が切れる八月三日付で一足早く元の日常生活に戻っていた。

 彼女と会うのはその時に魅琴(みこと)の病室にも報告と挨拶に訪れて以来なので、実に四十日ぶりの再会だった。


 この後、三人は双葉(ふたば)の眼鏡を買いに行く予定となっている。


「それにしても大変だったでしょう。仮の身分とは言え母の下で働くのは。」

「まあ……ね。やっぱりみんな優秀なんだなって、(わたし)なんかとは全然違うんだなって思い知っちゃった。」


 双葉(ふたば)は遠い眼でディスプレイのアニメ映像を眺めていた。

 それは期しくも、最後に会った時に話した今が旬の人気アニメだった。


「じゃあ最初はこれから行きましょうか。折角だし。」

「お、麗真(うるま)さんから行っちゃう? 自信満々だねえ。」


 そう、最初にカラオケを選んだのは、高校時代に三人の話題の中心だったアニメや漫画の最新流行や当時の思い出を語り合うのに丁度良かったからだ。

 とは言え、当時は双葉(ふたば)とカラオケに来ることは無かったので、双葉(ふたば)魅琴(みこと)の歌唱力に大変驚いた様子だった。


「凄い! 麗真(うるま)さん上手!」

「ありがとう。」

「えー、でも歌いにくいなー……。こんな歌唱力の後だとさ……。」

「ま、そこは慣れてる(ぼく)が緩衝材になりますか。魅琴(みこと)曰く、可も無く不可も無く普通のレベルらしいし。」

「お、ちゃっかり頻繁にデートしてることアピールしちゃうねー。」


 この後、三人は二時間ほどカラオケで盛り上がった。

 やはりダントツで上手いのは魅琴(みこと)、その彼女が評するに、双葉(ふたば)も割と上手い、(わたる)は相変わらず平凡というのが三人の歌唱力であるらしい。


 会計は(わたる)が三人分を一先ず払い、後で二人に払い戻すという形を取った。

 魅琴(みこと)双葉(ふたば)(わたる)の後ろで支払いを待っている。


久住(くずみ)さん、意外と歌い慣れてるのね。」

「うん……。まあ、色々あってね……。」


 その時、一瞬双葉(ふたば)の表情に影が差した。

 やはり会わなくなった高校卒業後に何かあったのか。――背中越しに声を聞いた(わたる)と表情を見た魅琴(みこと)だが、双葉(ふたば)にも言いにくいだろうし、その後も深くは訊かなかった。



⦿⦿



 カラオケボックスから出た三人は、いよいよ眼鏡屋へと足を運ぶ。

 道中並んで会話するのも随分久しぶりだ。


「どう? 生活は落ち着いた?」

「まあね。そこそこ。」


 (わたる)魅琴(みこと)は二人とも彼女のその後を気に掛けていた。

 しかしそれは、双葉(ふたば)としても同じらしい。


「二人とももうあんまり無理しちゃだめだよ。今までは仕方なかったかもしれないけど、やっぱり自分が一番大事なんだから。」


 確かに、魅琴(みこと)は祖父からの逃避行を止めて共に暮らし始めて以来、自分以外の誰かの為に(いず)れは命を差し出さなければならないという責務を負って生きてきたし、(わたる)魅琴(みこと)を助け出して以来日本を皇國(こうこく)から守る為に命懸けで戦った。

 そんな二人の在り方を、双葉(ふたば)の立場から見れば心配するのは当然だろう。

 そして、事態がある程度落ち着いて余裕が出てきた今、二人もまた自分達を振り返って反省するところでもあった。


「まあ嫌でももう少ししたら普通の生活に完全に戻れるでしょうね。」

「そうだね。」


 今はまだ、政権の移譲が行われていないが故に微妙な立場でありながらも武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)を討伐する任に就いている二人だが、今後の政情によってはどうなるかわからない。

 特殊防衛課を始めとした「皇國(こうこく)と戦う為の諸制度」は、選挙に敗北した現政権の負の遺産、「横暴の象徴」として、次期政権を担う最大野党によって大幅な見直しが宣言されている。


「政権が変われば、もう狼ノ牙(おおかみのきば)を追えないかもしれないってこと?」

「うーん、どうだろうね?」

「それは何とも言えないわね。」


 双葉(ふたば)の問いに(わたる)魅琴(みこと)が答えなかったのは、最早双葉(ふたば)が部外者だからだ。

 故に、今狼ノ牙(おおかみのきば)がどうなっているのかは一切今回の話題としていない。


「それにしても、入院生活は退屈だったわ。」


 魅琴(みこと)狼ノ牙(おおかみのきば)の事柄を避けるように話題を変えた。


「後半は(ぼく)皇國(こうこく)の攻略に向かっちゃって見舞えなくなっちゃったからね。」

(わたし)も……生活が落ち着かなくてあれから行けなかったし……。」


 双葉(ふたば)は申し訳なさそうに顔を伏せた。


「まあでも、自分を見詰め直してこれからの事を考える時間が出来たのは良かったと思うわ。それに、あの時は雲野(くもの)兄妹も隣の病室で寝ていたから、余り騒がしくならなかったのもね……。」


 双葉(ふたば)の伏せられた顔の口元から僅かな笑みが消えた。

 同時に、(わたる)魅琴(みこと)に視線を送る。

 魅琴(みこと)は何を思ったのか、愁いに浸るように目を細めて小さく息を吐いた。


 夏も終わり、少しずつ秋も深まっている。

 それは丁度、(わたる)魅琴(みこと)久住(くずみ)双葉(ふたば)と交友を持ち始めたあの高校生の時と同じような時期だった。

 戦争も一時は敵の巨大ロボット兵器の脅威に晒された恐怖が東京中心に日本中を駆け巡ったものの、結局は大きな被害も無く無事に一段落付きそうで、国は日常を取り戻そうとしていた。



⦿⦿



 三人は双葉(ふたば)の眼鏡を選び、その後で少しファーストフード店に入って雑談を交わすという流れになった。

 外では丁度雨が降り始めていた。


「しかし、まあ色々大変だったなあ……。」

「うん、色々あったね。」


 この場では雨が降り始めた事から公転館で過ごした約一カ月の話題になった。


「あの頃、ちょうど梅雨時だったからこんな天気が多かったね。」


 双葉(ふたば)が雨に何かを思ったように外を見ていたことから呟いたのを(わたる)が拾ったことで話題が拡がった。


「最初の脱出計画なんて杜撰も良い所だったからな。」

「結果的に早辺子(さえこ)さんに止められて良かったね。」

屋渡(やわたり)の奴、無茶苦茶なんだもんなあ……。」

「出来れば皆で帰って来たかったね……。」


 双葉(ふたば)の言葉で気まずい空気が流れた。

 そう、元々決して気軽に話せるような内容ではない。

 事の起こりは六月の初旬であり、最初の犠牲者が出てからまだ三カ月しか経っていないのだ。


「この話はもう少し後になってからの方が良さそうね……。」

「そうだね。」

「まだ早かった……かな……。」


 外は雨脚が愈々(いよいよ)強くなってきた。

 もう少し店内で様子を見る事で三人の意見は一致した。


「でもま、雨はいつかあがるんだよな。」

「うん……。」


 (わたる)の発言は、脱出決行日が丁度梅雨明けで晴れたということも含ませた、これからの明るい見通しを語る言葉だった。

 双葉(ふたば)は少し俯いた後で(わたる)の意図を察したのか、顔を上げて二人に笑って見せた。


「多分これも通り雨だからもう少しのんびりしていよっか。」

「そうだね。」


 通り雨。

 この雨は予報には無かったため、三人は雨具を用意していなかった。

 人生では予期せずトラブルに見舞われることも珍しくはない。


 そんな「通り雨」に多くの人が生きていく中で何度も会うのだろう。

 そしてそれらも、後には必ず晴れ間が射すのだろう。


 だが時として、人は空の青さを忘れる。

 空の色をモノクロームに塗り潰したまま、幻覚の雨に濡れ続ける一生もある。


 (しばら)く待った後、この日の雨は予想通りすぐに上がった。

 今では最新の予報がすぐにスマートホンで手に入るので、雲行きが変わったらそれはそれでやることも変えれば良い。

 雨を防ぐ屋根のある場所などいくらでもあるのだから。


 心が幻覚に濡れ続けさえしなければ。



⦿⦿



「じゃあまたね、二人とも。」

「ええ。また連絡するわ。」

久住(くずみ)さんも元気でね。」


 雨上がりにファーストフード店を出て、今回はお開きとなった。

 双葉(ふたば)は一人駅のホームへと入っていった。

 残された(わたる)魅琴(みこと)(しばら)く黙ってそんな彼女の後姿を見送った。


 (しばら)くは、言葉を交わせないでいた。


「久々に会えてよかったね。」


 (わたる)が先に切り出した。

 魅琴(みこと)は答えず、愁いを帯びた眼を長い睫毛の下で潤ませていた。

 (わたる)はまた(しばら)く答えを待っていたが、帰ってこないので小さく息を吐いてまた彼から問い掛けた。


「で、どうなんだろうね。あのことは……。」

「ええ……。」


 魅琴(みこと)は一言声を発した後、天を仰ぐ。

 それはまるで、何かを受け止める心の準備をしているかのようだった。


「少なくとも、彼女の反応は(わたし)雲野(くもの)兄妹が同じ病院に入院していたという事実を流さなかった。ほんの少し、引っ掛かりを覚えたのは確かなようね。」


 前日、武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)のアジトに残された朽縄(くちなわ)将兵(しょうへい)の遺体を調べている時、ふと気になってしまったことがあった。

 狼ノ牙(おおかみのきば)の最高幹部の一人である沙華(さはな)珠枝(たまえ)雲野(くもの)兄妹を手に入れる為に病院を襲ったのはいいとして、その入院場所の情報は何処から漏れたのかということだ。


「それに、今でも引き摺ってるみたいだ。椿(つばき)の事を……。」


 二人に良くない疑惑が浮かび上がっていた。

 双葉(ふたば)は公転館で同室だった関係から、今でも椿(つばき)陽子(ようこ)のことを他の誰よりも仲間として見て擁護する節がある。


 椿(つばき)陽子(ようこ)武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)の内通者だった。

 それは首領(しゅりょう)Д(デー)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)の娘という血縁関係から来るもので、彼女自身にとって不本意なものであることは再会してからの言動の節々から察することが出来た。


 その事に最も同情的なのは双葉(ふたば)を置いて他にはいない。

 故に、どうしても疑念が湧いてしまう。


双葉(ふたば)はそんな()じゃないわ。(わたし)の入院先を、雲野(くもの)兄妹の居場所を迂闊に話すことの意味が解らないような()じゃない。」

「勿論さ。だが、もし彼女が今でも椿(つばき)と繋がっていて、そして椿(つばき)を助ける手段がそれしかないと判断してしまったとしたら……。」


 二人とて疑いたくて疑っているわけではない。

 彼女は言うまでも無く大切な友人だ。


 だが、二人は知らなかった。

 久住(くずみ)双葉(ふたば)という人間が高校卒業以後の四年間で何を経験し、どのように成長したのかを……。




⦿⦿⦿




 (わたる)魅琴(みこと)の二人と別れた後、電車に乗った双葉(ふたば)が降りた駅は自宅の最寄り駅とはちがった別の目的地だった。

 改札を出た彼女は、ある人影を見付けると急いでその女のもとへと駆け寄る。


陽子(ようこ)さん。」


 双葉(ふたば)は旧友に会った帰りにその足で別の約束、密会へと向かっていたのだ。

 彼女を待っていたのは椿(つばき)陽子(ようこ)

 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)首領(しゅりょう)Д(デー)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)の娘で公転館では内通者として双葉(ふたば)と相部屋だった関係から、非常に打ち解け合っていた。


「ごめんね双葉(ふたば)、急に呼び出して。ここじゃ拙いからもう少し人気のない場所へ行こう。」

「あ、うん。そうだね。」


 陽子(ようこ)に先導され、双葉(ふたば)は彼女と共に地下道の隅の方、街中では珍しい、滅多に人が通らない場所へと歩いた。

 通常、女性二人だけでそんな場所へ行くのは危険だが、陽子(ようこ)には神為(しんい)があるので何かあっても双葉(ふたば)を守ることが出来る。――双葉(ふたば)もまたそう信じていた。


「ねえ陽子(ようこ)さん、先に答えて欲しいことがあるの……。」

「何……?」


 双葉(ふたば)は申し訳なさそうに、言い出し難そうに、しかし真っ先に切り出した。


一昨日(おととい)麗真(うるま)さんが入院した病院を確認してきたのは、お父さんの指示なの? 目的は双子の兄妹?」

「……ごめん。」


 その一言は肯定と同義だった。

 しかし、陽子(ようこ)は目の色に後ろめたさの影を差しながら弁解を述べる。


麗真(うるま)魅琴(みこと)雲野(くもの)幽鷹(ゆたか)の救助は同じタイミングだったし、長い移動はできないだろうから同じあの基地の近くの病院だって推測はできたから確認したかった。一応、病室までは特定できないだろうと思ってなるべく早くあの人達が駆け付けられるように通報はしたんだよ。それでもやっぱり、双葉(ふたば)を利用したことには変わりないよね。 ただ、(わたし)もああするしか無かったんだ。そこは解って欲しい。」


 双葉(ふたば)は少なからずショックを受けていた。

 彼女は今でも陽子(ようこ)に友情を感じているが、陽子(ようこ)はそれに付け込んで利用したのだ。

 だが、それにたいする罪悪感もまた容易に読み取ることが出来たのは双葉(ふたば)にとって若干の救いでもあった。

 双葉(ふたば)には陽子(ようこ)の微妙な立場も分かる。


「仕方無かったんだね……。だったら良いよ、気にしないで。」

「ありがとう。」

「それで、話って何なの?」


 陽子(ようこ)双葉(ふたば)を呼び出したのには別の目的、理由があった。

 双葉(ふたば)陽子(ようこ)の助けになりたいと今でも思っている、その確信が陽子(ようこ)にもあったのだろう。


「単刀直入に言おう。アンタの伝手で(わたし)と弟を助けて欲しい。狼ノ牙(おおかみのきば)はもう限界なんだ。今はもう親父と(わたし)達姉弟と、胡散臭い首領補佐しか残ってない。もう逃げないといつ親父がトチ狂ったことをやらかすかわからないんだよ。」


 陽子(ようこ)の訴えかける眼は深刻そのものだった。


「それは……勿論協力するけど、でもただ逃げるわけにはいかないんでしょ?」

「勿論そうさ。(わたし)は兎も角、弟がね……。あんな縛りさえなければとっくの昔にトンズラしてたのに……。」


 事情は分からないが、陽子(ようこ)の表情からは悔しさが滲んでいた。

 双葉(ふたば)は今まで、弟は何故逃げられないのか聞いた事が無い。

 だが今、陽子(ようこ)の願いを叶える為には訊かない訳ないは行かない。


「その……。縛りって何? どうして二人はお父さんから逃げられないの?」

「弟の陰斗(かげと)には親父の術式神為(しんい)が掛けられているんだ。仮令(たとえ)逃げても、あいつの人生は大きすぎる縛りを受けることになる。それを解除させないと、あいつは自由になれないんだ。」

「術式……。それを解除させるんだね? どういう術式なの?」

「『術式神為(しんい)神威(カモイ)』。平たく言えば、自分の孫に生まれ変わる術式さ。陰斗(かげと)はあいつにその術式を掛けられているから、あいつが将来結婚して子供が出来たらその子が親父の生まれ変わりになってしまうんだ。」


 双葉(ふたば)は絶句した。

 いくら自分の子供だからと言って、人生をそこまで束縛する権利がいったいどこにあるのか。

 これではまるで呪いではないか。


「そんなの、解除させなきゃ……! でも、どうやって?」

「……その方法について、今から(わたし)は結構酷いことを言う。ひょっとするとアンタには受け入れがたいことかもしれない。でも絶対に悪いようにはしないから、(わたし)を信じて落ち着いて聴いて欲しい。」


 陽子(ようこ)は胸を抑えている。

 余程の覚悟が必要なのだろう。

 双葉(ふたば)はそんな彼女に応えたかった。


「わかった。言ってみて?」

「……ありがとう。親父は要するに孫に生まれ変わりたいんだ。その保証が欲しいから、陰斗(かげと)を手放せない。だから……。」


 陽子(ようこ)はそこから先を言い淀んでいる。

 だが固唾を飲み、意を決したように声に出した。


陰斗(かげと)の代わりを産ませればいい。それを産ませる女を確保できれば、道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)に掛けた術式を解除してもいいと言っている。」


 見る見るうちに双葉(ふたば)の表情が曇っていく。

 青褪めて今にも倒れてしまいそうなほどだ。

 陽子(ようこ)の言いたいことは明らかだった。


「まさか(わたし)にその代わりになれって言ってるの⁉ ちょっと待ってよ‼ 道成寺(どうじょうじ)の子を産めだなんて、そんなの(わたし)…」

「大丈夫‼」


 陽子(ようこ)は動揺する双葉(ふたば)の両肩を強く掴んだ。

 そして強めの口調で彼女に言い聞かせる。


「あくまで振りだけでいい。アンタはあくまで代わりの女として見つかった振りだけしてくれれば十分だ。アンタにはこの(わたし)が指一本触れさせない。陰斗(かげと)の術式を先に解除させて、そうしたらそのまま三人で逃げるんだ! 後はアンタの伝手で、岬守(さきもり)たちの所へ逃がしてくれればいい。頼む、アンタだけが頼りなんだ!」


 必死で頼み込む陽子(ようこ)だが、双葉(ふたば)は震えて泣きながら首を振っている。


「無理……。無理だよ……!」


 双葉(ふたば)は泣き崩れた。

 いくら言葉で振りだと言われようが、道成寺(どうじょうじ)に「女という『子を産むための』道具」と見られるというだけで耐えられない。

 そして今でも友情を感じている陽子(ようこ)にとって「それしかない」ということもまた理解できるだけに重荷、抑圧として圧し掛かってくる。


 それらのストレスに耐えかねた双葉(ふたば)はその場で思わず、嘔吐した。


双葉(ふたば)⁉」


 余りの双葉(ふたば)の様子に陽子(ようこ)の方も青褪める。

 そして、自分の頼みごとが余りに無茶で身勝手であったことを悟らざるを得なかったようだ。


「わかった。わかったよ双葉(ふたば)。ごめん、今のは忘れて。」


 陽子(ようこ)双葉(ふたば)の背中を摩りながら彼女を落ち着かせ、そして自分の不明を詫びながら一つの決意に満ちた眼で遠くの人波を見詰めていた。


陰斗(かげと)の解放はこっちで何とかする。逃げたら連絡するから、双葉(ふたば)はその後だけをどうにかしてくれればいい。」


 少しずつ落ち着きを取り戻し始めた双葉(ふたば)陽子(ようこ)の妥協に漸く顔を上げることが出来た。

 しかし、それが意味するところを理解できない双葉(ふたば)ではない。


陽子(ようこ)さん、どうにかするって、どうするつもりなの? まさか……。」

「アンタは気にしなくていいんだよ。元々(わたし)陰斗(かげと)とアンタ以外はどうだっていいんだから、アンタに無茶をさせるくらいなら他のやり方を選ぶだけさ。」


 他のやり方、つまりは見繕うということか。

 適当な女を攫って父親に差し出そうとしているのか。


「駄目……! そんなの駄目だよ……!」


 再び双葉(ふたば)は首を振る。

 頭を抱え、どうにもならない陽子(ようこ)が置かれた状況に思いを馳せる。


 しかし、二人は気付いていなかった。

 そんな二人に近づく二つの影があったこと。

 二人にとって最悪の危機が接近していたことに。


「おやおや、御婦人がこんな人気のない所に二人だけで危ないと、一体全体どなたかと思えば、叛逆者の首魁の娘、椿(つばき)陽子(ようこ)ではありませんこと?」


 長い金髪を靡かせた長身の女が不敵な笑みと不気味な気配を浮かべて双葉(ふたば)陽子(ようこ)に近寄ってきた。

 そしてもう一人、銀髪で小柄の、人形のような少女も傍らで歩いている。


「もう一人も顔を知ってる。拉致に遭った明治の民の一人、久住(くずみ)双葉(ふたば)。」


 二人は禍々しい殺気を放っている。

 どう見ても穏やかに会話が出来る雰囲気ではなかった。


 陽子(ようこ)双葉(ふたば)を支えて立ち上がり、双葉(ふたば)に一粒の錠剤を渡した。


東瀛丸(とうえいがん)だ。それ飲んで逃げな。」

「え? でも陽子(ようこ)さん……。」

「新華族令嬢三羽烏の二人、別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)。こいつら、話して通じる相手じゃない。」


 金髪長身の別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)は愉快そうに笑っている。

 銀髪小柄の牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)は無表情でじっと双葉(ふたば)陽子(ようこ)を見詰めている。


 黎子(れいこ)が口を開いて語り始めた。


「確か陽子(ようこ)さんを明治日本(めいじひのもと)側だけで対処する理由って、狼ノ牙(おおかみのきば)に通じている内通者の存在でしたわよね?」

「そう。ただ、何となく歯切れが悪い言い方だった。少し嘘も混じっていたと思う。」

「つまり、それが元お仲間の可能性もあったという訳ですか。」

(わたし)黎子(れいこ)の言う通りだと思う。」


 何やら極めて不穏な空気が漂ってきた。


双葉(ふたば)、早くそれ飲んで逃げるんだ。こいつら、只者じゃない!」

陽子(ようこ)さん……でも……。」


 二人のやり取りを見ていた黎子(れいこ)は声を上げて笑い始めた。


「あはははは。逃げるって、ここは袋小路じゃないですか! つまり、(わたくし)たち二人を突破しないと逃げ場所なんかありませんよ?」

「内通者がはっきりした以上(わたし)達が始末しない理由もない。ここで二人とも殺す。」


 野愛琉(のある)は臨戦態勢に入っている。

 対して陽子(ようこ)も構えを取った。


「二対二でやるしかないって事か……! 殺戮人形(マーダー・ドール)牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)悪魔人形(デビル・ドール)別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)を相手に……!」


 陽子(ようこ)の言葉で状況を察した双葉(ふたば)は渡された錠剤、東瀛丸(とうえいがん)を飲んだ。

 街の隅で女たちの二対二の戦いが始まろうとしていた。

次回更新は、10月23日㈯

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