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第八十一話 神瀛帯熾天王

前回


 雲野(くもの)兄妹を取り戻したい武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)は双子の入院している病院に沙華(さはな)珠枝(たまえ)を送り込んだものの、三日月(みかづき)由奈(ゆな)に迎撃さえ彼らの企みは敢え無く阻止された。

 沙華(さはな)三日月(みかづき)との交戦でこそ致命傷は避けられていたものの、直後に乱入した牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)に止めを刺され、絶命。

 

 その後、屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)沙華(さはな)珠枝(たまえ)という二人の幹部の足跡を辿ることによって狼ノ牙(おおかみのきば)のアジトを割り出そうと、特殊防衛課は魅継(みつぎ)東風美(あゆみ)の回復を待つこととなった。

 九月十一日。

 この日の昼食後、岬守(さきもり)(わたる)麗真(うるま)魅琴(みこと)魅継(みつぎ)東風美(あゆみ)の部屋に招かれていた。

 何でも、初日の非礼を詫びる意味で魅継(みつぎ)家秘伝の菓子を作ってもてなしたいとのことだそうだ。


「御二人とも、御心配と御迷惑をお掛けしました。(わたし)はこの通りもう大丈夫。このように茶菓子を作れるくらいにピンピンしておりますので今日にでも例のお仕事に取り掛かれますわ。」


 東風美(あゆみ)はわざとらしい笑みを浮かべながら(わたる)魅琴(みこと)の前に皿を並べ、それぞれに饅頭のような菓子を一つずつ乗せた。


貴女(あなた)自身の分は無いの?」


 魅琴(みこと)の質問に、東風美(あゆみ)は一瞬びくりとした。


「確かに、(ぼく)達だけ御馳走になるのもなあ……。」

(わたし)もやり過ぎたと思っているから、出来れば仲直りの場としたいのだけれど……。」


 どうやら(わたる)魅琴(みこと)に他意は無いらしく、東風美(あゆみ)は胸を撫で下ろした。

 というのも、東風美(あゆみ)の方には他意がありありだからである。


 この魅継(みつぎ)饅頭には三種類の薬剤を混ぜ込んである。

 まず東瀛除丸(とうえいじょがん)東瀛封丸(とうえいほうがん)、この二つで東瀛丸(とうえいがん)の効果を無効にし、万が一生まれながらの神為(しんい)使いでもその神為(しんい)を大幅に弱体化させる。

 更に、もう一つの薬剤こそ本命の魅継(みつぎ)家秘伝、感度を大幅に上げる薬。


 魅継(みつぎ)饅頭を食ったが最後、この間のお礼をたっぷりたっぷりとして、二度と(わたし)に逆らえない心と体に調教してやる。――東風美(あゆみ)は内心ほくそ笑んでいた。


「ささ、早くお召上がりになって。」

「確かに、とても美味しそうだわ。魅継(みつぎ)家の秘伝なんですって?」

「然様で御座います然様で御座いますとも。是非是非御賞味いただきたいですわ。」

「成程……。」


 魅琴(みこと)の眼が鋭く光る。

 そして次の瞬間、素早い動きで自身に盛られた饅頭を東風美(あゆみ)の口に捻じ込んだ。


「ならまずは自分で食べてみなさい!」

「ムッ、むぐぅ~ッ⁉」


 ジタバタと藻掻きながら抵抗するも虚しく、饅頭は無理矢理東風美(あゆみ)の喉奥へと突っ込まれる。


「おい魅琴(みこと)! 何やってんだ! 窒息しちまうぞ‼」

「大丈夫よちゃんと潰しながら胃に落としてあげてるから。」

「つーか何でいきなりそんな……!」

麗真(うるま)家に伝わる強感度薬と同じ匂いがしたのよ。魅継(みつぎ)家が麗真(うるま)家と同じルーツなら彼女が持っていてもおかしくはない。ま、最早(わたし)にそう言う類のは精神が肉体を凌駕しているから無意味なんだけどね。」

「おげぇぇ~ッッ‼」


 魅琴(みこと)は更に、(わたる)の分の饅頭も手に取った。


「に、二個は無理ぃ~ッッ‼」

「食べ物は粗末にしない。日本人の常識よね?」

「ひ、ひぎぃぃぃ~ッッ‼」


 自業自得、憐れうら若き新華族魅継(みつぎ)家の令嬢東風美(あゆみ)は自らが用意した毒饅頭を二つとも完食させられてしまった。


「んおおおお体が熱るうぅぅゾワゾワするうぅぅ照明が眩しいぃぃぃ……!」

「あらあら大変そうね。一体どれだけ感度が上がったのかしら……。」

「一個五十五倍ですううう助けてえええ!」

「成程、麗真(うるま)家の秘薬より効果は劣るようね……。」


 魅琴(みこと)東風美(あゆみ)の答えを聞くとすっと立ち上がった。

 その振る舞いと自身を見下ろす魅琴(みこと)の視線に東風美(あゆみ)はこの世の終わりのような表情を浮かべて怯え始めた。


「ま、待ってっ‼ 謝りますから許して‼ もう二度としません‼ 今回は本当です‼ だから()めて‼ こんな状態でまた骨をボキボキ折られたら壊れちゃうからぁ‼」


 確かに、堪ったものではないだろう。

 一個あたり感度が五十五倍になるということは、二個食べさせられた彼女の感度は現在三〇二五倍である。


 だが、魅琴(みこと)は蝋人形と見紛うほど青褪める東風美(あゆみ)に背を向けた。


「流石にそこまで鬼じゃないわ(わたし)も。麗真(うるま)家と同じ強感度薬なら解毒剤も作れる筈。」

「ほ、本当ですか?」


 東風美(あゆみ)は大粒の涙を溢しながら魅琴(みこと)の背に問い掛ける。


「家に戻って作って来るから待ってなさい。(わたる)、彼女を宜しく。感度が大変なことになっているから扱いには細心の注意を払うこと。くれぐれも変なことはしないように。」

「するわけないだろ……。いくらこの()(きみ)と似ているからと言って……。」

「ふぅん、(わたし)本人だったら?」

「……返り討ちに遭う未来しか見えません。」


 (わたる)の返答に魅琴(みこと)は振り向いて小さく笑った。


「三十分以内に戻るわ。その間、彼女には決して何も与えないこと。喉が渇いただのお腹が空いただのと訴えても無視。今解毒剤以外を飲んだら、例えばアルコールの酩酊作用やカフェインの覚醒作用も強化されているから死にかねない。解るわね?」

「はいよ。(ぼく)は彼女が余計なことをしないように監視してればいいわけね。」

「そういうこと。じゃ、頼んだわよ。」


 魅琴(みこと)はそう言い残し、部屋を後にした。

 (わたる)は一度悶える東風美(あゆみ)に目をやり、溜息を吐いた。


 しかし魅継(みつぎ)東風美(あゆみ)という少女、本当に魅琴(みこと)とそっくりである。

 そんな彼女が高まりに高まった感度に耐えかねて悶え喘ぐ姿は目に毒だった。

 (わたる)は意識を必死で逸らし、一か所に集まろうとする血液をどうにか分散させようとしながら魅琴(みこと)本人の帰りを待つのだった。



⦿⦿



 二十五分後、東風美(あゆみ)は強感度材の解毒剤を飲まされてどうにか異常は治ったものの、(わたる)魅琴(みこと)、それから白蘭(びゃくらん)揚羽(あげは)に見降ろされ正座で縮こまっていた。

 居並ぶ三人の後ろでは水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)がばつの悪そうな顔を並べている。


「饅頭には東瀛除丸(とうえいじょがん)東瀛封丸(とうえいほうがん)も含ませていたんですかー……。ということは、今魅継(みつぎ)さんは神為(しんい)を全く使えないということですねー。」


 白蘭(びゃくらん)は電話をしながら状況を確認している。

 相手は勿論、出張中の根尾(ねお)弓矢(きゅうや)だ。


『どういうことか、説明して貰えるんだろうな?』

「はい……。」


 久々に根尾(ねお)に絞られそうになっている白蘭(びゃくらん)が萎れている。

 魅琴(みこと)東風美(あゆみ)の関係が悪いことも、それによって東風美(あゆみ)の術識神為(しんい)が使用できなくなって捜査が行き詰ってしまったことも、根尾(ねお)にとっては寝耳に水である。


(おれ)は正直、魅継(みつぎ)家の存在は知らなかった。今回派遣される三名の素性を聞いて、初めて祖父に弟がいた事を知ったくらいだ。そして、恐らく魅継(みつぎ)家は麗真(うるま)家を良く思っていないんだな?』

魅継(みつぎ)さーん、どうなんですかー?」


 白蘭(びゃくらん)根尾(ねお)が電話越しに問い掛けた内容を東風美(あゆみ)に小声で尋ねる。


「そうです……。でも、知らなかったんです。皇太子殿下が和解を御所望だなんて……。」


 東風美(あゆみ)の答える声は弱々しかった。

 今度という今度は流石に懲りたのであろう。


『つまり、皇族の意向に逆らってまで討つべき不倶戴天の敵という訳ではないと……。』

「仰る通りです。麗真(うるま)家は元々、曾御爺様(ひいおじいさま)に刃向かって逐電した大伯父(おおおじ)の遺志を継ぐ末裔。対する魅継(みつぎ)家は曾御爺様(ひいおじいさま)の意思を継ぐ御爺様(おじいさま)を祖とする正統なる血筋。魅継(みつぎ)家に生まれたからには皆、如何に大伯父(おおおじ)が不義理であったかを曾御爺様(ひいおじいさま)からよく聴かされますから。」


 東風美(あゆみ)は下を向いたまま淡々と自らの家柄に伝わる麗真(うるま)家との関係を述べた。

 しかし、その言葉には引っ掛かるものがあった、

 特に魅琴(みこと)にとっては聞き捨てならない。


「ちょっと待って? 曾御爺様(ひいおじいさま)って……閏間(うるま)三入(みいる)()()()()()()()()()方の閏間(うるま)三入(みいる)のこと? 貴女(あなた)の口振りだと閏間(うるま)三入(みいる)が今も生きて魅継(みつぎ)家に干渉しているかのように聞こえるわ。」


 魅琴(みこと)の指摘に、(わたる)白蘭(びゃくらん)の表情にも緊張が走る。

 そしておそらく、電話越しの根尾(ねお)も同じだろう。


 閏間(うるま)三入(みいる)魅琴(みこと)根尾(ねお)の曾祖父である。

 その彼について、魅琴(みこと)は祖父から正確な年齢は聞いていないものの、十九世紀末の生まれであるということが判っていた。


東風美(あゆみ)さん、もう一度訊くわね。閏間(うるま)三入(みいる)は生きているの?」


 魅琴(みこと)の如何なる怪物も射殺すような視線に東風美(あゆみ)は固唾を飲み、そして答えた。


「はい。生きています。そして今、三人の同志と共に活動していると聞いています。」

「三人の……同志……。」


 何か点と点が線で繋がっていくような、そんな感覚があった。

 電話越しに、根尾(ねお)の質問が東風美(あゆみ)に飛ぶ。


『その三人の素性は判りますか?』

「いいえ、そこまでは……。ただ、彼らは自分達を神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)と呼び、お互いを四天王の一尊の名で呼び合っているのです。曾御爺様(ひいおじいさま)持国天(じこくてん)と呼ばれています。後は……一番大男の人が多聞天(たもんてん)、それから紅一点の背が高い女性は広目天(こうもくてん)の他に御媛様(おひめさま)とも呼ばれています。」

『あと一人は……少年のような姿をした増長天(ぞうじょうてん)ですか?』

「え? どうしてわかったんですか……?」


 ここへ来て、神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)という存在が(わたる)達の捜査線上に浮かんできた。

 情報を総合すると、閏間(うるま)三入(みいる)がまず持国天(じこくてん)推城(つきしろ)朔馬(さくま)多聞天(たもんてん)八社女(やおとめ)征一千(せいいち)増長天(ぞうじょうてん)、そして貴龍院(きりゅういん)皓雪(しらゆき)広目天(こうもくてん)()しくは御媛様(おひめさま)と呼ばれているらしい。

 そんな四人の人間が、皇國(こうこく)に関する一連の事件の裏で何やら暗躍しているようだ。


根尾(ねお)さん、出張、無駄になってしまいましたね。」


 白蘭(びゃくらん)が珍しく悪戯っぽく意地悪な言葉を根尾(ねお)に投げかける。

 しかし、根尾(ねお)からは予想外の言葉が返ってきた。


『いや、此方でもほんの少し収穫はあった。正確には、ほんの少しの収穫で十分になった。今から早速支度をしてそっちへ戻る。夜には着くと思うから、その時、魅継(みつぎ)嬢には東瀛丸(とうえいがん)を御服用いただき捜査に参加して頂きたい。宜しいですかな?』


 愈々(いよいよ)根尾(ねお)が戻ってくる。

 (わたる)はその事にほんの少しほっとしていた。

 何故ならばこの部屋の面子を見れば一目瞭然である。


 岬守(さきもり)(わたる)以外に集まっているのは麗真(うるま)魅琴(みこと)白蘭(びゃくらん)揚羽(あげは)水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)魅継(みつぎ)東風美(あゆみ)別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)という面々で、学校がある虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)と会社がある三日月(みかづき)由奈(ゆな)は昼間不在となっている。

 つまり、夕方以降になるまで男は(わたる)一人で、後は全員選り取り見取りの美女、ハーレム状態となっているのだ。


 ただ、既に魅琴(みこと)に心を決めている(わたる)としては気苦労が多いのも事実だ。


 根尾(ねお)さんが返って来てくれれば、一人でも男が増えれば……!


 (わたる)は一人、明日根尾(ねお)が戻ってくる瞬間を心待ちにしながら夜を明かすのだった。




⦿⦿⦿




 何処かの闇、四人の男女が密会している。

 集まっているのは当然、神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)


 まず広目天(こうもくてん)貴龍院(きりゅういん)皓雪(しらゆき)


三入(みいる)君、一つ貴方(あなた)には言っておきたいことがあるのよね。貴方(あなた)、結構(わたくし)達の事を子孫に喋っているでしょう?」


 続いて増長天(ぞうじょうてん)八社女(やおとめ)征一千(せいいち)


「そうそう。(ぼく)なんか自己紹介する時は相手に直ぐ死んでもらうと決めているくらいなのに、ねえ……。」


 更に多聞天(たもんてん)推城(つきしろ)朔馬(さくま)


「戦に於いては、肉親といえど裏切るのは世の常。お(まえ)は少々血筋を信用し過ぎる。」


 そして持国天(じこくてん)閏間(うるま)三入(みいる)


「うぅむ……。確かに、康彌(やすみ)をはじめ魅継(みつぎ)家には色々と喋り過ぎたのう……。」


 どうやら閏間(うるま)三入(みいる)が他の三人に糾弾されているらしい。


「その康彌(やすみ)君だけど、(わたくし)の本名すら知っていたのはどういうことかしら? 一体貴方(あなた)はどれだけのことを子孫に話しているの?」


 貴龍院(きりゅういん)は鋭い視線で閏間(うるま)を睨んでいる。

 閏間(うるま)三入(みいる)の息子で魅継(みつぎ)家の始祖である魅継(みつぎ)康彌(やすみ)を殺したのは貴龍院(きりゅういん)だったが、その際彼はある名を口走った。


「我らの素性を騙ったのは康彌(やすみ)一人だけで御座いますよ。それ以降は、神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)の存在を仄めかしつつ、我らの力にしようと……。」

「だが、下に伝え漏れている可能性は否定できまい。」


 大柄な体躯で推城(つきしろ)麗真(うるま)を睨みつける。


(ぼく)はもういいんじゃないかと思うよ。獅乃神(しのかみ)様が神皇(じんのう)になる今使えるものだけ残せば。」


 推城(つきしろ)の向かいで、八社女(やおとめ)は脚をばたつかせながらカラカラと笑っている。

 その二人の言葉を受け、貴龍院(きりゅういん)は口角を上げ白い歯を覗かせた。


「それもそうね。三入(みいる)君、康彌(やすみ)君だけじゃなく家ごとやってしまいましょうか?」

「いや、お待ちくだされ。」


 閏間(うるま)貴龍院(きりゅういん)の言葉を拒んだ。

 しかし、そこには子孫の処遇を決められている焦燥感の様なものは見られない。


「あれでも血を分けた我が子孫で御座います。せめて(わし)の手で根絶やしにしてやりましょう。」


 それを聞いた貴龍院(きりゅういん)は大笑いし始めた。


「これはまた随分残酷なことを考えるのね貴方(あなた)魅継(みつぎ)家にとって貴方(あなた)は現人神の様なものでしょう?」

「現人神が崇める者を常に(おもんぱか)るとでも?」

「それもそうね、うふふふふ……。」


 さぞかし愉快と言った貴龍院(きりゅういん)に対し、向かい側の閏間(うるま)は険しい顔をしている。


魅継(みつぎ)本家に全員を集め、そしてそこを一気にアレで殲滅しましょう。」

「子々孫々、始祖を想いて、贄となる……。宜しく頼むわね、三入(みいる)君……。」


 こうして人知れず、一つの一族の命運が決められてしまった。




⦿⦿⦿




 九月十一日、夜。

 東瀛丸(とうえいがん)は全て根尾(ねお)が管理していた為、彼の到着を以て初めて東風美(あゆみ)神為(しんい)が復活することとなった。


白蘭(びゃくらん)、例のものは取り寄せてあるな?」

「はいはーい。屋渡(やわたり)沙華(さはな)の遺伝子情報が含まれるものですよね。東風美(あゆみ)さん、これで二人の足跡が追えるんですか?」

「はい、十分です。」


 東風美(あゆみ)屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)沙華(さはな)珠枝(たまえ)の髪の毛に手を翳した。

 すると、何やら航空写真の様なものが毛の上に浮かび上がった。

 解像度は極めて高く、下隅には時計の様なものが表示されている。


「この時刻、遡れる?」

「任せてください、お姉様。」


 どうやら東風美(あゆみ)魅琴(みこと)に救われて以来彼女をお姉様と呼び慕っているようだ。

 何ともまあ見事な掌返しである。


 時刻を巻き戻すと、まず二つ重なっていた点が現在地のホテルより移動した。

 これは、警察に保管されていたものを移動したということだろう。

 それからしばらくすると、一方の点が横田基地近くの病院に移動した。

 おそらくこちらが沙華(さはな)珠枝(たまえ)のものだ。


「ここから二人が交わる点を(しらみ)潰しに当たれば、奴らのアジトが判るかもな。」


 根尾(ねお)は機体の籠った眼差しで二つの点の動きを見守っている。

 彼としては、此方はなるべく早くに決着をつけてしまいたい。

 残る神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)に関する事こそが本丸だと考えていた。


「おそらく、その必要は無いかと。(わたくし)が潜入していた範囲で得た情報ですが、屋渡(やわたり)沙華(さはな)は犬猿の中でした。おそらく隠れ家を出てからは落ち合っていないと思われます。」


 早辺子(さえこ)が経験から予測を立てたとおり、二つの点はある場所で重なって動かなくなった。そして八月十五日まで遡ると、ある瞬間にぱったりと反応が無くなった。


「確かに、これは間違いないな。あの時、逸見(へみ)(いつき)の術式神為(しんい)で二人は今の場所に飛ばされたんだ。そして、そここそが奴らのアジト……!」


 それは確かに、小さな公園を望めるアパートを示していた。


「どうします? 行きますか?」


 (わたる)根尾(ねお)の判断を仰ぐ。

 対して根尾(ねお)の答えは慎重だった。


「いや、既に移動していたら無駄足になる。先に様子を見に行かせ、間違いが無いとわかったら総戦力で叩くんだ。」

「斥候、ですか……。誰が行くんですか?」


 根尾(ねお)は電話を取り出して、誰かに掛ける。


「打ってつけの人材は一人しかいない。出来れば日本国側で、それでいて狼ノ牙(おおかみのきば)側に顔が割れていない人物……。」


 (わたる)は首を傾げた。

 というのも、此処に居る日本側の人間は全員が椿(つばき)陽子(ようこ)と面識があるのだ。

 拉致されていない魅琴(みこと)根尾(ねお)白蘭(びゃくらん)ですら、帰国時に顔を合わせてしまっている。


「一体誰が……。」


 その答えは、根尾(ねお)が電話口に呼びかけた名前で判明した。


「もしもし、伴堂(ばんどう)か?」

『はい? 根尾(ねお)君?』

「ちょっとお(まえ)に頼みたいことがある。」

『えー……。危ないことは嫌ですよ? (わたし)、もう根尾(ねお)君とは何の関係も無いんですから……。』


 伴堂(ばんどう)明美(あけみ)、嘗ては根尾(ねお)(すめらぎ)奏手(かなで)議員の秘書として同僚の関係にあった。

 だが、彼女が落選して以来関係は一度終了している筈であった。


「お(まえ)の術式神為(しんい)なら安全に運べる話だ。一応、報酬も弾む。頼まれてくれないか?」

『……まあそういうことなら……。』


 渋々受けるようだ。


 伴堂(ばんどう)明美(あけみ)の術式神為(しんい)は戦闘能力こそ乏しいものの、探査能力に長けている。

 超小型の神為(しんい)の塊を密かにアパートの部屋に潜入させ、中の様子を確認するというの作戦のようだ。


 完全に違法捜査なのだが……。


「良し、一先ずは彼女の報告を待つぞ。」

根尾(ねお)さん、前から何気に手段を選びませんね……。母の指導の賜物かしら?」


 魅琴(みこと)の言うように、根尾(ねお)魅琴(みこと)の母である(すめらぎ)の下でかなり法的にアウトなやり方に手を染めている。


「最終的に国民と国益を守る為だ。それに、最低限の義理は守るようにしている。」

「そう言う所が落選と下野の原因になったんですよ……。」


 魅琴(みこと)の耳が痛い言葉に、根尾(ねお)はそれ以上言い返せずに咳払いをするしかなかった。


「さて……。ああ魅継(みつぎ)嬢、もう結構ですよ。ありがとうございました。」


 根尾(ねお)東風美(あゆみ)に術式神為(しんい)の解除を促すと、周囲の面々を見渡した。


「待っている間少し時間もある。一度もう一つの敵、八社女(やおとめ)推城(つきしろ)についての話も整理しておこう。」


 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)の中でも一人別格に謎の存在、八社女(やおとめ)征一千(せいいち)

 その彼と只ならぬ関係にある政界に潜り込んでいた男、推城(つきしろ)朔馬(さくま)

 そしてもう一人、皇國(こうこく)の令嬢達には伏せられている女、貴龍院(きりゅういん)皓雪(しらゆき)

 三人は、閏間(うるま)三入(みいる)が同志と呼ぶ三人と特徴が一致する。


「ちょっと待って! 曾御爺様(ひいおじいさま)が叛逆者と関係しているって言うの⁉ いくらなんでもそれは聞き捨てならない!」


 東風美(あゆみ)は情報を纏めようとする根尾(ねお)に抗議の声を上げた。

 彼女にしてみれば曾祖父は一族の始祖であり、その同志である神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)の正体が叛逆者とは受け入れられる話ではない。


「いや、これは失礼しました。ただ、二人が閏間(うるま)三入(みいる)氏との関りを良からぬことに利用している可能性もある、というだけですよ。その可能性も考慮して、あらゆる方面から捜査をしたい。」


 根尾(ねお)はそう弁明すると、(わたる)魅琴(みこと)に目で合図した。

 神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)の話は、後で皇國(こうこく)の令嬢を抜きにして話をするという意味だと、二人には理解できた。


 と、そんなタイミングで根尾(ねお)の携帯が鳴った。

 どうやら伴堂(ばんどう)明美(あけみ)から着信があったようだ。


伴堂(ばんどう)、どうだ? 奴等はいたか?」

『それが……。』


 どうやら歯切れが悪い。

 報告を聞いた根尾(ねお)の顔が険しくなった。


「わかった。ありがとうご苦労だった。後で場所を送るから明日都合の良い時間に来てくれ。そこで報酬を渡す。」


 根尾(ねお)は神妙な面持ちで通話を切った。


「どうしたんですか?」


 (わたる)が結果を尋ねると、根尾(ねお)は溜息を吐いて首を振った。


「結論から言うともう連中は隠れ家を変えていたよ。中にあったのは、一人の男の死体だけだったらしい。」


 アジトと睨んだ場所には死体があった、という事実にその場の者は皆凍り付いた。

 末期となったテロ集団が内ゲバに奔ったのだろうか。

 何にせよ、穏やかな話ではない。


「誰の死体かわかりますか?」


 魅琴(みこと)の質問に、根尾(ねお)は再び溜息を吐いた。


「八卦衆の一人、朽縄(くちなわ)将兵(しょうへい)狼ノ牙(おおかみのきば)でも最古参の一人で、ずっと参謀役を務めてきた男だ。」


 その夜、近隣住民の通報によって件のアパートから男の死体が発見された。

 年の割には若いが、身元は朽縄(くちなわ)将兵(しょうへい)で間違い無いようだった。


 彼らに一体何があり、長年組織に貢献してきた男が無残な最期を遂げることになったのか。

 とにもかくにも、(わたる)達の捜査は振出しに戻ってしまった。




⦿⦿⦿




 翌日、朽縄(くちなわ)の遺体から狼ノ牙(おおかみのきば)の新たなアジトのヒントを得ようと再び魅継(みつぎ)東風美(あゆみ)の術式神為(しんい)が行使された。

 参謀役であったの彼の足跡からなら、何か重大な手掛かりがあるかもしれないと考えられた。


 だが成果は無かった。

 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)は壊滅寸前となった今どこへ向かおうとしているのか。

 その全ての手掛かりは尽きてしまった、かに思われた。


 だが、ふと魅琴(みこと)がある一つの疑問を口にした。


「ねえ、そう言えばどうして奴らは……。」

「あっ……!」


 少し遅れて、(わたる)も何かに気が付いたようだった。


「どうした、二人とも?」


 窓から公園を見下ろしていた根尾(ねお)は振り向いて問い掛ける。

 それに答えようとする魅琴(みこと)の顔は、部屋が薄暗いせいか、心なしか青白く見えた。


「どうやって奴らは幽鷹(ゆたか)君と兎黄泉(とよみ)ちゃんの入院していた病院を知ったのかしら……。」

「誰か、内部の情報を知っている人間が漏らした……。」


 (わたる)も目を泳がせている。

 二人は自分達が出した推論を信じたくない、といった様相だった。


「おい、二人とも何を考えている⁉」


 根尾(ねお)は思わず声を荒げた。

 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)の残党に対する捜査は当初の方針から全く違った方向に進もうとしていた。

 それも、特に(わたる)魅琴(みこと)にとって受け入れ難い展開となって。


 秋の夕暮れの日差しがアパートの小部屋に木の葉の隙間から差し込んでいた。

次回更新は、10月13日㈬

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