第八十一話 神瀛帯熾天王
前回
雲野兄妹を取り戻したい武装戦隊・狼ノ牙は双子の入院している病院に沙華珠枝を送り込んだものの、三日月由奈に迎撃さえ彼らの企みは敢え無く阻止された。
沙華は三日月との交戦でこそ致命傷は避けられていたものの、直後に乱入した牧辻野愛琉に止めを刺され、絶命。
その後、屋渡倫駆郎と沙華珠枝という二人の幹部の足跡を辿ることによって狼ノ牙のアジトを割り出そうと、特殊防衛課は魅継東風美の回復を待つこととなった。
九月十一日。
この日の昼食後、岬守航と麗真魅琴は魅継東風美の部屋に招かれていた。
何でも、初日の非礼を詫びる意味で魅継家秘伝の菓子を作ってもてなしたいとのことだそうだ。
「御二人とも、御心配と御迷惑をお掛けしました。私はこの通りもう大丈夫。このように茶菓子を作れるくらいにピンピンしておりますので今日にでも例のお仕事に取り掛かれますわ。」
東風美はわざとらしい笑みを浮かべながら航と魅琴の前に皿を並べ、それぞれに饅頭のような菓子を一つずつ乗せた。
「貴女自身の分は無いの?」
魅琴の質問に、東風美は一瞬びくりとした。
「確かに、僕達だけ御馳走になるのもなあ……。」
「私もやり過ぎたと思っているから、出来れば仲直りの場としたいのだけれど……。」
どうやら航と魅琴に他意は無いらしく、東風美は胸を撫で下ろした。
というのも、東風美の方には他意がありありだからである。
この魅継饅頭には三種類の薬剤を混ぜ込んである。
まず東瀛除丸と東瀛封丸、この二つで東瀛丸の効果を無効にし、万が一生まれながらの神為使いでもその神為を大幅に弱体化させる。
更に、もう一つの薬剤こそ本命の魅継家秘伝、感度を大幅に上げる薬。
魅継饅頭を食ったが最後、この間のお礼をたっぷりたっぷりとして、二度と私に逆らえない心と体に調教してやる。――東風美は内心ほくそ笑んでいた。
「ささ、早くお召上がりになって。」
「確かに、とても美味しそうだわ。魅継家の秘伝なんですって?」
「然様で御座います然様で御座いますとも。是非是非御賞味いただきたいですわ。」
「成程……。」
魅琴の眼が鋭く光る。
そして次の瞬間、素早い動きで自身に盛られた饅頭を東風美の口に捻じ込んだ。
「ならまずは自分で食べてみなさい!」
「ムッ、むぐぅ~ッ⁉」
ジタバタと藻掻きながら抵抗するも虚しく、饅頭は無理矢理東風美の喉奥へと突っ込まれる。
「おい魅琴! 何やってんだ! 窒息しちまうぞ‼」
「大丈夫よちゃんと潰しながら胃に落としてあげてるから。」
「つーか何でいきなりそんな……!」
「麗真家に伝わる強感度薬と同じ匂いがしたのよ。魅継家が麗真家と同じルーツなら彼女が持っていてもおかしくはない。ま、最早私にそう言う類のは精神が肉体を凌駕しているから無意味なんだけどね。」
「おげぇぇ~ッッ‼」
魅琴は更に、航の分の饅頭も手に取った。
「に、二個は無理ぃ~ッッ‼」
「食べ物は粗末にしない。日本人の常識よね?」
「ひ、ひぎぃぃぃ~ッッ‼」
自業自得、憐れうら若き新華族魅継家の令嬢東風美は自らが用意した毒饅頭を二つとも完食させられてしまった。
「んおおおお体が熱るうぅぅゾワゾワするうぅぅ照明が眩しいぃぃぃ……!」
「あらあら大変そうね。一体どれだけ感度が上がったのかしら……。」
「一個五十五倍ですううう助けてえええ!」
「成程、麗真家の秘薬より効果は劣るようね……。」
魅琴は東風美の答えを聞くとすっと立ち上がった。
その振る舞いと自身を見下ろす魅琴の視線に東風美はこの世の終わりのような表情を浮かべて怯え始めた。
「ま、待ってっ‼ 謝りますから許して‼ もう二度としません‼ 今回は本当です‼ だから止めて‼ こんな状態でまた骨をボキボキ折られたら壊れちゃうからぁ‼」
確かに、堪ったものではないだろう。
一個あたり感度が五十五倍になるということは、二個食べさせられた彼女の感度は現在三〇二五倍である。
だが、魅琴は蝋人形と見紛うほど青褪める東風美に背を向けた。
「流石にそこまで鬼じゃないわ私も。麗真家と同じ強感度薬なら解毒剤も作れる筈。」
「ほ、本当ですか?」
東風美は大粒の涙を溢しながら魅琴の背に問い掛ける。
「家に戻って作って来るから待ってなさい。航、彼女を宜しく。感度が大変なことになっているから扱いには細心の注意を払うこと。くれぐれも変なことはしないように。」
「するわけないだろ……。いくらこの娘が君と似ているからと言って……。」
「ふぅん、私本人だったら?」
「……返り討ちに遭う未来しか見えません。」
航の返答に魅琴は振り向いて小さく笑った。
「三十分以内に戻るわ。その間、彼女には決して何も与えないこと。喉が渇いただのお腹が空いただのと訴えても無視。今解毒剤以外を飲んだら、例えばアルコールの酩酊作用やカフェインの覚醒作用も強化されているから死にかねない。解るわね?」
「はいよ。僕は彼女が余計なことをしないように監視してればいいわけね。」
「そういうこと。じゃ、頼んだわよ。」
魅琴はそう言い残し、部屋を後にした。
航は一度悶える東風美に目をやり、溜息を吐いた。
しかし魅継東風美という少女、本当に魅琴とそっくりである。
そんな彼女が高まりに高まった感度に耐えかねて悶え喘ぐ姿は目に毒だった。
航は意識を必死で逸らし、一か所に集まろうとする血液をどうにか分散させようとしながら魅琴本人の帰りを待つのだった。
⦿⦿
二十五分後、東風美は強感度材の解毒剤を飲まされてどうにか異常は治ったものの、航と魅琴、それから白蘭揚羽に見降ろされ正座で縮こまっていた。
居並ぶ三人の後ろでは水徒端早辺子、別府幡黎子、牧辻野愛琉がばつの悪そうな顔を並べている。
「饅頭には東瀛除丸と東瀛封丸も含ませていたんですかー……。ということは、今魅継さんは神為を全く使えないということですねー。」
白蘭は電話をしながら状況を確認している。
相手は勿論、出張中の根尾弓矢だ。
『どういうことか、説明して貰えるんだろうな?』
「はい……。」
久々に根尾に絞られそうになっている白蘭が萎れている。
魅琴と東風美の関係が悪いことも、それによって東風美の術識神為が使用できなくなって捜査が行き詰ってしまったことも、根尾にとっては寝耳に水である。
『俺は正直、魅継家の存在は知らなかった。今回派遣される三名の素性を聞いて、初めて祖父に弟がいた事を知ったくらいだ。そして、恐らく魅継家は麗真家を良く思っていないんだな?』
「魅継さーん、どうなんですかー?」
白蘭は根尾が電話越しに問い掛けた内容を東風美に小声で尋ねる。
「そうです……。でも、知らなかったんです。皇太子殿下が和解を御所望だなんて……。」
東風美の答える声は弱々しかった。
今度という今度は流石に懲りたのであろう。
『つまり、皇族の意向に逆らってまで討つべき不倶戴天の敵という訳ではないと……。』
「仰る通りです。麗真家は元々、曾御爺様に刃向かって逐電した大伯父の遺志を継ぐ末裔。対する魅継家は曾御爺様の意思を継ぐ御爺様を祖とする正統なる血筋。魅継家に生まれたからには皆、如何に大伯父が不義理であったかを曾御爺様からよく聴かされますから。」
東風美は下を向いたまま淡々と自らの家柄に伝わる麗真家との関係を述べた。
しかし、その言葉には引っ掛かるものがあった、
特に魅琴にとっては聞き捨てならない。
「ちょっと待って? 曾御爺様って……閏間三入、閏の間から三に入る方の閏間三入のこと? 貴女の口振りだと閏間三入が今も生きて魅継家に干渉しているかのように聞こえるわ。」
魅琴の指摘に、航と白蘭の表情にも緊張が走る。
そしておそらく、電話越しの根尾も同じだろう。
閏間三入、魅琴と根尾の曾祖父である。
その彼について、魅琴は祖父から正確な年齢は聞いていないものの、十九世紀末の生まれであるということが判っていた。
「東風美さん、もう一度訊くわね。閏間三入は生きているの?」
魅琴の如何なる怪物も射殺すような視線に東風美は固唾を飲み、そして答えた。
「はい。生きています。そして今、三人の同志と共に活動していると聞いています。」
「三人の……同志……。」
何か点と点が線で繋がっていくような、そんな感覚があった。
電話越しに、根尾の質問が東風美に飛ぶ。
『その三人の素性は判りますか?』
「いいえ、そこまでは……。ただ、彼らは自分達を神瀛帯熾天王と呼び、お互いを四天王の一尊の名で呼び合っているのです。曾御爺様は持国天と呼ばれています。後は……一番大男の人が多聞天、それから紅一点の背が高い女性は広目天の他に御媛様とも呼ばれています。」
『あと一人は……少年のような姿をした増長天ですか?』
「え? どうしてわかったんですか……?」
ここへ来て、神瀛帯熾天王という存在が航達の捜査線上に浮かんできた。
情報を総合すると、閏間三入がまず持国天、推城朔馬が多聞天、八社女征一千が増長天、そして貴龍院皓雪が広目天、若しくは御媛様と呼ばれているらしい。
そんな四人の人間が、皇國に関する一連の事件の裏で何やら暗躍しているようだ。
「根尾さん、出張、無駄になってしまいましたね。」
白蘭が珍しく悪戯っぽく意地悪な言葉を根尾に投げかける。
しかし、根尾からは予想外の言葉が返ってきた。
『いや、此方でもほんの少し収穫はあった。正確には、ほんの少しの収穫で十分になった。今から早速支度をしてそっちへ戻る。夜には着くと思うから、その時、魅継嬢には東瀛丸を御服用いただき捜査に参加して頂きたい。宜しいですかな?』
愈々根尾が戻ってくる。
航はその事にほんの少しほっとしていた。
何故ならばこの部屋の面子を見れば一目瞭然である。
岬守航以外に集まっているのは麗真魅琴、白蘭揚羽、水徒端早辺子、魅継東風美、別府幡黎子、牧辻野愛琉という面々で、学校がある虻球磨新兒と会社がある三日月由奈は昼間不在となっている。
つまり、夕方以降になるまで男は航一人で、後は全員選り取り見取りの美女、ハーレム状態となっているのだ。
ただ、既に魅琴に心を決めている航としては気苦労が多いのも事実だ。
根尾さんが返って来てくれれば、一人でも男が増えれば……!
航は一人、明日根尾が戻ってくる瞬間を心待ちにしながら夜を明かすのだった。
⦿⦿⦿
何処かの闇、四人の男女が密会している。
集まっているのは当然、神瀛帯熾天王。
まず広目天、貴龍院皓雪。
「三入君、一つ貴方には言っておきたいことがあるのよね。貴方、結構私達の事を子孫に喋っているでしょう?」
続いて増長天、八社女征一千。
「そうそう。僕なんか自己紹介する時は相手に直ぐ死んでもらうと決めているくらいなのに、ねえ……。」
更に多聞天、推城朔馬。
「戦に於いては、肉親といえど裏切るのは世の常。お前は少々血筋を信用し過ぎる。」
そして持国天、閏間三入。
「うぅむ……。確かに、康彌をはじめ魅継家には色々と喋り過ぎたのう……。」
どうやら閏間三入が他の三人に糾弾されているらしい。
「その康彌君だけど、私の本名すら知っていたのはどういうことかしら? 一体貴方はどれだけのことを子孫に話しているの?」
貴龍院は鋭い視線で閏間を睨んでいる。
閏間三入の息子で魅継家の始祖である魅継康彌を殺したのは貴龍院だったが、その際彼はある名を口走った。
「我らの素性を騙ったのは康彌一人だけで御座いますよ。それ以降は、神瀛帯熾天王の存在を仄めかしつつ、我らの力にしようと……。」
「だが、下に伝え漏れている可能性は否定できまい。」
大柄な体躯で推城が麗真を睨みつける。
「僕はもういいんじゃないかと思うよ。獅乃神様が神皇になる今使えるものだけ残せば。」
推城の向かいで、八社女は脚をばたつかせながらカラカラと笑っている。
その二人の言葉を受け、貴龍院は口角を上げ白い歯を覗かせた。
「それもそうね。三入君、康彌君だけじゃなく家ごとやってしまいましょうか?」
「いや、お待ちくだされ。」
閏間は貴龍院の言葉を拒んだ。
しかし、そこには子孫の処遇を決められている焦燥感の様なものは見られない。
「あれでも血を分けた我が子孫で御座います。せめて儂の手で根絶やしにしてやりましょう。」
それを聞いた貴龍院は大笑いし始めた。
「これはまた随分残酷なことを考えるのね貴方! 魅継家にとって貴方は現人神の様なものでしょう?」
「現人神が崇める者を常に慮るとでも?」
「それもそうね、うふふふふ……。」
さぞかし愉快と言った貴龍院に対し、向かい側の閏間は険しい顔をしている。
「魅継本家に全員を集め、そしてそこを一気にアレで殲滅しましょう。」
「子々孫々、始祖を想いて、贄となる……。宜しく頼むわね、三入君……。」
こうして人知れず、一つの一族の命運が決められてしまった。
⦿⦿⦿
九月十一日、夜。
東瀛丸は全て根尾が管理していた為、彼の到着を以て初めて東風美の神為が復活することとなった。
「白蘭、例のものは取り寄せてあるな?」
「はいはーい。屋渡と沙華の遺伝子情報が含まれるものですよね。東風美さん、これで二人の足跡が追えるんですか?」
「はい、十分です。」
東風美は屋渡倫駆郎と沙華珠枝の髪の毛に手を翳した。
すると、何やら航空写真の様なものが毛の上に浮かび上がった。
解像度は極めて高く、下隅には時計の様なものが表示されている。
「この時刻、遡れる?」
「任せてください、お姉様。」
どうやら東風美は魅琴に救われて以来彼女をお姉様と呼び慕っているようだ。
何ともまあ見事な掌返しである。
時刻を巻き戻すと、まず二つ重なっていた点が現在地のホテルより移動した。
これは、警察に保管されていたものを移動したということだろう。
それからしばらくすると、一方の点が横田基地近くの病院に移動した。
おそらくこちらが沙華珠枝のものだ。
「ここから二人が交わる点を虱潰しに当たれば、奴らのアジトが判るかもな。」
根尾は機体の籠った眼差しで二つの点の動きを見守っている。
彼としては、此方はなるべく早くに決着をつけてしまいたい。
残る神瀛帯熾天王に関する事こそが本丸だと考えていた。
「おそらく、その必要は無いかと。私が潜入していた範囲で得た情報ですが、屋渡と沙華は犬猿の中でした。おそらく隠れ家を出てからは落ち合っていないと思われます。」
早辺子が経験から予測を立てたとおり、二つの点はある場所で重なって動かなくなった。そして八月十五日まで遡ると、ある瞬間にぱったりと反応が無くなった。
「確かに、これは間違いないな。あの時、逸見樹の術式神為で二人は今の場所に飛ばされたんだ。そして、そここそが奴らのアジト……!」
それは確かに、小さな公園を望めるアパートを示していた。
「どうします? 行きますか?」
航が根尾の判断を仰ぐ。
対して根尾の答えは慎重だった。
「いや、既に移動していたら無駄足になる。先に様子を見に行かせ、間違いが無いとわかったら総戦力で叩くんだ。」
「斥候、ですか……。誰が行くんですか?」
根尾は電話を取り出して、誰かに掛ける。
「打ってつけの人材は一人しかいない。出来れば日本国側で、それでいて狼ノ牙側に顔が割れていない人物……。」
航は首を傾げた。
というのも、此処に居る日本側の人間は全員が椿陽子と面識があるのだ。
拉致されていない魅琴、根尾、白蘭ですら、帰国時に顔を合わせてしまっている。
「一体誰が……。」
その答えは、根尾が電話口に呼びかけた名前で判明した。
「もしもし、伴堂か?」
『はい? 根尾君?』
「ちょっとお前に頼みたいことがある。」
『えー……。危ないことは嫌ですよ? 私、もう根尾君とは何の関係も無いんですから……。』
伴堂明美、嘗ては根尾と皇奏手議員の秘書として同僚の関係にあった。
だが、彼女が落選して以来関係は一度終了している筈であった。
「お前の術式神為なら安全に運べる話だ。一応、報酬も弾む。頼まれてくれないか?」
『……まあそういうことなら……。』
渋々受けるようだ。
伴堂明美の術式神為は戦闘能力こそ乏しいものの、探査能力に長けている。
超小型の神為の塊を密かにアパートの部屋に潜入させ、中の様子を確認するというの作戦のようだ。
完全に違法捜査なのだが……。
「良し、一先ずは彼女の報告を待つぞ。」
「根尾さん、前から何気に手段を選びませんね……。母の指導の賜物かしら?」
魅琴の言うように、根尾は魅琴の母である皇の下でかなり法的にアウトなやり方に手を染めている。
「最終的に国民と国益を守る為だ。それに、最低限の義理は守るようにしている。」
「そう言う所が落選と下野の原因になったんですよ……。」
魅琴の耳が痛い言葉に、根尾はそれ以上言い返せずに咳払いをするしかなかった。
「さて……。ああ魅継嬢、もう結構ですよ。ありがとうございました。」
根尾は東風美に術式神為の解除を促すと、周囲の面々を見渡した。
「待っている間少し時間もある。一度もう一つの敵、八社女と推城についての話も整理しておこう。」
武装戦隊・狼ノ牙の中でも一人別格に謎の存在、八社女征一千。
その彼と只ならぬ関係にある政界に潜り込んでいた男、推城朔馬。
そしてもう一人、皇國の令嬢達には伏せられている女、貴龍院皓雪。
三人は、閏間三入が同志と呼ぶ三人と特徴が一致する。
「ちょっと待って! 曾御爺様が叛逆者と関係しているって言うの⁉ いくらなんでもそれは聞き捨てならない!」
東風美は情報を纏めようとする根尾に抗議の声を上げた。
彼女にしてみれば曾祖父は一族の始祖であり、その同志である神瀛帯熾天王の正体が叛逆者とは受け入れられる話ではない。
「いや、これは失礼しました。ただ、二人が閏間三入氏との関りを良からぬことに利用している可能性もある、というだけですよ。その可能性も考慮して、あらゆる方面から捜査をしたい。」
根尾はそう弁明すると、航と魅琴に目で合図した。
神瀛帯熾天王の話は、後で皇國の令嬢を抜きにして話をするという意味だと、二人には理解できた。
と、そんなタイミングで根尾の携帯が鳴った。
どうやら伴堂明美から着信があったようだ。
「伴堂、どうだ? 奴等はいたか?」
『それが……。』
どうやら歯切れが悪い。
報告を聞いた根尾の顔が険しくなった。
「わかった。ありがとうご苦労だった。後で場所を送るから明日都合の良い時間に来てくれ。そこで報酬を渡す。」
根尾は神妙な面持ちで通話を切った。
「どうしたんですか?」
航が結果を尋ねると、根尾は溜息を吐いて首を振った。
「結論から言うともう連中は隠れ家を変えていたよ。中にあったのは、一人の男の死体だけだったらしい。」
アジトと睨んだ場所には死体があった、という事実にその場の者は皆凍り付いた。
末期となったテロ集団が内ゲバに奔ったのだろうか。
何にせよ、穏やかな話ではない。
「誰の死体かわかりますか?」
魅琴の質問に、根尾は再び溜息を吐いた。
「八卦衆の一人、朽縄将兵。狼ノ牙でも最古参の一人で、ずっと参謀役を務めてきた男だ。」
その夜、近隣住民の通報によって件のアパートから男の死体が発見された。
年の割には若いが、身元は朽縄将兵で間違い無いようだった。
彼らに一体何があり、長年組織に貢献してきた男が無残な最期を遂げることになったのか。
とにもかくにも、航達の捜査は振出しに戻ってしまった。
⦿⦿⦿
翌日、朽縄の遺体から狼ノ牙の新たなアジトのヒントを得ようと再び魅継東風美の術式神為が行使された。
参謀役であったの彼の足跡からなら、何か重大な手掛かりがあるかもしれないと考えられた。
だが成果は無かった。
武装戦隊・狼ノ牙は壊滅寸前となった今どこへ向かおうとしているのか。
その全ての手掛かりは尽きてしまった、かに思われた。
だが、ふと魅琴がある一つの疑問を口にした。
「ねえ、そう言えばどうして奴らは……。」
「あっ……!」
少し遅れて、航も何かに気が付いたようだった。
「どうした、二人とも?」
窓から公園を見下ろしていた根尾は振り向いて問い掛ける。
それに答えようとする魅琴の顔は、部屋が薄暗いせいか、心なしか青白く見えた。
「どうやって奴らは幽鷹君と兎黄泉ちゃんの入院していた病院を知ったのかしら……。」
「誰か、内部の情報を知っている人間が漏らした……。」
航も目を泳がせている。
二人は自分達が出した推論を信じたくない、といった様相だった。
「おい、二人とも何を考えている⁉」
根尾は思わず声を荒げた。
武装戦隊・狼ノ牙の残党に対する捜査は当初の方針から全く違った方向に進もうとしていた。
それも、特に航と魅琴にとって受け入れ難い展開となって。
秋の夕暮れの日差しがアパートの小部屋に木の葉の隙間から差し込んでいた。
次回更新は、10月13日㈬




