第八十話 襲撃
前回
皇國が助っ人として送り込んだ新華族の令嬢達であったが、その内の一人である魅継東風美は早くも麗真魅琴とトラブルを起こし、捻じ伏せられ寝込んでしまった。
その後、ホテルを移動した岬守航達はそこで皇國の次期神皇である獅乃神叡智から争乱に纏わる一連の事件を不問とする詔を受けた。
しかし航と魅琴の二人はここ最近自身の力を持て余していることを痛感し、互いに反省を誓い合うのだった。
東京はとある病院に二人の少年少女が眠っている。
瓜二つの彼らは兄妹でありながら一卵性双生児であり、眠りから覚めないこと以外は全く他に異常が無い。
雲野幽鷹と雲野兎黄泉。
二人は共に、先代神皇の複製人間として生み出された身体に別の一卵性双生児の男女の意識を入れた存在である。
そして、元々その様な所業を行ったのは他ならぬ岬守航達が追うテロ組織、武装戦隊・狼ノ牙なのだ。
今、その狼ノ牙は組織として風前の灯火となっている。
彼らは今、アパートの一室に首領Дこと道成寺太、朽縄将兵、それから椿陽子と道成寺陰斗の姉弟の計四人が所狭しと閉じこもっている。
窓からは小さな公園が望めるが、大きな木が陰で覆ってしまい薄暗く、まるで彼らの現状を暗示するかの如く鬱屈としていた。
このジリ貧も良い所といった状態から次なる革命に向けて命運を繋ぐために、彼らは双子の持つ可能性が喉から手が出るほど欲しい。
参謀役、朽縄将兵は確信してその場の者達に語る。
「我々にとって最大の失敗、それは双子を失ったことでしょう。」
単に、彼らの革命が成就しなかったのは絶対強者と呼ばれる皇太子・獅乃神叡智の圧倒的な力に成す術が無かったためである。
だが、抑もに於いて皇族の力は皇太子でなくても圧倒的なのだ。
神皇が斃れること自体、考えられない異常事態だった筈だ。
「神皇を斃したのは屋渡を捻じ伏せた剛腕の女、それは間違いない。だが、如何に件の女が強力とて神皇の前では赤子も同然であったはず。おそらく、双子が手を貸したのです。」
朽縄の推察に首領Д、道成寺太は納得したように顎髭を弄りながら俯いた。
「つまり、あの双子を奪還することが急務だと考え、同志屋渡と同志沙華を放ったという訳かね?」
「はい。明治日本側は神皇だけでなく戦争に於いては二人の皇族をも退けています。それも、同志屋渡が攫う前までは一般人に過ぎなかった餓鬼がです。これもやはり、双子が絡んでいるのでしょう。つまり、あの双子は我々の想像を超えた可能性を秘めている。流石は神皇の複製人間を、男女双生児と一卵性双生児の相互増強作用で更に強化しただけのことはある。首領と同志梶ヶ谷の方針はやはり正しかったのです。」
彼らは今、屋渡倫駆郎と沙華珠枝の帰りを待っている。
しかし、屋渡倫駆郎は既に岬守航に敗れ推城朔馬に粛清されているので、頼みの綱は沙華一人と言う状態になっていた。
悪いことに、彼らは双子の居場所を知らなかった。
それ故、屋渡はまず航を狙ったのだ。
丁度、航側が屋渡から狼ノ牙の隠れ家を聞き出そうとしたのと逆の理屈である。
一方で、沙華はまだ動いていない。
屋渡と沙華は犬猿の仲なので、互いに単独行動をとっていた。
つまり、今沙華は当てもなく東京の街を捜し歩いている状態だ。
「陽子お嬢さん……。」
朽縄は黙って窓の外を見詰める陽子に声を掛けた。
「何ですか?」
彼女の返事は素っ気なかった。
元々、この姉弟は革命に興味が無いのだから、メンバーの言葉に対して上の空になるのも当然である。
しかし、そんな彼女も、組織に逆らえない理由がある為、何か言われれば従うしかない。
「二人に目標の居場所を知らせる方法がある。今から私の言うとおりにするんだ。」
朽縄の双眸が怪しく光り、そして陽子の表情が嫌悪感で歪む。
彼女はこれから命じられることと、それが不本意な内容であることを察しているようだった。
「他に手は……無いの?」
「あるなら私の方が知りたい。そしてこれはもう一つ、貴女の願いを叶える結果にも繋がる。宜しいですよね、首領?」
朽縄に答えを求められた首領Дはにやりと顔を歪ませる。
「我が子と別れるのは悲しいが致し方あるまい。首尾よく行けば我々の後継はそちらで賄い、陽子と陰斗は自由にしようではないか。」
父親の言葉に陽子は頭を抱えた。
確かにこれは自由になる千載一遇のチャンスである。
だがそれは同時に、彼女の心を耐え難く引き裂く所業でもあった。
陽子は無表情で佇む弟、陰斗の方に目をやった。
そしてしばしの沈黙の後深呼吸をし、その重い口を開いた。
「わかった。でも事の成否は知らないよ。例えば折角手に入れた虎の子がまた脱走したりしても、もう私も陰斗も戻らない。その時には組織の手の届かない場所まで逃げさせてもらう。それでもいいなら、やろう。」
娘の答えに首領Дは声を上げて笑った。
「明治日本に於けるアジトの確保といい、君は本当に孝行娘だよ、陽子。」
九月九日、期しくも航達が皇國側の助っ人令嬢達と合流した日の事であった。
⦿⦿⦿
九月十日、深夜。
雲野兄妹が眠る病院は何者かの襲撃に遭っていた。
下手人は派手な化粧をした女一人。
武装戦隊・狼ノ牙の最高幹部、八卦衆の一人、沙華珠枝だ。
彼女はどういう訳か目当ての双子が入院している病院を探り当てたが、病室までは把握していないらしく歩き回っては遭遇した者を殺害して周っていた。
「くっ……! 何故私がこんな殺人鬼の様な真似をしなければならないんだ……。こういうのは屋渡の役目だろう……!」
この病院は自衛隊基地に隣接していることもあり、襲撃した彼女に対して全く無抵抗という訳ではない。
だが、入院患者の容体や抑も術式神為の手練れである沙華と神為を習得したての自衛官の間の戦力差から、病院側は賊に好き勝手闊歩されてしまっていた。
このままでは雲野兄妹が発見され、連れ去られるのも時間の問題である。
ふと、沙華は相手が全く自身に向かってこなくなっていることに気が付いた。
「何だ何だ? 諦めたのか? 腰抜けが……。」
否、そうではない。
既に彼我の戦力差を思い知った防衛側は沙華と真っ向からやり合うことを避け、対抗し得る戦力の到着に備えることにしたのだ。
移動できる患者達を移動させ、どうしても移動不可能な患者に限っては機動隊が肉の壁となって決死の覚悟で守る。
だが、現実は残酷にも沙華に気付かせてしまった。
狼藉の目的、「雲野幽鷹」「雲野兎黄泉」の名札が付いた病室を、沙華は見付けてしまった。
「ここか……。これで一先ずは任務遂行っ……!」
しかし、沙華が扉に手を掛けようとした瞬間に炎に包まれた黒い塊が指を掠めた。
「これは……くっ‼」
沙華は扉を開けようとした腕で自身の急所を守りつつ右を向いた。
そこには焔の翼を纏い黒い八面体の結晶を周囲に浮遊させる三日月由奈の姿があった。
「沙華珠枝、久しぶりね。」
「三日月由奈……あの時の脱走者か……。」
沙華は冷や汗をかいた。
三日月とは十堂綺葉の作り出した小宇宙空間で一度交戦している。
その時は十堂が横やりを入れてきたため決着はつかなかったものの、一進一退の攻防を繰り広げた。
つまり、決して楽な相手ではない。
「こっちは残業終わりでやっと帰って休めると思ったのに……。幼気な少年少女に乱暴を働こうという輩は捨て置けないじゃない。それに、聞くところによると屋渡は既に打ち斃されている。つまり、ここで貴女を捕まえてしまえば狼ノ牙は№2と№3を欠くことになり、愈々後が無くなるということ! さあ、貴女達の隠れ家について洗い浚い吐いて貰いましょうか!」
沙華は考える。
既に三日月の術式神為は見て知っている。
そして、それはこういった屋内で発動させるには適さないであろう。
もし建築物の消防に関する法律が皇國と日本で同じ様なものであるならば、火が出れば噴水が自動で作動する筈だ。
勿論、先程攻撃してきたことを鑑みるに小規模な火力で戦うことは出来るのだろう。
だが、到底全力は出せない筈。
「この場で地の利を得ているのは私! そして忘れたか三日月由奈! あの時も、一進一退ではあっても微妙に私が優勢だったことを‼」
沙華の腕が鞭の様に撓る。
この、四肢を伸縮自在の鞭に変える事こそが沙華珠枝の術式神為である。
しかもそれだけでなく、この鞭は受けた者を毒に侵してしまうのだ。
前回の戦いでは、三日月由奈はこの攻撃を受けてその毒の効力にかなり苦しんだ。
術式神為によるダメージは通常に比べ守護神為による回復が遅い。
生半可な神為では一撃がそのまま死に至ることも珍しくない、というのが彼女の能力の強みであり、武装戦隊・狼ノ牙における第三の実力者たらしめている理由である。
三日月は前回、沙華の初撃を食らってしまい、体力を毒に奪われる中で回復の時間を結晶の射撃でどうにか稼いで命運を繋いだ。
そこからは攻撃を掻い潜りながら結晶を射撃し続けることで優位に立ったが、沙華の鞭が入ってしまう度に形勢は逆転し、総合的には沙華の方が若干優位という状況になっていたのだ。
従って、当然三日月は沙華の鞭を食らわないように距離を置いて細心の注意を払う。
この狭い病院の廊下では鞭の軌道は限られる為、必ずしも沙華にばかり一方的に有利という訳ではなかった。
三日月は沙華の読み通り、火力を最小限に抑えた結晶を飛ばして攻撃する。
しかしこれは威力が小さく、決定打には到底ならない。
沙華は腕だけでなく脚も鞭に変え、床や天井を縦横無尽に駆けながら変則的な連続攻撃を三日月に仕掛ける。
三日月はこれをどうにか紙一重で躱し、互いに形成を変える事がなかなかできない攻防を続けていた。
と、そんな中で三日月が沙華に問いかける。
「沙華さん、貴女はまだ革命を続けるつもりなの?」
沙華にとって、聞きたくない質問だった。
確かにこの戦いは互角だが、大局的に見れば自分達はもう終わっている。
三日月の言葉はそんな現実を彼女に付き付けている様であった。
「止められるか……!」
沙華は歯噛みして答えた。
彼女の脳裏に十堂の言葉が過る。
自分は引き際を間違えたのか、あの時大人しく十堂の下に降っておくべきだったのか。
抑も、何故自分は狼ノ牙に参加し革命に身を投じたのか。
皇國建国以来、二度と革命を起こされないように極めて強固に再構築された貴族社会、それがある限り弱者は決して報われない現実を変えたかったからだ。
決して妹の為ではない。
新華族に見初められ、幸せの絶頂から性的倒錯によって命を落とした妹を哀れだとは思えど、決して妹を愛していたわけではない。
沙華珠枝はずっと妹の珠根と贔屓されてきたので、寧ろ珠根のことは憎んでいた。
あの娘は、あの娘だけは自分なんかと違い皆から幸せを約束されていると思っていた。
自分はそれが妬ましかった。
だが、それすらも余りにも儚い夢幻だったのだ。
だとすれば、自分は何のために産まれて来たのか。
そんな角砂糖の様に脆い幸せの為に犠牲にされた人生は、一体どうすれば救われるというのか。
「壊すしかないんだよ! 私には! 皇國の社会をなアッッ‼」
沙華は叫びと共にこれまでで最も早い速度の鞭を振るった。
三日月はそれを躱すと、何かを決意したようにキッと彼女を睨む。
「そう、わかった。だったら予定通り、斃させて貰う!」
三日月はそう言うと背中から物凄い勢いで焔を噴き出した。
これには沙華も驚愕を禁じ得ない。
莫迦な‼ 血迷ったのか?
そんなことをすれば……!――案の定、スプリンクラーが作動して辺りに水の飛礫が降り注ぐ。
そしてそれは、図らずも沙華の目を閉じさせてしまった。
視界を奪われた沙華の隙を突き、体を無人の病室へと突き飛ばす三日月は、その勢いのまま窓を突き破って二人諸共病棟から身を投げた。
「なッ⁉」
この瞬間、沙華は三日月の狙いを悟った。
そして、同時に自身の敗北をも。
三日月は再度焔の翼を纏い、宙空を自在に飛び回りながら沙華の悪足掻きを難なく躱す。
「く、糞おォッッ‼」
自在に動ける三日月に対し、自由落下に抗えない沙華では勝敗は文字通り火を見るより明らかだ。
ただ落ちるしかない沙華に向けて、無数の結晶が放たれた。
その射撃をまともに受けた沙華の身体が地面に叩き付けられた。
「ぐっ……、ぐはッ……!」
沙華は身動きが取れない。
四肢の筋が千切れ腱が切れ穴が開き、修復もままならない。
術式神為による損傷は回復が遅い、というのならばそれは三日月の術式神為が沙華にダメージを与えた場合でも成立するのだ。
三日月はゆっくりと沙華の傍らに降り立ち、焔の翼と結晶を消した。
「だ、駄目なのかッ⁉ 私は……!」
「急所は外してある。今度こそ投降してもらうことになるわ。」
「何故ッ⁉ どうして⁉ 私はどうすれば良かったんだ‼ 妹ですら幸せになれない世界に産まれてっ! その世界を壊す事すら絶望的でッ‼ 私の人生は一体何だったんだぁッ‼」
三日月は悪態を吐く沙華を酷く悲しみを帯びた眼で見降ろしていた。
そして、小さく諭すように答えた。
「貴女には貴女の幸せがなかったの? 幸せになる権利は誰にでもあるのに。幸せになれたのは貴女の方だったかもしれないのに……。」
沙華の表情に憎しみの色が滲む。
歪んだ顔は到底受け容れた者のそれではない。
「軽々しく言うなよ……! 私の分の幸せはみんな妹に注がれたことも知らないでっ……! 誰も私に幸せなんかくれなかった……!」
「そう……。私は良かったのかもしれない。色々あったけど紅夜君が私に幸せをくれようとした。でも、駄目だった。拉致される時、屋渡に殺されてしまったから……。」
月明かりに照らされた沙華の表情から次第に皺が薄くなっていく。
少しずつ、三日月の言わんとすることを理解してきたらしい。
「今のアンタは幸せなのか?」
「さあ? でも、また一から探し直すしかないじゃない。自分の手で幸せを……。」
沙華は考える。
もしかすると、自分にも幸せな未来があったのだろうか。
幸せになれるとすれば妹だけであり、自分は諦めていたことこそが間違いだったのか。
勿論、彼女の幼少期はそう思い込んでしまうには十分な貧しさと不遇さがあった。
だが、それでももしかすると……。
しかし、その時闇夜に無数の短剣が煌めいた。
天使に見えた装飾の付いたそれは何処か禍々しく、殺意を横たわる沙華に向けていた。
「あれはッ‼」
沙華が瞠目した瞬間、それらの短剣は彼女の体を滅多刺しにした。
所かまわず、お構いなしに。
これでは最早助からない。
「戦闘一族……牧辻家の殺戮人形……牧辻野愛琉……!」
沙華は血と共に自身を殺害した人物の名を吐き、絶命した。
傍らには彼女の言うように銀髪色白の小柄な少女、牧辻野愛琉が立っていた。
「何故殺したの?」
三日月は野愛琉を睨み、問い質した。
野愛琉はまさに人形のような無表情をぴくりともさせず、淡白に答える。
「生かす理由が無いから。」
「貴女、何を言っているの?」
「普通のことを言っている。帝の臣下たる日本人は理由があれば殺す。叛逆者と夷人は理由があれば生かす。沙華珠枝は叛逆者。死体があれば足跡は辿れるから生かす理由は無い。だから殺した。」
まさに背筋が凍るような回答である。
それは凡そ、常識からかけ離れたものだった。
嘗て根尾弓矢が皇國に奔ろうとする虎駕憲進を喝破したように、皇國では貴族階級の者が平然と叛逆者と見做した者を殺そうとする。
その価値観に基づいた殺人が皇國ではなくここ日本で行われたのだ。
新華族、牧辻家。
彼らは天興維新によって武家政権が斃れた頃には既に良家ではなく、下級武士の一族だった。
それ故天興政府による区分けでは士族とされていたのだが、系図を遡ると旧幕府の時代に取り潰しとなった貴族に辿り着くとされている。
そして王党派による政権奪還の際に起こった旧ヤシマ政府勢力の内乱に於いて、牧辻家は率先してその武力を振るいこれの鎮圧に当たった。
その功績を神皇に認められ、牧辻家は晴れて新華族となったのだ。
そして「武力によって忠誠を認められ、家柄を築き上げた。」という自負心は牧辻家を過激な方針へと駆り立てた。
家として戦闘に関するあらゆる素養を叩き込むという教育方針によって軍や警察に多くの優秀な人材を送り込むことから「戦闘一族」としての名声を不動のものとしていく。
鯱乃神那智や麒乃神聖花と共に出撃した牧辻家の男子であり、野愛琉の従弟、牧辻磊人が若干十五歳にして少尉の位についているのは、彼ら牧辻家が軍学校による過程を免除されているからだ。
それほどまでに、牧辻家の戦闘教育方針は名高かった。
牧辻野愛琉はそんな牧辻家の中でも最高傑作と呼ばれており、狼ノ牙などの皇國政府に反旗を掲げる者達は彼女を「殺戮人形」と呼んでいた。
異様な程に白い肌、銀色の髪に、硝子玉の様な赤い瞳は正に人形の如しであった。
そんな彼女が細い腕を掲げると、沙華の死体に刺さっていた短剣が消えた。
この後、沙華珠枝の死体は警察によって回収されることとなる。
防衛の為に交戦した三日月由奈は勿論のこと、過剰防衛以外の何物でもない牧辻野愛琉についても一切咎められることは無かった。
だがこれは後に禍根を残すことになる。
それが武装戦隊・狼ノ牙との、本来負ける筈が無い戦いを極めて不利なものにしてしまうのだ。
⦿⦿⦿
翌日、特殊防衛課の面々と皇國新華族令嬢が宿泊している高級ホテルの一室、白蘭揚羽の部屋に一同は集められていた。
とはいえ、相変わらず寝込んでしまっている魅継東風美の姿は無いが。
『大丈夫なのか、魅継嬢は……?』
端末の画面の中で参加している根尾弓矢はまだ魅継東風美が閉じこもっている真の理由を知らない。
「とりあえず、明日には復帰できると思いますよ。私、東風美さんに今日お使いを頼まれまして、その時の様子だと大分立ち直っているご様子でしたので。」
金髪の背の高い令嬢、別府幡黎子が根尾の心配に答えた。
隣では銀髪の小柄な令嬢、牧辻野愛琉が仏頂面を浮かべている。
それは今日の議題に関係があった。
『今朝、三日月さんから報告があった。沙華珠枝の打倒に成功したことは喜ばしい。屋渡と沙華、二人の足跡を辿ればより正確に敵のアジトを発見できるからだ。その為にも、魅継嬢の快復を切に願う。』
麗真魅琴は画面から眼を逸らした。
まだ彼女は東風美に声を掛けられていない。
早い所和解したいという思いはあるものの、自分から話すのもやりづらく、手を拱いている状態だ。
しかし、今回の議題に於いてそれは些細な事だった。
『だが、今回の沙華珠枝については、生け捕り出来たものの直後に止めを刺されてしまったと聞いている。これはこちらからの伝達ミスであり、その点をお詫びしなければならないが、出来れば今後はこのような形で徒に敵を殺害することは避けて頂きたい。』
「あらあら、野愛琉さん怒られてしまいましたね……。」
黎子がくすくすと愉快そうに笑っている。
「黎子もあの場にいたら殺ってた。」
「ま、でしょうね。生かす理由が無いならば叛逆者と夷人は殺すものですから。」
二人の言葉に日本国側のメンバーはぞっとした。
皇國の常識がこの世界の異常であることは知っているつもりだったが、こうも命を奪うことが軽いのか。
そしてさりげなく叛逆者と同じ枠に夷人、即ち外国人も当たり前の様に入れられていることもまた恐ろしい。
これが皇國の常識的な感覚なのか、それとも彼女達が異常なのか。
皇國の中では日本側と付き合いが長い水徒端早辺子が沈黙を貫いており、その実態は測りかねる状態だ。
『日本にいる以上は残る面々も日本国の法で裁きたい。戦闘でやむを得ない場合は仕方が無いが、なるべく生かして逮捕する様にしてくれ。こちらにも無力化の手段はある。それは、水徒端嬢が良く御承知おきでしょう。』
「成程……。」
話を振られた早辺子はほんの少しだけ眉間に皺を寄せた。
「そういえばございましたね。明治日本にも東瀛除丸と東瀛封丸が……。」
『ええ。水徒端嬢には一度我が国の捕虜となられた際に御服用願いました。』
東瀛除丸と東瀛封丸。
皇國の社会において神為は欠かせないエネルギー源である一方で、その超人的な力は悪時に用いられると脅威となる。
そこで神為を使える犯罪者に用いられるのが件の二種類の薬剤であり、これらは東瀛丸と比べ容易に作ることが出来る。
東瀛除丸は東瀛丸の効果を白紙にしてしまい、神為を使用できなくする薬剤である。
但しこれは、魅琴や首領Д、或いは皇國皇族の様な生まれながらの神為使いには通用しない。
もう一つの東瀛封丸は、神為の量を抑えてしまう薬である。
服用する用量によって効果は変わるものの、此方は例えば強大な神為の持ち主をごく一般的な力まで抑えてしまうことも可能である。
但しこちらは、東瀛丸の様に効果には期限がある。
神為を用いて犯罪を行った者はまず東瀛除丸で神為を剥奪し、その後は東瀛封丸で一定期間は以前のような力を発揮できなくしてしまう、という処置が取られるのだ。
「服用させられた時には驚きましたよ。何処から製法が漏れたのでしょうか……。」
『優秀な諜報員が居たのです。極めて優秀な人材がね……。』
画面の中の根尾はどことなく遠い目をしていた。
仁志旗蓮、彼の功績は計り知れない。
つくづく、惜しまれる人材であった。
『以上、新華族令嬢の皆さんにも御承知おき願いたい。その上で、明日からも引き続き捜査に当たって行こう。』
「あの……。」
航が手を挙げた。
どうしても気になることがあるのだ。
「雲野兄妹はどうするんですか? 病院を変えるにしても、また狙われたりすると……。」
『それだがな、どうもあの二人、最近微妙に覚醒している時間があるそうだ。』
「え⁉」
雲野兄妹が覚醒している、つまり、目を覚ましている時間がある。
それはこの場にいる誰もが初耳の情報だった。
『尤も、一日の大半を眠って過ごしていることに変わりはない。だが、確かに岬守君の言う懸念もある。そこで今日、医師の確認が取れ次第我々と同じホテルに移す手筈となっている。その方が安全だからな。』
どうやら考えはあるようだ。
今後雲野兄妹は眠ったまま退院し、このホテルで完全に目覚めるのを待つ。
航と魅琴にとって二人は恩人なので、一日も早く元気な姿が見たいと思っていた。
この日の会議は一先ずこれで終わりとなった。
後は魅継東風美が復活するのを待つばかりである。
だが一つ、彼らは今回の襲撃について重大な見落としがあることに、この時は気が付いていなかった。
・牧辻 野愛琉
皇紀2668年(西暦2008年)9月6日生
身長 149糎
三位寸法 胸78胴54腰80
血液型 O
次回より通常更新に戻ります。
次回更新は、10月9日㈯




