第七十九話 合流
前回
屋渡倫駆郎を全く寄せ付けず斃した岬守航だったが、武装戦隊・狼ノ牙の残党に関する情報を得る前に推城朔馬によって屋渡の口を封じられてしまう。
推城と交戦した航だったが、その不可解な不死性もあり彼を取り逃してしまう。
去り際に彼が遺した謎の名前「津田左馬権助正新」を手掛かりに根尾弓矢は部下である仁志旗蓮殺しの真相を突き止めるべく、関西で調査を進める。
九月九日、この日、皇國から羽田に四人の若い女が到着し、初めて日本の地を踏んだ。
彼女らを束ねる水徒端早辺子は日本政府の遣いである白蘭揚羽を待つ間、大きな不安を感じていた。
というのも同行した三人、魅継東風美、別府幡黎子、牧辻野愛琉の態度である。
「明治日本ってこんなに夷人だらけなんですね。早くも帰りたくなってきました。」
「まあまあ東風美さん、そうは言っても仕方ないじゃありませんか。こんな場所でのこんな仕事、とっとと終わらせましょう。ねえ、野愛琉さん?」
「最悪……。」
空港に見られる外国人に対して、この新華族の三人娘は露骨に嫌悪感を示していた。
早辺子は彼女たちがこの日本で無礼な態度を取らないか気が気でなかった。
白蘭との合流が待ち遠しくて仕方がなかった。
「あ、おーい!」
その時、遠くからやたらと背の高い女性と男女二人が彼女ら四人に呼びかける声がした。
白蘭揚羽と、彼女に引き連れられて来たのは岬守航と麗真魅琴だった。
「岬守様……。」
早辺子は顔を伏せた。
互いに刃を向けてからそれほど日も経っていない。
まだ思いが消えていないからこそ、彼女は航とどう接していいかわからなかった。
一方で、黎子と野愛琉は白蘭の背の高さに驚いていた。
「190以上ある……吃驚……。」
「まさか早辺子さんよりも優に背の高い女性がいらっしゃるとは……。」
この三人娘の中で一番背が高いのは金髪碧眼の別府幡黎子で、170糎代前半。
一番背が低いのは銀髪で人形のように真っ白な肌をした牧辻野愛琉、150糎弱である。
そしてもう一人の茶髪セミロングの少女、160糎代半ばの魅継東風美は白蘭そっちのけで、いきなりとんでもない行動に出た。
白蘭が呼び掛けてから刹那の間も空けず、茶髪の少女の拳が黒髪の女に受け止められていた。
「何のつもり?」
「貴女、麗真の女でしょ? 自分の胸に訊いてみなさいっ‼」
東風美は次なる攻撃を仕掛けようと魅琴の手を勢いよく振り解いた、否、振り解こうとした。
しかし、その時嫌な音がロビーに響いた。
「あ痛アアアアッッ⁉」
振り解けなかったのだ。
魅琴の握力はそんな生易しいものではなかった。
東風美は振るおうとした腕の勢いで肩を脱臼してしまい、痛みに蹲っていた。
勿論、守護神為によって脱臼は忽ち治るのだが、苦痛まで消えるわけではない。
「何やってんだ、この娘……?」
航は自滅して涙目になった東風美に呆れた様子で呟いた、
そしてふと、この変な娘の体型と顔付きが何処か魅琴と似ていることに気が付いたらしく、二人の顔を見比べている。
違いは髪の色と、魅琴よりも若干丸く垂れた目、それから雰囲気も何処となく幼い。
「白蘭さん、この娘誰です?」
「魅継東風美さん。戦争中にお亡くなりになった魅継康彌前遠征軍大臣のお孫さんです。前遠征軍大臣は麗真さんの大叔父にあたるので、彼女は麗真さんの二従妹ということになりますねー。」
白蘭は涙目で魅琴の手から逃れようと腕を引く東風美を尻目に皇國から送り込まれた助っ人の紹介を始める。
「あちらの背の高い金髪の女性が別府幡黎子さん。」
「はじめまして、御機嫌よう。」
「それから、隣にいらっしゃる可愛らしいお嬢さんが今回最年少の十七歳、牧辻野愛琉さん。」
「よろしく。因みに黎子が十九歳、東風美が十八歳。」
航は黎子と野愛琉に一礼した。
「岬守航です。それとこっちは……。」
紹介しようとした魅琴は東風美の突きや蹴りを軽々と躱し続けている。
勿論、片手は取ったままだ。
「中々っ……はぁーっ……はぁーっ……やりますねぇっ! しかし……ぜぇーっ……ぜぇーっ……これは……どうですかッ‼」
東風美は息を切らしながら掴まれた手を引こうとする。
無論魅琴の腕は動かないのだが、彼女はそれを狙い澄ましたかのようにもう一方の手で魅琴の手首を掴み返し、魅琴の力を利用して技を掛けようとする。
が、魅琴はそれを見抜いていたかのように自身の手を放し、更に東風美の手首を掴んで逆に関節技を掛けた。
「がああああ‼」
東風美は極められた腕の痛みに悶絶する。
喧嘩を仕掛けるにはあまりにも相手が悪かった。
東風美は弱々しく魅琴の腿を叩く。
「痛いイイイイ!」
「そりゃ関節極めてるんだもの当然よね。もっとする?」
「いぎゃああああ無理いいい折れるううう‼」
「折れてもすぐ回復するんだから平気でしょ?」
「や、止めっ…」「という訳で一回折っとくわね。」「あぎいいいいいッッ‼」
相変わらず容赦が無い。
皇國の新華族令嬢達はみな揃ってドン引きしていた。
特に早辺子に至っては、これが話に聞いていた航の想い人なのかと困惑を極めていた。
同時に、麗真魅琴という女は到底自分が敵う相手ではないということも思い知った。
神皇を襲撃した下手人は日本でも皇國でも伏せられており、極々一部の人間しか知らない。
現に、別府幡黎子と牧辻野愛琉は目の前で図らずも二人の仲間である魅継東風美を拷問している女がその当人だとは知らない。
だが、航達と深く関わることになった早辺子ははっきりと報らされこそしないものの何となく察していた。
そして推察通りであるならば、彼女にとって魅琴は君主の死を間接的に導いた仇の一人、ということになる。
一方で、想い人である岬守航が心を寄せる相手であり、今なお早辺子が願う彼の幸せの為に無くてはならない人物であることも解る。
早辺子は揺れていた。
これ以上、航と対立したくなどなかった。
一方で神皇を手に掛けようとした魅琴を捨て置くことも出来ない。
かといって、自分を遥かに上回る東風美ですら恥も外聞も無く泣き叫ぶ醜態を晒している相手に勝てる道理など無い。
自分はどうすればいいのだろう。
しかし、そんな早辺子の悩みを余所に女同士の傷ましい、オブラートに包んで言えば「じゃれ合い」はなおも続いていた。
「あギャーッ‼ ンギャーッ‼ ちょっ、繋がった瞬間に折らないでっ……ゲギャーッ‼ もう止めてもう止めてオギャーッ‼」
既に何度も何度も骨の折れる音が東風美の腕から鳴り、その度に悲痛な叫びが上がっていた。
守護神為は殆どの損傷を忽ちに治してしまうが、それは一方で同じ部位が短時間で何度でも故障し得るということでもある。
そして痛みまでは消えないので、場合によってはこういう悲惨な目に遭うのだ。
「魅琴、もう許してあげたら?」
余りの無体に見かねた航が遠慮がちに声を掛けた。
東風美は縋るような眼で彼を見上げている。
しかし、魅琴は繋がった東風美の骨を折りながら悲鳴を上げる彼女には目もくれず答えた。
「許してあげるのも吝かではないけど、この娘にもそれなりの態度ってものがあるでしょう? これから一緒にチームを組むことを考えると、いきなり手を出してくるような不安要素は残しておけないしケジメは必要だと思うの。」
「まあ言わんとすることはわかるけども、ねえ、ほら……。」
航は魅琴に周囲に目を向けるよう促す。
東風美の大騒ぎによってこの一団は耳目を集め始めていた。
しかし、彼女はそれでも首を縦に振らない。
「白蘭さんがいるでしょう。」
「はえ⁉」
指名された白蘭は素っ頓狂な声を上げた。
確かに彼女の術式神為ならばこの光景を衆目から隠すことが出来る。
「いやまあ、この状況ですし隠しますけど……。」
「ありがとうございます。というわけで、心置きなく続けられるわね。」
「い、嫌あーっっ‼」
残酷な宣告と共に再び鈍い音と絶叫が一同の間だけで響き、航達は溜息を吐いた。
東風美と共に皇國からやって来た黎子と野愛琉などは立ち竦んで絶句している。
魅琴の腕折りが一旦止められると、東風美は涙と鼻水と涎で顔をぐしゃぐしゃにしながら濁った声で問いかけた。
「どおずれば許じで貰えまずがっ……⁉」
「貴女ね、そんなことも分からないの? 大臣まで務めた一族の御立派な親御さんもそれくらい教育してくれたでしょう。」
「あ、謝っだら止めでぐれまずがっ……⁉」
魅琴はほんの少し眉を顰めて目を閉じ、溜息を吐いた。
「言質を取ろうとするのは横着で気に入らないけど、私も鬼じゃないしそれで手打ちにしてあげる。」
拘束から解放された東風美は一瞬顔色を窺う様な眼で魅琴を見上げたが、射竦めるような視線に怖気づいたのかすぐに体を丸めた。
そして震えながら膝を突き、手と額を地に着けた。
おそらく名家に生まれ、恵まれた暴力とそれに伴う実績から好き放題してきた彼女が初めて行うであろう土下座である。
「ごめんなざい。もう二度とじまぜん。」
「……逆に土下座まで要求したつもりは無かったわ。」
東風美のそれはどうにか絞り出した涙声の謝罪だった。
魅琴にしてみれば言葉さえ貰えれば良かったのだろうが、何度も腕を折られるうちに心まで折れてしまった東風美は必然そうしてしまったのだろう。
「と、とりあえず一件落着ということでホテルの方に移動しましょうか……。」
この場をさっさと切り上げるように、白蘭がこの場を取り纏めようとする。
航と魅琴は特に異論もなく、ロビーを後にしようとする白蘭に従う。
皇國側の女達はすっかり放心してしまった東風美を早辺子と黎子で支え、野愛琉が日本国側の三人と離れ過ぎないように中継する形で後に続いた。
⦿⦿
一同が白蘭の運転するワゴン車で辿り着いたのは今までとは全くグレードの違う高級ホテルだった。
「ホテル、変えるんですか?」
助手席の航は駐車場に停車してシートベルトを外す白蘭に素朴な疑問をぶつけた。
「仮にも外国貴族の皆さんをお迎えするわけですからねー。費用出せるところから出すんですって。」
「……あれだけ大変な思いをして帰ってきた上に半ば強制されて国のために働いた自国民の僕等はビジネスホテルで十分だけど、ですか……。」
「岬守さん痛いとこ突きますね……。」
基本的に自分達を救ってくれた国の人達には感謝している航が珍しく腑に落ちずに不平を言った。
白蘭もまた思うところはあるようで、苦笑いを浮かべながらドアに手をかけた。
それぞれの部屋へと通された航と魅琴は虻球磨新兒と三日月由奈の到着まで待機するよう云い付けられた。
大学の夏休みが続く航と魅琴
とは違い、彼らは昼間は高校と会社に復帰しているのだ。
その後は、何やらリモートで根尾弓矢も参加して皇國から迎えられた四人を含めて話し合いの場が持たれるらしい。
別府幡黎子と牧辻野愛琉は部屋に多少嫌味を言いながらもこのホテルに滞在することを受け容れた様子であった。
以前のビジネスホテルだとどうなっていたことだろう。
問題を起こすわけにはいかない立場を弁えている早辺子と、早々に魅琴に心を折られてそれどころではない東風美は特に何も言わずに大人しく部屋へと入った。
⦿⦿
日没も過ぎ、夕食を終えたメンバーは白蘭の部屋へと集められた。
学校が終わった新兒も合流したが、三日月は残業があるらしく合流は遅れるとのことだ。
皇國側からは早辺子、黎子、野愛琉が参加しており、東風美はショックから立ち直れないまま部屋で寝込んでしまっているらしい。
白蘭のノートパソコンに、関西圏のホテルに滞在している根尾の顔が映し出された。
「根尾さん、聞こえますか?」
『問題無い。そちらは聞こえるか?』
「大丈夫です。こちらは三日月さんが仕事で参加できないそうです。あと、皇國側は魅継東風美さんの具合が悪くて部屋でお休み頂いてます。」
『何だ、時差ボケか? まあ調子が悪いなら仕方がない。二人には後で伝えておけよ。』
流石に早々トラブルを起こして魅琴に〆られましたとは言えないので、白蘭はお茶を濁し航は苦笑いを浮かべ、そして当の魅琴は画面から気まずそうに眼を逸らした。
根尾はこちら側の様子がおかしいことに少し首を傾げたが、特に言及する事も無く話を続ける。
『本題に入る前にこちらから見せたいものがある。知っての通り昨日、我が国と皇國の間で停戦協定が結ばれた。今回、皇國側から四名の方に御協力頂くのはその条件の一部であり、それに先立って或る御方から言伝を賜っている。今からお見せするのは本来大変貴重な映像で、皇國側からの皇大臣、それからこの根尾弓矢に対する多大な信用の下お預かりしている。心して御覧いただきたい。』
根尾はそう言うと、何やらマウスを操作して画面を切り替えた。
どうやら録画映像を再生する準備をしているらしい。
そしてそこに映し出された人物を見て、特に皇國側の女たちに大きな衝撃が走った。
「こ、皇太子殿下⁉」
「まさか殿下直々にお言葉を⁉」
「凄い……!」
画面いっぱいに収まり切らない金髪と銀髪が入り混じった褐色肌の大男、皇太子・獅乃神叡智が深紅と柳緑の眼を向け、青い唇を開いて言葉を述べ始めた。
『この度、両国間の諍い事に一先ずの区切りが付いた。犠牲となった全ての者達に例外無く哀悼の意を表すると共に、一刻も早く平和条約の締結を実現し、同じ日本として両国の新しい関係が構築されることを願って止まない。』
その姿はそれまでの彼のイメージからは程遠い、新たなる若き君主としての威厳に満ち溢れたものだった。
この場にいるメンバーの中で獅乃神と直接会ったことがあるのは岬守航、麗真魅琴、白蘭揚羽の三人だが、彼らは余りの印象の違いに違和感を禁じ得なかった。
『その上で障害となり得る懸案事項が一つ、我が国から貴国へと逃亡した叛逆勢力、武装戦隊・狼ノ牙の残党である。彼奴等は三カ月程前、貴国より七名の民を不法に連れ去り、己が目的の為に使役すべく虐待にも似た訓練に従事させ、死者すらも出すという暴挙に出た。更に先月、戦乱の中に遭って我が国を背後より匕首で刺すが如く蜂起し、貴国との戦争以上の犠牲者を出した。彼奴等は貴国の平穏を脅かす社会不安であり、我が国の統治及び国体を否定せし朝敵である。これを討伐することに於いて両国の利害は疑い無く一致すると判断し、早急な解決の為我が国は貴国に優秀な人材を四名派遣することにした。四名は明治日本の指示系統を守り、よく協力し合い、その才覚を両国の為に役立てるように。』
隣同士で映像に注視していた別府幡黎子と牧辻野愛琉は互いに視線を見合わせた。
彼の口からこう言われてしまっては、水徒端早辺子の指揮の下で日本国に協力するという立場に甘んじざるを得ない。
その為、この言葉は早辺子の胸の痞えを一つ除くものでもあった。
そして続く言葉により、もう一つの痞えにも手を施されることになる。
『そしてもう一つ、この場を借りて二人の人物に伝えておきたいことがある。麗真魅琴と岬守航、汝等に対してだ。』
指名された二人は瞠目し、息を呑んだ。
無論、心当たりはある。
二人はあの時、神皇の暗殺に失敗し、引き上げる際にこの獅乃神叡智に見られている。
特に、自身を裏切った魅琴に対しては憤懣やる方無かろうと思われる。
故に、航達にとって次の言葉を聞くには少し覚悟が必要だった。
『あの時、と言えば解るな? 俺は汝等を許すまじと思った。地の果てまで追い詰め必ず相応しき裁きを下さんと切歯痛憤の念に駆られた。だが、一つの事実として汝等の行動が無ければ貴国は一敗塗地を免れ得ず我が国の一部となっていたであろう。それは決して不幸な事ではないが、力と犠牲による屈服は到底受け入れられぬものであることも理解する。貴国の立場に拠れば二人は英雄である。仮に皇國臣民が皇國の為に同じことをすれば誰もがその者を讃えたであろう。故に、俺は汝等を追求するつもりは無い。俺自身、両国の間に引き起こされた争乱の果てに四人の家族を喪ったが、それを以て汝等を咎めはしない。』
思いの他、獅乃神の言葉は穏当なものだった。
元を糺せば抑々の原因は皇國側が日本に対し開戦を撤回しなかったことにあるので、彼も一方的に航と魅琴を責める道理は本来無い筈であるが、それでも沸き起こるであろう感情は抑えられていた。
彼が終戦を望む気持ちは真実なのだろう。
故に、余計な怨恨は残したくないという思いがあっての事だろう。
そして、二人に対しては別の思いもあるようで、彼は次の言葉で一つの願いを述べた。
『麗真魅琴、岬守航。最早この眼で直接会うことは叶わぬであろう。しかし千里を隔てながらでも互いの在所を飛び交う通信に、最後の会合を設けるという俺の願いを属するものである。当分先の事とは思うが是非、そうしたい。』
直接会うのは無理だと己から言及するところを見ると、やはり本当に害意は無いのだろう。
尤も返答に困る話ではある。
これが録画されたメッセージであることはそういう意味で幸いだった。
同時に、神皇の嫡子であり次期神皇である獅乃神がここまで言った以上は、早辺子もまた亡き神皇への忠義と言う名目で航の幸福と敵対することは最早許されないということを意味する。
敵対しなくとも良いのではなく、敵対することは出来ないのである。
獅乃神がどこまで察し、意図したのかは不明であるが、結果的にこれから合同で動く上で航と早辺子の蟠りを解く効果は十分だった。
そして、獅乃神の言葉は締めくくられる。
『最後に、汝等の活躍と大和民族永劫の繁栄を心より願う。以上である。』
映像の再生が終わり、画面は再び根尾の姿を映し出す。
根尾もまた、獅乃神の言葉によって両国の人員を結束させることを狙って獅乃神の言葉を前置きとしたのだろう。
さて、愈々本題である。
『まず、我が国では先行して昨日、武装戦隊・狼ノ牙の最高幹部である八卦衆の一人、屋渡倫駆郎と交戦し、これを撃破した。岬守、ご苦労だった。』
「おお! マジかよ岬守? お前一人であの屋渡を⁉」
初耳であった新兒はやや興奮した様子で喜んでいる。
航だけでなく、狼ノ牙に拉致されたメンバー全員にとって屋渡倫駆郎は因縁の相手であった。
『岬守は当然、奴を生け捕りにするつもりだった。狼ノ牙の潜伏場所を吐かせるためにな。そして奴を降伏させ、それは叶えられる筈だった。しかし、突如現れた刺客によって屋渡は始末されてしまったのだ。』
そうですか、と早辺子は小さく呟いた。
彼女にとってもまた、自身を散々な目に遭わせた屋渡の死には思うところがあるのだろう。
また、白蘭にとって屋渡は仁志旗蓮殺しの実行犯である。
報告は既に受けており、このタイミングでの動揺はないが、やはり神妙な面持ちをしていた。
根尾は話を続ける。
『刺客については皇國の皆さんにもお知らせしておかなければならない。これは我が国だけの問題ではなく、皇國の重要な地位に近い人物が関わっている話であるからだ。令嬢方には心して聴いていただきたい。屋渡倫駆郎を殺害し、彼の口を封じたのは能條緋月氏の密偵として甲夢黝氏の元秘書、皇道保守黨の青年部長に扮して潜入していた男、推城朔馬。この男は我々の調査で武装戦隊・狼ノ牙の首領補佐、八社女征一千と繋がっていることが判っている。』
え、と驚いたように声を上げ、早辺子は目を見開いた。
彼女は推城に少なからず世話になっている。
その彼が実は叛逆組織と繋がっていたというのは青天の霹靂だった。
「根尾様、何かの間違いでは? あの方が狼ノ牙と関係しているだなどと……。」
困惑する早辺子だったが、その彼女に航が首を振って根尾の言葉を裏付ける。
「早辺子さん、おそらく事実ですよ。僕は推城と二回戦ったけど、二回ともそういう発言を聞いている。甲邸では八社女との繋がりを示唆していたし、屋渡を始末する前に一度奴を労っていた。確定で良いと思う。」
そうですか、と早辺子は俯いた。
そういうことならば、早辺子もまた対応を変えなければならない。
推城は今後、皇國特別高等警察の間で要監視人物として八社女と同等の扱いをされることになるだろう。
『それと実はもう一人、この二人と繋がっている人物が解っているのだが、そいつについては十堂様を始めとした六摂家当主方に強く口止めされている。名前を明かされることそのものが皇國に只ならぬ混乱を呼びかねないとのことだ。俺としても一理あると思っている。ゆえに、そいつについては日本国側で独自に調査を行う。』
「つまり、私達の目標は八卦衆の残党、八社女と推城……。」
牧辻野愛琉が反芻するように呟く。
『然様です、牧辻嬢。それと、首領Дこと道成寺太には二人の子供がいて、こいつらの狼ノ牙の活動に協力している。ただ、この二人についても諸事情により日本国側のみで捜査したい。』
「おやおや、それは何故です?」
別府幡黎子が青い眼の奥に底知れない思慮を秘めながら根尾に問い質す。
道成寺太の子供、椿陽子と道成寺陰斗には航達が帰国する際に最後の最後で協力された恩がある。
また、十堂綺葉曰く肉親の血縁で協力せざるを得なかった事情を鑑みてただ叛逆者と処するのもどうかという意見もある。
新華族の三令嬢はそんなことをお構いなしに処刑してしまいかねないので、日本側としてはどうにか防ぎたかった。
勿論、それをただストレートに伝えることは出来ないので、根尾は仮の理由をでっち上げる。
『二人の内、姉の陽子は岬守らと交流している。その中で、日本国内の協力者について示唆しているのだ。その情報が我が国としてはどうしても欲しい。』
「成程……ですねぇ……。」
黎子は腹黒さを多分に含ませて笑う。
到底納得は行っていない様子だが、とりあえず引き下がってはくれるようだ。
『総合すると、打倒すべき敵は道成寺太、朽縄将兵、沙華珠枝、八社女征一千、推城朔馬の五名!』
「それは良いのですけれども、何か手掛かりはあるのかしら? 話によると折角手掛かりになりそうだった八卦衆の一人は生け捕りに失敗し口を封じられてしまったとか……。」
黎子の言う通りだった。
今、武装戦隊・狼ノ牙の手掛かりはゼロに等しい。
タイムリミットの月末までに決着を付けるのはかなり厳しいと言って良かった。
と、そこでもう一人の令嬢、牧辻野愛琉が口を開いた。
「屋渡の死骸があれば術式で足跡は追える。」
「ああ……。」
黎子もまた野愛琉の言葉に何かを思い出したようだ。
『どういうことだ?』
「私達の一人に、対象の近日中の足跡を追う術式神為を使える者がいましてね。確か死体や身に着けていたものであっても有効だったかと。」
『本当か!』
思わず根尾の声が大きくなった。
僥倖である。
屋渡の遺体は鑑識に回されているが、遺品を借りることが出来れば敵のアジトが判明する。
『わかった。早速手配しよう。明日にでもやってくれ!』
しかし、弾む根尾の声とは裏腹に黎子と野愛琉は気まずそうに顔を見合わせる。
『どうした? 何か問題があるのか?』
「問題と言いますか……。」
「その術式を使えるのはこの場にいない東風美……。」
野愛琉の言葉に全員が頭を抱えた。
現在、魅継東風美はショックで寝込んでしまっている。
彼女の回復を待たなければ、屋渡の遺品から狼ノ牙の足跡を追うことは出来ないのだ。
『……仕方ない。彼女が回復し次第捜査を開始するとしよう。俺は俺で八社女と推城の手掛かりを探す。以上だ、皆健闘を祈る。』
こうして、この場は一先ずお開きとなった。
根尾との通信が切れた後、魅琴に周囲の視線が突き刺さったことは言うまでもない。
「……ええ、わかっているわ。流石にやり過ぎた……。」
魅琴も反省しているようだ。
⦿⦿
その後、お開きになってから航と魅琴は高級ホテルらしい洒落たバーで話し込んでいた。
「ちょっと調子に乗り過ぎているわね、私……。以前はもう少し暴力を自重していた気がするわ。色々箍が外れてしまっている。もう一度自分をきちんと戒めないと……。」
水の入ったグラスに彼女の顔が歪んで映る。
因みに魅琴は酒が一定以上入ると最悪の良い方をするので、余程の事が無い限り飲まないようにしている。
対する航はウィスキーのロックを一口飲んで答える。
「僕もそうだね。なんだか強くなった力を持て余している気がする。屋渡を思わず吹き飛ばしてしまったのも、下手をすれば市民を巻き込みかねなかった。力に対する責任に自覚が足りなかったと思う。」
「それは……そうかもしれないわね。」
航は一つ溜息を吐き、真っ直ぐと魅琴の眼を見据えた。
「いい機会だ。お互いに力の責任を自覚せず溺れてしまった自分達を反省しよう。今までの様に向こう見ずでは屹度その内取り返しのつかないことになる。そうならないためにも、力に相応しく人間として大きく成長しなきゃ駄目だ。」
「そうね……。」
航と魅琴はお互いを見合い、そして微笑み合った。
「東風美さんと話をするわ。ちゃんと和解しないと……。」
こうして、合流初日の夜は更けていった。
そして次の日から、彼らを取り巻く環境はさらなる展開を迎える。
・魅継 東風美
皇紀2667年(西暦2007年)6月28日生
身長 165糎
三位寸法 胸87胴56腰88
血液型 B
第四章開始連続更新中
次回更新は、10月3日㈰




