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第七十八話 シャドーズ・アー・セキュリティ

前回


 嘗ての宿敵、屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)と対峙した岬守(さきもり)(わたる)は全く寄せ付けずに圧勝。

 追い詰められた屋渡(やわたり)は人質を取る悪足掻きに出るが、それも通用しない現実を突き付けられて冷静になってしまい、復讐を継続するモチベーションを失ってお縄についた。

 しかしその時、不気味な声と共に彼らの調査対象である謎の集団の一人、推城(つきしろ)朔馬(さくま)が航の前に現れた。

 時は遡り、七月三日。

 時系列としては丁度岬守(さきもり)(わたる)達が屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)の元から脱走した後、神為(しんい)が一度切れたため一日潜伏していた日のことだ。

 その頃遥か北、北界道(ほっかいどう)十四州最北、想谷(そうや)州にある武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)の旧本部で日本国の諜報員、仁志旗(にしき)(れん)はある調べ物をしていた。

 根尾(ねお)弓矢(きゅうや)からはすぐに離脱するように言われており自身も速やかに合流すると伝えてあったが、その前にどうしても確かめておきたいことがあった。


 仁志旗(にしき)武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)の成り立ちについて調べていく内に奇妙なことに気が付いた。


 選挙に敗れて内乱も鎮圧されたヤシマ政府残党勢力は道成寺(どうじょうじ)八郎(はちろう)朽縄(くちなわ)穂純(ほずみ)を残してほぼ壊滅し、最早再起の目は無いというところまで追いつめられていた。

 しかし、ある時期を境に武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)と名を改めた残党は闇に潜み、勢力を盛り返した。

 奇妙なのは、僅かな記録から同じ頃に首領補佐・八社女(やおとめ)征一千(せいいち)らしき人物の関与が見られる事だ。


 八社女(やおとめ)は現首領と参謀役の祖父世代からこの組織に属しているのか。

 その首領と参謀は実は祖父の生まれ変わりと言っていい存在だと最高幹部、八卦衆の一員として聞かされた。


 だとすれば、八社女(やおとめ)もまたそうなのか……。

 いや、ひょっとすると……。――仁志旗(にしき)は更なる調査の必要性を感じた。


 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)という組織に於いて、何よりも謎めいた存在であった首領補佐・八社女(やおとめ)征一千(せいいち)という男。

 どうにか辿り着き、動向を探っている中で遭遇した密会の現場。

 気になって調べていくと、『神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)』と自称する四人組が皇國(こうこく)の皇族、反政府勢力、政治、そして軍隊に潜み何かを企んでいることが判った。


 これは思っていた以上にとんでもないものが出てくるのではないか。

 そう睨んだ仁志旗(にしき)は、八社女(やおとめ)と言う人物について深追いすることになっていったのだ。


 八社女(やおとめ)について判っていることは、この叛逆組織に初期の初期から関わっていること。

 そこで、この始まりの地に残された物証を調べていたのだ。


 仁志旗(にしき)は一つの部屋の扉を開けた。

 訓練場らしき埃塗れの古びた部屋には神皇(じんのう)を模したボロボロのマネキン人形が多数横たわっている。

 仁志旗(にしき)は咳き込みながらその内の一体の前に屈み、状態を隈なく確かめる。


「やはりそうか……。」


 仁志旗(にしき)は確信した。


「記録によると道成寺(どうじょうじ)八郎(はちろう)は生まれながらの神為(しんい)使いだが、元々は一つの術式しか使えなかった。それは八月革命時や皇國(こうこく)建国時の内乱の様子から見て取れる。そして訓練によって使う術式を増やしたわけではない。何故なら、この訓練場跡には、試行錯誤の痕跡が無い……。」


 そのどれもがただ闇雲に物理的な力で傷付けられた物ばかりだった。

 即ち、術式を組み上げる為に多種多様な攻撃手段を試した痕跡が無いのだ。


「当時の新聞記事を洗ったが、恐らく道成寺(どうじょうじ)はある時期を境に突然複数の術式を使い始めた。そしてここに残された僅かな古い記録によると、丁度その頃に八社女(やおとめ)が加入している。」


 仁志旗(にしき)は埃を被った人形に手を添えた。


八社女(やおとめ)道成寺(どうじょうじ)に力を与えたのか……。どうやって、何の為に?」


 疑問を抱きつつ他の人形も確認しようと顔を上げると、ふと一つだけ妙に新しい色のタイルが目に入った。

 気になってそちらに歩いて行くと、そのタイルだけ軽く踏み鳴らした音と感触が異なる。


「これは……下は空洞か?」


 仁志旗(にしき)発氣(ほっけ)神為(しんい)による怪力でタイルを叩き壊した。

 思った通り、隠されていた階段が下へと延びていた。


 おそらく、ここを捨てる時に何か隠したのだろう。

 道成寺(どうじょうじ)が複数の術式を使えるようになったのがこの訓練場を使わなくなって以降であり、丁度その頃八社女(やおとめ)と接触していたとしたら……。


「間違いなく何かある……。」


 仁志旗(にしき)は固唾を飲み、階段を下りて行った。

 それは意外と短く、階下の物置へと繋がっているといった様子だった。


「うっ……!」


 そこに打ち捨てられていたものを見た仁志旗(にしき)は絶句した。

 白骨化した死体の山。

 それも状態から見て、拷問の末に殺害されている。


「明らかに人為的に折られている……! 何という惨いことを……!」


 物置に立ち入ろうとした仁志旗(にしき)の足が何かを踏んだ。


「これは……。名簿か!」


 その数枚束ねられた紙には(くろ)ずんだ手形の血痕がこびり付いていた。

 これはおそらく、この死体の中の誰かが殺されて遺棄されるまで隠し持っていたもの。

 その中には、彼らの罪状まで具に記されていた。


「日本人絶滅反対者及び時空転移研究拒否者の粛清名簿だと……? 何ということだ……!」


 仁志旗(にしき)は頭を抱えた。

 彼の中で一つの想像が膨らんでいく。


 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)は日本人の絶滅を目論んでいる。

 それも、彼らの時空のみならず全ての時空、世界線に於いてだ。


 そして、ここに遺棄された彼らはそれに反対した。

 ということは、元々の理念にはそんなものは無かったのだ。

 曲がりなりにも一時は日本人の国を治めていたのだから当然だ。


 おそらく、そのように変節した理由こそが八社女(やおとめ)との接触。

 更に、八社女(やおとめ)皇國(こうこく)の政治及び貴族に内通者を抱えている。


「まさかこいつら……! 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)(そもそ)も奴らの操る駒に過ぎない! 本命は皇國(こうこく)そのものか‼ 皇國(こうこく)そのものの歴史を弄び、意図的に動かし、あらゆる時空から日本人を……! 」


 その時、仁志旗(にしき)は後ろから何者かに刺し貫かれた。

 腹部を貫通していたのは、見覚えのある槍頭だった。


「がはっ‼ や、屋渡(やわたり)っ……‼」

「こんなところで何をしている? この裏切り者、いや鼠が!」


 仁志旗(にしき)の素性と旧本部への侵入を知った八社女(やおとめ)屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)を刺客として放っていた。

 肉の槍が引き抜かれ、仁志旗(にしき)は白骨死体の中に派手に倒れ伏した。


「ぐっ! 糞ッ!」


 仁志旗(にしき)は必死で藻掻く。

 せめて自分が調べ上げた情報を何か一つでも伝えなければ。

 どうにかスマートフォンの端末を操作し、一枚の画像を上司である根尾(ねお)へと送信する。


 操作の途中、二撃目の槍が仁志旗(にしき)を刺し貫いた。


「ぐはッ‼ だ、誰の指示だ……? 八社女(やおとめ)か?」

貴様(きさま)が知る必要は無い。」


 更なる槍の刺突。

 仁志旗(にしき)は震える手でどうにか送信の操作を終えた。

 皇國(こうこく)のスマートフォンは国中に満たされた神為(しんい)によって通信されるので、国内に限り圏外になることはあり得ない。

 しかし、次の刺突で愈々(いよいよ)仁志旗(にしき)は指一本動かせなくなった。


莫迦(ばか)めっ……! お(まえ)……お(まえ)も……消されるぞ……‼」

「何を言う、(おれ)はこれからも安泰だ。貴様(きさま)と脱走者を始末さえすればな。」

「違う‼ ここは……革命組織じゃない……! 想像を絶する邪悪に……加担することになるぞっ……‼」


 五度目、これが止めとなった。


(あげ)……()っっ……!」


 仁志旗(にしき)が最後に口にしたのは孤児院で共に育った白蘭(びゃくらん)揚羽(あげは)の名だった。

 その掠れた声を最期に、仁志旗(にしき)は動かなくなった。

 屋渡(やわたり)は事切れた仁志旗(にしき)を嘲るように鼻を鳴らすと、階段を上がっていった。

 そして旧本部は灯油を撒かれ、仁志旗(にしき)の死体諸共跡形も無く燃やされてしまった。




⦿⦿⦿




 話を九月の日本国東京に戻す。

 岬守(さきもり)(わたる)は突然(あらわ)れたその男の名を呼んだ。


「何でお(まえ)がここにいる? 推城(つきしろ)朔馬(さくま)‼」


 その手には(わたる)に折られた槍に代わる新たな長槍が握られていたので、またしても夜の街に喧騒がこだましていた。


(きのえ)邸では世話になったな、岬守(さきもり)(わたる)。」


 推城(つきしろ)は質問に答えない。

 だが態々(わざわざ)武器を携えているところを見ると、どうやら(わたる)にとって良くない理由でこの場に(あらわ)れたらしい。

 その巨躯も相まって、(わたる)は強烈な威圧感を覚えていた。


 思い出されるのは(きのえ)邸での対決である。

 あの時、結果的に偶々武器破壊に至って勝ちを譲ってもらったものの、推城(つきしろ)はまだまだ全然本領を発揮していなかった。

 槍術のみで(わたる)を迎え撃ち、しかも槍が折れなければ(わたる)は刺し貫かれて負けていた。


 この男は強い、未だに底を見せていない。――(わたる)の全身に警戒と緊張が奔る。


 (わたる)は摺り足で構え、再び右腕に光線銃ユニットを形成した。

 再び臨戦態勢である。


 そんな(わたる)に対し、推城(つきしろ)はゆっくりと槍を持っていない左手を挙げる。

 そして顔の前に持って来た指で輪を作り、左目で屋渡(やわたり)を覗いて言った。


屋渡(やわたり)よ、今までご苦労だった。八卦衆として我ら熾天王(してんのう)の為に良く働いてくれた。」


 次の瞬間、屋渡(やわたり)は血を吐いて倒れた。


「なっ⁉ 屋渡(やわたり)⁉」

「ぐはっ……! ぐはっ……‼」

「だが最早生かしておく理由は無い。使えない道具は始末するまで。」


 推城(つきしろ)はなおも苦しそうに何度も吐血しながら藻掻いている屋渡(やわたり)を見下ろし冷酷に告げる。

 (わたる)は困惑しながら屋渡(やわたり)に呼びかける。


屋渡(やわたり)‼ 大丈夫か⁉ しっかりしろ‼」

(さき)……(もり)……。」


 屋渡(やわたり)は虚ろな目で(わたる)の呼び掛けに応える。

 そして吐血、原因はわからないがこのままでは命が無いことは明らかだ。


推城(つきしろ)……いったい何をした?」


 (わたる)推城(つきしろ)を睨み、問い質す。

 別に屋渡(やわたり)の為に怒ってやる義理などは無い。

 だが命を使い捨てるその不条理に平然としては居られなかった。


 そんな(わたる)に、推城(つきしろ)は悪びれもせず槍を構える。


「教える必要は無いな。だが、お(まえ)の事はあの様に殺すつもりなど無いから安心しろ。岬守(さきもり)(わたる)、お(まえ)(きのえ)邸での借りを返す意味でもこの(わたし)自ら始末する。」


 推城(つきしろ)が猛スピードで突撃して来た。

 槍の切っ先が小刻みに振るわれ、(わたる)の腕を打ち据える。


「ぐっ!」


 嫌な戦い方だった。

 (わたる)に切り札を使わせないことを主眼に置いている。

 そしてその打棍は何度も受けていれば今度はこちらが武器破壊される、その十分な威力があった。


 槍の間合いを生かして遠くから攻撃。

 それも突くのではなく叩く動きを多用し、殺傷力よりもとにかく手を出させない。

 まずこちらの攻撃手段を封じ、奪う。

 刺突はあくまで止めに使う気だ。


 やっぱり(きのえ)邸じゃ全然本気じゃなかったってことか!――(わたる)は防戦一方になりながらも推城(つきしろ)の隙を窺う。


 そう、今や(わたる)の攻撃手段は光線銃だけではない。

 ならばここは敢えて敵の意表を突く。


 (わたる)は光線銃ユニットを自ら消した。

 戸惑いに推城(つきしろ)の攻撃が鈍ったそのほんの一瞬を(わたる)は見逃さなかった。


 足元からアスファルトを突き破って伸びた蔓が推城(つきしろ)の体を縛り上げた。


「何⁉」


 推城(つきしろ)の動きが完全に止まる。

 勿論、容易く破られるのは(わたる)も織り込み済みだ。

 欲しかったのは再び光線銃を形成し、撃ち抜くだけの僅かな隙だった。


 (わたる)推城(つきしろ)の懐に潜り込んだ。

 背丈のある推城(つきしろ)鳩尾(みぞおち)を下から上に狙う。

 最大出力で撃っても街を破壊しないために必要な方策だ。


 閃光に貫かれた推城(つきしろ)の体は上空に吹き飛び、そしてアスファルトに激しく叩き付けられた。


 良し……!――(わたる)は肩で息をしていた。


 手応えはあった。

 (わたる)は既にどの程度のダメージを与えれば相手が戦闘不能になるか経験から熟知している。

 寧ろ(わたる)の胸に不安が点滅去来しているのは、倒れた推城(つきしろ)の体からなおも異様な気配が消えていないことだった。


 そして、その推城(つきしろ)は急所を貫かれたにもかかわらず平然と素早く起き上がった。


「なっ……⁉ 莫迦(ばか)な‼ 嘘だろう⁉」


 推城(つきしろ)は驚愕する(わたる)を睨み、そして笑った。


「意識の虚を突く駆け引き、刹那の隙を逃さぬ勝負勘、迷い無く撃つ覚悟、見事だ……。(わたし)が只人ならば戦闘の継続は不可能であっただろう。」


 そう、鳩尾(みぞおち)と言えば急所だ。

 いくら守護神為(しんい)があると言っても元気良く立ち上がれるわけがない。

 嘗て金的を吹き飛ばした鷹番(たかつがい)夜朗(よるあき)がまさにそうだった。

 なのにこの男は平然と立ち上がって辺りを見渡している。


推城(つきしろ)朔馬(さくま)……。お(まえ)は一体何者なんだ……?」

「ふむ、そうだな。」


 推城(つきしろ)の手から槍が消えた。

 何かに気が付いたのか、戦いを止めるつもりらしい。

 そしてほぼ同時に、一人の女が(わたる)の前に降り立った。


魅琴(みこと)……。」

「ごめんなさい。やっぱり来てしまったわ。さっきの男もこの男も問題はなさそうに見えたけど、あれで倒れない異様さを見せられると、介入しないわけにはいかない。」


 麗真(うるま)魅琴(みこと)推城(つきしろ)から(わたる)を守るように、立ち塞がるように長い髪を靡かせて至っていた。

 そんな状況に、推城(つきしろ)は小さく笑う。


麗真(うるま)魅射(みいる)の孫娘、やはりお(まえ)だったか。八社女(やおとめ)から超級(ちょうきゅう)を素手で解体する程のとんでもない怪力だと聞いている。流石にこれでは分が悪い。この場は退散させてもらうとしよう。」

(わたし)とお爺様を知っているのね。どういうことかしら? まあいいわ。とっ捕まえて吐かせれば済むこと。」


 魅琴(みこと)は構える。

 対する推城(つきしろ)は意に介さず、彼女に背を向けた。


(わたし)が只人として生きた時代は後亀山(ごかめやま)帝の頃。当時の名は津田(つだ)左馬(さま)権助(ごんのすけ)正新(まさちか)。調べたとて出て来はしない。事績は我が息子正信(まさのぶ)や当時の盟友達と混同されて伝わっていると聞いている。八社女(やおとめ)(かつ)てそうしたように、(わたし)も二度退けられたことに敬意を表し己のことをそれだけは教えてやろう。」


 推城(つきしろ)の体が透けていく。


「さらばだ。」

「待て!」


 (わたる)が呼び止める声も空しく、推城(つきしろ)の体はそのまま消えていった。

 結局、二人は敵をまんまと逃がしてしまった。


 しかし、気がかりなことがある。


魅琴(みこと)後亀山(ごかめやま)帝って……。」

「ええ。南北朝時代、南朝最後の天皇よ。」

八社女(やおとめ)和気(わけの)広虫(ひろむし)がどうのと言っていたな。いったい何なんだ? あいつら……。」


 通常ならば到底信じられるような話では無い。

 だが彼らの異様な耐久力、回復力が有り得ないような話に説得力を持たせている。

 そしてなにより、(そもそ)も五年前に皇國(こうこく)(あらわ)れてからという者荒唐無稽なことはこの世界に起こり過ぎている。


 と、その時また横たわっていた屋渡(やわたり)が血を吐いた。


「あっ! 屋渡(やわたり)⁉ 大丈夫か?」


 (わたる)が駆け寄った時には屋渡(やわたり)の顔は酷く青褪めており、息も絶え絶えだった。


魅琴(みこと)、救急車を呼んでくれ! おい、屋渡(やわたり)! すぐに助けがくるからな!」

「いや……。」


 屋渡(やわたり)は弱々しい声で(わたる)の呼び掛けを否定した。


(おれ)には……わかる……。(おれ)はもう……助からんのだ……。何か……死が……死ぬという因果そのものが……体に埋め込まれたような……ぐはっ……!」

屋渡(やわたり)、喋るな。」


 屋渡(やわたり)は何かを伝えたがっている。

 その眼には無限の悔恨が滲んでいるように見えた。


(おれ)は……つくづく愚かだ……。岬守(さきもり)よ、お(まえ)の術式を見て、よく分かった……。お(まえ)の術式は……武器の形成などではないのだ……。」

「ああ、そうだ。そんなことはもう解っているから大人しくしているんだ。」


 屋渡(やわたり)の推測は正しかった。

 (わたる)麒乃神(きのかみ)聖花(せいか)が駆る絶級(ぜっきゅう)為動機神体(いどうきしんたい)・カムムスビとの戦いで完全覚醒し、その詳細を既に自覚していた。


(ぼく)の術式神為(しんい)は、ある条件を満たした他人の術式を使わせてもらうことなんだ。条件は三つ。まず、本来の使い手が術式神為(しんい)を使えない状態になったことがあること。例えば死んでいたり、東瀛丸(とうえいがん)の効果が切れてしまったりした場合、その相手の術式神為(しんい)を会得できる。」


 (わたる)虎駕(こが)憲進(けんしん)の術式神為(しんい)である鏡の形成を使えるのは前者の理由、久住(くずみ)双葉(ふたば)の術式神為(しんい)である植物の発生を使えるのは後者の理由による。

 そして勿論、条件は他にもある。

 死んだ相手ならば、或いは東瀛丸(とうえいがん)の効果が切れた相手ならば誰からでも術式を拝借できるというわけではない。


「もう一つは、名告(なのり)だ。それも、(ぼく)神為(しんい)を身に付ける前に自己紹介を受けていること。そして最後に、(ぼく)の目の前で術式神為(しんい)が使われている必要がある。」

「そう……そうだ……。」


 屋渡(やわたり)は力なく、だが悔しそうにも嬉しそうにも見える笑みを浮かべた。


「あの時の自己紹介だ……。(おれ)たちが拉致した……八人の自己紹介……。あれがお(まえ)に……英雄の力を与えた……。そうだろう……?」

「そうさ、その通りさ。」


 (わたる)の目に涙が滲む。

 勿論、想う相手は死にゆく屋渡(やわたり)ではない。

 もっと別の、実はずっと共に戦ってきた、()()()()()()()()()()()のだ。


(ぼく)はずっと助けられていたんだ。」

「お(まえ)が……久住(くずみ)双葉(ふたば)の術式を使うのを見て……(おれ)にも解った……。いや、(おれ)だから解った……。聞いたことがある……。この世には通常とは異なる……術式の覚醒があると……。忘れていた……。」


 再び、屋渡(やわたり)は吐血した。


屋渡(やわたり)、もういい、止めろ。」

「いや……全部言わせろ……。(おれ)の愚かさを……全部吐かせてくれ……。(おれ)はあの時、一人だけ守護神為(しんい)が不十分だったから崩落で死んだと思った……。それは正確ではない……。あの時、一人だけ逆順で覚醒した者がいた……。お(まえ)が使ってきた武器形成の術式は、そいつがその時無意味に発動させてしまったものだ。ただ、何も起こらなかったがな……。よっぽど平穏無事に生きて来たんだろう……。」

「ああ。そうだよ、屋渡(やわたり)。」


 (わたる)の目から涙が零れ落ちた。

 彼女と触れ合ったのはほんのわずかな時間だった。

 だが(わたる)はずっと、その彼女によって生かされていたのだ。

 あの時無残にも無垢な夢を絶たれた彼女によって。


(ぼく)がずっと頼って来たのは、二井原(にいはら)雛火(ひなび)の術式神為(しんい)だ。」


 涙が止め処無く(わたる)の頬を伝う。

 十五歳で理不尽に消えた命の灯火が(わたる)の蝋燭を、そして巡り巡って日章旗の赤き日輪を守ったのだ。

 (わたる)の泣き顔を見上げ、屋渡(やわたり)は穏やかに微笑んだ。


「泣くな、最も才無き英雄……、尊敬すべき……我が宿敵よ。良くぞ……あらゆる障害をねじ伏せ……故郷へ帰った……。祖国を救った……。」


 その言葉を最後に、屋渡(やわたり)は目を閉じて沈黙した。

 そして程なくして彼は息絶えた。


屋渡(やわたり)……!」


 (わたる)は涙を拭き、ゆっくりと立ち上がった。

 そして空を見上げ、この三カ月で起きたことを思い返す。


 屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)、この男がいなければ運命が回り始めることは無かった。

 六月初旬に(わたる)を拉致して以来、一カ月後の脱出までの間恐るべき支配者として彼らに君臨し、そして(わたる)達や水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)のことを執拗に嬲った。

 それが切欠で(わたる)達は日本と皇國(こうこく)の戦いに巻き込まれ、今なお戦後処理に追われている。

 そしてその後は一月半の沈黙の後、武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)の革命に失敗して日本に逃亡、更に半月後の今、(わたる)と再び相見えこの結末を迎えた。


 (わたる)はこの男に同情、憐憫など何一つ抱いていない。

 だが、それでも岬守(さきもり)(わたる)という人間の人生と運命を語る上で、屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)という男のことは必要不可欠であった。


 その男の、愚かな過ちに満ちた生涯が今幕を閉じた。

 宿敵と定めた自らの理想像である男に見守られながら……。




⦿⦿⦿




 京都府内のビジネスホテルにて、根尾(ねお)弓矢(きゅうや)岬守(さきもり)(わたる)からの連絡を受け取った。


「そうか……。いや、ご苦労だった。情報が得られなかったことはいい。まだ時間切れには少なくとも三週間ある。(おれ)はこっちでもう少し色々調べてみる。それと、さっき(すめらぎ)大臣から連絡があった。明日、皇國(こうこく)から使者がくるそうだ。白蘭(びゃくらん)にも話してあるから一緒に迎えておいてくれ。ああ、ああそうだ。すまんな。失礼する。」


 電話を切ると、根尾(ねお)は窓から外の景色を見渡し溜息を吐いた。

 気掛かりなのは、やはり(わたる)から聞いた推城(つきしろ)の素性である。


「南北朝時代、津田(つだ)正新(まさちか)という武将か……。」


 とりあえず手持ちのスマホで検索を掛けてみる。

 口頭で伝え聞いたため漢字ははっきりしないが、それっぽい字を当てて「津田(つだ)(まさ)…」までを入力したところで手が止まった。


津田(つだ)正信(まさのぶ)……。確か、岬守(さきもり)君はそんな名前を聞いたとも言っていたな。此方から当たってみるか……。」


 根尾(ねお)推城(つきしろ)が口にした息子だという武将の名前を調べ始めた。

 そして暫く後に、一つの情報に行き当たった。


「成程……。津田(つだ)正信(まさのぶ)楠木(くすのき)氏の系譜に連なるとされているが、出生がはっきりしない……。もしこれらが推城(つきしろ)の正体である正新(まさちか)の事績が混ざったものであるなら……。そして、楠木(くすのき)正成(まさしげ)所縁(ゆかり)があるということは……。貴船山と宇佐以外にも行く場所が増えたな。」


 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)に潜入していた仁志旗(にしき)(れん)(もたら)した情報。

 それこそが、この不穏な繋がりを彼らに報せた。

 そしてそれが原因で、ほぼ間違いなく仁志旗(にしき)は命を絶たれたのだ。


「明日は兵庫、その後で宮崎に移動だな。やれやれ、これが単なる観光なら最高の休暇なのだがな……。」


 根尾(ねお)はスマホをUSBに繋ぐと、枕元へ放り投げた。

 そして消灯すると、明日へ備えてひと眠りすべく布団に入るのだった。

第四章開始連続更新中

次回更新は、10月2日㈯

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