第二十三話 その燐火に捧げる鎮魂歌
前回
雲野研究所を後にした岬守航達はそこで出会った不思議な双子の兄妹の力に二井原雛火、折野菱の遺体を任せ、二人と共に帰国を目指し最後の道を行く。
しかし、そこへ仁志旗蓮、梶ヶ谷群護を粛清した武装戦隊・狼ノ牙、屋渡倫駆郎が現れる。
帰国への最後の障害として立ち塞がる彼との戦いの火蓋が切られた。
俺の父は事業家だったが、何度も失敗したせいで家庭は常に貧しかった。
世の中は思い通りにいかないことがあまりにも多いらしく、父はよく腹立ち紛れに俺や母に暴力を振るった。
だが、同時に父は決して夢を諦めない不屈の人でもあった。
どれ程の困窮に沈もうと、決して夢を追うことを止めようとはしなかった。
俺はそんな父の事を尊敬していたし、よく澄んだ宝石のような瞳でいつかとびきりに贅沢な生活を三人で楽しむ将来をとても楽しそうに語るので、俺も想像しただけでいつも楽しい気分になった。
俺はそんな父の話を聴くことだけは好きだった。
夢を共有できるのは幸せなことだ。
夢を共有できれば、どんなに辛い境遇にも耐えられる。
家族とは同じ夢を見るものなのだ。
夢を見ることは境遇に依らず誰にでもできるというのが素晴らしい。
だが、幸福な日々の終わりは実にあっけなく訪れた。
夢を実現するための資金調達に奔走し続けた父は軽い病を治す暇さえも取れず、ずるずると大病に悪化させて死んでしまったのだ。
最期に父は俺や母に随分謝っていたが、俺にとって父には感謝しか覚えられなかった。
共に同じ夢を見られた日々は幸福以外の何物でもなかったからだ。
だから、母と二人だけになっても家族三人で過ごした日々は宝石のようにいつまでも輝き続けるだろうと思っていたんだ。
ただ父が亡くなった時、母の表情が悲し気ながら少しだけほっとしたように見えたことに一抹の不安を覚えた。
そして夢を失った日々は、これがまたとても穏やかなものだった。
父を喪ってやっていけるかと思ったが、母が働きに出て稼いだ金で生活するのは従来と変わらなかったため、父がいなくなった分むしろ少し楽になった。
しかし、三年を過ぎた頃からどうもそれ以上に生活が改善されていくように感じた。
父がいなくなった分では説明がつかないし、景気がそれほど急激に良くなったわけでもない。
少しずつ豊かになる生活の中で俺はどんどん不安を募らせていった。
そしてその答えがわかったのは、父が死んで五年が経ったある日の事だった。
一人の新華族が母に結婚を申し込んで来たらしい。
目の前に提示された、それまでとは比べ物にならないほど豊かな生活。
それは間違いなく、かつて俺たち家族がずっと夢に見てきたものだった。
だがそれがいともあっさり手に入ってしまうという事実は俺にとてつもない剥奪感を覚えさせた。
まるで父の、俺たち家族の苦労が嘲笑われているかのように思えたのだ。
それを告げた時の母の顔は忘れられない。
そんな表情、父が生きていたころは一度もしたことが無かったじゃないか。
嗚呼、俺の宝石が濁っていく。
虹色にキラキラと輝いていた宝石がくすんで黒褐色に染まっていく。
財力、権力という業火で消し炭に変えられた夢の残骸が見えていないのか。
何故そんな幸せそうに笑うんだ!
許さない。
俺の夢見た日々を殺した母、屋渡絆を許さない。
この国の強者は容易く弱者から大切なものを奪っていく。
認めない。
俺はあの男を、水徒端賽造を父とは認めない。
俺の名前は屋渡倫駆郎。
俺が父と呼ぶのは血の繋がった親、屋渡葵と俺の怒りと憎しみ、悲しみをわかってくれた唯一の男、首領Дこと道成寺太だけだ。
今、俺は新たな家族とともに新たな夢を見ている。
だがそこでも、家族でありながら夢を裏切ろうとする者たちがいる。
俺はいつだって、誰一人として裏切り者を許した事など無い。
皆等しく死を与えてきた。
だから、殺す。
この愚かな子供たちを父であるこの俺の手で皆殺しにしてやる。
特に、岬守航よ。
父と母の絆を壊し、夢にすら甚大な損害を出したお前は苦しめるだけ苦しめてやろう。
覚悟するがいい。
⦿⦿⦿
久住双葉の術式によってアスファルトを裂き生やされた草花の蔓が屋渡を縛り上げる。
このまま拘束し続ける事が出来ればどれほど楽だろうか。
だが、武装戦隊・狼ノ牙に於いて首領Дに次ぐ強戦士、屋渡倫駆郎はそれほど甘くない。
全身の凄まじいパワーは簡単にこれをバラバラに引き千切ってあっさりと自由を取り戻してしまう。
しかし、それでもこの拘束によって一瞬動きが止まることは確かである。
これは三人にとって優位な隙となる。
仕掛けるのは虻球磨新兒。
拘束を打ち破る為に両腕両脚を拡げ、がら空きになった顔面及び胴部に空気中の湿気を凍結させて纏った拳が何発も叩き込まれる。
「うおらああアァッッ‼」
まず、顔面に放った三発の拳はそれなりに有効打となったらしい。
しかし顔の傷があっという間に修復され、不敵な笑みを浮かべているところを見るに決定打には程遠いようだ。
そして首、胴部は蛇腹の様な形に変形した肉が硬い殻の如く頑強に急所を守っているらしく、逆にこちらの拳に纏った氷が砕けてしまった。
ダイヤモンドに匹敵する強度の氷が壊れる程なのだから、胴部への攻撃は全く望みがないという事だろう。
返しの攻撃で、屋渡の両腕の槍が新兒に襲い掛かる。
服の裏で虎駕憲進が作り上げた鏡の障壁が彼を守っていたので腹部を貫かれずに済んだものの、圧力の集中した棍で殴られた様なものでその衝撃は凄まじかった。
「ぐはっ!」
また、鏡もこの攻撃で壊されてしまった。
ここで畳みかける屋渡の攻撃が通ってしまうと、新兒は致命傷を負ってしまう。
だから虎駕が割って入ったことによって彼は九死に一生を得たと言って良いだろう。
「切り裂いてやる!」
虎駕の刃にもう迷いはない。
屋渡の腕を切断する覚悟はとうに出来ている。
しかし、その腕が枝分かれして備え付けられた槍は非常に硬く、虎駕の鋭い刃ですら弾いてしまう。
「やはりお前を先に殺せば後が楽なようだ。」
肉の槍が伸びる。
それはやはり簡単に虎駕の身を守る鏡の防具を砕いてしまう。
死を齎す追撃が正に襲い掛かろうとしていた、その時だ。
「久住ちゃん、縛れ!」
新兒の号令とともに、再び双葉の発生させた蔓が屋渡を拘束する。
さらに、間髪を入れず氷を作り直した新兒の拳が連続して顔面に炸裂。
屋渡も束縛を破って応戦しようとする。
「久住! 引き千切られたら即座に縛り直せ! なるべく自由にさせるな!」
「あんたに言われなくても!」
腹を抑えながら叫ぶ虎駕と、それに応じて即座に拘束し直す双葉。
流石にこの危機的状況において言い争ったりはしない。
「なるほど……。順番を変更する!」
屋渡は縛られたままそう呟くと口を開き、槍状になった舌を伸ばす。
狙われた双葉は回避できず、鏡越しとはいえ鳩尾にダメージを受けてしまった。
「ごふっ……!」
吐血。
双葉の耐久力は新兒や虎駕と比べ低く、この一発のダメージは深刻だった。
なので、三度拘束を破った屋渡を縛り直すことが出来ない。
屋渡は自由になった両腕の槍を伸ばし、振るう。
薙ぎ払うような動きで新兒と虎駕を守る鏡の防具は再び破壊されてしまった。
「他愛無い。では一人ずつ、死ね!」
そう言った屋渡のターゲットは膝を突いている双葉だった。
虎駕が蹲りながらも急いで彼女の防具を作り直すが、どうせすぐ砕かれてしまうので集中して狙われると彼女は殺されてしまう。
新兒も虎駕もカバーに入れない。
だが一人の男が屋渡に攻撃を仕掛け、間一髪のところで彼女を守った。
「岬守ぃッ!」
怨敵を忌々し気に睨む屋渡。
不意打ち気味に食らってしまったその拳は屈辱の記憶を呼び覚まし、腸を焼く怒りの業火が彼を包み込む。
この男が目の前で息をしていることに最早一秒も耐えられないといった凄まじい形相で、屋渡は他の三人をそっちのけにしてまで全身全霊で航に襲い掛かった。
「岬守を守れっ、虎駕ァッ!」
新兒の声とほぼ同時か、少し早いくらいのタイミングで虎駕は航を鏡の防具で守る。
必死で動いた新兒の拳が屋渡に腕で防がれたのはそれが砕かれるのとほぼ同時であった。
当然、神為の乏しい航もまたこの衝撃に耐久力が及ばず、双葉の様に吐血してしまう。
だが彼は辛うじて立ったまま、その両目で真っ直ぐ屋渡を見据えている。
必死で戦う新兒と虎駕を助けるため、自分に何が出来るか考えている。
双葉が動けない現状、虎駕は全員の防具を逐次作り直さなくてはならないため、攻撃に出られるのは新兒だけである。
それも、自由に動ける状態で簡単にクリーンヒットできるほど屋渡は甘くない。
胴部への攻撃が絶望的で、狙いが顔面に絞られるとあっては尚の事である。
自分にも術式があれば。
調理道具や日本刀をいつの間にか手にしていたあれが自分の術式だとすれば、もう一度同じことが出来れば自分も有効な攻撃ができるのに。――航は未だ自分の術式がわからない。
航の覚醒を遅らせている要素は様々であり、神為の乏しさこそが主因ではあるが、半覚醒状態での発現の仕方が理解を妨げているという面もあった。
岬守航の術式は難解である。
術式の理解のし易さも才能の内の一つであり、それも彼の資質の無さを示していた。
だが、ここ数日で航が使用した能力がどのような構造を持っているのか、そのヒントは既に提示されている。
後はそれに彼が気付けば、そして一つのピースが嵌まれば、彼の力は一気に途轍もない脅威へと飛躍するのだが。
ここで航が欲したのは、せめて雲野研究所で弐級為動機神体『コワニール』を相手にした時の様な日本刀があれば、というものだった。
瞬間、それは叶えられ航の手に刀が握られる。
「やった!」
これで航も攻撃に参加できる。
コワニールをどうにかするまでに散々折った刀が通るとは思えないが、氷を纏った手で直接殴ることしかできない新兒と比べ、やや遠い間合いから攻撃できるという差別化もでき、相手の注意も分散できる。
「よし!」
航は意を決し屋渡に斬りかかった。
日本刀は光を放ち、その切断力を微々たるものだが高めている。
実はこの〝光る〟という特殊性こそ、航が今使用している能力の重要なヒントである。
同時にそれは、先に述べた絶大なブレイクスルーのヒントをも兼ねている。
「何ッ⁉」
航の斬撃を腕の槍で止めた屋渡は驚愕した。
影も形も無かった武器で突然攻撃されたのだから当然である。
だが、その表情はすぐさま歪んだ嘲笑に変わった。
刀が折れてしまったのだ。
「何だぁ、その鈍は?」
再び屋渡の槍が航の腹部の防具を砕き、彼を吐血させる。
今度ばかりは流石に耐えきれず、航も双葉と同じように膝を着いた。
「今のがお前の術式か? なんとまあ情けない。ま、お似合いではあるがな。」
屋渡にしてみれば、戦闘中にもかかわらず航に侮蔑の言葉をぶつけたくなるのも無理は無い。
だが、当然そんなことに意識を向ければ大きな隙が出来る。
これを見逃す新兒ではない。
「オラぁッ!」
氷の拳が顔面に炸裂する。
「鬱陶しい……。」
屋渡は両腕に加え、両脚、背中、尾骶骨、股間、そして舌に備わった伸縮自在の槍を畝らせる。
「小賢しい攻撃ばかりで姑息に足掻きおって! それで埒が明かんのはいい加減に鬱陶しい! 全部の槍を一気に使ってまとめて葬ってくれる‼」
蛇の様に撓る槍は全部で八本。
それが二本ずつ航、双葉、虎駕、新兒に襲い掛かる。
勿論虎駕は既に航と双葉の防具を作り直してはいる。
だが、それぞれを同時に攻撃され続ければ到底間に合わない。
万事休す。
その時だった。
巨大な火炎が屋渡を包み込み、彼を怯ませた。
「今度は何だ‼」
怒りで唸り、辺りを見渡す屋渡の目に飛び込んできたのは背中から炎を上げる三日月由奈だった。
「みんなが必死に戦っている。そんな中で自分だけ何も出来ないのは歯痒かった。一番年上なのにね……。」
「お前かぁ……。」
その両目は怒りに満ちた屋渡を、恐ろしくて仕方が無かった屋渡を真っ直ぐ見据える。
彼女は今、戦いに身を投じる勇気に満ちていた。
心の奥底に眠っていたそれを呼び覚ましたのは、三人の人物だった。
⦿⦿⦿
生まれて来る姿は誰にも選べない。
問題はそれを受け入れられるかだ。
ありのままの、生まれたままの自分を肯定できるかだ。
私は自分が醜悪だと認識するまで二十年も掛かってしまった。
例えば薬品を滴下してドロドロに溶かしてしまえば、歪んだ真珠は皆に愛される滑らかな真球を模ることが出来るだろうか。
そうだとして、それは私ではないだろう。
この歪んだ真珠こそが私。
私は死ぬまでこの醜さと共に生きる。
そう思えたのは単に彼のお陰だった。
ステージネーム『紅夜』、本名は有明孝也。
友人に連れられて行ったインディーズバンドのライブの対バン相手だった。
私は友人の本命だったバンドよりも、彼が歌う歪んだ愛の詩に興味を引かれていた。
彼を調べ、追い掛けている内に向こうも私を認識し、付き合うようになるまでそう時間は掛からなかった。
言ってしまえば、彼は私の性癖ではなかった。
私もまた、彼の性癖ではなかったらしい。
だが彼は私のこの歪な愛の形を美しいと言ってくれた。
彼がいれば、私は自分をありのままに受け入れることが出来た。
彼の存在が、私に私のままで生きることを許してくれた。
だが、死んでしまった。
この男に、屋渡倫駆郎に殺されてしまった。
再び私は、許されない存在に戻ってしまった。
あの人は私自身をも差し置いて、私の存在を許してくれるただ一人の人間だった。
あの人がいなければ、私など到底許されるべき存在ではない。
そう思っていた。
折野菱、確かに極悪人だと思う。
だけど教えてくれたのは彼だった。
別に紅夜がいなくても、私には何ら恥じるべきところは無いと彼は言ってくれた。
ただ真っ当に生きて来たという一点だけで、それだけで私はまともだと言ってくれた。
本当だろうか。
だって私は、きっと傷つけてしまっている。
この悍ましい狂気に目覚めた時、私は弟の翅のことをきっとどうしようもなく傷つけてしまっている。
私の最後の心残りは、弟に謝れなかったこと。
だがもしかしたら、この兄妹は私にそれを叶えてくれるのではないか。
「ねえ、兎黄泉ちゃん……。」
「なんですか?」
私は道中、彼女に尋ねた。
「私も逢いたい人がいるの。もう何年も前に死んでしまった人なんだけど、逢えるかな?」
「兎黄泉にはわかりません。お兄様が呼んで、その人が応えてくれたら逢えますよ。」
そうか、そうだよね。
そんなに何もかも都合良く行くわけがない。
「でも、兎黄泉は反対なのです。死んだ人が望むならともかく、生きた人が死んだ人にわざわざ逢おうとしても、時が経って変わってしまっていたりしてお互い傷つくだけだと思うのです。」
「うん……。」
わかっている。
でも、それでももう一度逢いたいと思ってしまう。
「お姉さんの場合、特に誤解を解かなければならないような恨みは抱かれていないので、そのままでいいと思うですよ。他人に聞いた言葉ですけど、ただ時々素敵な思い出として懐かしめばいいのではないですか?」
「え? 恨まれてない?」
「はい。死んだ人から恨まれていた人は、本人の魂が傍に居なくても黒い靄の様なものがへばりついているです。あの研究所にいた人はそんな人ばかりでした。お姉さんは別にそんなことはないので、別に誰からも恨まれていないと思いますです。」
恨んでいない?
翅は私を恨んでいない?
嗚呼、なんてことだろう。
私はただ自分の事が自分で好きになれないだけだった。
それをずっと、翅に責任転嫁していたんだ。
もしかしたら、今まで出会えた人達はそれを教える為に翅が私を導いてくれたのかな。
だったらもう、いい加減に独り立ちしないと。
私は私自身で私の真珠を愛し、輝かせなくては。
そのために、必ず生きて帰る。
みんなその為に戦っている。
だったら、私も……!
⦿⦿⦿
三日月由奈の背中から立ち上がる焔は正に真紅の翼。
それはよく見ると中空に浮かぶ正八面体の構造体、結晶が燃えるその火炎が連なって形作られている。
彼女は跳び上がった。
いや、舞い上がったと言った方が正確かも知れない。
火炎は彼女を包み込み、その体を空中に留める。
その姿は正に火の鳥である。
「今更何のつもりだ? 落ち零れの分際で……。」
屋渡は忌々し気に睨み上げる。
見下ろされているのが心底気に入らないといった風情だ。
「今になって漸く雌豚を卒業出来たのか。しかし、その割にはこの俺の言い付けを破って当たり前のように人間の言葉を喋っていたな。親として、不出来な娘にお仕置きしないとなあっ!」
屋渡が両腕の槍を振るおうとした、その瞬間だった。
鋭利に伸びた三日月の正八面体構造結晶が凄まじい速度で屋渡の頬を掠める。
腫れあがった傷口から赤い血が垂れて筋が出来たためか、この時彼は初めて冷や汗をかいた。
焼かれても傷が塞がらず、流血が止まらないのは、正に術式神為ならではの異常である。
「どうしたの? ビビった? 減らず口を叩いてみろよ。このチキン野郎!」
三日月のこの言葉は屋渡にかつてない怒りを剥き出しにさせた。
額にはっきりと青筋を立て、頬の傷から血潮を噴き出しながら屋渡は三日月に右腕の槍を伸ばす。
三日月は再び結晶を飛ばし、槍にぶつける。
凄まじい衝撃音と共に結晶は砕け散ったが、槍の勢いも完全に止まった。
「ぐっ!」
屋渡はその運動量に驚愕しながらも二の槍、三の槍を繰り出す。
恐るべき連続攻撃である。
しかし、三日月はこれを悉く結晶の発射で止めてしまっていた。
むしろ、腕二本では明らかに劣勢となった屋渡が両脚、恥骨、尾骶骨、背中、そして舌までフル動員して漸く互角と言った塩梅である。
二人は今、パワーバランスの拮抗状態にあった。
「みんな動いて! 私が屋渡を釘付けにする! 虻球磨君は危ないから双子を守る! 岬守君は長手の武器で屋渡の気を引く! 虎駕君はみんなを守りつつ岬守君のサポート! 久住さんは無理せず回復次第また屋渡を拘束! ここが踏ん張りどころよ!」
全員に指示を出す三日月は、大企業のキャリアウーマンとしてチームを引っ張ってきた本来の彼女に戻っていた。
そして、航は指示が出るより先に新しい武器に持ち替え、動いていた。
「おおおおっ!」
彼が選んだ長手の武器、それは掃除用のモップだった。
モップの先端、そこそこに鋭利になった部位で屋渡の頭部を殴打する。
「くっ! ここへ来てそんなふざけたものを!」
一見すると屋渡の言葉通りだが、航はただリーチが長くて武器になるものを欲したに過ぎない。
ただそれが偶々公転館の雑務で散々使い慣れたモップだっただけである。
ただそれを武器に出来るというイメージが彼にあっただけである。
そしてこれは単なるモップではなく皇國の技術を用いたある機能が備わっている。
「これでも食らえ!」
航はモップのスイッチを入れた。
それはほぼ無音ではあるが、強力な吸引力で屋渡の動きを阻害する。
これは、掃除機も兼ねているのだ。
吸い込んだゴミは別個になっているゴミ箱に直接転移されるらしい。
「ぐうぅっ!」
動きが悪くなると、三日月との押し合いに拮抗を保てない。
必然、三発の結晶をそれぞれ額、左肩、そして腹部に受けた。
さらに、虎駕の刃が屋渡を切り付ける。
この防御に左腕の槍を回してしまったため、更に左胸にも結晶を食らっていた。
まずい! 対応し切れなくなっている!――屋渡に焦りが募る。
更に、屋渡を追い詰める事態が重ねて発生する。
間が空いたものの、双葉の蔓が再び屋渡を縛り上げたのだ。
「くそぉっ‼」
屋渡はこれを解くまでにかなり結晶の被弾によるダメージを受けた。
止むを得ん、この際全部防ぐのは諦める!
大丈夫だ、俺の胴部の蛇腹は壱級為動機神体の武装程度にまでなら耐えられる。
胴部は三日月の攻撃に曝露して顔面だけを両腕両脚の四本で守る。
残り四人にそれぞれ一本ずつの槍を差し向け牽制し、俺に術式で攻撃する隙を与えない。
これで対応するしかない!――屋渡の槍が各目標に向けて分散する。
五対一で、両陣営はそれぞれの手を尽くす。
屋渡にとって最優先事項は、三日月由奈への対応である。
ただ槍を振るう屋渡と異なり、都度八面体構造の結晶を生成しては発射し、そして砕かれている彼女は明確に神為を消耗する。
いつまでも攻撃を続けられるわけではないので、彼女が弾幕を維持できなくなるまでひたすら顔面を守る。
弾幕の手を抜けば逆に彼女が攻撃を食らうよう、両腕両脚の槍を振るう。
航、双葉、虎駕は一本槍による攻撃を躱しながら、逆に屋渡を攻撃する隙を伺う。
新兒は雲野兄妹を守る為、敢えて肩に食らった槍を掴んで放すまいと握り締めていた。
「屋渡ぃぃっ‼」
航のモップ、掃除機の吸引が屋渡の動きを阻害する。
これにより、屋渡は鼻っ柱に被弾して血を流した。
「そんな玩具でっ! ふざけるのも大概にしろォッ‼」
屋渡はブチ切れ、双葉と虎駕に向けていた槍を一斉に航に向けた。
突然の、一瞬の出来事だった。
一の槍は当然虎駕の鏡で防いだがこれを砕き、二の槍三の槍が航の左肩を、そして右脇腹を貫通してしまった。
「ぐはっ‼」
仰向けに倒れた航は起き上がれない。
あっさりと戦闘不能に追い込まれてしまった。
「岬守‼」
「岬守君‼」
虎駕と双葉は屋渡に攻撃することも忘れ、悲痛な叫び声で航の名を呼んだ。
「久住ちゃん! 術式で岬守の傷口を縛って塞げ‼ 絶対に死なせるな‼」
自分に向けられた槍を抑えながら、新兒が双葉に咄嗟の指示を出す。
双葉はそれを受け、屋渡を縛る為の術式で航の応急処置を優先して行った。
この隙に空いてしまった屋渡の槍三本が三日月に向けられる。
自らの被弾を厭わない攻撃は拮抗を破り、三日月を守る鏡を砕いて肩と腿を貫いた。
この修復に、三日月の神為は大きく消費される。
「虎駕、対応しろ! 屋渡を自由にしちゃ駄目だ‼」
パワーバランスが崩壊し劣勢に追い込まれた彼らは、それでもなお生きる為に足搔く。
航もまた朦朧とした意識の中で、必死に自らの傷を修復しようとしていた。
第一章最終局面連続更新中
次回更新は、11月19日㈭
なお、第一章終了後は書き溜めの為更新に時間が空きます。




