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第二十話 運命の双子

前回


 岬守(さきもり)(わたる)虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)久住(くずみ)双葉(ふたば)を連れ去った為動機神体(いどうきしんたい)を追って雲野(くもの)研究所に潜入している間、殺人鬼・折野(おりの)(りょう)の監視に残された虎駕(こが)憲進(けんしん)三日月(みかづき)由奈(ゆな)武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)八卦衆の一人、土生(はぶ)十司暁(としあき)と交戦していた。

 優位に立った虎駕(こが)だったが油断から折野(おりの)(りょう)の解放を許してしまい、折野(おりの)土生(はぶ)と相打ちになり命を落とした。


 一方、怪しげな地下室を発見した(わたる)は中でハイテンションになった久住(くずみ)双葉(ふたば)と彼女の術式によって一面花畑になった部屋、そして酩酊する敵らしきものたちを発見した。

 異様な光景に困惑する航の前に、二人の小さな子供が姿を現した。

 神為(しんい)について皇國(こうこく)秘匿(ひとく)されている特性の一つに、双子の相互強化作用がある。

 特に一卵性双生児と男女の双子に関しては、互いの神為(しんい)に影響を与え合い加速度的に強化されて行くことがわかっていた。


 これは本来門外不出で皇國(こうこく)でも限られた人間しか知らない事実なのだが、あろうことか叛逆組織、武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)はこれを偶然把握してしまった。

 切欠は首領(しゅりょう)Д(デー)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)その人の子である椿(つばき)陽子(ようこ)道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)である。

 狼ノ牙(おおかみのきば)は彼らが互いの神為(しんい)を通常では考えられない程急速に高めた事から調査を行い、この事実を知ったのである。


 では、もし仮に一卵性でかつ男女の双子ならばどうなってしまうのか。

 実は、これはあり得るケースである。


 一卵性双生児の分裂前の卵子が性染色体XYだった場合一般的には男性となり(XYから女性となったりXXから男性になるケースも稀ながらあるので注意されたい。)、双子もまた両者とも男性になることがほとんどである。

 だが稀に分裂した片方の卵子からY染色体が欠落することがある。

 この場合、一卵性でありながら片方は性染色体XYで男性となり、もう片方は性染色体XOで女性となる(Oは性染色体の欠落を意味する)。


 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)はこのような双子を意図的に作り出し、絶大な神為(しんい)のアシストを得る事で、神皇(じんのう)の強大な神為(しんい)に対抗しようとしていた。


 雲野(くもの)研究所は嘗て、国土の豊穣(ほうじょう)を願い神為(しんい)によるエネルギーやその反応を食料生産に利用するために作られた国営の生体科学研究施設であった。

 

 だが、武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)はここに密かに人員を送り込んで乗っ取ってしまったのだ。


 そしてその設備を利用して、死体や生きた人間に対して非人道的な研究の数々が行われた。

 そんな中で生まれた集大成がこの双子、雲野(くもの)幽鷹(ゆたか)雲野(くもの)兎黄泉(とよみ)である。




⦿⦿⦿




 申し訳程度にみすぼらしい衣服を身に(まと)ったその二人はまだ十歳前後に見えた。

 だが双子の妹、兎黄泉(とよみ)が言うには精神の年齢と肉体の年齢は食い違っているのだという。


兎黄泉(とよみ)達は元々違う所、皇國(こうこく)でも貴方(あなた)達の国でもない日本で生まれた双子だったのです。もう元の名前は覚えていませんが、確か今年の四月には十八歳になったはずなのです。ふみゅ、何から話せばいいのでしょう。お伝えしなければならないことが多すぎますです。」


 十八歳、というには二人はあまりにも幼かった。

 ただ小柄だというばかりではなく顔つきも、話し方もひょっとすると体格以上に未熟に思えた。


 そして、唐突に出てきた『皇國(こうこく)でも自分達の国とも違う日本』という奇妙な概念。

 さらにまだまだ多くの情報があるのだろう、彼女は酷く混乱して伝えたいことを整理できていないようだった。


「まず、教えて欲しい。」


 困り果てた様子で首を傾げる兎黄泉(とよみ)に対し、岬守(さきもり)(わたる)は最も知りたいことを尋ねた。


(きみ)たちは狼ノ牙(おおかみのきば)とはどういう関係? 仲間かい?」

「違うよ。」


 即座に否定したのは兄の幽鷹(ゆたか)だった。


(ぼく)達、あの人達は嫌いなの。」


 この少年の方は、妹と違い見た目の年と相応の話し方をするだろうか。


(ぼく)達は……、ずっと出たかったの……。あの人達、嫌い……。酷いから、嫌い……。」

「お兄様、お兄様は兎黄泉(とよみ)以外の人と喋るのが苦手なのですから黙っていてくださいなのです。」

「ふにゅぅ……。」


 どうやら大して変わらないどころか、まだ妹の方がはっきり話す分マシなようだ。


「ええと、とりあえず(きみ)たちは狼ノ牙(おおかみのきば)にずっとこの場所に閉じ込められていただけで、あいつらの味方じゃないって事で良いかな?」


 (わたる)は念を押して尋ねた。

 答えるのはやはり妹、兎黄泉(とよみ)である。


「そうです。お兄様と兎黄泉(とよみ)は元々別の所で事故に遭って、死んではいないけど目が覚めなくなってしまっていたのです。そのあいだに私たちの国は皇國(こうこく)()()()()()()、さらにあの人達につかまって、今の体に心を入れ替えられてしまったのです。その時、半分くらい記憶も無くなってしまいましたです。」


 次から次へと奇妙な言葉が飛び出してくる。

 とりわけ(わたる)が気になったのは、別の体に彼らの心を入れ替えたという狼ノ牙(おおかみのきば)の所業であった。


「どうしてそんなことを……。」


 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)が身勝手に他人の運命や人生、尊厳を(もてあそ)ぶことはもう散々思い知っているので今更そこに驚きは無いのだが、これまで彼らがされてきたものと違い、目的が見えない。


「あの人達は多分、強い神為(しんい)を持った都合の良い道具が欲しかったのです。それでこの体を作った。でもどうやら作ってみたはいいもののうまく動かなかったようなのです。入ってみてわかったのですが、この体は空っぽだったです。」

「空っぽ?」

「お兄様と兎黄泉(とよみ)は一度自分の体を離れたせいか、自分や他の人の魂がわかるようになったのです。」


 〝魂〟という、聞き慣れているが故に現実感のない単語は(わたる)を更に怪訝(けげん)の渦へと際限なく呑み込んでいく。

 疑念と混乱を隠すこともできずに首を傾げる(わたる)に構わず、兎黄泉(とよみ)は言葉を続ける。


「それで、二人は事故で目が覚めないまま病院で五年、捕まってから今の体に閉じ込められたままここで五年生きてきたのです。」


 十年間、二人は外界から遮断されてきたということか。

 もし元の体で生まれて十八年経ったというのなら、人生の半分以上を朦朧(もうろう)とした意識の中で過ごし、経験としては八年分しか積めていないことになる。


 それでこの幼さなのか、と(わたる)はその一点だけようやく腑に落ちた。


「じゃあ、ここで(ぼく)達を待っていたというのは?」

「そこのお姉さん、初めての人だったの。」

「捕まってきた久住(くずみ)双葉(ふたば)さんは(わたし)たちの所に来た、あの人達以外の初めての人だったのです。だから力を貸してあげて、ここの人達をやっつけてもらいましたです。」


 二人の言葉に、(わたる)は相変わらず浮かれている双葉(ふたば)へと目をやった。

 一体彼女は今どういう状態なのだろうか。

 普段の大人しい彼女とはかけ離れたその様子に、(わたる)はどうしても心配になってしまう。


久住(くずみ)さん、大丈夫なのか?」

「大丈夫。あれは今だけ。」

「お兄様が神為(しんい)を貸してあげたので、今だけ自分の持つ神為(しんい)を超えて気分が良くなっているだけです。その内神為(しんい)と一緒に元に戻るので心配いりませんです。」


 事の顛末(てんまつ)の中で当然のように告げられる新たな事実に(わたる)はほんの少し引っ掛かりを覚えた。


神為(しんい)って貸し借りできるんだ……。」

「そのために、(ぼく)たちは作られたの。」

「強力な神為(しんい)を持ち、誰かに貸してあげる事が出来る。それが兎黄泉(とよみ)たちの役割だそうなのです。」


 必要に応じて受け取る。――そんな言葉が(わたる)の頭に浮かんできた。

 彼らは人間性を無視した道具、機関として生み出されたという事か。

 いかにも狼ノ牙(おおかみのきば)が考えそうなことだった。


 だが、そんなことは今や大した話ではない。


 双葉(ふたば)も見つかった今、後は虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)と共に虎駕(こが)憲進(けんしん)達と合流し、日本への帰国を目指すだけだ。

 あと一日二日歩けばもうその目途は付く。

 そうなればもう神為(しんい)のようなものと関わることは一生無いだろう。


(きみ)達、一緒に来るかい?」


 (わたる)幽鷹(ゆたか)兎黄泉(とよみ)と目線を合わせ、二人に尋ねた。

 話を要約すると、この兄妹も自分達と同じように狼ノ牙(おおかみのきば)拉致(らち)された様なものだ。

 ならば然るべき機関に保護されなければならないだろう。

 日本政府が彼らをどう(ぐう)するかはわからないが、人権擁護の必要上悪いようにはできまい。

 少なくとも狼ノ牙(おおかみのきば)の手から逃がし公の人間の下へ送り届けるべきだ。

 勿論、自分達と共に行動することに懸念点が無いわけではないが、それでもこの場に置いて行くわけにはいかないだろう。


「うん。(ぼく)達、そうしたいゆ。」

「そのために(わたる)さんにお話ししましたです。二人は皇國(こうこく)の子でもないし、多分皇國(こうこく)じゃ()()()()()()ので、できれば貴方(あなた)達の日本に連れて行って欲しいです。」


 話は決まった。


「じゃああともう一人、(ぼく)とここに来た人がいるから彼と合流して一緒に行こう。」


 (わたる)は膝を伸ばし、夢見心地にいる双葉(ふたば)の腕を引く。


「ほら、久住(くずみ)さんもそろそろ行こう。あと、悪いけど術式も解いてくれないか? これじゃ進みにくいよ。」

「んもぅ……。こんなに綺麗に咲いてるのにぃ……。」

「その代わり、あの二人に服を用意してくれると助かるな。極細の(つる)()んであげたり、できる?」


 (わたる)の要望に、双葉(ふたば)は得意気な顔をして手を二人に(ひるがえ)した。

 すると辺り一面に咲き誇っていた花が千切れ、細かく裂けた茎を繊維、潰れた花弁(はなびら)を染料として子供サイズの衣服が二人分あっという間に作り上げられた。


「ふにゅ、お姉さん、ありがとう。」

「色遣いが素敵です。」

「一応、絵に関わる仕事を目指してたからねぇ。」


 双葉(ふたば)の誇らしげな表情は気分の高揚だけでなく、自身のセンスを褒められた素の喜びも少なからず混じっている様に思えた。

 そんな様子を見て(わたる)は、かつて彼女の自作漫画を勝手に読まないように配慮したことを思い出していた。

 もしかしたら、改めてちゃんと読ませて貰った上で感想を言った方が良かったのだろうかと、ほんの少しだけ機を逸した悔いを覚えた。


「じゃ、行こうか。」


 地下室を出るよう促す(わたる)に対し、幽鷹(ゆたか)兎黄泉(とよみ)は付いて来るでもなく顔を見合わせている。


「どうしたの?」


 声を掛けた(わたる)に対し、兄妹は二人同時に顔をまっすぐ向けた。


「その人、居場所がわかると思うの。」

「案内してくれる魂があるのです。三人分。」


 三人分、という具体的な数が引っ掛かる。

 (わたる)はこの二人に従った方が良いと、直感的にそう思った。


「わかった。(きみ)たちに付いて行こう。」


 二十歳過ぎの男女と、見た目十歳前後の兄妹は花畑が消え研究員が横たわるばかりとなった地下室を後にした。



⦿⦿



 抜け殻の様になった彼は、さめざめと泣くことしかできないでいる。


 苦労を掛けた分穏やかな余生を過ごして欲しかった両親、誰よりも可愛く幸せになって欲しかった妹、そんな家族との久々の旅行は、掛け替えのない楽しい思い出の一つとして末永く共有されるはずだった。

 だがそれは、彼が拉致(らち)されてしまったことにより不本意ながら中断を余儀なくされ、ケチが付いた。


 それだけならばまだ良い。

 それだけならば帰り着くことさえ出来ればまた新しい思い出を作り直せば良い。

 だが、それは二度と叶わない。

 彼の家族はあの旅行を最期に皆殺しにされてしまっていた。


 その事実は彼が今血を流しているどんな傷よりも深く心を(えぐ)り、立ち直るにはあまりにもダメージが重すぎる。


 その光景は、破れた入り口からに入室した(わたる)双葉(ふたば)が事の顛末(てんまつ)を察するに十分な痛々しさを放っていた。


虻球磨(あぶくま)……。」


 (わたる)に声を掛けられ、虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)は虚ろな目を彼の方へ向けた。


岬守(さきもり)か。それに久住(くずみ)ちゃん、無事で良かったなあ……。」


 いつもの明るさ、(やかま)しさが微塵も無い(かす)れた声だった。

 彼の無駄に元気な振る舞いは馴れ馴れしく厚かましい所はあったものの、少なからず(わたる)達のムードメーカーとなっていた部分はある。


 彼がこうなる理由に(おおよ)その見当がついてしまうのは、それだけ彼が自慢げに家族、とりわけ妹の話をよくしていたからだ。

 それは見ているこちらまで辛くなってくる推察であった。


 (わたる)には次に掛ける言葉が見つからない。


 そんな彼の(もと)に、先程出会った幼い兄妹が駆け寄る。

 彼らがついて来たいきさつを知らない新兒(しんじ)だったが、彼には最早それを尋ねる気力すらない。

 ただ呆けた顔で兄妹の顔を見上げていた。


兎黄泉(とよみ)ちゃん……。」

「そうですね、お兄様。もうお兄様は()()()()()()()()()()()ので、今度は兎黄泉(とよみ)が貸してあげるです。」


 (わたる)双葉(ふたば)、それから新兒(しんじ)が疑問を挟む暇もなく、兎黄泉(とよみ)の体が光を放つ。

 その光は辺り一面を包み込み、あたかも別の世界へといざなったかのように(わたる)双葉(ふたば)、そして新兒(しんじ)の見える景色を変えてしまった。




⦿⦿⦿




 神為(しんい)によって強化されるのは何も単純な身体能力ばかりではない。

 例えば人間の感覚や認識能力もまた神為(しんい)が高まれば上昇する。

 虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)自身、視力の向上は自覚していたことだ。


 今、雲野(くもの)兎黄泉(とよみ)によって神為(しんい)を借り受けた三人は、その認識能力を大幅に強化されている。

 それは、普段見えないその場に存在する霊魂を感知する事が出来るほどに。


 元々目が良くない双葉(ふたば)朧気(おぼろげ)(もや)の塊にしか見えず、その場で何が起きているか把握する事は出来ない。

 (わたる)は視力に問題は無いが、神為(しんい)が乏しいため強化されても双葉(ふたば)と同じようによくわからない。

 二人はただなんとなく、そこに三人分の魂があると分かるだけである。


 十分な神為(しんい)を備え、さらに元々目が良い新兒(しんじ)だけが、そこにいるのが誰なのか理解できた。


「親父、お袋、千草(ちぐさ)……。」


 憔悴(しょうすい)しきった新兒(しんじ)を穏やかな表情で見下ろしていたのは死んだ彼の家族であった。

 父の虻球磨(あぶくま)敦毅(あつき)、母の虻球磨(あぶくま)(りん)、そして妹の虻球磨(あぶくま)千草(ちぐさ)が家族でただ一人遺された青年と最期の語らいを交わすために現れたのだ。


「ごめん。(おれ)、暴れる事しか能が無くて家族や色々な人に散々迷惑を掛けたのに、肝心な時に役立たずで、誰一人守れず一人だけ生き残っちまったよ……。」


 涙ながらに謝罪する息子に、まず父が首を振って答える。


『何を言っているんだ。それは父親である(おれ)の役目だぞ。妻と娘を死なせ、息子のお(まえ)を酷い目に遭わせてしまったことを謝らなくてはならないのは(おれ)の方だ。お(まえ)が気に病むことじゃない。』


 頭にそっと置かれた父の手は小さかったが、暖かく、そして優しかった。


「でも(おれ)、何も親孝行できなかった……!」

『真っ当に生きてくれればそれでいい。お(まえ)の将来を悲観せず、楽しみにすることが出来るようになっただけで十分だ。そのことを考える何気ない時間が(おれ)にとってどれほど幸せだったことか……。寧ろお(まえ)に感謝したいくらいだよ。』


 生前は滅多に聞けなかった父の優しい言葉に、枯れたように思えた新兒(しんじ)の涙がまた(まぶた)の裏から(あふ)れてくる。


「だけど、家族みんなを殺したって言われた時、頭に血が上っちまってそいつのこと殺しちまうところだったんだよ。家族三人がかりで止めてもらわなきゃ、今度こそ取り返しのつかないことをしちまってた。(おれ)、全然大丈夫じゃなかったんだよ……。」

『それは違うわ。』


 今度は母が首を振り、頬にそっと手を添えた。


(わたし)達は何もしていない。もし(わたし)達の姿を見たのなら、それは(しん)ちゃんが自分で(わたし)達のことを思い出して思い止まったのよ。貴方(あなた)はちゃんとしているわ。だから大丈夫。』


 両親の微笑みが新兒(しんじ)の乾き切った心を少しずつ潤していく。


有難(ありがた)いなあ……。もう一度話が出来て嬉しいよ。ただ、なあ……。」


 新兒(しんじ)は視線を両親の後ろに控える妹の方へやった。


「ただ千草(ちぐさ)(おれ)だってお(まえ)の将来は楽しみにしていたんだよ。それがこんな形で終わってしまって、それだけはどうしても受け入れられねえよ……。お(まえ)(おれ)の全てだったからなあ……。」


 妹、千草(ちぐさ)は再び泣き出した新兒(しんじ)の手をそっと握る。


『ごめんね、先に行っちゃって。辛い思いをさせちゃったよね……。』

「違う! 責めたんじゃない! 何でお(まえ)が謝るんだ! ただ、どうしていいかわからないんだよ。」

『忘れないでいてくれればいい。だから生きて。真面目に生きて、幸せになって。』


 顔を上げた新兒(しんじ)の目の前で、妹は朗らかに笑っていた。

 だが、まだ彼は前に進めないでいる。


「無理だよ。忘れられないのに幸せになんてなれない。なあ、一人にしないでくれよ。やっぱりまだ家族みんなに(そば)にいて欲しいんだよ。急にこんなことになって、二度と逢えないなんて寂しいじゃないか!」

『お兄ちゃんは一人じゃないよ。仲間がいるし、きっと素敵な人だって現れる。寂しいならまた夢で逢いに来てあげる。でも、いつかは(わたし)達がいなくても歩けるようになって欲しい。忘れないって言うのは、引き()る事じゃないの。ただ幸せになって、時々綺麗な思い出、光り輝く人生の一(ページ)として懐かしんでくれればいいから……。』

千草(ちぐさ)……。」


 新兒(しんじ)は自らの手を妹の手に重ねた。


『だから前を向いて歩いて、真面目に生きて、幸せになって。それが(わたし)たちの生きた証になるから。』


 家族三人が笑顔で新兒(しんじ)を取り囲んでいる。

 (ようや)く、新兒(しんじ)の表情にうっすらと光が戻って来た。


「わかったよ。(おれ)、頑張って歩く。(おれ)(おれ)の家族が生きた証になるってんなら、何とか前に進める気がするよ。ありがとう、逢いに来てくれて。」


 彼のその言葉を聞き、三人は安心したように笑うと、その姿は次第に薄れ始める。


『じゃあ、(おれ)達はそろそろ行くからな。ちゃんと生きるんだぞ。』

『愛してるわ、(しん)ちゃん。』

『またね、大好きなお兄ちゃん。』


 辺り一面が光に(あふ)れ、家族三人の霊魂が包み込まれて行く。

 新兒(しんじ)は彼らが消えていくことを悟り、最後に笑って見せた。


「じゃあな……。」


 新兒(しんじ)がそう呟くと同時に、その場を取り巻いていた幻想は影も形も無く消え去った。




⦿⦿⦿




 その場には元通りの滅茶苦茶になった所長室の中で生きる気力を取り戻した新兒(しんじ)と、そんな彼を見守る彼の仲間、そして幻想を(もたら)した幼い兄妹、後一応ついでに、気絶しているこの部屋の主が取り残されるばかりとなった。


虻球磨(あぶくま)、もう立てるか?」


 (わたる)新兒(しんじ)の表情が変わったことを受け、彼に手を差し伸べた。

 新兒(しんじ)は小さく笑うと、(わたる)の手を取って立ち上がる。


「悪い、心配かけちまったな。」


 そして見慣れない兄妹の方へと目をやると、彼が家族にそうして貰ったように二人の頭に優しく手を置く。


「お(まえ)達がみんなに逢わせてくれたのか? 初めましてだけどいい子達だなあ。ありがとうよ。」


 幽鷹(ゆたか)兎黄泉(とよみ)はその手の優しさからか、子犬の様に屈託の無い笑みを浮かべた。


「ふにゅぅ、家族にはまた会えるよ。」

「ふみゅぅ、お空の上からかは知らないですけど、夏になると大きな坂を通ってこの世界に旅行に来て楽しんでいる魂も多いです。新兒(しんじ)さんも最期まで生きたらその後で家族一緒に旅して周ればいいですよ。」


 何故か三人の名前を知っていること、死んだ人間の魂がわかる事、神為(しんい)を貸し与えられる事など、実に摩訶不思議(まかふしぎ)な兄妹である。

 だがその笑顔には不気味な邪心は見られず、ただ純粋な少年少女の愛嬌を小動物の様に振りまいていた。


「じゃあ、行こうか。きっとみんな待ってる。」


 (わたる)の号令と共に、五人は雲野(くもの)研究所を後にした。




⦿⦿⦿




 倭岡(しずおか)州から首都統京(とうきょう)へ上る高速道路を一台の車が走っている。

 運転するのは水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)

 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)を離れた彼女がこの時こんな場所を走行しているのには様々な理由がある。


 碧森(あおもり)支部から磐手(いわて)支部の道のりは900(キロ)近くあり、首領(しゅりょう)Д(デー)を自動車で送り届けるべく昼過ぎに出発すると、必然的に辿り着く頃のは深夜になってしまう。

 そこから休息をとって、翌日回転翼機(ヘリコプター)で本部へ戻る手筈になっていたが、磐手(いわて)支部では前日ある理由で回転翼機(ヘリコプター)を使えない状態にしていたため、その復帰に半日かかってしまった。

 さらに磐手(いわて)支部の操縦士が全員前日から体調を崩している念の入れようだったので、早辺子(さえこ)回転翼機(ヘリコプター)を操縦して本部まで付き従う破目(はめ)になった。


 結局、早辺子(さえこ)首領(しゅりょう)Д(デー)を本部まで送り届ける為に丸二日を要し、丁度(わたる)達が雲野(くもの)研究所で一悶着あった頃に(ようや)く自由の身になれたのだ。


 彼女は首領(しゅりょう)Д(デー)とその娘息子を巫璽山(ふじさん)の組織本部へと送り届けた後、屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)を補佐するという名目で彼らから離脱していた。

 勿論、そんな理由は出まかせであり、最早狼ノ牙(おおかみのきば)に用の無い彼女は姉の居場所を知るという仁志旗(にしき)(れん)と合流するために統京(とうきょう)へと向かっていた。


 そんな彼女に電話の着信が入る。

 彼女はその相手を確認すると、捨て置けないと思い応答することにした。


「電話に出ます。繋いでください。」


 運転中なので、音声で電話に指示を出す。

 すると相手と繋がり、男の声が聞こえてきた。


水徒端(みとはた)君か。』

推城(つきしろ)様、どういったご用件でしょうか。」


 推城(つきしろ)朔馬(さくま)水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)が名を連ねる皇道保守黨(こうどうほしゅとう)の青年部長であり、ある大人物の秘書を務める男だ。


明治日本(めいじひのもと)の政府から遣いがあり、消息が掴めなかった(きみ)の連絡先がやっと把握できた。まさかあのような組織に身を置いていたとはな……。』

「申し訳ございません。全てが終わればいかなる罰もお受けしますので今(しばら)くの御猶予(ごゆうよ)を頂きたく存じます。」

『それはいい。我が主も連中の情報が(きみ)から入るなら不問にすると仰っている。だから早く戻れ。』

「恐縮です。しかし、(わたくし)にはまだやらなければならないことが御座います。ですから…」

『ならん。』


 早辺子(さえこ)の言葉を遮る推城(つきしろ)はどうやら訳知りの様子だ。


水徒端(みとはた)早芙子(そうこ)の詮索をこれ以上続けることは許さない。』

「何ですって⁉ どういうことですか?」

『それを問うことも許さない。何も()かずにただその身でこちらに()せ参じろ。』


 許さない、とだけ言われて納得する早辺子(さえこ)ではない。

 彼女は(しば)し沈黙する。


『繰り返す。水徒端(みとはた)早芙子(そうこ)に関する一切の詮索を完全に中止し、早急(さっきゅう)にこちらまで帰還せよ。良いか、これは(わたし)の命令ではない。』

推城(つきしろ)様ではない、という事はもしや……。」

『そうだ。これは我が主、(きのえ)夢黝(むくろ)前内閣総理大臣閣下の御意向だ。故に逆らうことは許されない。良いな。』


 (きのえ)夢黝(むくろ)六摂家(ろくせっけ)でも最も力がある大貴族、(きのえ)家の当主であり、現総理能條(のうじょう)緋月(ひづき)の先代で、議会への影響も未だ絶大である。

 事実上、皇國(こうこく)臣民の頂点に立つ人物であり、その名を出されるといくら早辺子(さえこ)でも拒否し続ける事は出来ない。


(かしこ)まりました。速やかに戻ります。」


 電話が切れた。

 勿論こんなところで終われない彼女は、最後の賭けとして一人の男に電話を掛けることにした。


仁志旗(にしき)(れん)、様に電話を繋いでください。」

『お繋ぎします。』


 コール音が二回鳴った後、電話が繋がった。

 しかしそこから聞こえた来た声は、仁志旗(にしき)のものではなかった。


 聞き慣れた蛇蝎(だかつ)の如く嫌う男の邪悪でドスの効いた声がおどろおどろしく車内に響き渡る。


仁志旗(にしき)に何の用だ、(おうぎ)?』

屋渡(やわたり)⁉」


 早辺子(さえこ)が驚き声を上げると、電話口から狂気に満ちた笑い声が長々と聞こえてきた。


『目的は知らんが、やはり仁志旗(にしき)と結託して我々を裏切っていたようだな。だが、お(まえ)の頼る相手は既に粛清した。次はお(まえ)の愛しの岬守(さきもり)様だ。そして最後にお(まえ)も殺す。何処へ逃げようが見つけ出して必ず殺す。首を洗って待っていろ、出来損ないの尻軽女!』


 屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)は一方的に(まく)し立て、電話を切った。

 姉へと繋がる全ての道筋を断たれた早辺子(さえこ)はそれでも車を走らせる。


 姉は生きているという、仁志旗(にしき)の遺した言葉と、岬守(さきもり)(わたる)の無事を願う心をただ胸に仕舞って……。

雲野(くもの) 幽鷹(ゆたか)

西暦2007年(皇紀2667年) 4月4日生(肉体を入れ替えられる前の実年齢)

身長:135㎝

体重:30㎏

血液型:Oh


雲野(くもの) 兎黄泉(とよみ)

西暦2007年(皇紀2667年) 4月4日生(肉体を入れ替えられる前の実年齢)

身長:128㎝

3サイズ:B58 W49 H64

血液型:Oh


次回更新は、11月8日㈰

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