表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/152

第十九話 惡の華

前回


 雲野(くもの)研究所に潜入した虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)は対峙した武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)八卦衆の一人、梶ヶ谷(かじがや)群護(むらもり)を覚醒した術式で辛うじて倒すも、彼から聞かされた家族皆殺しの真実にうちの召されてしまう。

 一方で岬守(さきもり)(わたる)は遭遇した弐級(にきゅう)為動機神体(いどうきしんたい)をどうにか全て破壊し、新兒(しんじ)と合流しようとする最中で地下室を発見する。

 折野(おりの)(りょう)は自身の悪性に揺ぎ無い自信を持っている。


 (ののし)りたければ勝手に(ののし)るがいい。

 (あざけ)りたければ勝手に(あざけ)るがいい。

 (かば)いたければ勝手に(かば)うがいい。

 憧れたければ勝手に憧れるがいい。

 悲しみたければ勝手に悲しむがいい。

 (ゆる)したければ勝手に(ゆる)すがいい。


 そんなことは自分のしてきたことに何の関係も無い話だ。

 悪の悪たる所以は己の所業という絶対的事実である。


 どれ程の存在がどの様な態度でそれに臨もうと、変わらない。

 時計を逆さに回してみたところで罪を犯したという事実は変えられない。


 その真理の前では罵倒も、嘲弄(ちょうろう)も、庇護も、憧憬も、悲哀も、容赦も、誰の何も無意味だ。


 母親の首を絞める父親を背後から酒瓶(さかびん)で殴り、父親とそのまま乱闘になり、割れた(びん)の破片で父親を刺そうとしたところ庇った母親を刺してしまい、そしてそれも空しく暴れたことが(たた)って妻と仲良く失血死した父親を見て、折野(おりの)(りょう)はそう自分を誇った。


 彼は自分が善人である可能性の全てを恒久的に排撃する。


 たとえ死んだ両親が目の前に現れて己を(ゆる)そうが、折野(おりの)(りょう)という存在が親殺しであるということに一抹の変化も影響も無い。

 この世の終わりまで、折野(おりの)(りょう)という人間の魂はそう定義づけられる。


 それが彼の悪としての信念であり、矜持であった。



 そんな彼が三日月(みかづき)由奈(ゆな)という女に強い憧れを抱いてしまった理由、そして彼女に普通と断ぜられたことに強いショックを受けてしまった理由は、今なお彼自身にもわかっていない。




⦿⦿⦿




「くっそぉ~、この餓鬼……。」


 土生(はぶ)十司暁(としあき)は思わぬ苦戦に苛立っていた。

 為動機神体(いどうきしんたい)に加え、生身の戦闘でも後れを取ろうとしている事実は極めて屈辱的であった。


「何だ? デカいだけで大したことないな!」


 虎駕(こが)憲進(けんしん)の挑発は男を更に苛つかせる。

 この言葉は彼のコンプレックスそのものだった。


「生白い貧弱なガキが、ちょっと使い勝手のいい術式に目覚めたからって調子に乗りやがってぇっ!」


――術式神為(しんい)散尽爆光(サンジンバッコォ)――


 土生(はぶ)の掌にテニスボール大の光球が作られ、それは投げつけられると虎駕(こが)を爆炎に包み込んだ。

 彼の術式は手投げ式の小型爆弾となるこの光球を作るという単純なものである。

 ただ、神為(しんい)によってさらに強化された彼の巨体が生む強肩と、激しい(きら)めきによる視認性の悪さが回避を困難にしている。


 (ひとえ)に術式の相性によって、おそらく彼は戦えば先日一悶着合った仲間の梶ヶ谷(かじがや)群護(むらもり)をねじ伏せることなど容易いだろう。

 だがまさにそれと同じ理由で、虎駕(こが)憲進(けんしん)にはまるで通用していない現状があった。


 虎駕(こが)の作り出した障壁は硝煙から徐々に土生(はぶ)の姿を映して現れ、その鏡面が無傷であることを示していた。


「くそっ! またその厄介な鏡かよ……。」

「もうわかっただろう。お(まえ)の攻撃は(おれ)には通用しない。さっさと久住(くずみ)を返して去れ!」


 鏡に映された土生(はぶ)の姿が(おぼろ)に薄れ、その向こう側に守られた虎駕(こが)が姿を現した。

 彼は土生(はぶ)と対峙しながら、同時に折野(おりの)への警戒も忘れるわけにはいかない。

 その厄介さは、三日月(みかづき)由奈(ゆな)が監視しつつ妙な動きがあったら即座に虎駕(こが)(しら)せる、という形で分担して対処していた。


 つまり虎駕(こが)は、ある程度土生(はぶ)の相手に集中できる。


 土生(はぶ)は光球を低め狙いで虎駕(こが)に投げ付けてきた。

 しかし、狙いはどこであれ障壁を作ってしまえば関係無い。

 ただ爆煙と共に土埃(つちぼこり)を大量に巻き上げるのみである。


「何度やっても同じことだと……。」


 虎駕(こが)が言い終わらない内に、土生(はぶ)が突然彼の目の前に現れた。

 土埃(つちぼこり)を巻き上げたのは地面を(えぐ)り、障壁の下に潜り込める隙間を作る為だったのだ。

 至近距離に迫った土生(はぶ)の手に光球が作られる。


「くっ!」


 咄嗟の事だった。


 虎駕(こが)の術式は何も防御のみに用いるものではない。

 鏡面とはすなわち金属、主には銀幕である。

 それが自身の付近に自由な形状で生成できると同時に、攻撃的な用途として薄く、鋭く、しなやかな刃で瞬時に対象物を切り裂くこともできるのだ。


 土生(はぶ)の攻撃は不発に終わった。

 一瞬早く、虎駕(こが)の形成した金属が彼の右手を切り落としたからだ。


「ぐあああああっッ‼」


 土生(はぶ)は右腕を押さえて(うずくま)る。

 瞬時に動脈を圧迫し、止血する様は流石元職業軍人である。


 だが、彼は自身の強みを完全に失ってしまった。


 いかに守護神為(しんい)の常識を超えた高い修復力と言えど、欠損した部位を再び生やす事は出来ない。

 肉が(えぐ)れた程度、骨が砕けた程度、内臓が潰れた程度、神経が切れた程度なら体に残っている限り元に戻るが、完全に肉体から離れてしまった部位を一から生やす事は出来ない。

 例外としては爪や歯、髪の毛など、常時新たに生える機能や人生のうち一度だけ生え変わる機能が生態として備わっている場合であるが、基本的に失った手足は戻らない。


 右手を失った以上、彼はもう為動機神体(いどうきしんたい)の起動状態維持と操縦を同時に行う事は出来ない。


 そして普通なら、ここで勝負も決まりだろう。

 だがそれは、お互いが通常の精神状態であればの話である。


「お、おい……。それじゃもう戦えないだろう? さっさと帰って手当しろよ。(おれ)達は久住(くずみ)を返してくれて、無事日本に戻らせてもらえればそれでいいんだよ……。」


 虎駕(こが)は恨めしそうな目で自身を見上げる土生(はぶ)を青ざめた表情で気後れしながら見て言った。

 脈拍は上がり、呼吸は荒くなり、声も震えている。


「あのバカ、敵の手を切っちまってビビッてやがる……。」


 そんな彼の様子を見て、折野(おりの)(りょう)は舌打ちする。


「彼、大丈夫なの?」


 三日月(みかづき)由奈(ゆな)虎駕(こが)折野(おりの)を交互に見て呟いた。

 それに対し、折野(おりの)は鼻で笑って彼女の言葉を否定する。


「大丈夫な訳ねえだろ。考えてもみろ、あいつはつい先月まで喧嘩もしたことねえ大学生の坊ちゃんだったんだぜ? どれだけ強い力を手に入れようが、それを使うやつの中身はそう簡単には変わらねえ。あいつは(おれ)虻球磨(あぶくま)と違って誰かを傷つけて血を見るのに慣れてねえし、苦痛に(うめ)く相手を構わず追い込むことなんか出来ねえよ。」


 折野(おりの)の懸念は当たっていた。

 実際、戦意を喪失しかかっているのは圧倒的優位に立ったはずの虎駕(こが)であった。


 それは、彼が実戦、命のやり取りの現場を知らないが故の不覚だった。

 対する土生(はぶ)は、腐っても元プロである。

 そうした相手の心の機微を敏感に察知する。


莫迦(ばか)がよォッ!」


 土生(はぶ)は残った左手で光球を虎駕(こが)に投げ付ける。

 勝負あったという油断と相手を欠損させた動揺から虎駕(こが)は反応が遅れ、ただ飛び退()いて避けるだけで精一杯だった。


「し、しまったぁっ!」


 光球が三日月(みかづき)の背中に向かって飛んでいく。

 虎駕(こが)は必死で金属の障壁を作って守ろうとするが、間に合わない。


 その猛威が炸裂して激しい爆炎を上げる光景に、虎駕(こが)は激しい後悔と自責の念に苛まれていた。

 しかし、攻撃を受けて倒れていたのは三日月(みかづき)由奈(ゆな)ではなく折野(おりの)(りょう)だった。


折野(おりの)さん⁉」


 彼は咄嗟(とっさ)に彼女を庇い、盾になったのだ。


折野(おりの)! すまん、(おれ)の一生の不覚だ‼」


 虎駕(こが)が慌てて二人の許に駆け寄る。

 しかし予想に反し、折野(おりの)は不気味に笑いだした。


「ククク、ははははは! 確かに不覚だなぁっ! だが、謝る事じゃねえぜ!」


 煙を上げながらも手を着いて起き上がろうとする折野(おりの)を見て、虎駕(こが)は彼の意図するところを察してたじろいだ。


「礼を言うぜ。これで久住(くずみ)の術式に縛られていた(おれ)の腕は自由になった!」


 久住(くずみ)双葉(ふたば)が彼の腕を縛っていた蔓は爆発によって切れていた。

 起き上がった折野(おりの)は伸び伸びと両腕を広げ、高らかに自由を(うた)い上げる。

 それはこの場における力関係が完全に入れ替わったことを意味していた。

 折野(おりの)(りょう)拉致(らち)されたメンバーの中で地力では最も強い男である。

 次点の虎駕(こが)が優位だったのは、彼が両腕を封じられていたからに過ぎない。


 そしてこの最強の男は、同時に最も危険な人間性の持ち主である。

 その最凶の男は狂気に歪んだ笑みを(たた)えて駆け出した。


 自身に向かってくる折野(おりの)を止めようと、虎駕(こが)は金属の障壁を作る。


「無駄だ!」


 折野(おりの)が鏡面に映った自分の姿に手を当てると、壁は粉々に砕け散った。


 折野(おりの)(りょう)の術式は、極めて破壊力と殺傷力の高い能力である。

 その掌で触れて発氣(ほっけ)神為(しんい)の要領で神為(しんい)を送り込むと対象物を、神為(しんい)量次第ではどんなものでも(ひび)割ることができる。

 例えば地面を広範囲に割ったり、鏡面を作る金属箔や硝子面を砕いたり、そしてそれらよりももっと容易に人体を破壊する事だって出来るのだ。


 ゆえに、折野(おりの)虎駕(こが)に腕を振るったとき、虎駕(こが)は死を覚悟して目を固く(つむ)った。


 しかし、不可解なことに折野(おりの)虎駕(こが)を腕で払い除けただけだった。

 虎駕(こが)はその場に尻餅を突いた。


「邪魔だ!」


 彼が駆け寄った先の相手は、片手を失った土生(はぶ)十司暁(としあき)だった。

 驚いた土生(はぶ)咄嗟(とっさ)に光球を折野(おりの)に投げ付け、彼を爆炎で包み込んだ。


「げっほ……。くそっ!」


 折野(おりの)(うずくま)って血を吐いた。

 土生(はぶ)の術式は単純極まりないものだが、当たるとその破壊力は大きく、ダメージは深刻である。

 彼は先に背中で受けた時、既に迎え撃つ攻撃を回避することに頭が回らないほどダメージを受けていたのである。

 そして、二度目の被弾は回復したばかりの彼の命を再び脅かしていた。


莫迦(ばか)が、さっさと逃げれば良いものを……。」


 土生(はぶ)折野(おりの)の頭を蹴り飛ばそうと足を振り上げる。

 しかしその時、折野(おりの)の手が軸足を掴んだ。


「ぎゃああああっっ‼」


 土生(はぶ)の左脚は粉々の肉片となって崩れ落ちてしまい、彼はその場に倒れ込んだ。


「悪いな。どうしても目の前にいる奴らから一人は殺さなきゃ収まらない性質(たち)なんだよ……。」


 折野(おりの)は口角から血を流しながら不敵な笑みを浮かべ、土生(はぶ)に馬乗りとなった。


「クソがっ! 離れろ‼」


 至近距離から、三度(みたび)光球が折野(おりの)に炸裂する。

 この時、折野(おりの)(りょう)は自分の命運がここに尽きたことを悟った。

 しかし尚もその表情は何ら悲観することなく狂気に満ちた笑みを浮かべている。


「いけない手だなあ……。じゃ、こっちも潰さねえと……。」

「ま、待て!」


 勿論、土生(はぶ)の懇願を聞き入れる殺人鬼・折野(おりの)(りょう)ではない。

 土生(はぶ)は左腕も肉片に変えられ、完全に攻撃手段を失った。


「ぐぎゃああああああ‼」

「あーあ、ピーピー五月蠅(うるせ)え奴だぜ……。こんな奴が最後の殺しとは味気ねえが、まあ悪党に贅沢なんて望めねえのかもしれねえな……。」


 折野(おりの)の手が土生(はぶ)の胸に当てられ、土生(はぶ)は青ざめる。


()めろ! わかった、(おれ)の負けだ! 頼む()めてくれ!」

()めるわけねえだろ、この状況で。」

「何で? 何で(おれ)なんだ⁉ お(まえ)は別にあいつらの仲間じゃねえんだろ? 誰か殺したいんならあいつらの内どっちかを適当に殺して逃げればいいじゃないか‼」


 土生(はぶ)の必死の命乞いの中で生まれた疑問は折野(おりの)()めようと駆け寄る虎駕(こが)三日月(みかづき)もまた抱いたものだった。

 もしかしたら、この男は自分達に少しでも仲間意識を持っていたのか。


 だが、その期待は折野(おりの)の口から出た言葉に否定される。


「何でお(まえ)なのか? (おれ)は常に一番弱くて殺し易そうな奴を狙う。」

「一番弱いだと? この(おれ)が⁉」

「大怪我して弱った奴が一番弱いに決まってんだろ、ボケがぁ!」


 折野(おりの)の答えを聞き、土生(はぶ)は必死に藻掻(もが)いて逃れようとする。

 虎駕(こが)三日月(みかづき)は遠すぎて間に合いそうにないし、間に合ったとしてこの状態から止める術は無い。


()めろ! 何で殺すんだ! (おれ)はもう戦えないんだぞ? 何の為に(おれ)を、戦えない(おれ)を何の(えき)も無くわざわざ殺すんだ‼ ()めろ()めろ()めろ()めろ()めてくれ()めてくれええええぇぇっっ‼」

「何で殺すかってぇ? そんなもん、面白半分に決まってんだろォが‼」


 その瞬間、最期に浮かべた土生(はぶ)の表情は絶望に満ちたものだった。

 その断末魔の表情だけを残して粉々に砕かれた土生(はぶ)十司暁(としあき)だったものの残骸の(かたわ)らで、折野(おりの)は力なく崩れ落ちた。


「あー、楽しかった。」


 虎駕(こが)三日月(みかづき)が見下ろす折野(おりの)は遊び疲れた子供のように笑っていた。

 おそらくは朦朧(もうろう)とした意識の中にいる彼に、二人の呼び声は聞こえているのだろうか。




⦿⦿⦿




 ムカつくんだよなあ……。

 そりゃあ都合良く(おれ)(さら)って逃げるチャンスをくれた事には感謝しているんだ。


 だが、無法を通そうとしている癖に悪党の自覚が無いのはどういうことだ。

 皇國(こうこく)政府が悪ければ自分達は何をしても仕方が無いとでも思っているのか?


 何より、『武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)』って名前が気に食わねえ。

 何だ『戦隊』って、正義のヒーロー集団にでもなったつもりか?


 悪は悪の自覚を持って、高らかに己の悪業を(うた)い上げなきゃな。

 それもできずに己を正義だの義賊だの被害者だの必要悪だのと正当化するのは恥知らずってもんだ。


 美学が無いんだよ。


 だが、考えてもみればそんな(こだわ)りを持っている時点で所詮は(おれ)も悪として半端者だったのかもしれない。

 そう言い聞かせないと自分が言い訳(まみ)れの糞以下になって、自分はひょっとしてそこまで悪くないのかもしれないなどと、ありもしない期待を抱いてしまいそうで怖かったのかもしれない。


 虎駕(こが)憲進(けんしん)、お(まえ)の事は本当に嫌いだよ。


 お(まえ)(おれ)を最後まで一度も人殺し呼ばわりしなかった。

 法的に罪が確定するまでは犯罪者じゃないとでも言いたいのか。

 (おれ)が人殺しだってことは(おれ)自身も何ら否定するつもりは無いのに、どうしてそうも頑ななんだ。

 (おれ)ですら出来ない期待の可能性を、赤の他人のお(まえ)が残してんじゃねえよ。


 まあ、それがお(まえ)の通すべき筋なんだろう。

 真面目なこった。


 それとお(まえ)の友達の岬守(さきもり)(わたる)だが、あいつもあいつで(おれ)なんかさっさと捨てればいいのにわざわざ日本に連れ帰ろうとするとは、本当にふざけた奴だよ。

 思い通りにいかなくて残念だったなと心の底から(わら)ってやりてえな。


 だがあいつは、どうもとんでもない奴の様な気がするぜ。

 あのデカいロボットでいきなり戦闘し、自分が()とされる前提の賭けに出るなんて正気じゃねえよ。


 まあ、どうでもいいことだな。


 そして、三日月(みかづき)由奈(ゆな)

 (おれ)にはアンタが眩しい……。


 アンタが(おぞ)ましいものを胸に抱えていることはすぐにわかった。

 アンタに比べれば(おれ)の内面なんて小物もいい所だったかもしれない。


 互いの胸の内の邪悪を比べたら、わざわざ自分は悪だと意識しなきゃいけなかった(おれ)なんて、自分の悪を確固たるものにするために殺しを、悪徳を重ね続けた(おれ)なんて、そうしなきゃならなかった(おれ)なんて(むし)螻蛄(けら)の様に潰される程度の存在だろう。


 また言い訳をしているな。

 やっぱり(おれ)は糞以下だよ。

 美学なんて烏滸(おこ)がましい。


 そしてそんなアンタが、(おれ)と違って真っ当な人間として生きていけることが(おれ)には心底眩しかった。

 到底敵わないと思った。


 アンタは(おれ)の女神だったんだなあ……。


 だから(おれ)の女神を侮辱した屋渡(やわたり)や、危害を加えようとしたモヒカン野郎に心底ムカついたのかもしれない。

 確かにあいつの言う通り、虎駕(こが)の方を殺してさっさと逃げれば良かったのにな。


 というか(おれ)はどういうわけかこいつらを殺そうと思えなかったんだよな……。

 岬守(さきもり)屋渡(やわたり)から助けた時や椿(つばき)を炙り出した時は貢献できたと思ったし、墜落しそうになった時は(おれ)がどうにかしなきゃと思った。


 どうしてだろうな。

 どうでもいいか。

 所詮(おれ)はその程度の存在だったってことだ。


 だが結局(おれ)は最期まで悪党として死ぬ。

 最期まで人を殺して死ぬ。


 (おれ)は小物なりに悪の美学を貫けたから、その点(おれ)の方が異常者だったってことで一矢報いることはできたかな、女神様よ?


 だからというわけじゃないが、三日月(みかづき)由奈(ゆな)よ。

 アンタはアンタで、ずっと(おれ)の女神でいてくれないか?

 真っ当な人間のままで、眩し過ぎる存在のままでその人生を全うしてくれないか?


 惚れ込んでいたよ、アンタに……。


 嗚呼、駄目だ。

 東瀛丸(とうえいがん)の効果すら切れちまったらしい。

 こうなったら愈々(いよいよ)もうお終いだな。


 此処は何処だ?


 ああ、女神様の腕の中か。


 おかしいな。


 人間、死ぬときは何処までも(くら)(ふか)い闇の中に()ちるもんだと思っていたんだが……。


 光り溢れて、眩しいなあ……。




⦿⦿⦿




⦿⦿




⦿




 息を引き取った折野(おりの)(りょう)の顔に、三日月(みかづき)由奈(ゆな)の涙が零れ墜ちた。


「この人ね、屋渡(やわたり)に酷いことを言われた(わたし)を慰めてくれたの……。」


 岬守(さきもり)(わたる)虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)と共に残された夕暮れ、屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)は彼女を豚呼ばわりし、人語を話すことを禁じた。

 そんな彼女に、帰りの車の中で寄り添ったのは他ならぬ折野(おりの)(りょう)だった。


「確かにろくでもない人だったと思う。でも、この人がいたお陰で助かったことも沢山あったよね……。」


 虎駕(こが)憲進(けんしん)は言葉を失っていた。

 こうなったのは元々自分のせいだと、強い自責の念に駆られていた。


 あの時、油断と動揺さえ無ければ土生(はぶ)の攻撃を自分の術式で止められただろう。

 そうすれば、折野(おりの)を自由にすることも無く土生(はぶ)を撃退できたかもしれない。


 折野(おりの)の目蓋を閉ざした三日月(みかづき)に対し、彼女が立ち上がってから虎駕(こが)(ようや)く重い口を開いた。


岬守(さきもり)が来たらすぐに出発しよう。彼の死を無駄にはできない。宿に着いたらここで起こった顛末をすべて話すんだ。そうして公的機関に現場を確認してもらう。それまでは下手に現場を弄らない方が良い。」

「そうね、死体遺棄になっちゃうかも……。」

「まあ皇國(こうこく)の法律は分からないが、隠蔽(いんぺい)を疑われるのは間違いない。」


 三日月(みかづき)は思い出していた。

 折野(おりの)(りょう)は自分達に、真っ当に生きている者は真っ当な人間だと言っていた。

 その言葉を信じるならば、ここで真っ当な道を踏み外してしまうことなど彼は望まないだろう。


「変かな? (わたし)、彼の事嫌いじゃなかった。」


 虎駕(こが)はそんな三日月(みかづき)の言葉に対し、首を横に振った。


「善悪、有罪無罪、それと好き嫌いは別だ。こいつは悪党で、罪は確定していなくて、そしてアンタは嫌いじゃなかった。別にそういうこともあると思う。」


 一か月共に過ごした彼の死に、何の感慨も抱かないものではない。

 昼に差し掛かろうという川辺を、()()()さが只管(ひたすら)に包み込んでいた。




⦿⦿⦿




 雲野(くもの)研究所の地下室に足を踏み入れた岬守(さきもり)(わたる)は驚くべき光景を目にした。

 それはコンクリートの部屋一面に根を張り咲く大量の花だった。


「何だこりゃ……?」


 元々この有様だったとは考えにくい。

 これは明らかに後から予定外に植え付けられて変容した状態だ。


 茎を掻き分けて奥へと進むと、半ば程で二人の男がだらしない半笑いを晒して倒れていた。

 何やら幻覚を見ているようだ。


「何なんだ、こいつら……?」


 気にはなったものの、命に別状は無さそうなので奥へと進むことにした。

 そして最奥に待っていたのは、少女の様に朗らかでどこか浮世離れした笑みを浮かべて舞い踊る久住(くずみ)双葉(ふたば)だった。


「あはははは、あはははははは。」

久住(くずみ)……さん?」


 双葉(ふたば)は困惑する(わたる)に気が付くと、それまでの彼女からは信じられないほど蠱惑的な表情で(わたる)に近寄って来た。


岬守(さきもり)君、見て。凄いでしょ?」


 双葉(ふたば)は腕を振るい、辺り一面の花を見るように促した。

 その姿は自分の成果を心底から誇っている様に思えた。


「これ、もしかして久住(くずみ)さんがやったの?」

「そうだよ。(わたし)、今凄く気分が良いの。とても力が溢れている。」


 まるで美酒に酔い痴れているかのように妖艶な立ち振る舞いの彼女に対し戸惑いを隠せない(わたる)は、何かその原因は無いかと周囲に気を配った。

 すると壁際に何やら人間大のカプセルが二基設置されており、大量の管が繋がれている。


 (わたる)はその中にある異様な気配を(いぶか)しんだ。


「そこに、誰かいるのか?」


 恐らくは(そば)にいる双葉(ふたば)にも聞こえるか聞こえないかくらいの小さな呟きだった。

 しかし、聞こえる筈の無いカプセルの中から、聞こえる筈の無い反応が返ってくる。


『居ます。此処に居るのです。』

『来てくれてありがとう。(ぼく)達は、ずっと誰かを待っていた。』


 同時に、カプセルがゆっくりとその扉を開いて真二つになる。

 中にはそれぞれ小さな少年と少女が、非常によく似た奇妙な少年と少女が鎮座していた。


 瞬間、(わたる)は自らの海馬に記憶の奔流(ほんりゅう)(ほとばし)るのを感じた。

 この二人を、特に少年の方を自分は見たことがある。


「桜色の……髪?」


 かつて幼馴染の麗真(うるま)魅琴(みこと)の家で見た、写真に(たたず)んでいた桜色の髪の少年。

 その彼とそっくりな少年と少女は、その両目を開き(おもむろ)に立ち上がった。


「初めまして。貴方(あなた)岬守(さきもり)(わたる)さん、そちらは久住(くずみ)双葉(ふたば)さん?」


 口を開いたのは少女の方だった。


(わたし)兎黄泉(とよみ)、こちらは兄の幽鷹(ゆたか)。男女になっていますが、元は同じ遺伝子から生まれた双子なのです。この雲野(くもの)研究所で生み出された双子。雲野(くもの)幽鷹(ゆたか)と、雲野(くもの)兎黄泉(とよみ)。」


 突然の出来事が起こり過ぎて頭が追い付かない(わたる)は、ただその場に困惑を極めながら立ち尽くすしかなかった。

次回更新は、11月4日㈬

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ