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第十五話 激突

前回


(わたる)達一行:土生(はぶ)十司暁(としあき)の挑発により民間人に犠牲が出たため、捨て置けぬとミロクサーヌ・改で土生のダイダラス・改を相手に戦闘開始。

水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)首領(しゅりょう)Д(デー)の運転手を命じられる。その中で、いよいよ姉の話が聞けると期待する。

 土生(はぶ)十司暁(としあき)武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)で成し遂げたいこととは、(しん)皇軍(こうぐん)の解体である。


 元々彼は皇國(こうこく)軍人であり、時空を転移した先々での戦役に参加した為動機神体(いどうきしんたい)の操縦士だった。

 その暴れぶりは鬼気迫るものがあり、派兵先に数多の屍を築き上げた。

 しかしあまりの血の気の多さ、独断専行を持て余した軍は彼を「神皇(じんのう)陛下の兵として相応しいとは到底言えず、皇軍には無用の長物である。」として処罰しようとした。


 命からがら戦地から脱走した彼は、戦争相手の植民地だった別時空の日本が吸収された折に偶然皇國(こうこく)本土に帰還する事となった。

 だが軍の目を盗んで生きる他無かった彼は底辺の生活を余儀なくされてしまう。


 何故国家の栄光に命を賭けて貢献してきた自分がこんな目に遭わなければならないのだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()があったことは認めるが、たったそれだけのことでこんな惨めな人間以下の生活を強いられるのはあんまりではないか。


 彼が首領(しゅりょう)Д(デー)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)と出会ったのはそんな鬱屈とした思いを抱えながら万引きした酒に酔い潰れかけていた時だった。


土生(はぶ)十司暁(としあき)君だね? (きみ)はいつまでこんな生活を続けるつもりかね。」


 胡散臭い髭の男だった。

 何故そこまで口髭と顎鬚を綺麗に整えるのかわからない。

 トレードマークだった自慢のモヒカン頭を目立つからと崩さざるを得なかった彼とは酷く対照的であった。

 それで、その紳士然とした出で立ちが土生(はぶ)にはどことなく嫌味で、(かん)に障る。


「なんだぁ~? 貴様(きさま)……。」

「凄んだところで、(きみ)我輩(わがはい)には勝てないよ。東瀛丸(とうえいがん)、もう長く飲んでいないだろう?」


 当たり前だ。

 あれはそもそも、特権階級か軍人以外常備している者はいない。

 闇のルートを持つ犯罪者でもなければ、の話だが。


「チッ、貴族様には敵わねえな。全く、最悪の国だ……。で、(おれ)をどうしたいんだ? 軍に突き出すか?」


 彼はこの男をいけ好かない貴族だと思った。

 だが、予想に反して男は彼の言葉を聞き、酷く下品な顔で笑った。


(きみ)の言う最悪の国、(きみ)の力でどうにかしたいとは思わないかね?」

「何?」


 土生(はぶ)道成寺(どうじょうじ)の言葉にいつの間にか惹かれていた。


「行く当てがないのなら我輩(わがはい)と共に来るがいい。我輩(わがはい)は、(きみ)がそんな有様でいるのは世の中の損失だと考える者だよ。」

「損失? (おれ)が?」

「その通り。『鬼人』の異名をとった土生(はぶ)十司暁(としあき)放逐(ほうちく)するようなどうしようもない国を、我輩(わがはい)は変えたいと思っているのだ。」


 酔いが吹き飛んだ。

 この男は自分を素性と不満を知り、この境遇を不当だと言っている。

 そしてそれを変える機をくれるとも言ってくれているのだ。


「ならその放逐した物の価値ってやつを、(おれ)を捨てた奴らに教えてやらねえとな。」

「話は決まりだね。歓迎しよう、我輩(わがはい)は『武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)』、首領(しゅりょう)Д(デー)だ。」


 そうだ、(おれ)を追放した皇軍は許さない。

 絶対に後悔させる。

 現場で体を張る兵を軽んじ、口先だけの誇りを騙る国家など滅びればいい。

 堕ちる所まで堕とし、破滅の運命を辿らせてやる。――土生(はぶ)はそう心に誓ったのだった。




⦿⦿⦿




 これは、岬守(さきもり)(わたる)にとって極めて不利な戦いである。


 まず岬守(さきもり)(わたる)土生(はぶ)十司暁(としあき)の勝利条件を比較すると、(わたる)土生(はぶ)をとにかく撃墜すればよいのに対し、土生(はぶ)(わたる)の乗る機体を再利用できる形で回収しなければならないので、撃墜方法は限られる。

 具体的には、(わたる)の駆る『ミロクサーヌ・改』を、制御系が無傷のまま機体のみを行動不能にし、地に()とさなければならない。


 これは一見非常に難しく、土生(はぶ)の勝利条件の方が極端に厳しく見える。

 しかしその実、為動機神体(いどうきしんたい)の制御系がある操縦室は機体そのものの神為(しんい)によって強力に守られているので、外部からの衝撃でそう簡単に壊れることは無い。

 中の操縦士は無事には済まないが、命が危ないと思えば操縦室ごと機体から離脱して避難することもできるので、実質的に土生(はぶ)の勝利条件はミロクサーヌ・改の操縦席さえ直接破壊しなければ達成されることになる。


 ミロクサーヌ・改の操縦席は、土生(はぶ)の駆る『ダイダラス・改』の強力無比な火力には到底耐えられない。

 だが、逆はどうか。


「くそっ! 装甲が堅すぎる!」


 (わたる)が放ったレーザー砲はダイダラス・改の上腕部に弾かれた。

 そう、ミロクサーヌ・改の火力では、そもそもダイダラス・改にはほとんど通らないのだ。


 一応、例外があることには、ある。


「今度こそ!」


 (わたる)は再びダイダラス・改の()()()()を狙った。

 だが、光線は明後日の方向に伸び、空の彼方へ消えていった。


『ははは、下手糞だなあ!』


 (わたる)の射撃を巧みに(かわ)したダイダラス・改から神為(しんい)によって土生(はぶ)の嘲笑が聞こえて来る。


『こうやって狙うんだよ!』


 ダイダラス・改が腕のレーザー砲口を構えたので、(わたる)は切り返そうと必死に方向転換する。

 だが、間に合わずダイダラス・改のレーザー砲はミロクサーヌ・改の脚部に命中し、機体は片脚になって爆風で大きく揺れた。


「うわああぁっ!」


 操縦室内は阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 操縦している(わたる)はまだいいが、隣の席に座る重症の折野(おりの)(りょう)や後ろのスペースに席も無く乗る四人はたまったものではない。


『辛うじて撃墜は免れたようだが、操縦が全然なってないぞぉ? 全然機体の性能を発揮できてないじゃないか! 機動力が魅力の機体なのになあぁッ!』

「くっ……!」


 ミロクサーヌ・改は高機動型のミロクサーヌの機動力をさらに引き上げた代物である。

 だがその水増し分の性能を出すには操縦者の(わたる)に多大な負担が掛かるため、実質的にはミロクサーヌの通常性能しか出せない。


 そして対するダイダラス・改の最高速度は通常のミロクサーヌに匹敵する。

 つまり最高速度では両者の差は無い。


 ならばどこで機動力に差が付くのかというと、加減速力である。

 だが、操縦士以外に五人もの人間が乗った状態でそれを発揮するのは、すなわち同乗者の安全を放棄するに等しい。


 つまり(わたる)は今、ミロクサーヌ・改の性能を全く引き出せない状態での戦いを強いられていた。

 それどころか、その緩慢な動きは通常のダイダラスにすら及ばない体たらくである。


「きゃああああっっ!」

「さ、岬守(さきもり)ぃッ!」


 今、再びミロクサーヌ・改の脚が撃ち抜かれた。

 とは言え、この状態ではむしろ致命的損傷を免れているだけよくやっていると称えられるべきだろう。

 空中戦において、脚部の破壊はバランス感覚こそ変化するものの、まだ機能への影響は致命的とは言えない。

 だが浮力や推進力を発生させている『飛行具』と呼ばれる部位を破壊されると、それは被撃墜を意味する。


『はっはっは、逆にそんな動きでよくここまで手こずらせると感心するなあ。』


 光線の撃ち合いとは、つまるところ相手の狙いと動きの読み合いである。

 撃ってからでは絶対に躱せないからである。


 緩慢な動きしかできない(わたる)はそれだけ狙いやすく、圧倒的に不利なのだ。


 だが、(わたる)もだんだんと相手の動きが読めるようになってきた。

 そして、再び破壊できる『例外』に狙いを定める。


 期しくも、それは二機ほぼ同時だった。


『ぐあぁっ‼』


 ただ、(わたる)の方が一瞬早く、ダイダラス・改の砲口を撃ち抜いた。


 相手の撃って来るであろうタイミングに合わせ、砲口を撃ち抜くことで相手の火力をも利用して内側から破壊する。

 流石のダイダラス・改も片腕を失わざるを得なかった。


⦿


「何だ……今の射撃は……。」


 土生(はぶ)は驚愕していた。


 相手の撃つタイミングを予測し、絶妙に一瞬早く、しかも砲口をピンポイントで撃ち抜く。

 それは、人間に例えるならば拳銃の撃ち合いで銃弾を相手の射撃よりも一瞬早く銃口に撃ち込み、相手の拳銃を暴発させるようなものだ。


 到底、操縦を初めて一週間足らずの男がして良い芸当ではない。

 

「いや、ここへ来ての一か月を全部掛けても無理だろう。(おれ)でも出来ないぞ……?」


 ()してや、相手をする男は射撃自体今日初めての筈である。


 ありえない……。――土生(はぶ)の脳裏に、忌々しい記憶が蘇る。


「あいつに匹敵するというのか? あの思い出しただけでも吐き気のするあいつに……。」


 いや、いくらなんでもそれは無い。――土生(はぶ)は思い直した。


「あいつには遠く及ばない、及ぶはずがない。なら、機体性能で勝っている以上恐るるに足りん!」


 土生(はぶ)はダイダラス・改をミロクサーヌ・改に接近させる。


「格闘戦で叩きのめしてやる!」


 相手にさらなる絶対的不利を強いる判断だった。


⦿


「うわぁっ‼」


 ダイダラス・改の体当たりをまともに食らい、機体が大きく揺れる。


「まずい、接近戦に切り替えて来たか!」


 近接格闘は、それこそ機動力がものをいう戦いである。

 まともに加減速できない(わたる)には勝ち目がないのである。


 一応、ミロクサーヌ・改の両腕にはレーザー砲の他に日本刀型のユニットにレーザーを走らせて対象物を切り裂く格闘用の武器が備え付けられては、いる。

 だが、この状態ではいくら振るおうとも空を切るばかりであった。


莫迦(ばか)が! 鈍間(のろま)が何をしたところで、無駄なんだよ!』


 ダイダラス・改に備わるミロクサーヌ・改と同じ型のレーザーカッターがミロクサーヌ・改の左腕を切り落とした。


『こうやって達磨(だるま)にしてから飛行具をぶっ壊しちまえば、上半身は比較的無事回収できるなぁッ!』


 飛行具とは、為動機神体(いどうきしんたい)の腰から背中、肩口にかけて備わっている部品であり、全方位に推進力や制動力を発生させる装置である。

 ロケットエンジンの類ではなく神為(しんい)によって念動的に動くようだ。


 そしてそれに関して土生(はぶ)がつい口走った言葉に、(わたる)はある閃きを得た。

 だが、それは一か八かの賭けである。


「僕の左ポケットに東瀛丸(とうえいがん)が入ってる! みんな、もし神為(しんい)が切れたらすぐ飲んでくれ!」

「え? どういうことだ?」


 東瀛丸(とうえいがん)の効果が間も無く切れることを、(わたる)以外の五人は知らない。

 だが、一刻を争う事態に説明をしている暇は無い。


「詳しいことは後だ! いいか、切れたらだぞ? 切れる前に飲んでも意味ないからな!」


 (わたる)の言葉に動いたのは折野(おりの)だった。

 彼は隣の(わたる)のポケットから東瀛丸(とうえいがん)の薬剤包装を取り出すと、七粒の内四粒を切り取って後ろに投げた。


「お(まえ)ら、言う通りにしとけ。何かヤバい賭けに出るみたいだ。」


 折野(おりの)の言葉を受けて東瀛丸(とうえいがん)を足で拾った虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)から他の三人にも一粒ずつ行き渡った。


「とにかく、距離を取らないと……。」


 (わたる)はミロクサーヌ・改をダイダラス・改から遠くへ飛ばす。


『ははは、尻尾を巻いて逃げるのか臆病者! 無駄な足掻きだ!』


 現在、加速能力は土生(はぶ)のダイダラス・改の方が上である。

 それ故に追い掛けられるとほとんど距離は開かない。


 だが、それは(わたる)の狙いどおりであった。

 そしていつまでも相手に背を向けているわけにもいかないので、旋回を開始する。

 この時、ミロクサーヌ・改は減速せざるを得ないので、ダイダラス・改は必然、追い付くことになる。


 ダイダラス・改の兇刃(きょうじん)(わたる)の駆るミロクサーヌ・改に襲い掛かる。

 咄嗟に身を捩って躱す(わたる)だったが、(かわ)しきれずに背中の飛行具の方を破壊されてしまった。


 ミロクサーヌ・改は真っ逆さまに墜落する。


莫迦(ばか)が、残念だったなぁッ!』

「背を向けたな! くらいやがれええぇぇッッ‼」


 即座に、(わたる)は最後に残った右腕のレーザー砲を連射する。

 撃墜したと完全に油断して後ろを向いていた土生(はぶ)のダイダラス・改はあっという間に飛行具を破壊された。

 通常、飛行具は特に頑強に守られている。

 だが、ダイダラス・改は大幅に強化された機動力によって発生する熱が通常の機構では排熱しきれないため、その守りを外して剥き出しにせざるをを得なかった。

 つまりこの場所もまた、光線を当てられると内部から破壊される例外の部位なのだ。


『なっ! 何だとぉっ⁉』


 しかも、(わたる)に突撃して攻撃した勢いが余っていたので、飛行能力を失ったダイダラス・改は制御不能のまま超音速で山に向かって飛んでいく。


『くそおぉぉっ‼』


 ダイダラス・改から操縦室らしきものが射出され、パラシュートが開かれた。

 残されたダイダラス・改はそのまま山肌に激突し、大破した。


「こっちも緊急避難だ!」


 (わたる)もまた、落下するばかりとなったミロクサーヌ・改から操縦室を離脱しようとする。


 だが、その時異変が起こった。


神為(しんい)が検知できません、緊急制御に入ります。異常発生、緊急制御を起動できません。』

「ええ⁉」

「おい! どういうことだよ‼」


 虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)虎駕(こが)憲進(けんしん)が絶叫する。


 東瀛丸(とうえいがん)一粒の効果は凡そ四週間しか持たない。

 それは長く持っての話であり、その誤差の振れは神為(しんい)の才能と概ね正の相関関係にある。

 つまり、最も早く効果が切れるのは他ならぬ(わたる)だったのだ。


「嘘⁉ このまま()ちるの⁉」

「嫌ぁッ! 岬守(さきもり)君‼」


 三日月(みかづき)由奈(ゆな)久住(くずみ)双葉(ふたば)もパニックになっている。


 そんな中ただ一人、折野(おりの)(りょう)だけが冷静に事態を理解し、東瀛丸(とうえいがん)(わたる)の口の中に無理矢理放り込んだ。


「ボケっとすんな! 早くしろ‼」


 折野(おりの)叱咤(しった)(わたる)は右手の玉を強く握り締める。

 間一髪、森林の地面に激突する間際でミロクサーヌ・改から操縦室は射出された。


「ふうーっ……。」


 パラシュートが開くと(わたる)は大きな大きな深呼吸をし、安堵の表情を浮かべた。


「脅かすなよ、死ぬかと思ったじゃねぇかぁ……。」


 新兒(しんじ)が涙目になって訴える。


「すまん、みんなを死なせるところだった。」


 (ようや)く、六人に心から安堵できる一時が訪れたと言える。


「ところで岬守(さきもり)……。」


 (おもむろ)に、虎駕(こが)が口を開いた。


「色々とわからないことがある。順を追って説明してくれないか?」


 (わたる)は天井を見上げ、目を閉じて一つ溜息を吐いた。


「そうだな。地面に降下するまでの間、この三週間で起こったことから全部話すよ。」


 (わたる)は五人に水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)のことを話し始めた。

 彼女は実はずっと味方で、三週間みっちり操縦を教わっていたことを。


 14:10、為動機神体(いどうきしんたい)による(わたる)の初戦は、戦いそのものを見れば引き分けに終わった。

 しかし、逃げ延びるという目的を達した(わたる)に対し、回収不能という事態に陥った土生(はぶ)という結果は大局的に見れば勝利と言っていいだろう。


 そして、それよりも遥かに重大なことは、岬守(さきもり)(わたる)という人物がこの時皇國(こうこく)の人間を除き為動機神体(いどうきしんたい)による戦闘を経験した世界で唯一の人間となったという事実である。


 このことは、後の世界史に大きく影響することになる。




⦿⦿⦿




 (おうぎ)小夜(さよ)こと水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)は後部座席に首領(しゅりょう)Д(デー)こと道成寺(どうじょうじ)(ふとし)、その息子道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)、助手席に(ふとし)の娘で陰斗(かげと)の双子の姉、椿(つばき)陽子(ようこ)を乗せて磐手(いわて)への道を車で走っていた。


 そんな中、彼女は密かに期待する。


「さて、何処から話そうか……。」


 首領(しゅりょう)Д(デー)が口を開くと、早辺子(さえこ)の脈拍が早くなる。

 いよいよ姉のことが聞けるかと思うと、体が震えそうになる。


 少し、聴くのが怖かった。

 首領(しゅりょう)はそんな彼女の心持ちなどつゆ知らず、語り始めた。


「かつて、我輩(わがはい)には肩を並べる同志がいた。今の八卦衆(はっけしゅう)よりももっと対等に近い関係だった。若いながらも高い理想に燃えるその男は黄柳野(つげの)文也(ふみや)といい、我々『武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)』の別動隊を率いていた。」

「別動隊? 初耳です。」

「秘中の秘だったからね。『地上ノ蠍座(ちじょうのさそりざ)』という精鋭部隊があったのだよ。」


 精鋭部隊、という言葉に早辺子(さえこ)は息を吞む。

 彼女の姉ならば間違いなくそこに入っても遜色はないだろう。


「では、その黄柳野(つげの)という御方が?」

「いや、彼ではなく、その妻だよ。彼女は我輩(わがはい)をも遥かに凌ぎ、『武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)』最強の革命戦士だった。」


 最強の革命戦士。

 それも彼女の姉、水徒端(みとはた)早芙子(そうこ)ならば十分あり得る。

 確信が深まるにつれ、早辺子(さえこ)は震えが抑えられなくなってきた。


「その者の名を()かせて頂いても?」


 助手席の椿(つばき)が固唾を飲む早辺子(さえこ)を横目に見ていたが、彼女は気づく暇も無かった。

 そしてとうとう、首領(しゅりょう)Д(デー)の口からその名が告げられた。


黄柳野(つげの)早芙子(そうこ)。旧姓、水徒端(みとはた)早芙子(そうこ)。」


 やった。――早辺子(さえこ)は歓喜に震えた。


 だが、喜ぶのはまだ早い。

 問題は姉が今どこで何をしているかだ。


「それで、その『地上ノ蠍座(ちじょうのさそりざ)』は、最強の戦士はどうなったのですか……?」


 束の間を置いて、首領(しゅりょう)Д(デー)はその残酷な現実を告げる。


地上ノ蠍座(ちじょうのさそりざ)は壊滅した。黄柳野(つげの)夫妻はもうこの世にはいない。」


 早辺子(さえこ)は一瞬両目を見開き、そしてその表情を苦悶に歪めた。


 覚悟はしていた。

 叛逆(はんぎゃく)者としての道を選んだ以上、既に(ちゅう)されていてもおかしくはないと。


 だが、いざ現実として突き付けられた姉を喪う痛みは有刺鉄線で胸を締め付けられるようだ。

 早辺子(さえこ)は耐え難い悲しみの中で、ふつふつと怒りと憎しみが湧き上がってくるのを感じた。


 姉さん、強く優しい姉さん。

 その気高さに付け込まれ、この男に利用されて殺された。


 彼女は武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)の勧誘をずっと見てきたが、この男は世を恨む下層階級の者には甘言を弄して近づき、世を憂う上流階級の者には強烈な自己否定を強いることで洗脳してしまう。


「虐げられる弱者にいつも手を差し伸べてきたあの人が、果たしてどれほど苦しんで命まで投げ出したか!」


 思わず涙を流し、無念を漏らした早辺子(さえこ)に対して首領(しゅりょう)Д(デー)は哀悼の意をその表情に宿す。


「何だ、(きみ)は彼女の知己(ちき)かね? この世界の有り様と自分の生まれの罪深さに泣き崩れる()()()()()()()()はあったものの、以後は心を入れ替えて革命の為に戦ってくれた。(きみ)がその意志を継ぎ、彼女に報いてやり給え。」


 許さない、殺す!――彼女の殺気にただ一人、椿(つばき)だけが気が付いていた。


 だが椿(つばき)は、これを黙殺する。

 早辺子(さえこ)に勝ち目はないからだ。

 彼女の術式はすでに椿(つばき)も体験しているが、父親なら難なく破るだろう。


 そんな早辺子(さえこ)の無謀な自棄を思い留まらせたのは、一本の電話だった。

 運転席の右脇に備え付けられた電話に表示された相手は、他の席からは死角になって早辺子(さえこ)だけに見えていた。


 仁志旗(にしき)(れん)だった。

 そして直後、彼のメッセージが表示された。


岬守(さきもり)(わたる)の件で話がある。(わたし)は君の同類だ。』


 岬守(さきもり)(わたる)、その名前が彼女の心に平静を取り戻した。

 そして自分の同類だという仁志旗(にしき)の話は黙殺出来ない。


首領(しゅりょう)、この後どこかで休憩させていただきたく存じます。今の電話、どうやら折り返さなくてはならないようです。」

「まあそれは構わんが、何かあったのかね?」

「はい、今問題の件で少し……。」


 まだ無茶は出来ない。

 あの人が無事帰国したことを確認するまでは。

 道成寺(どうじょうじ)(ふとし)、それまでは命を預けておいてやる。――早辺子(さえこ)休憩拠点(サービスエリア)へと車を走らせた。




⦿⦿⦿




 先に述べたとおり、東瀛丸(とうえいがん)一錠の効果は約一か月である。

 では効果を継続するにはどうすればいいかというと、ある期間を置いて飲み続けることが必要になってくる。


 それは、服用後約一週間から三週間の間である。

 この期間より短いと深刻な副作用が生じるし、逆に三週間を過ぎてしまうと延長効果が無くなってしまうのである。


 服用後三週間を過ぎた場合、効果が切れるまで待った上で再度服用すればまた神為(しんい)を使えるようになるが、これにも注意点がある。


 効果が切れてから中一日を過ぎるまでに再度服用してしまうと、その持続期間は著しく短くなってしまう。

 間を開けずに服用した場合、東瀛丸(とうえいがん)の効果は八時間しか持たない。


「つまり、今唯一神為(しんい)が使える岬守(さきもり)も、明日には(おれ)らと同じ一般人になるってことか。」


 周囲の木々が夕焼けに染まる中、採った山菜、魚を()()()捌く(わたる)に、新兒(しんじ)が尋ねる。

 中学時代に経験した麗真(うるま)魅琴(みこと)の家事手伝いにより、すっかり料理も慣れたものとなっている。


「ああ。だから万が一的に見つかった時の為に、明日一日はここに潜伏していようと思うんだ。」

「なるほどなあ。東瀛丸(とうえいがん)はあと六粒。その後で全員飲んで、スーパーパワーを再びゲットしてから帰ろうぜってわけだな?」


 (わたる)は食材に手を伸ばした新兒(しんじ)を平手で止めた。


「へへっ、バレたか……。」

(きみ)が厚かましい人間だってこと、この一か月で良くわかったからね。」


 (わたる)は食材を()()()刺し、集めた木材に()()()()火を着けて過熱を始めた。


「ふーん……。ま、それはどうでもいいんだけどよ。」


 新兒(しんじ)は燃え盛る炎の中串に刺さった食材、(わたる)が手に持った点火棒、そして先程までミロクサーヌ・改の破片を俎板(まないた)に見立てて食材を切っていた包丁にそれぞれ目をやって(わたる)に尋ねる。


「包丁とか、串とか、後点火棒とか、お(まえ)そんなもん何処から手に入れたんだ?」


 新兒(しんじ)の疑問に、(わたる)は驚いて振り返った。


「え?」


 (わたる)は彼の当然の疑問に今まで気が付かなかったため、(しば)しの間茫然(ぼうぜん)とする他無かった。

土生(はぶ) 十司暁(としあき)

皇紀2654年(西暦1994年) 11月15日生

身長 202(センチ)

体重 114(キロ)

血液型 A


次回より通常更新に戻ります。

次回更新は、10月14日㈬

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