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第八十八話 奪還

前回


 久住(くずみ)双葉(ふたば)に別れを告げる途中で強制的に彼女から引き剥がされ、父親の元に戻された椿(つばき)陽子(ようこ)は弟の道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)がどう足搔いても助からないという現実に絶望し、父である首領(しゅりょう)Д(デー)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)の娘として生きることを誓わされる。

 しかし、双葉(ふたば)はその途上で首領補佐・八社女(やおとめ)征一千(せいいち)と取引をし、彼女の持つ情報によって(すめらぎ)奏手(かなで)を破滅させ、特殊防衛課の動きを封じる政権への交代を後押しする代わりに陽子(ようこ)陰斗(かげと)を父親から引き剥がした。

 結果、陽子(ようこ)陰斗(かげと)は父親から離れ、八社女(やおとめ)に与られることとなった。

 一方、道成寺(どうじょうじ)(ふとし)は一人で組織を再生する為に虜囚とした別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)と共に移動したが、その途中で黎子(れいこ)を奪還すべく牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)が立ち塞がる。

 ホテルでは三度目の呼び出しにうんざりした伴堂(ばんどう)明美(あけみ)根尾(ねお)弓矢(きゅうや)に不平を垂れていた。


「だからもう(わたし)(すめらぎ)先生や根尾(ねお)君とは何の関係も無いって言ってるでしょう?」

「すまんな。わかってはいるんだが、事態を解決するには(きみ)の力を使うのが一番手っ取り早いんだ。」


 既に魅継(みつぎ)東風美(あゆみ)の術式神為(しんい)によって武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)が拠点としている場所は何箇所か特定できている。

 いずれも安いアパートで、住宅街で目立ち過ぎないように注意が必要だ。


「はいはい、わかりましたよ。道成寺(どうじょうじ)達の居場所が。」

「そうか、良し! 全員、準備するんだ!」


 根尾(ねお)は控えているメンバーに声を掛けた。

 段取りは既に話してある。

 しかし、ここで伴堂(ばんどう)から待ったが掛かった。


「ちょっと待ってください? 道成寺(どうじょうじ)、アパートから出てきました。それに、椿(つばき)陽子(ようこ)道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)は……消えちゃいましたよ?」

「何だと⁉」


 予想外の展開に、根尾(ねお)をはじめ特殊防衛課のメンバーに動揺が走った。

 しかし、事態は更に変わる。


「連れているのは恐らく……別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)さん一人……いや、出てきました! 牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)さん! 捕まってなかったんですね。どうやら道成寺(どうじょうじ)に戦いを挑むようです!」

「何⁉ 糞! 次から次へと……!」


 更に、伴堂(ばんどう)の携帯から不快なアラームが鳴った。


「あわわわわ! 今度は定期連絡が……!」

「定期連絡とは何だ⁉」

「あれです、あれ! 久住(くずみ)双葉(ふたば)さんの尾行の定期連絡が来なかったからアラームが鳴っちゃいました!」


 余りにも矢継ぎ早に変化する状況に、根尾(ねお)は作戦の立て直しを余儀無くされた。


「仕方ない……。編成を二手に分けるぞ。今気になるのは道成寺(どうじょうじ)の動向と二人の新華族令嬢の安否、それから久住(くずみ)双葉(ふたば)の安否だ。陽子(ようこ)陰斗(かげと)姉弟が消えたことも気になるが、とりあえず後回しで良いだろう。で、編成の内訳は……。」


 根尾(ねお)はどうにかメンバーを取り纏め、事態を解決しようとする。

 何故久住(くずみ)双葉(ふたば)の尾行が消えたのか、彼女がどんな行動を起こしたのか、彼らはまだ知る由もない。

 勿論、彼女の行動によって彼らのタイムリミットが大幅に狭まってしまったことも……。




⦿⦿⦿




 ジャーナリスト、綿貫(わたぬき)百花(ももか)

 彼女は久住(くずみ)双葉(ふたば)から得たスクープに歓喜していた。

 相手が持っていた(すめらぎ)奏手(かなで)のスキャンダルは予想以上だったからだ。


 拉致の解決から戦争に関連して合法とされた措置は実はその殆どが事後的に処理されたもの。

 綿貫(わたぬき)西(にし)政権、とりわけ(すめらぎ)のやり方は酷いと思っており、厳しく追及し続けてきたが、それでもここまでとは思わなかった。


 とりあえず、今回の取材内容は週刊誌に持ち込むつもりだ。

 アポを取る為に概要を連絡した際、次週の掲載枠を開けてまで特集するという約束を漕ぎ着けた時は、歓喜で一杯だった。

 彼女が持ち込んだ週刊誌は時折とんでもないスキャンダルを出してくることに定評があり、それは砲撃に例えられていた。


「次は特殊防衛課自体も追及したいわね……。」


 彼女は次なるターゲットを早くも絞っていた。

 久住(くずみ)双葉(ふたば)という最高の情報源を得たと小躍りしたい気分でいた。


 双葉(ふたば)は知らない。


 綿貫(わたぬき)百花(ももか)、旧姓、曽良野(そらの)百花(ももか)

 彼女はあの曽良野(そらの)千花(ちか)千絵(ちえ)姉妹の姉である。

 そして、この女は後にとんでもないことをしでかす事となるのだ。


 ただ、それはもう少し先の話である。




⦿⦿⦿




 牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)首領(しゅりょう)Д(デー)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)と対峙した。

 目的は勿論、脇で首輪を引かれている別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)を奪還する為だ。


 早速、野愛琉(のある)の周囲に浮遊する短剣が形成され、道成寺(どうじょうじ)に向かって飛んでいく。


「フン、下らんね!」


 しかし、短剣は道成寺(どうじょうじ)に到達する寸前に消えてしまった。


「無駄だよ。我輩(わがはい)の周囲に於いて神為(しんい)の使用は禁じられている。それが我輩(わがはい)第二の術式神為(しんい)巳税羅厳収斗(ミゼラゲンスト)! 術式神為(しんい)によって造られた短剣は我輩(わがはい)に届く直前に禁足事項に引っ掛かり、消滅するという訳だ!」


 これには流石の野愛琉(のある)も一瞬怯んだ。

 しかし、彼女は諦めない。

 彼女は体格こそ小さいものの、戦闘一族・牧辻(ひらつじ)家として仕込まれた体術がある。

 素早い動きで翻弄し、急所に攻撃を中てられれば勝機はある。――野愛琉(のある)はそう考えていた。


「諦めが悪いお嬢さんだ! ならば我輩(わがはい)も第四の術式神為(しんい)にて御相手しよう‼」


 道成寺(どうじょうじ)の術式神為(しんい)は革命で三つまで披露している。

 つまり、四つ目は初めて目にするものだ。


「一体いくつの術式を……。」

「安心し給え、これで最後だよ。そしてこれは、極々単純なものだから大した説明も要らないだろう。(きみ)の短剣形成と似たようなものだ。」


 そう言うと道成寺(どうじょうじ)黎子(れいこ)を突き飛ばして両手を自由な状態にした。

 そして右手を拡げ、その手に巨大な()()()型の剣を形成した。

 大剣、というよりは別の武器を彷彿とさせる姿形をしている。


 ――術式神為(しんい)飛去来刃(ブーメラン・カッター)――


 道成寺(どうじょうじ)はその刃を横に構え、振り被って野愛琉(のある)に投げ付けた。

 物凄い速度で回転しながら飛んで来る刃。

 しかし、野愛琉(のある)にとっては難無く躱せる程度のものでしかない。


 野愛琉(のある)は刃を軽く躱し、そして素早く不規則な動きで道成寺(どうじょうじ)に接近し、急所を狙う。

 が、道成寺(どうじょうじ)は不気味な笑みを浮かべた。

 同時に、野愛琉(のある)の後方へ飛んで行ったはずの刃が背後から野愛琉(のある)に襲い掛かってきた。


 野愛琉(のある)は間一髪、これを躱したものの攻撃は中断を余儀なくされ、大きな隙が生じる。

 道成寺(どうじょうじ)はそれを逃さず、今度は掴み取った()()()の刃で直接攻撃してきた。


「ぐぅっ‼」


 刃の先端が野愛琉(のある)の肩を掠め、血が流れる。

 そして、道成寺(どうじょうじ)はそのまま追い打ちを掛けようと左半身の体術で攻撃を仕掛けてきた。


 まずい!――野愛琉(のある)は直感した。


 道成寺(どうじょうじ)は自分の周囲に於いては他者の神為(しんい)の使用を禁じてしまう。

 つまり、接近戦に於いて発氣(ほっけ)神為(しんい)はおろか守護神為(しんい)すら封じてしまうのだ。

 先程受けた傷も、守護神為(しんい)が正常に働かなくては大傷となり命に係わる。


 案の定、道成寺(どうじょうじ)の左手は開いた状態で首元を狙っており、捕まれたら一巻の終わりだ。


 野愛琉(のある)は慌てて道成寺(どうじょうじ)から距離を取った。

 すかさず、飛んで来るのは()()()型の刃である。


 野愛琉(のある)は遠距離攻撃を封じられ、一方で道成寺(どうじょうじ)は見るからに破壊力のある投擲武器による一撃死を狙ってくる。

 接近しようにも、神為(しんい)が一切使えなくなり少しでも傷を負えば回復が阻害されてしまう。


 この戦い、野愛琉(のある)には圧倒的に不利であった。

 いや、抑々道成寺(どうじょうじ)(ふとし)は恐ろしい難敵なのだ。

 一人で四つもの術式神為(しんい)を使い熟し、そのうち二つが神為(しんい)に直接干渉してくる厄介なもの。

 更に、長身に加えて身の(こな)しも素人のそれではない。


「強い……!」


 攻撃を躱し、刃が道成寺(どうじょうじ)の手に戻るのを確認した野愛琉(のある)は行き詰まりを感じていた。

 野愛琉(のある)の戦術は素早い身の(こな)しと浮遊した短剣の合わせ技による攻略の難しさにこそ強みがある。

 しかし、短剣は道成寺(どうじょうじ)に近づくと消滅し、動きは互角と来れば、野愛琉(のある)の利点が消えてしまう。

 加えて、道成寺(どうじょうじ)には穢詛(えそ)禁呪(きんじゅ)によってパワーアップした強大な神為(しんい)と体格、そして武器による破壊力がある。


「逃げ出したのならそのまま尻尾を撒いておけば良いものを……。牧辻(ひらつじ)家の『殺戮人形(マーダー・ドール)』よ、次で真っ二つにしてやろう……!」


 道成寺(どうじょうじ)三度(みたび)刃を投げ付けてきた。

 流石に何度も見せられると躱すコツも掴めてくる。


 しかし、躱し切ったと思った途端、道成寺(どうじょうじ)()()()の刃は突如軌道を変え、野愛琉(のある)を追い掛けてきた。


「何⁉」

「ハッハッハーッ‼ 我輩(わがはい)飛去来刃(ブーメラン・カッター)には追跡能力が備わっているのだよ! 今まで隠していたがねぇっ‼」

「くっ!」


 辛うじて、追跡してきた刃も紙一重で躱した野愛琉(のある)

 しかし、刃はなおも軌道を変え野愛琉(のある)を狙ってくる。

 更に、道成寺(どうじょうじ)本人もまた野愛琉(のある)に向かってきた。


「追跡する飛去来刃(ブーメラン・カッター)我輩(わがはい)の体術を同時に相手出来るものかね! 死ね、雌狗(めすいぬ)人形‼」


 万事休す、これまでか。

 野愛琉(のある)自身、防ぎ切れないと思った。


 しかしそこに、一人の少女が割って入り道成寺(どうじょうじ)の拳を止めた。

 野愛琉(のある)はこの隙にどうにか刃を躱し、難を逃れるが出来た。

 予定外の乱入者に道成寺(どうじょうじ)も仕切り直しが必要と感じたのか、一旦刃を自分の手に戻し、後跳びで距離を取った。


「成程成程、態々(わざわざ)御友人を助けに来たという訳かね。魅継(みつぎ)東風美(あゆみ)……。」


 明るい栗毛を靡かせ、格闘少女、魅継(みつぎ)東風美(あゆみ)牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)と並び立っていた。


「大丈夫、野愛琉(のある)?」

「ありがとう。東風美(あゆみ)、あいつは……。」

「わかってます。とんでもなく重い拳でした。道成寺(どうじょうじ)(ふとし)、伊達に一度は国家を簒奪していないですね……。」


 状況は二対一。

 だが、それでも東風美(あゆみ)野愛琉(のある)は自分達が優位に立ったとは思っていなかった。

 それだけ、目の前の男の強さはこれまで押され続けた野愛琉(のある)は勿論、拳を一度交えただけの東風美(あゆみ)も全身で感じていた。


「ふっ、聞くところによると、魅継(みつぎ)東風美(あゆみ)(きみ)皇國(こうこく)に於ける高校生格闘技全国大会の優勝者らしいね……。」

「ええ、そうですよ。はっきり言って術式なしの純粋な格闘なら三人で一番強いのは(わたし)です。」


 自らの実績を肯定する東風美(あゆみ)だが、その表情には(かつ)ての様な傲りは無い。

 相手が相手だけに、驕る余裕が無い。


 対して道成寺(どうじょうじ)は歯を剥き出しにして歪んだ笑みを浮かべている。


「格闘技には自信があるようだね。だが我輩(わがはい)とて、ある流派を極めた男なのだよ。受けてみるかね? 陽子(ようこ)の母方の祖父である椿(つばき)聖明(せいめい)が興した椿流洋式剛体術! その創始者を超えし皆伝者の技、その身に刻んでみるかねぇ⁉」


 道成寺(どうじょうじ)の右手から刃が野愛琉(のある)目掛けて放り投げられ、彼自身は東風美(あゆみ)に飛び掛かった。


「椿流洋式剛体術・爆拳斧肘撃(ばっけんふちゅうげき)椿(つばき)〟ィ‼」


 軌道の小さい右の拳と肘打ちが刹那にも満たない間に二連撃で東風美(あゆみ)蟀谷(こめかみ)を打った。

 その動きは十二億の人口を誇る国家の学生優勝経験を持つ東風美(あゆみ)ですら全く反応できない凄まじい速さだった。


 東風美(あゆみ)は一瞬意識を失ったが、野愛琉(のある)の放った短剣が腕を掠めた事が気付けとなって再び道成寺(どうじょうじ)を睨みつける。


「おやおや技一つでその様かね? まだまだほんの序の口だよ?」


 道成寺(どうじょうじ)は両腕を振り上げ、手を組んでいる。

 東風美(あゆみ)は咄嗟に腕を頭上に挙げて防御の体制を取る。


 しかし振り下ろされた道成寺(どうじょうじ)の腕は東風美(あゆみ)の防御など全く無意味とばかりに彼女を地面に叩き付けた。


爆肘(ばくちゅう)鉞拳撃(えっけんげき)(えのき)〟ィッ‼」


 肩の関節を外し、両肘と両拳の、刹那にも満たない二連撃。

 更に重力も加えた、先程とは比べ物にならない威力の技だった。


 東風美(あゆみ)はまたしても一度意識を失ったが、今度は倒れた衝撃で気が付いた。

 しかし、再び起き上がることは出来ないでいた。


「ぐ……!」

「おや、もう終わりかね……? つまらんね……。」


 道成寺(どうじょうじ)は関節を嵌め直し放り投げていた刃を右手に戻すと、左手で東風美(あゆみ)の髪を掴んで無理矢理立たせた。

 そして右手の刃を振り被る。

 このまま真横に振られれば、東風美(あゆみ)の身体は稲を刈るように真っ二つにされるだろう。


東風美(あゆみ)!」


 しかし、またしても野愛琉(のある)の短剣が彼女を救った。

 術式神為(しんい)によって形成される彼女の短剣は道成寺(どうじょうじ)を切り付けようとすれば消えるが、切るのが東風美(あゆみ)の髪ならば話は別だ。


「ぬぅッ……⁉」


 そして、すかさず野愛琉(のある)東風美(あゆみ)を抱えて跳び、道成寺(どうじょうじ)から距離を取った。


「往生際が悪い……。」


 道成寺(どうじょうじ)はゆっくりと二人に躙り寄る。

 しかし実はこの時、既に二人は勝っていた。

 否、正確には二人の勝ち、ではなく特殊防衛課の最低限の目的は果たされた、と言った方が良い。


 道成寺(どうじょうじ)は不意に降り注いだ燃える結晶体の射撃を受け、ダメージは無いもののその場に立ち(すく)んだ。


「なッ⁉」


 見上げると彼の上空では炎の翼を広げた三日月(みかづき)由奈(ゆな)が両脇に二人の長身女性を抱えて飛んでいた。

 その内の一人が誰か、すぐに道成寺(どうじょうじ)も気が付き思わず声を上げた。


「しまった‼」


 別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)は眠りに就いた状態で三日月(みかづき)の右脇に抱えられていた。

 突然の事態に道成寺(どうじょうじ)は困惑している。


莫迦(ばか)な……! 別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)我輩(わがはい)に惚れさせていた筈……! 何故攫われる時一言も声を……ハッ、そうか‼」


 三日月(みかづき)が抱えているもう一人の人物に気が付いた時、道成寺(どうじょうじ)は全てを察した。


(おうぎ)小夜(さよ)……! あの女まで裏切っていた、いや、初めから密偵だったのか! 道理で姿が消えたと思っていた……!」


 (おうぎ)小夜(さよ)、それは水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)に潜入する際に用いた偽名である。

 その彼女の術式神為(しんい)は、対象を深い眠りに落とすことが出来る。

 強力な神為(しんい)の持ち主には通用しないという使い勝手の悪さはあるが、丁度黎子(れいこ)道成寺(どうじょうじ)によって神為(しんい)を封じられていた。

 これによって眠らされた黎子(れいこ)は、全く騒がずに道成寺(どうじょうじ)の手を離れたのだ。


(おうぎ)小夜(さよ)、ね……。水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)はそんな偽名で狼ノ牙(おおかみのきば)に潜入していたんですね……。」


 肩で息をしながらも、黎子(れいこ)が救出されたことに東風美(あゆみ)は安堵の表情を浮かべていた。

 野愛琉(のある)も同じ思いで小さく微笑む。


 一方、道成寺(どうじょうじ)は怒りを剥き出しにして二人に向き合う。

 その姿からは先程までよりも増してどす黒いオーラが立ち上がっていた。


「おのれぇ……。こうなれば貴様(きさま)ら二人のどちらかを新たな虜としてくれるわ……!」


 いきり立ち、二人に向かって一歩足を踏み出す道成寺(どうじょうじ)

 しかしその時、空気が極彩色に変わり道成寺(どうじょうじ)を幻惑する。


「こ、今度は何だ⁉」


 景色が元に戻った時には、ただ一台の車が道成寺(どうじょうじ)の遥か前方を走っていた。


「小賢しいっ! 小賢しいっ‼ 自動車如きで我輩(わがはい)の速度から逃れられると思っているのか‼」


 道成寺(どうじょうじ)は車を追いかけようとした。

 しかし、その時再び炎の結晶が道成寺(どうじょうじ)の足を止め、一瞬だが視界も奪う。


「おのれ! おのれえエッッ‼」


 道成寺(どうじょうじ)は唯一人取り残され、怒りの叫びを黄昏時の天に吐き出す他無かった。



⦿⦿



 魅継(みつぎ)東風美(あゆみ)牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)を後部座席に乗せた白蘭(びゃくらん)揚羽(あげは)は、急いで根尾(ねお)弓矢(きゅうや)に連絡した。


『どうだ⁉ 別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)は、道成寺(どうじょうじ)(ふとし)はどうなった⁉』

別府幡(びゅうまん)さんは三日月(みかづき)さん水徒端(みとはた)さんが救出。道成寺(どうじょうじ)は現状の戦力では倒せないと判断して(わたし)の車で魅継(みつぎ)さんと牧辻(ひらつじ)さんを拾いました。」

『そうか……やはりそちらにもう少し人員を割くべきだったか……。』

「いいえ、あの三人を久住(くずみ)さんの安全確保に割いた根尾(ねお)さんの判断が間違っていたとは思いませんね。現に、全員を無事道成寺(どうじょうじ)から退避させるという最低限のノルマは達成できましたから。」

『ありがとう。そう言って貰えると救われる。』


 本来、根尾(ねお)はここで全員を投入して武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)を一網打尽にするつもりだった。

 だが、二つのアクシデントによって軌道修正を余儀なくされた。


 牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)と交戦し始めてしまったからには、何としても黎子(れいこ)だけでなく野愛琉(のある)をも無事に回収しなくてはならない。

 久住(くずみ)双葉(ふたば)に付けていた尾行の連絡が途絶えたからには、彼女の身に何かがあったと考え速やかに手を打たなければならない。


 この二つを同時に処理するのは困難だったが、片方はどうやら最低限度達成された。

 白蘭(びゃくらん)はこの後三日月(みかづき)と合流し、ホテルへと車を走らせた。




⦿⦿⦿




 一方で不透明なのは久住(くずみ)双葉(ふたば)の安否である。

 定期連絡から、双葉(ふたば)が一日前に根尾(ねお)らに思いを吐き出し決別を宣言してからも椿(つばき)陽子(ようこ)と会ったことは判っている。

 つまり、尾行からの連絡が途絶えたということは陽子(ようこ)関連で双葉(ふたば)の身に何かがあったということだ。


 岬守(さきもり)(わたる)麗真(うるま)魅琴(みこと)虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)の三人が彼女を捜索することになったが、行き先は見当も付かない。

 因みに根尾(ねお)は特に双葉(ふたば)から嫌われているので、下手に彼女と遭遇して刺激しないよう敢えて指揮に専念することにしたらしい。


 果たして彼女はどうなったのか。

 狼ノ牙(おおかみのきば)に攫われたのか、それとも殺されてしまったのか、全く見当も付かない。


「探すと言っても何処から当たればいいのか……。」

「手がかりが無さ過ぎるわね……。」


 (わたる)魅琴(みこと)は二人して考え込む。

 彼らにとっては何と言われようが双葉(ふたば)は大切な友人である。

 是が非でも無事を確認して危機から守り抜きたいと思っていた。


 そんな中、新兒(しんじ)が一つ提案した。


「というかこういう時、最初に探すのはまず『いつもの定位置』じゃね?」

「定位置? というと、どういうことだ、虻球磨(あぶくま)?」

「つまり、久住(くずみ)ちゃんのお家だよ、お家。まずそこから確認しないと始まらないっしょ?」


 言われてみれば、余りにも当たり前のことである。

 (わたる)魅琴(みこと)双葉(ふたば)の事が気になる余り視野が狭くなっていたのだろう。


「確かに、まずはそこか。」

「場所は(わたし)が知っているわ。行ってみましょう。」


 三人は新兒(しんじ)の提案でまずは双葉(ふたば)の家に向かった。



⦿⦿



 意外なことに、三人のタイミングはまさにジャストだった。

 丁度双葉(ふたば)が取材から家に帰ってきたところに鉢合わせたのだ。


久住(くずみ)さん……!」


 感極まって思わず名を呼んだのは魅琴(みこと)だった。

 そして双葉(ふたば)に駆け寄ろうとするも、すぐに彼女の険悪な顔つきに気が付いて足が止まった。


「三人揃って、何の用?」


 双葉(ふたば)は明らかにこれが根尾(ねお)の差し金であると見抜いていた。

 これは根尾(ねお)のミスとも言えるのだが、この場に新兒(しんじ)がいなければまだ旧友二人が仲直りに訪れたとも取れただろう。

 しかし、新兒(しんじ)がいなければどの道彼女の家に向かうという選択肢は出てこなかったのだから、言い詰めても水掛け論になるだけだ。


久住(くずみ)さん、聴いて欲しいことがある。」

(わたし)はもうみんなと話したいことなんか無いんだけどな……。」


 (わたる)に対する返答も冷たかった。

 仮令(たとえ)正しい疑念だったとしても、疑われたということ自体が完全に彼女の心を冷ましていたのだ。

 しかし、(わたる)は怯まず話を続ける。

 ここは包み隠さず、全てを彼女に打ち明けようと思った。


「実は、根尾(ねお)さんは(きみ)に尾行を着けていたんだ。」

「ああ……。」


 その事は既に双葉(ふたば)も承知していた。

 そしてそれもまた、この態度の理由でもある。


如何(いか)にもあの人がやりそうで、別に驚きも無いし呆れて怒る気もしないよ……。」


 刺々しい言葉と共に、双葉(ふたば)は蔑みを込めて笑った。

 (わたる)は言葉を続ける。


「それで、その尾行からの定期連絡が途絶えたらしくて、(きみ)が心配になってここまで来た。」

「ふーん……。」


 双葉(ふたば)は三人の顔に代わる代わる視線を移した。

 そして、一つの問いを投げかけた。


「どうして家に来ようと思ったの?」

「ああ、それは(おれ)の考えでさ。まずは家に居るか確認しないといけないと思ってな。」

「成程……。物を失くした時、探す手順みたいだね。」


 う、と新兒(しんじ)は図星を突かれたように呻いた。

 その反応を窺い、双葉(ふたば)は続ける。


虻球磨(あぶくま)君、視力はいい方?」

「何だよ、突然……。」

「いや、もし物を失くしやすいのなら眼が悪くなったときにコンタクトはお勧めできないよって言いたくてさ。」


 双葉(ふたば)にそう言われ、ふと三人は気が付いた。

 彼女は今、眼鏡を着けていない。

 (わたる)魅琴(みこと)の三人で、新生活の為に選んだはずの眼鏡ではなく相変わらずコンタクトを使用している。

 顔を見れば一目瞭然のことだが、三人とも久住(くずみ)双葉(ふたば)の普段の姿をすっかり裸眼やコンタクトで認識しており、違和感を覚えなかったのだ。


久住(くずみ)さん……。」


 魅琴(みこと)双葉(ふたば)の言わんとしていることを否が応にも察してしまった。

 三人で選んだ眼鏡なんか使ってやるもんか、という決別を、どんな言葉よりも雄弁に語っていた。


久住(くずみ)さん、(わたし)達は貴女(あなた)をそこまで傷付けてしまったのね……。」


 双葉(ふたば)は答えない。

 返す言葉など無いと言いたげである。

 そんな彼女に、魅琴(みこと)は一つの覚悟を持って告げた。


(わたし)(かつ)て、(わたる)と決別することを決めた。だけどこの男はそれでも(わたし)を思い続け、再び国を跨いでまで連れ戻しに来た。」

「まさかここへ来て惚気(のろけ)話を聞かされるとは思わなかったよ。」


 双葉(ふたば)はもういいとばかりに三人を振り切って家に入ろうとする。


久住(くずみ)さん!」


 そんな彼女の背中に、魅琴(みこと)は再び呼び止めるように声を掛けた。


「今の(わたし)もあの時の(わたる)と同じ。貴女(あなた)(わたし)達のことを嫌いになったことはよくわかったわ。もう貴女(あなた)(わたし)達と決別したのね。でも(わたし)達にとって、貴女(あなた)はずっと友達だから、仲間だから……。」


 双葉(ふたば)は脚を止めたが、相変わらず答えはしない。

 魅琴(みこと)はそんな彼女になるべく明るく、優しい声色で続けた。


「だからもしまた(わたし)達の力が必要になったら、いつでも言ってね。必ず力になるから……。」


 それは魅琴(みこと)にとって、双葉(ふたば)との別れの言葉だった。

 (わたる)もまた、気持ちは同じである。

 新兒(しんじ)もそうだろう。

 そして、特殊防衛課の他のメンバーも皆異論は無いだろう。


 そんな魅琴(みこと)の言葉に対する双葉(ふたば)の返事は、わざとらしい舌打ち一つだった。

 それだけを残し、双葉(ふたば)は自宅へと入っていた。


 取り残された三人は(しばら)くその場に佇んでいたが、(やが)双葉(ふたば)自身に背を向けるように(きびす)を返して並んで歩きだした。


 (わたる)魅琴(みこと)の肩に少し触れたのは、涙こそ見せないまでも彼女が尋常ならざる心境であることを察してのことだろう。


 魅琴(みこと)はまだ知らない。

 双葉(ふたば)が彼女の母、(すめらぎ)奏手(かなで)を破滅へ追いやる情報をメディアに曝露したことを。

 そして既に、次の取材の約束まで取り付けていることを……。

次回更新は、11月14日㈰

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