第八十八話 奪還
前回
久住双葉に別れを告げる途中で強制的に彼女から引き剥がされ、父親の元に戻された椿陽子は弟の道成寺陰斗がどう足搔いても助からないという現実に絶望し、父である首領Д・道成寺太の娘として生きることを誓わされる。
しかし、双葉はその途上で首領補佐・八社女征一千と取引をし、彼女の持つ情報によって皇奏手を破滅させ、特殊防衛課の動きを封じる政権への交代を後押しする代わりに陽子と陰斗を父親から引き剥がした。
結果、陽子と陰斗は父親から離れ、八社女に与られることとなった。
一方、道成寺太は一人で組織を再生する為に虜囚とした別府幡黎子と共に移動したが、その途中で黎子を奪還すべく牧辻野愛琉が立ち塞がる。
ホテルでは三度目の呼び出しにうんざりした伴堂明美が根尾弓矢に不平を垂れていた。
「だからもう私は皇先生や根尾君とは何の関係も無いって言ってるでしょう?」
「すまんな。わかってはいるんだが、事態を解決するには君の力を使うのが一番手っ取り早いんだ。」
既に魅継東風美の術式神為によって武装戦隊・狼ノ牙が拠点としている場所は何箇所か特定できている。
いずれも安いアパートで、住宅街で目立ち過ぎないように注意が必要だ。
「はいはい、わかりましたよ。道成寺達の居場所が。」
「そうか、良し! 全員、準備するんだ!」
根尾は控えているメンバーに声を掛けた。
段取りは既に話してある。
しかし、ここで伴堂から待ったが掛かった。
「ちょっと待ってください? 道成寺、アパートから出てきました。それに、椿陽子と道成寺陰斗は……消えちゃいましたよ?」
「何だと⁉」
予想外の展開に、根尾をはじめ特殊防衛課のメンバーに動揺が走った。
しかし、事態は更に変わる。
「連れているのは恐らく……別府幡黎子さん一人……いや、出てきました! 牧辻野愛琉さん! 捕まってなかったんですね。どうやら道成寺に戦いを挑むようです!」
「何⁉ 糞! 次から次へと……!」
更に、伴堂の携帯から不快なアラームが鳴った。
「あわわわわ! 今度は定期連絡が……!」
「定期連絡とは何だ⁉」
「あれです、あれ! 久住双葉さんの尾行の定期連絡が来なかったからアラームが鳴っちゃいました!」
余りにも矢継ぎ早に変化する状況に、根尾は作戦の立て直しを余儀無くされた。
「仕方ない……。編成を二手に分けるぞ。今気になるのは道成寺の動向と二人の新華族令嬢の安否、それから久住双葉の安否だ。陽子陰斗姉弟が消えたことも気になるが、とりあえず後回しで良いだろう。で、編成の内訳は……。」
根尾はどうにかメンバーを取り纏め、事態を解決しようとする。
何故久住双葉の尾行が消えたのか、彼女がどんな行動を起こしたのか、彼らはまだ知る由もない。
勿論、彼女の行動によって彼らのタイムリミットが大幅に狭まってしまったことも……。
⦿⦿⦿
ジャーナリスト、綿貫百花。
彼女は久住双葉から得たスクープに歓喜していた。
相手が持っていた皇奏手のスキャンダルは予想以上だったからだ。
拉致の解決から戦争に関連して合法とされた措置は実はその殆どが事後的に処理されたもの。
綿貫は西政権、とりわけ皇のやり方は酷いと思っており、厳しく追及し続けてきたが、それでもここまでとは思わなかった。
とりあえず、今回の取材内容は週刊誌に持ち込むつもりだ。
アポを取る為に概要を連絡した際、次週の掲載枠を開けてまで特集するという約束を漕ぎ着けた時は、歓喜で一杯だった。
彼女が持ち込んだ週刊誌は時折とんでもないスキャンダルを出してくることに定評があり、それは砲撃に例えられていた。
「次は特殊防衛課自体も追及したいわね……。」
彼女は次なるターゲットを早くも絞っていた。
久住双葉という最高の情報源を得たと小躍りしたい気分でいた。
双葉は知らない。
綿貫百花、旧姓、曽良野百花。
彼女はあの曽良野千花、千絵姉妹の姉である。
そして、この女は後にとんでもないことをしでかす事となるのだ。
ただ、それはもう少し先の話である。
⦿⦿⦿
牧辻野愛琉は武装戦隊・狼ノ牙の首領Д・道成寺太と対峙した。
目的は勿論、脇で首輪を引かれている別府幡黎子を奪還する為だ。
早速、野愛琉の周囲に浮遊する短剣が形成され、道成寺に向かって飛んでいく。
「フン、下らんね!」
しかし、短剣は道成寺に到達する寸前に消えてしまった。
「無駄だよ。我輩の周囲に於いて神為の使用は禁じられている。それが我輩第二の術式神為・巳税羅厳収斗! 術式神為によって造られた短剣は我輩に届く直前に禁足事項に引っ掛かり、消滅するという訳だ!」
これには流石の野愛琉も一瞬怯んだ。
しかし、彼女は諦めない。
彼女は体格こそ小さいものの、戦闘一族・牧辻家として仕込まれた体術がある。
素早い動きで翻弄し、急所に攻撃を中てられれば勝機はある。――野愛琉はそう考えていた。
「諦めが悪いお嬢さんだ! ならば我輩も第四の術式神為にて御相手しよう‼」
道成寺の術式神為は革命で三つまで披露している。
つまり、四つ目は初めて目にするものだ。
「一体いくつの術式を……。」
「安心し給え、これで最後だよ。そしてこれは、極々単純なものだから大した説明も要らないだろう。君の短剣形成と似たようなものだ。」
そう言うと道成寺は黎子を突き飛ばして両手を自由な状態にした。
そして右手を拡げ、その手に巨大なくの字型の剣を形成した。
大剣、というよりは別の武器を彷彿とさせる姿形をしている。
――術式神為・飛去来刃――
道成寺はその刃を横に構え、振り被って野愛琉に投げ付けた。
物凄い速度で回転しながら飛んで来る刃。
しかし、野愛琉にとっては難無く躱せる程度のものでしかない。
野愛琉は刃を軽く躱し、そして素早く不規則な動きで道成寺に接近し、急所を狙う。
が、道成寺は不気味な笑みを浮かべた。
同時に、野愛琉の後方へ飛んで行ったはずの刃が背後から野愛琉に襲い掛かってきた。
野愛琉は間一髪、これを躱したものの攻撃は中断を余儀なくされ、大きな隙が生じる。
道成寺はそれを逃さず、今度は掴み取ったくの字の刃で直接攻撃してきた。
「ぐぅっ‼」
刃の先端が野愛琉の肩を掠め、血が流れる。
そして、道成寺はそのまま追い打ちを掛けようと左半身の体術で攻撃を仕掛けてきた。
まずい!――野愛琉は直感した。
道成寺は自分の周囲に於いては他者の神為の使用を禁じてしまう。
つまり、接近戦に於いて発氣神為はおろか守護神為すら封じてしまうのだ。
先程受けた傷も、守護神為が正常に働かなくては大傷となり命に係わる。
案の定、道成寺の左手は開いた状態で首元を狙っており、捕まれたら一巻の終わりだ。
野愛琉は慌てて道成寺から距離を取った。
すかさず、飛んで来るのはくの字型の刃である。
野愛琉は遠距離攻撃を封じられ、一方で道成寺は見るからに破壊力のある投擲武器による一撃死を狙ってくる。
接近しようにも、神為が一切使えなくなり少しでも傷を負えば回復が阻害されてしまう。
この戦い、野愛琉には圧倒的に不利であった。
いや、抑々道成寺太は恐ろしい難敵なのだ。
一人で四つもの術式神為を使い熟し、そのうち二つが神為に直接干渉してくる厄介なもの。
更に、長身に加えて身の熟しも素人のそれではない。
「強い……!」
攻撃を躱し、刃が道成寺の手に戻るのを確認した野愛琉は行き詰まりを感じていた。
野愛琉の戦術は素早い身の熟しと浮遊した短剣の合わせ技による攻略の難しさにこそ強みがある。
しかし、短剣は道成寺に近づくと消滅し、動きは互角と来れば、野愛琉の利点が消えてしまう。
加えて、道成寺には穢詛禁呪によってパワーアップした強大な神為と体格、そして武器による破壊力がある。
「逃げ出したのならそのまま尻尾を撒いておけば良いものを……。牧辻家の『殺戮人形』よ、次で真っ二つにしてやろう……!」
道成寺は三度刃を投げ付けてきた。
流石に何度も見せられると躱すコツも掴めてくる。
しかし、躱し切ったと思った途端、道成寺のくの字の刃は突如軌道を変え、野愛琉を追い掛けてきた。
「何⁉」
「ハッハッハーッ‼ 我輩の飛去来刃には追跡能力が備わっているのだよ! 今まで隠していたがねぇっ‼」
「くっ!」
辛うじて、追跡してきた刃も紙一重で躱した野愛琉。
しかし、刃はなおも軌道を変え野愛琉を狙ってくる。
更に、道成寺本人もまた野愛琉に向かってきた。
「追跡する飛去来刃と我輩の体術を同時に相手出来るものかね! 死ね、雌狗人形‼」
万事休す、これまでか。
野愛琉自身、防ぎ切れないと思った。
しかしそこに、一人の少女が割って入り道成寺の拳を止めた。
野愛琉はこの隙にどうにか刃を躱し、難を逃れるが出来た。
予定外の乱入者に道成寺も仕切り直しが必要と感じたのか、一旦刃を自分の手に戻し、後跳びで距離を取った。
「成程成程、態々御友人を助けに来たという訳かね。魅継東風美……。」
明るい栗毛を靡かせ、格闘少女、魅継東風美が牧辻野愛琉と並び立っていた。
「大丈夫、野愛琉?」
「ありがとう。東風美、あいつは……。」
「わかってます。とんでもなく重い拳でした。道成寺太、伊達に一度は国家を簒奪していないですね……。」
状況は二対一。
だが、それでも東風美と野愛琉は自分達が優位に立ったとは思っていなかった。
それだけ、目の前の男の強さはこれまで押され続けた野愛琉は勿論、拳を一度交えただけの東風美も全身で感じていた。
「ふっ、聞くところによると、魅継東風美。君は皇國に於ける高校生格闘技全国大会の優勝者らしいね……。」
「ええ、そうですよ。はっきり言って術式なしの純粋な格闘なら三人で一番強いのは私です。」
自らの実績を肯定する東風美だが、その表情には嘗ての様な傲りは無い。
相手が相手だけに、驕る余裕が無い。
対して道成寺は歯を剥き出しにして歪んだ笑みを浮かべている。
「格闘技には自信があるようだね。だが我輩とて、ある流派を極めた男なのだよ。受けてみるかね? 陽子の母方の祖父である椿聖明が興した椿流洋式剛体術! その創始者を超えし皆伝者の技、その身に刻んでみるかねぇ⁉」
道成寺の右手から刃が野愛琉目掛けて放り投げられ、彼自身は東風美に飛び掛かった。
「椿流洋式剛体術・爆拳斧肘撃〝椿〟ィ‼」
軌道の小さい右の拳と肘打ちが刹那にも満たない間に二連撃で東風美の蟀谷を打った。
その動きは十二億の人口を誇る国家の学生優勝経験を持つ東風美ですら全く反応できない凄まじい速さだった。
東風美は一瞬意識を失ったが、野愛琉の放った短剣が腕を掠めた事が気付けとなって再び道成寺を睨みつける。
「おやおや技一つでその様かね? まだまだほんの序の口だよ?」
道成寺は両腕を振り上げ、手を組んでいる。
東風美は咄嗟に腕を頭上に挙げて防御の体制を取る。
しかし振り下ろされた道成寺の腕は東風美の防御など全く無意味とばかりに彼女を地面に叩き付けた。
「爆肘鉞拳撃〝榎〟ィッ‼」
肩の関節を外し、両肘と両拳の、刹那にも満たない二連撃。
更に重力も加えた、先程とは比べ物にならない威力の技だった。
東風美はまたしても一度意識を失ったが、今度は倒れた衝撃で気が付いた。
しかし、再び起き上がることは出来ないでいた。
「ぐ……!」
「おや、もう終わりかね……? つまらんね……。」
道成寺は関節を嵌め直し放り投げていた刃を右手に戻すと、左手で東風美の髪を掴んで無理矢理立たせた。
そして右手の刃を振り被る。
このまま真横に振られれば、東風美の身体は稲を刈るように真っ二つにされるだろう。
「東風美!」
しかし、またしても野愛琉の短剣が彼女を救った。
術式神為によって形成される彼女の短剣は道成寺を切り付けようとすれば消えるが、切るのが東風美の髪ならば話は別だ。
「ぬぅッ……⁉」
そして、すかさず野愛琉は東風美を抱えて跳び、道成寺から距離を取った。
「往生際が悪い……。」
道成寺はゆっくりと二人に躙り寄る。
しかし実はこの時、既に二人は勝っていた。
否、正確には二人の勝ち、ではなく特殊防衛課の最低限の目的は果たされた、と言った方が良い。
道成寺は不意に降り注いだ燃える結晶体の射撃を受け、ダメージは無いもののその場に立ち竦んだ。
「なッ⁉」
見上げると彼の上空では炎の翼を広げた三日月由奈が両脇に二人の長身女性を抱えて飛んでいた。
その内の一人が誰か、すぐに道成寺も気が付き思わず声を上げた。
「しまった‼」
別府幡黎子は眠りに就いた状態で三日月の右脇に抱えられていた。
突然の事態に道成寺は困惑している。
「莫迦な……! 別府幡黎子は我輩に惚れさせていた筈……! 何故攫われる時一言も声を……ハッ、そうか‼」
三日月が抱えているもう一人の人物に気が付いた時、道成寺は全てを察した。
「扇小夜……! あの女まで裏切っていた、いや、初めから密偵だったのか! 道理で姿が消えたと思っていた……!」
扇小夜、それは水徒端早辺子が武装戦隊・狼ノ牙に潜入する際に用いた偽名である。
その彼女の術式神為は、対象を深い眠りに落とすことが出来る。
強力な神為の持ち主には通用しないという使い勝手の悪さはあるが、丁度黎子は道成寺によって神為を封じられていた。
これによって眠らされた黎子は、全く騒がずに道成寺の手を離れたのだ。
「扇小夜、ね……。水徒端早辺子はそんな偽名で狼ノ牙に潜入していたんですね……。」
肩で息をしながらも、黎子が救出されたことに東風美は安堵の表情を浮かべていた。
野愛琉も同じ思いで小さく微笑む。
一方、道成寺は怒りを剥き出しにして二人に向き合う。
その姿からは先程までよりも増してどす黒いオーラが立ち上がっていた。
「おのれぇ……。こうなれば貴様ら二人のどちらかを新たな虜としてくれるわ……!」
いきり立ち、二人に向かって一歩足を踏み出す道成寺。
しかしその時、空気が極彩色に変わり道成寺を幻惑する。
「こ、今度は何だ⁉」
景色が元に戻った時には、ただ一台の車が道成寺の遥か前方を走っていた。
「小賢しいっ! 小賢しいっ‼ 自動車如きで我輩の速度から逃れられると思っているのか‼」
道成寺は車を追いかけようとした。
しかし、その時再び炎の結晶が道成寺の足を止め、一瞬だが視界も奪う。
「おのれ! おのれえエッッ‼」
道成寺は唯一人取り残され、怒りの叫びを黄昏時の天に吐き出す他無かった。
⦿⦿
魅継東風美と牧辻野愛琉を後部座席に乗せた白蘭揚羽は、急いで根尾弓矢に連絡した。
『どうだ⁉ 別府幡黎子は、道成寺太はどうなった⁉』
「別府幡さんは三日月さん水徒端さんが救出。道成寺は現状の戦力では倒せないと判断して私の車で魅継さんと牧辻さんを拾いました。」
『そうか……やはりそちらにもう少し人員を割くべきだったか……。』
「いいえ、あの三人を久住さんの安全確保に割いた根尾さんの判断が間違っていたとは思いませんね。現に、全員を無事道成寺から退避させるという最低限のノルマは達成できましたから。」
『ありがとう。そう言って貰えると救われる。』
本来、根尾はここで全員を投入して武装戦隊・狼ノ牙を一網打尽にするつもりだった。
だが、二つのアクシデントによって軌道修正を余儀なくされた。
牧辻野愛琉が道成寺太と交戦し始めてしまったからには、何としても黎子だけでなく野愛琉をも無事に回収しなくてはならない。
久住双葉に付けていた尾行の連絡が途絶えたからには、彼女の身に何かがあったと考え速やかに手を打たなければならない。
この二つを同時に処理するのは困難だったが、片方はどうやら最低限度達成された。
白蘭はこの後三日月と合流し、ホテルへと車を走らせた。
⦿⦿⦿
一方で不透明なのは久住双葉の安否である。
定期連絡から、双葉が一日前に根尾らに思いを吐き出し決別を宣言してからも椿陽子と会ったことは判っている。
つまり、尾行からの連絡が途絶えたということは陽子関連で双葉の身に何かがあったということだ。
岬守航、麗真魅琴、虻球磨新兒の三人が彼女を捜索することになったが、行き先は見当も付かない。
因みに根尾は特に双葉から嫌われているので、下手に彼女と遭遇して刺激しないよう敢えて指揮に専念することにしたらしい。
果たして彼女はどうなったのか。
狼ノ牙に攫われたのか、それとも殺されてしまったのか、全く見当も付かない。
「探すと言っても何処から当たればいいのか……。」
「手がかりが無さ過ぎるわね……。」
航と魅琴は二人して考え込む。
彼らにとっては何と言われようが双葉は大切な友人である。
是が非でも無事を確認して危機から守り抜きたいと思っていた。
そんな中、新兒が一つ提案した。
「というかこういう時、最初に探すのはまず『いつもの定位置』じゃね?」
「定位置? というと、どういうことだ、虻球磨?」
「つまり、久住ちゃんのお家だよ、お家。まずそこから確認しないと始まらないっしょ?」
言われてみれば、余りにも当たり前のことである。
航も魅琴も双葉の事が気になる余り視野が狭くなっていたのだろう。
「確かに、まずはそこか。」
「場所は私が知っているわ。行ってみましょう。」
三人は新兒の提案でまずは双葉の家に向かった。
⦿⦿
意外なことに、三人のタイミングはまさにジャストだった。
丁度双葉が取材から家に帰ってきたところに鉢合わせたのだ。
「久住さん……!」
感極まって思わず名を呼んだのは魅琴だった。
そして双葉に駆け寄ろうとするも、すぐに彼女の険悪な顔つきに気が付いて足が止まった。
「三人揃って、何の用?」
双葉は明らかにこれが根尾の差し金であると見抜いていた。
これは根尾のミスとも言えるのだが、この場に新兒がいなければまだ旧友二人が仲直りに訪れたとも取れただろう。
しかし、新兒がいなければどの道彼女の家に向かうという選択肢は出てこなかったのだから、言い詰めても水掛け論になるだけだ。
「久住さん、聴いて欲しいことがある。」
「私はもうみんなと話したいことなんか無いんだけどな……。」
航に対する返答も冷たかった。
仮令正しい疑念だったとしても、疑われたということ自体が完全に彼女の心を冷ましていたのだ。
しかし、航は怯まず話を続ける。
ここは包み隠さず、全てを彼女に打ち明けようと思った。
「実は、根尾さんは君に尾行を着けていたんだ。」
「ああ……。」
その事は既に双葉も承知していた。
そしてそれもまた、この態度の理由でもある。
「如何にもあの人がやりそうで、別に驚きも無いし呆れて怒る気もしないよ……。」
刺々しい言葉と共に、双葉は蔑みを込めて笑った。
航は言葉を続ける。
「それで、その尾行からの定期連絡が途絶えたらしくて、君が心配になってここまで来た。」
「ふーん……。」
双葉は三人の顔に代わる代わる視線を移した。
そして、一つの問いを投げかけた。
「どうして家に来ようと思ったの?」
「ああ、それは俺の考えでさ。まずは家に居るか確認しないといけないと思ってな。」
「成程……。物を失くした時、探す手順みたいだね。」
う、と新兒は図星を突かれたように呻いた。
その反応を窺い、双葉は続ける。
「虻球磨君、視力はいい方?」
「何だよ、突然……。」
「いや、もし物を失くしやすいのなら眼が悪くなったときにコンタクトはお勧めできないよって言いたくてさ。」
双葉にそう言われ、ふと三人は気が付いた。
彼女は今、眼鏡を着けていない。
航と魅琴の三人で、新生活の為に選んだはずの眼鏡ではなく相変わらずコンタクトを使用している。
顔を見れば一目瞭然のことだが、三人とも久住双葉の普段の姿をすっかり裸眼やコンタクトで認識しており、違和感を覚えなかったのだ。
「久住さん……。」
魅琴は双葉の言わんとしていることを否が応にも察してしまった。
三人で選んだ眼鏡なんか使ってやるもんか、という決別を、どんな言葉よりも雄弁に語っていた。
「久住さん、私達は貴女をそこまで傷付けてしまったのね……。」
双葉は答えない。
返す言葉など無いと言いたげである。
そんな彼女に、魅琴は一つの覚悟を持って告げた。
「私は嘗て、航と決別することを決めた。だけどこの男はそれでも私を思い続け、再び国を跨いでまで連れ戻しに来た。」
「まさかここへ来て惚気話を聞かされるとは思わなかったよ。」
双葉はもういいとばかりに三人を振り切って家に入ろうとする。
「久住さん!」
そんな彼女の背中に、魅琴は再び呼び止めるように声を掛けた。
「今の私もあの時の航と同じ。貴女が私達のことを嫌いになったことはよくわかったわ。もう貴女は私達と決別したのね。でも私達にとって、貴女はずっと友達だから、仲間だから……。」
双葉は脚を止めたが、相変わらず答えはしない。
魅琴はそんな彼女になるべく明るく、優しい声色で続けた。
「だからもしまた私達の力が必要になったら、いつでも言ってね。必ず力になるから……。」
それは魅琴にとって、双葉との別れの言葉だった。
航もまた、気持ちは同じである。
新兒もそうだろう。
そして、特殊防衛課の他のメンバーも皆異論は無いだろう。
そんな魅琴の言葉に対する双葉の返事は、わざとらしい舌打ち一つだった。
それだけを残し、双葉は自宅へと入っていた。
取り残された三人は暫くその場に佇んでいたが、軈て双葉自身に背を向けるように踵を返して並んで歩きだした。
航が魅琴の肩に少し触れたのは、涙こそ見せないまでも彼女が尋常ならざる心境であることを察してのことだろう。
魅琴はまだ知らない。
双葉が彼女の母、皇奏手を破滅へ追いやる情報をメディアに曝露したことを。
そして既に、次の取材の約束まで取り付けていることを……。
次回更新は、11月14日㈰




