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第八十七話 取引

前回


 岬守(さきもり)(わたる)及び麗真(うるま)魅琴(みこと)と決別した久住(くずみ)双葉(ふたば)は嘗てのいじめっ子、曽良野(そらの)千花(ちか)と再会したことで(わたる)魅琴(みこと)と離れ離れだった四年間のことを思い起こす。

 その後、再び椿(つばき)陽子(ようこ)から連絡を受けた双葉(ふたば)は彼女と落ち合い、行動を共にする。


 一方、武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)首領(しゅりょう)Д(デー)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)は息子である陰斗(かげと)と共に、虜囚とした別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)に凄惨な拷問を加え、彼女を屈服させていた。

 その報せは、公殿(くでん)鳴門(なると)から直接魅継(みつぎ)東風美(あゆみ)へと伝えられた。


 前夜の惨劇、超級(ちょうきゅう)相当の為動機神体(いどうきしんたい)襲撃による魅継(みつぎ)本家は壊滅。

 そして魅継(みつぎ)家は偶々日本に派遣されていた東風美(あゆみ)を残し皆殺しにされたという、俄かには信じられない悲報だった。


「一体どうして……⁉」


 電話で連絡を受けた東風美(あゆみ)は呆然としていた。

 その後の公殿(くでん)の言葉もどれだけ頭に入っているか怪しいものだ。


『兎に角、この件は我々が調査する。お(まえ)の身柄も(それがし)が責任を持って預かろう。お(まえ)はお(まえ)のやるべきことに専念せよ、良いな?』


 通話を終えた東風美(あゆみ)は頭を抱えてベッドに座り込んだ。

 突然伝えられた、一族の滅亡。

 生まれて初めて国を出て、彼女には悪いことばかりが降り掛かっている。


「まず……黎子(れいこ)野愛琉(のある)を探さないと……。椿(つばき)陽子(ようこ)の血痕から探った足跡……。その何処かに囚われている筈……。」


 久住(くずみ)双葉(ふたば)が倒れていた現場には戦った痕跡が残されていた。

 その中からDNAを特定できるものが採取できれば、東風美(あゆみ)にはその人物の足跡を辿ることが出来る。

 久住(くずみ)双葉(ふたば)の証言から、椿(つばき)陽子(ようこ)と彼女が別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)のコンビと戦ったことは判っている。

 その内、双葉(ふたば)黎子(れいこ)野愛琉(のある)のうち誰のものでもない血痕、即ち陽子(ようこ)のもの。

 そこから武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)の隠れ家を捜し出すことが、今の彼女に与えられた任務である。


 それで判ったことだが、どうやら椿(つばき)陽子(ようこ)は雨風を凌げる隠れ家をいくつも用意しているらしい。

 屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)沙華(さはな)珠枝(たまえ)が滞在していたのはその内の一つに過ぎず、武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)陽子(ようこ)が用意したこれらの拠点を移動しているようだ。


 だが逆に、陽子(ようこ)の足跡から怪しい場所を絞り込んで虱潰(しらみつぶ)しに当たってしまえば確実に敵とぶち当たることになる。

 また、狼ノ牙(おおかみのきば)は先んじてこの国に入国していた陽子(ようこ)を頼って転移してきた筈で、彼女が確保した居場所以外を他のメンバーが用意しているとは考えにくい。


 愈々(いよいよ)武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)の残党狩りは大詰めを迎える。――特殊防衛課や皇國(こうこく)から派遣された魅継(みつぎ)東風美(あゆみ)水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)はそう確信して止まなかった。

 黎子(れいこ)野愛琉(のある)の救出も時間の問題だと思われた。


 だが、敵は今この時恐るべきことを画策していた。

 そのターゲットは、誰も予想だにしない人物だった。




⦿⦿⦿




 久住(くずみ)双葉(ふたば)椿(つばき)陽子(ようこ)はアパートの一室で二人一夜を明かした。

 今この場に陽子(ようこ)東瀛丸(とうえいがん)を持って来ておらず、双葉(ふたば)が力を使うことは出来ない。


 早く場所を変えるか、牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)を再度確保しなければ、父と弟の居場所が野愛琉(のある)から発覚してしまう。――陽子(ようこ)はそんな心配事から一睡もできなかったようだ。


 (もっと)も、東瀛丸(とうえいがん)神為(しんい)を身に着けた彼女にとって睡眠不足はそれほど苦ではなく、戦闘のパフォーマンスに何ら問題は無い。

 また、父親が捕まってしまうことなど彼女にとって一向に構わない。


 だが、陰斗(かげと)は別だ。――陽子(ようこ)にとってはそれだけが気がかりだった。


 長く父親から離れていた彼女とは違い、陰斗(かげと)は父の次の転生の器を産むための装置として、また戦力として少なからず狼ノ牙(おおかみのきば)の所業に加担してしまっている。

 陽子(ようこ)自身も父の(もと)へ参加してからは悪時に手を染めているが、陰斗(かげと)はおそらく彼女の比ではない。


 そんな陰斗(かげと)を自由にするためには、皇國(こうこく)は勿論日本の行政司法にも介入させるわけにはいかなかった。


 一方でその話を聞かされた双葉(ふたば)が思ったのは、そのような縛りに囚われている陽子(ようこ)の不自由さである。

 父親の支配から抜け出したい、という思いは非常に共感できても、弟も一緒に、というのは今一つピンと来なかった。

 もし弟の本音が父親側だとするとどうするつもりなのだろうとは、口には出さないものの思っていた。


陽子(ようこ)さん……。」


 双葉(ふたば)は尋ねる。


「何、双葉(ふたば)?」

陽子(ようこ)さんはこれからどうするの? (わたし)にまだ何かできることはあるの?」


 率直な疑問だった。

 陽子(ようこ)双葉(ふたば)に求めているのは、要するに警察関係者や政治家へのコネから姉弟のしてきたことを有耶無耶にすることである。

 だが、双葉(ふたば)は最早そういった関係の人脈から切れている上、嫌悪感すら抱いている。

 そのことは、夜通し話す中で陽子(ようこ)にも伝えていた。


「そうだね……。正直に言うと、当てが外れちゃったって所かな。もうこれ以上、アンタを巻き込むわけにはいかないのかも知れない。」


 実のところ陽子(ようこ)には最終手段として、取り逃がした野愛琉(のある)に代わり双葉(ふたば)を父親に差し出すという禁じ手がある。

 そしてその手札を良くないとは思いつつも捨てきれないからこそ、別れを切り出せないのだ。


 だが、やはり陽子(ようこ)は非情になれなかったらしい。

 小さく微笑むと、彼女は双葉(ふたば)に切り出した。


「今までありがとう。やっぱり(わたし)達の問題は(わたし)達でどうにかするよ。ここまで親身になってくれて、嬉しかった……。」


 陽子(ようこ)の言葉は双葉(ふたば)との決別を意味していた。

 双葉(ふたば)にとって陽子(ようこ)は残された最後の友人だが、客観的にはどう見ても厄介ごとに縛り付ける足枷だ。

 双葉(ふたば)陽子(ようこ)にとっての陰斗(かげと)をそう見ていたように、陽子(ようこ)双葉(ふたば)にとっての自身を同じように捉えた。


陽子(ようこ)さん……。(わたし)達、もう終わりなの?」

「終わりにしよう。もう帰った方が良い。家族には嘘を吐いているんだろう? アンタはアンタで生きていくんだ。それが屹度(きっと)、アンタの幸せだか…」


 しかし、言い終わらない内にどういう訳か陽子(ようこ)の姿はその場から忽然と消えてしまった。

 一瞬、電流が火花を散らしたようにも見えた。


陽子(ようこ)さん⁉ 陽子(ようこ)さん‼ ちょっと何⁉ 何処へ行ったの⁉ 陽子(ようこ)さん‼」


 双葉(ふたば)は必死に彼女の名を呼んだ。

 だが、陽子(ようこ)の返事は無かった。


 二人の別れは唐突に、言うべきことを言い終わらぬままぶつ切りに、中途半端な形で終わりを告げてしまった。


陽子(ようこ)さん……。」


 双葉(ふたば)は独りアパートで途方に暮れる。

 しかし、そんな彼女の許に悪魔が忍び寄っていた。

 邪悪な企みを持って厄災を届けにやって来ていた。


椿(つばき)陽子(ようこ)は呼び出されてしまったようだね……。」


 見た事のある姿に、聞いた事のある声。

 双葉(ふたば)にはその少年の様な男に覚えがあった。


貴方(あなた)は確か……!」

「お久しぶりだね、久住(くずみ)双葉(ふたば)さん。武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)、首領補佐の八社女(やおとめ)征一千(せいいち)だ。貴女(あなた)とは互いにその場に居合わせた程度だったけど、覚えていて貰えて光栄だよ。」


 直接会ったのは皇國(こうこく)での駐車場で、六摂家当主達を迎撃した後での出来事限りだ。

 それに特殊防衛課としての残党狩りに参加していない彼女は、岬守(さきもり)(わたる)達ほどは根尾(ねお)弓矢(きゅうや)にその姿を何度も写真で見せられてはいない。

 だが、その邪悪などす黒い存在感は忘れようが無かった。


「何の用……?」

「そう怖がらなくても良いよ。(ぼく)(きみ)に素晴らしい取引を持ち掛けに来ただけなんだから……。」


 八社女(やおとめ)は表情に不気味な笑みを張り付け猫なで声で双葉(ふたば)に語り始めた。




⦿⦿⦿




 突然のことに、椿(つばき)陽子(ようこ)は困惑していた。

 目の前に座っているのは、父親である首領(しゅりょう)Д(デー)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)と、首輪を着けられ恍惚とした表情で甘えて寄り掛かる裸の別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)、そして、弟の道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)であった。


「これは……。一体何が……?」

「呼び出したのだ。陰斗(かげと)の術式神為(しんい)でな。陽子(ようこ)(きみ)我輩(わがはい)陰斗(かげと)を寄越すように言ったな? そんな調子の良い見え透いた(たばか)りに我輩(わがはい)が乗るとでも?」


 ぞくり、と陽子(ようこ)の背筋に怖気が奔った。

 正気を失った、狂気に歪んだ笑みを浮かべる父親。

 死んだ魚の様な眼、(とろ)け切った表情で、その父親の腰に手を回し蕩けている別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)

 術式神為(しんい)神威(カモイ)は対象となった女を道成寺(どうじょうじ)に恋い焦がれさせ、欲情させるのだ。


 更には陰斗(かげと)からも、何やらどす黒いオーラの様なものが見え隠れしている。


「どうも(きみ)はまだ自分の立場が十分にわかっていないと見える。故に、我輩(わがはい)が得た新しい力について(きみ)にも教えておいてやろう。まずこのように!」


 父親の圧倒的な神為(しんい)陽子(ようこ)の身体を弾き飛ばし、天井と激突させ落下させた。


神為(しんい)自体の凄まじいまでの向上! 己の発氣(ほっけ)神為(しんい)だけでも全てを捻じ伏せることが出来るだろう! そして、それは我輩(わがはい)だけではない! 陰斗(かげと)!」


 陰斗(かげと)は倒れている陽子(ようこ)に手を翳す。


「まさか……()めて陰斗(かげと)(わたし)よ⁉」


 しかし陽子(ようこ)の制止も虚しく、陰斗(かげと)の放った電撃が陽子(ようこ)に降り注いだ。


「ぎゃあアアアアッッ‼」

穢詛(えそ)禁呪(きんじゅ)神為(しんい)という神の摂理とは異なる力! 即ち、神為(しんい)自体を自在上昇させることが出来る! 我輩(わがはい)や、今の陰斗(かげと)の様にな!」


 陽子(ようこ)陰斗(かげと)の術式神為(しんい)には一つ大きな欠点があった。

 余りにも二人の距離が近すぎる状態で放電すると、敵だけでなく対となる姉弟にもダメージが入ってしまうのだ。

 今回はそれを、陰斗(かげと)陽子(ようこ)自身を狙ってやったものだから彼女はひとたまりもない。


(かげ)……()……。」

「最早陰斗(かげと)陽子(ようこ)(きみ)よりも我輩(わがはい)の言うことを優先して聞くのだよ。術式神為(しんい)神威(カモイ)にはそういった血の束縛力もある。だからこそ(きみ)は、我輩(わがはい)陰斗(かげと)を自由にするよう懇願し続けたのではなかったかね?」


 姉を攻撃した陰斗(かげと)の表情には公開も悲しみも一欠片として見えない。

 その姿は今父親の虜囚に堕ちている(かつ)ての「悪魔人形(デビル・ドール)別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)や、この場にいない「殺戮人形(マーダー・ドール)牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)よりも余程「人形」だった。


我輩(わがはい)穢詛(えそ)禁呪(きんじゅ)によって陰斗(かげと)の術式も進化し、自ら(きみ)の所に赴くだけでなく(きみ)を自らの所に呼び寄せることも出来るようになった。それが陽子(ようこ)、今(きみ)に起きた事だよ。」


 首領(しゅりょう)Д(デー)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)黎子(れいこ)を捨て置いて立ち上がり、陽子(ようこ)の腹を踏みつけにした。

 その眼には邪悪が満ち、完全に常軌を逸している。


「解るかね、陽子(ようこ)? 最早我輩(わがはい)を出し抜いて逃げることは出来ん!」

「ぐはっ……!」


 踏みつけの強さに陽子(ようこ)は吐血した。

 そして己の運命を呪うように、その両目からは涙が流れていた。


「畜生……。」

「ぐふふ、畜生と来たか。ならば陽子(ようこ)、選ばせてやるとしよう。」


 首領(しゅりょう)Д(デー)陽子(ようこ)を蹴り飛ばし、両腕を拡げた。


我輩(わがはい)はこれでも娘である(きみ)には一定の情を抱いている。だからこそ、革命に協力的であって欲しいし、(きみ)も所詮は『(いぬ)の民族』の一人だとは思いたくない。そこで(きみ)に問おう。(きみ)我輩(わがはい)の娘で、革命戦士か? それとも(いぬ)の民族に過ぎないのか? どちらか今ここで選びたまえ。」


 それは、逆らえば死という最後通告であった。

 服従を誓うというのが前者であり、それは陰斗(かげと)との自由を諦めるということであり、そしてそれを拒絶するならば父の敵対者として戦いを挑むことになる。


 だが、後者の選択肢に未来はない。

 一人では父だけでも勝ち目が無いのに、陰斗(かげと)まで父親の側につく。

 そして当然、自分が死ねば陰斗(かげと)は一生解放されない。


 どの道、彼女の悲願は潰えた。


 陽子(ようこ)は頭を垂れ、父親の足下に額を擦り付けた。


(わたし)を……貴方(あなた)の娘でいさせてください……。」

「成程、それが(きみ)の答えか。結構結構。」


 父親は満足げに顎髭を触っている。

 そして、とんでもないことを陽子(ようこ)に云い付けた。


「ではその証として、あの(むすめ)我輩(わがはい)に差し出し給え。」

「あの娘?」

(かつ)て公転館で(きみ)と一つ屋根の下で過ごしたあの(むすめ)久住(くずみ)双葉(ふたば)だよ。」


 陽子(ようこ)の表情は見る見るうちに青褪めていく。

 顔を上げ、涙目で首を振りながら懇願する。


「そんな……どうかそれだけは……。あの()だけは見逃してください! お願いします!」

「見逃す? 妙なことを言うね(きみ)は。我輩(わがはい)は基より、(いぬ)の民族の一匹も見逃すつもりなど無いのだよ。この意味が解らないほど愚かかね?」


 絶望、そのどす黒い闇が陽子(ようこ)を包み込んでいく。

 そうか、そういうことか。

 父親に降った以上、双葉(ふたば)の味方でいる為には双葉(ふたば)もまた父親に降らせなければならない。


「わかり……ました……。呼び出して落ち合い、連れて来ます。」

「連れてくる必要は無いよ。また陰斗(かげと)の術式でその(むすめ)ごとこちらが連れて来よう。そうすれば、あの(むすめ)が尾行されていても安全だ。ああ、そう言えばこの無能な我が娘のせいで牧辻(ひらつじ)の女がまだ逃げたままだったね。我々は場所を変えておこうか。では陽子(ようこ)、すぐに行き給え。」

「はい……。」


 陽子(ようこ)は立ち上がり、それ以上は何も言わずにアパートの一室から出て行った。




⦿⦿⦿




 久住(くずみ)双葉(ふたば)八社女(やおとめ)征一千(せいいち)から衝撃的な事実を聞かされていた。


「じゃあ陽子(ようこ)さんは……もうお父さんから逃げられない……?」

「そうだね。自分一人の力じゃまず無理だ。弟の新たな力、父親の支配力と狂気……。あらゆる条件が彼女に詰みを宣告している。」

「そんな……。」


 塞ぎ込む双葉(ふたば)

 そんな彼女を前に、八社女(やおとめ)の目が妖しく光る。


「ただし、(ぼく)から首領に言えば考えを変えてくれるかもしれない。」

「ほ、本当?」

「ああ、本当さ。(そもそ)も、彼に力を与えたのは(ぼく)だからね。いくら彼が己の力に溺れているとて、(ぼく)の言うことは無下にできない筈さ。」


 双葉(ふたば)は縋る様な眼で八社女(やおとめ)を見上げた。

 最早希望は彼だけだった。

 そして八社女(やおとめ)は邪悪な企みを含んだ笑みで、彼女に持ち掛ける。


「そこで、一つ取引をしようじゃないか。」

「取引?」

「今から言うことを君がやってくれたら、(ぼく)から陽子(ようこ)陰斗(かげと)姉弟を解放するよう首領に言ってあげよう。」


 双葉(ふたば)は少し考え込んだ。

 八社女(やおとめ)は決して信用できる人間ではない。

 陽子(ようこ)八社女(やおとめ)を「胡散臭い」と評した。

 だが、彼女には他に方法が思い浮かばなかった。


(わたし)は何をすればいいんですか?」


 双葉(ふたば)は覚悟を決めた。

 陽子(ようこ)陰斗(かげと)を解放する為なら何でもすると言っていた。

 それ以外の事はどうでもいいと。

 だが、公転館の日々によって双葉(ふたば)だけは例外になったと言ってくれた。


 ならば自分も、陽子(ようこ)を解放する為に何でもしよう。

 そんな彼女の表情を見て、八社女(やおとめ)は不気味なほど優しく微笑んだ。


(きみ)は、一時期特殊防衛課の一員として戦っただけでなく、元国会議員、(すめらぎ)奏手(かなで)防衛大臣の下でも働いたそうじゃないか。」

「はい……。」

「ならば見ているだろう? (すめらぎ)奏手(かなで)皇國(こうこく)との戦いで日本を守る為という名目のもと多くの違法行為に手を染めている。ま、それは表向きの目的で本音は自分の出世の為だろうけどね。それを今から紹介するジャーナリストに曝露し、彼女を破滅させてほしい。」


 双葉(ふたば)は前線から外された時、一時的に(すめらぎ)奏手(かなで)直々の預かりとなっていた。

 だがそれ以前に、(すめらぎ)のしてきたことが法的には完全にアウトな所業を強引な理論で正当化したものであることはよくわかっていた。


 今、選挙に勝った野党は早期の国会召集を求めている。

 それが実現すれば首班指名が行われ、政権が変わることになるのだが、新たな政権となれば今狼ノ牙(おおかみのきば)を追い詰めている特殊防衛課は新政権の意向で動きを止められてしまう可能性が濃厚だった。


 その為、総理大臣は今野党や世論の圧力に耐えどうにか国会召集を先延ばしにしているが、ここで(すめらぎ)の犯罪行為が暴露されればおそらく保たないだろう。

 それこそが狼ノ牙(おおかみのきば)首領補佐・八社女(やおとめ)征一千(せいいち)の狙いだった。


 これに対し、双葉(ふたば)が抱いた感想は実に簡単なものだった。


 何だ、そんなことでいいのか。――彼女は(すめらぎ)を庇おうとも、狼ノ牙(おおかみのきば)の捜査を続けさせようとも全く思っていなかった。


「そんなことで良いなら喜んで。」

「くくく、いい答えだね。」


 双葉(ふたば)にとって、(すめらぎ)奏手(かなで)は嫌悪の対象の一人でしかない。

 如何に彼女が出世しようが、総理大臣になろうが、それは既存の社会規範に乗っかった結果に過ぎない。


 それどころか、(すめらぎ)は「公の為の滅私の奉仕」という社会の規範を押し付けすぎる。

 (すめらぎ)は女性であっても、女性の為の社会の味方などではない。

 よって、庇う理由など無い。

 むしろ、積極的に除かなくてはならない。


「今の答えで契約は成立した。すぐに(ぼく)の言う場所に行くと良い。その記者は待っている。洗い浚いを話してしまうんだ。(ぼく)は彼女からの連絡を待ち、取材が終わった時点で首領に話しに行こう。」

「わかりました。」


 八社女(やおとめ)双葉(ふたば)にメモを渡すとその場から忽然と消えてしまった。

 双葉(ふたば)はそのメモを握り締めると、アパートを後にした。



⦿⦿



 双葉(ふたば)がアパートを出て来たところを発見した尾行の男は彼女の追跡を再開しようとした。

 しかし、そんな彼の前に一人の男が立ち塞がった。


「なっ⁉ お(まえ)は一体……?」

武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)、首領補佐の八社女(やおとめ)征一千(せいいち)。そして、(ぼく)が自分から名乗るのは直ぐに死んで貰う相手だけだ。」


 八社女(やおとめ)の貫手が尾行の男の腹部を突き抜けた。

 東瀛丸(とうえいがん)を飲んでいない彼にとって、それは致命傷となる一撃だった。


「とりあえず、一通り(ごみ)掃除はしてやるか……。」

「手伝うか?」


 八社女(やおとめ)に一人の大男が話しかける。

 神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)の一人、推城(つきしろ)朔馬(さくま)だ。


「後何人いるか、解るかい?」

「気配からすると三人だな。」

「では二人頼むよ。(ぼく)はもう一人を始末する。」

「あいわかった。」


 この後、久住(くずみ)双葉(ふたば)についていた尾行は八社女(やおとめ)征一千(せいいち)推城(つきしろ)朔馬(さくま)によって全滅の憂き目に遭う。

 そして根尾(ねお)弓矢(きゅうや)のもとに定期連絡が途絶えたことが伝えられた時には、双葉(ふたば)の裏切りは全て終わっていた。




⦿⦿⦿




 その後、必死に双葉(ふたば)に連絡を取ろうとしていた陽子(ようこ)は再び陰斗(かげと)の術式で呼び戻された。


「ま、待って! 何故か繋がらないんだ! 決して躊躇(ためら)っていたわけじゃない!」


 しかし、弁明した直後に陽子(ようこ)はこの場の人間が一人増えていることに気が付いた。


「やあ、久しぶりだね陽子(ようこ)さん。」

「や、八社女(やおとめ)首領補佐……。」


 背の高く、足元に首輪をつけた裸の美女を侍らせている長身の父親の傍らに、弟と向き合うようにその男は不敵な笑みを浮かべて立っていた。


陽子(ようこ)さん、もう久住(くずみ)双葉(ふたば)を呼び出す必要は無いよ。」

「ど、どういうことですか?」

「彼女は(ぼく)狼ノ牙(おおかみのきば)にとっての最大の障害を取り除くために動いてくれた。」

「ふむ……。」


 首領(しゅりょう)Д(デー)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)は顎髭を弄っている。


「それに免じて、陽子(ようこ)陰斗(かげと)を解放して欲しい、というのがその久住(くずみ)双葉(ふたば)の願いという訳だね?」

「そういうこと。だがまあ、首領としてもおいそれと首を縦に振れないのは解る。そこで、こういう取引はどうだろう?」


 二人の交渉の行く末を陽子(ようこ)は唯々見守る事しか出来ないでいた。

 そしてどうやら、八社女(やおとめ)の提案はこういうものらしい。


「今後、陽子(ようこ)陰斗(かげと)姉弟は(ぼく)が預かろう。(きみ)(もと)からは離れるので久住(くずみ)双葉(ふたば)との取引には反しないし、首領補佐の(ぼく)が従えれば組織との繋がりが切れるわけじゃない。首領、(きみ)は一人になってしまうが、敵の組織も間もなく動けなくなるだろう。個人として(きみ)を狩りに来るかもしれないが、今の(きみ)ならば力で捻じ伏せられるだろう?」

「確かに……。そうして我輩(わがはい)はこの弱小国家で組織を再建し、再びの革命へと乗り出すわけか。」

「そういうこと。一応女も用意できているみたいだし、前と同じように社会への不満分子を煽れば人員は集まるだろう? その時、最早姉弟が必要無くなっていれば……。」

「……まあいいだろう。そういうことならね。」


 どうやら、陽子(ようこ)にとって思わぬところで物事が良く運んだらしい。

 彼女の頬に涙が伝った。

 自分は双葉(ふたば)を差し出すつもりだったのに、その双葉(ふたば)が呑んだ取引のお陰で道が開けた。


「ごめん双葉(ふたば)……。(わたし)……。ありがとう……。」


 こうして、道成寺(どうじょうじ)別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)にコートを羽織らせて姉弟及び八社女(やおとめ)と別行動をとり始めた。



⦿⦿



 アパートから如何にも怪しげな痩せた長身、髭面の壮年男とコートを羽織った碧眼金髪の女が出てきた。


 その様子を、陰から一人の少女が紅い双眸を光らせて睨んでいた。


道成寺(どうじょうじ)……やっと一人に……。黎子(れいこ)、今助ける……。」


 牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)が銀髪を靡かせ、夕暮れ時の住宅街を急ごうとする首領(しゅりょう)Д(デー)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)の前に立ち塞がった。

次回更新は、11月10日㈬

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