第八十七話 取引
前回
岬守航及び麗真魅琴と決別した久住双葉は嘗てのいじめっ子、曽良野千花と再会したことで航と魅琴と離れ離れだった四年間のことを思い起こす。
その後、再び椿陽子から連絡を受けた双葉は彼女と落ち合い、行動を共にする。
一方、武装戦隊・狼ノ牙の首領Д・道成寺太は息子である陰斗と共に、虜囚とした別府幡黎子に凄惨な拷問を加え、彼女を屈服させていた。
その報せは、公殿鳴門から直接魅継東風美へと伝えられた。
前夜の惨劇、超級相当の為動機神体襲撃による魅継本家は壊滅。
そして魅継家は偶々日本に派遣されていた東風美を残し皆殺しにされたという、俄かには信じられない悲報だった。
「一体どうして……⁉」
電話で連絡を受けた東風美は呆然としていた。
その後の公殿の言葉もどれだけ頭に入っているか怪しいものだ。
『兎に角、この件は我々が調査する。お前の身柄も某が責任を持って預かろう。お前はお前のやるべきことに専念せよ、良いな?』
通話を終えた東風美は頭を抱えてベッドに座り込んだ。
突然伝えられた、一族の滅亡。
生まれて初めて国を出て、彼女には悪いことばかりが降り掛かっている。
「まず……黎子と野愛琉を探さないと……。椿陽子の血痕から探った足跡……。その何処かに囚われている筈……。」
久住双葉が倒れていた現場には戦った痕跡が残されていた。
その中からDNAを特定できるものが採取できれば、東風美にはその人物の足跡を辿ることが出来る。
久住双葉の証言から、椿陽子と彼女が別府幡黎子と牧辻野愛琉のコンビと戦ったことは判っている。
その内、双葉、黎子、野愛琉のうち誰のものでもない血痕、即ち陽子のもの。
そこから武装戦隊・狼ノ牙の隠れ家を捜し出すことが、今の彼女に与えられた任務である。
それで判ったことだが、どうやら椿陽子は雨風を凌げる隠れ家をいくつも用意しているらしい。
屋渡倫駆郎や沙華珠枝が滞在していたのはその内の一つに過ぎず、武装戦隊・狼ノ牙は陽子が用意したこれらの拠点を移動しているようだ。
だが逆に、陽子の足跡から怪しい場所を絞り込んで虱潰しに当たってしまえば確実に敵とぶち当たることになる。
また、狼ノ牙は先んじてこの国に入国していた陽子を頼って転移してきた筈で、彼女が確保した居場所以外を他のメンバーが用意しているとは考えにくい。
愈々、武装戦隊・狼ノ牙の残党狩りは大詰めを迎える。――特殊防衛課や皇國から派遣された魅継東風美と水徒端早辺子はそう確信して止まなかった。
黎子と野愛琉の救出も時間の問題だと思われた。
だが、敵は今この時恐るべきことを画策していた。
そのターゲットは、誰も予想だにしない人物だった。
⦿⦿⦿
久住双葉と椿陽子はアパートの一室で二人一夜を明かした。
今この場に陽子は東瀛丸を持って来ておらず、双葉が力を使うことは出来ない。
早く場所を変えるか、牧辻野愛琉を再度確保しなければ、父と弟の居場所が野愛琉から発覚してしまう。――陽子はそんな心配事から一睡もできなかったようだ。
尤も、東瀛丸で神為を身に着けた彼女にとって睡眠不足はそれほど苦ではなく、戦闘のパフォーマンスに何ら問題は無い。
また、父親が捕まってしまうことなど彼女にとって一向に構わない。
だが、陰斗は別だ。――陽子にとってはそれだけが気がかりだった。
長く父親から離れていた彼女とは違い、陰斗は父の次の転生の器を産むための装置として、また戦力として少なからず狼ノ牙の所業に加担してしまっている。
陽子自身も父の許へ参加してからは悪時に手を染めているが、陰斗はおそらく彼女の比ではない。
そんな陰斗を自由にするためには、皇國は勿論日本の行政司法にも介入させるわけにはいかなかった。
一方でその話を聞かされた双葉が思ったのは、そのような縛りに囚われている陽子の不自由さである。
父親の支配から抜け出したい、という思いは非常に共感できても、弟も一緒に、というのは今一つピンと来なかった。
もし弟の本音が父親側だとするとどうするつもりなのだろうとは、口には出さないものの思っていた。
「陽子さん……。」
双葉は尋ねる。
「何、双葉?」
「陽子さんはこれからどうするの? 私にまだ何かできることはあるの?」
率直な疑問だった。
陽子が双葉に求めているのは、要するに警察関係者や政治家へのコネから姉弟のしてきたことを有耶無耶にすることである。
だが、双葉は最早そういった関係の人脈から切れている上、嫌悪感すら抱いている。
そのことは、夜通し話す中で陽子にも伝えていた。
「そうだね……。正直に言うと、当てが外れちゃったって所かな。もうこれ以上、アンタを巻き込むわけにはいかないのかも知れない。」
実のところ陽子には最終手段として、取り逃がした野愛琉に代わり双葉を父親に差し出すという禁じ手がある。
そしてその手札を良くないとは思いつつも捨てきれないからこそ、別れを切り出せないのだ。
だが、やはり陽子は非情になれなかったらしい。
小さく微笑むと、彼女は双葉に切り出した。
「今までありがとう。やっぱり私達の問題は私達でどうにかするよ。ここまで親身になってくれて、嬉しかった……。」
陽子の言葉は双葉との決別を意味していた。
双葉にとって陽子は残された最後の友人だが、客観的にはどう見ても厄介ごとに縛り付ける足枷だ。
双葉が陽子にとっての陰斗をそう見ていたように、陽子も双葉にとっての自身を同じように捉えた。
「陽子さん……。私達、もう終わりなの?」
「終わりにしよう。もう帰った方が良い。家族には嘘を吐いているんだろう? アンタはアンタで生きていくんだ。それが屹度、アンタの幸せだか…」
しかし、言い終わらない内にどういう訳か陽子の姿はその場から忽然と消えてしまった。
一瞬、電流が火花を散らしたようにも見えた。
「陽子さん⁉ 陽子さん‼ ちょっと何⁉ 何処へ行ったの⁉ 陽子さん‼」
双葉は必死に彼女の名を呼んだ。
だが、陽子の返事は無かった。
二人の別れは唐突に、言うべきことを言い終わらぬままぶつ切りに、中途半端な形で終わりを告げてしまった。
「陽子さん……。」
双葉は独りアパートで途方に暮れる。
しかし、そんな彼女の許に悪魔が忍び寄っていた。
邪悪な企みを持って厄災を届けにやって来ていた。
「椿陽子は呼び出されてしまったようだね……。」
見た事のある姿に、聞いた事のある声。
双葉にはその少年の様な男に覚えがあった。
「貴方は確か……!」
「お久しぶりだね、久住双葉さん。武装戦隊・狼ノ牙、首領補佐の八社女征一千だ。貴女とは互いにその場に居合わせた程度だったけど、覚えていて貰えて光栄だよ。」
直接会ったのは皇國での駐車場で、六摂家当主達を迎撃した後での出来事限りだ。
それに特殊防衛課としての残党狩りに参加していない彼女は、岬守航達ほどは根尾弓矢にその姿を何度も写真で見せられてはいない。
だが、その邪悪などす黒い存在感は忘れようが無かった。
「何の用……?」
「そう怖がらなくても良いよ。僕は君に素晴らしい取引を持ち掛けに来ただけなんだから……。」
八社女は表情に不気味な笑みを張り付け猫なで声で双葉に語り始めた。
⦿⦿⦿
突然のことに、椿陽子は困惑していた。
目の前に座っているのは、父親である首領Д・道成寺太と、首輪を着けられ恍惚とした表情で甘えて寄り掛かる裸の別府幡黎子、そして、弟の道成寺陰斗であった。
「これは……。一体何が……?」
「呼び出したのだ。陰斗の術式神為でな。陽子、君は我輩に陰斗を寄越すように言ったな? そんな調子の良い見え透いた謀りに我輩が乗るとでも?」
ぞくり、と陽子の背筋に怖気が奔った。
正気を失った、狂気に歪んだ笑みを浮かべる父親。
死んだ魚の様な眼、蕩け切った表情で、その父親の腰に手を回し蕩けている別府幡黎子。
術式神為・神威は対象となった女を道成寺に恋い焦がれさせ、欲情させるのだ。
更には陰斗からも、何やらどす黒いオーラの様なものが見え隠れしている。
「どうも君はまだ自分の立場が十分にわかっていないと見える。故に、我輩が得た新しい力について君にも教えておいてやろう。まずこのように!」
父親の圧倒的な神為が陽子の身体を弾き飛ばし、天井と激突させ落下させた。
「神為自体の凄まじいまでの向上! 己の発氣神為だけでも全てを捻じ伏せることが出来るだろう! そして、それは我輩だけではない! 陰斗!」
陰斗は倒れている陽子に手を翳す。
「まさか……止めて陰斗! 私よ⁉」
しかし陽子の制止も虚しく、陰斗の放った電撃が陽子に降り注いだ。
「ぎゃあアアアアッッ‼」
「穢詛禁呪は神為という神の摂理とは異なる力! 即ち、神為自体を自在上昇させることが出来る! 我輩や、今の陰斗の様にな!」
陽子と陰斗の術式神為には一つ大きな欠点があった。
余りにも二人の距離が近すぎる状態で放電すると、敵だけでなく対となる姉弟にもダメージが入ってしまうのだ。
今回はそれを、陰斗が陽子自身を狙ってやったものだから彼女はひとたまりもない。
「陰……斗……。」
「最早陰斗は陽子、君よりも我輩の言うことを優先して聞くのだよ。術式神為・神威にはそういった血の束縛力もある。だからこそ君は、我輩に陰斗を自由にするよう懇願し続けたのではなかったかね?」
姉を攻撃した陰斗の表情には公開も悲しみも一欠片として見えない。
その姿は今父親の虜囚に堕ちている嘗ての「悪魔人形」別府幡黎子や、この場にいない「殺戮人形」牧辻野愛琉よりも余程「人形」だった。
「我輩の穢詛禁呪によって陰斗の術式も進化し、自ら君の所に赴くだけでなく君を自らの所に呼び寄せることも出来るようになった。それが陽子、今君に起きた事だよ。」
首領Д・道成寺太は黎子を捨て置いて立ち上がり、陽子の腹を踏みつけにした。
その眼には邪悪が満ち、完全に常軌を逸している。
「解るかね、陽子? 最早我輩を出し抜いて逃げることは出来ん!」
「ぐはっ……!」
踏みつけの強さに陽子は吐血した。
そして己の運命を呪うように、その両目からは涙が流れていた。
「畜生……。」
「ぐふふ、畜生と来たか。ならば陽子、選ばせてやるとしよう。」
首領Дは陽子を蹴り飛ばし、両腕を拡げた。
「我輩はこれでも娘である君には一定の情を抱いている。だからこそ、革命に協力的であって欲しいし、君も所詮は『狗の民族』の一人だとは思いたくない。そこで君に問おう。君は我輩の娘で、革命戦士か? それとも狗の民族に過ぎないのか? どちらか今ここで選びたまえ。」
それは、逆らえば死という最後通告であった。
服従を誓うというのが前者であり、それは陰斗との自由を諦めるということであり、そしてそれを拒絶するならば父の敵対者として戦いを挑むことになる。
だが、後者の選択肢に未来はない。
一人では父だけでも勝ち目が無いのに、陰斗まで父親の側につく。
そして当然、自分が死ねば陰斗は一生解放されない。
どの道、彼女の悲願は潰えた。
陽子は頭を垂れ、父親の足下に額を擦り付けた。
「私を……貴方の娘でいさせてください……。」
「成程、それが君の答えか。結構結構。」
父親は満足げに顎髭を触っている。
そして、とんでもないことを陽子に云い付けた。
「ではその証として、あの娘を我輩に差し出し給え。」
「あの娘?」
「嘗て公転館で君と一つ屋根の下で過ごしたあの娘、久住双葉だよ。」
陽子の表情は見る見るうちに青褪めていく。
顔を上げ、涙目で首を振りながら懇願する。
「そんな……どうかそれだけは……。あの娘だけは見逃してください! お願いします!」
「見逃す? 妙なことを言うね君は。我輩は基より、狗の民族の一匹も見逃すつもりなど無いのだよ。この意味が解らないほど愚かかね?」
絶望、そのどす黒い闇が陽子を包み込んでいく。
そうか、そういうことか。
父親に降った以上、双葉の味方でいる為には双葉もまた父親に降らせなければならない。
「わかり……ました……。呼び出して落ち合い、連れて来ます。」
「連れてくる必要は無いよ。また陰斗の術式でその娘ごとこちらが連れて来よう。そうすれば、あの娘が尾行されていても安全だ。ああ、そう言えばこの無能な我が娘のせいで牧辻の女がまだ逃げたままだったね。我々は場所を変えておこうか。では陽子、すぐに行き給え。」
「はい……。」
陽子は立ち上がり、それ以上は何も言わずにアパートの一室から出て行った。
⦿⦿⦿
久住双葉は八社女征一千から衝撃的な事実を聞かされていた。
「じゃあ陽子さんは……もうお父さんから逃げられない……?」
「そうだね。自分一人の力じゃまず無理だ。弟の新たな力、父親の支配力と狂気……。あらゆる条件が彼女に詰みを宣告している。」
「そんな……。」
塞ぎ込む双葉。
そんな彼女を前に、八社女の目が妖しく光る。
「ただし、僕から首領に言えば考えを変えてくれるかもしれない。」
「ほ、本当?」
「ああ、本当さ。抑も、彼に力を与えたのは僕だからね。いくら彼が己の力に溺れているとて、僕の言うことは無下にできない筈さ。」
双葉は縋る様な眼で八社女を見上げた。
最早希望は彼だけだった。
そして八社女は邪悪な企みを含んだ笑みで、彼女に持ち掛ける。
「そこで、一つ取引をしようじゃないか。」
「取引?」
「今から言うことを君がやってくれたら、僕から陽子陰斗姉弟を解放するよう首領に言ってあげよう。」
双葉は少し考え込んだ。
八社女は決して信用できる人間ではない。
陽子も八社女を「胡散臭い」と評した。
だが、彼女には他に方法が思い浮かばなかった。
「私は何をすればいいんですか?」
双葉は覚悟を決めた。
陽子は陰斗を解放する為なら何でもすると言っていた。
それ以外の事はどうでもいいと。
だが、公転館の日々によって双葉だけは例外になったと言ってくれた。
ならば自分も、陽子を解放する為に何でもしよう。
そんな彼女の表情を見て、八社女は不気味なほど優しく微笑んだ。
「君は、一時期特殊防衛課の一員として戦っただけでなく、元国会議員、皇奏手防衛大臣の下でも働いたそうじゃないか。」
「はい……。」
「ならば見ているだろう? 皇奏手は皇國との戦いで日本を守る為という名目のもと多くの違法行為に手を染めている。ま、それは表向きの目的で本音は自分の出世の為だろうけどね。それを今から紹介するジャーナリストに曝露し、彼女を破滅させてほしい。」
双葉は前線から外された時、一時的に皇奏手直々の預かりとなっていた。
だがそれ以前に、皇のしてきたことが法的には完全にアウトな所業を強引な理論で正当化したものであることはよくわかっていた。
今、選挙に勝った野党は早期の国会召集を求めている。
それが実現すれば首班指名が行われ、政権が変わることになるのだが、新たな政権となれば今狼ノ牙を追い詰めている特殊防衛課は新政権の意向で動きを止められてしまう可能性が濃厚だった。
その為、総理大臣は今野党や世論の圧力に耐えどうにか国会召集を先延ばしにしているが、ここで皇の犯罪行為が暴露されればおそらく保たないだろう。
それこそが狼ノ牙首領補佐・八社女征一千の狙いだった。
これに対し、双葉が抱いた感想は実に簡単なものだった。
何だ、そんなことでいいのか。――彼女は皇を庇おうとも、狼ノ牙の捜査を続けさせようとも全く思っていなかった。
「そんなことで良いなら喜んで。」
「くくく、いい答えだね。」
双葉にとって、皇奏手は嫌悪の対象の一人でしかない。
如何に彼女が出世しようが、総理大臣になろうが、それは既存の社会規範に乗っかった結果に過ぎない。
それどころか、皇は「公の為の滅私の奉仕」という社会の規範を押し付けすぎる。
皇は女性であっても、女性の為の社会の味方などではない。
よって、庇う理由など無い。
むしろ、積極的に除かなくてはならない。
「今の答えで契約は成立した。すぐに僕の言う場所に行くと良い。その記者は待っている。洗い浚いを話してしまうんだ。僕は彼女からの連絡を待ち、取材が終わった時点で首領に話しに行こう。」
「わかりました。」
八社女は双葉にメモを渡すとその場から忽然と消えてしまった。
双葉はそのメモを握り締めると、アパートを後にした。
⦿⦿
双葉がアパートを出て来たところを発見した尾行の男は彼女の追跡を再開しようとした。
しかし、そんな彼の前に一人の男が立ち塞がった。
「なっ⁉ お前は一体……?」
「武装戦隊・狼ノ牙、首領補佐の八社女征一千。そして、僕が自分から名乗るのは直ぐに死んで貰う相手だけだ。」
八社女の貫手が尾行の男の腹部を突き抜けた。
東瀛丸を飲んでいない彼にとって、それは致命傷となる一撃だった。
「とりあえず、一通り塵掃除はしてやるか……。」
「手伝うか?」
八社女に一人の大男が話しかける。
神瀛帯熾天王の一人、推城朔馬だ。
「後何人いるか、解るかい?」
「気配からすると三人だな。」
「では二人頼むよ。僕はもう一人を始末する。」
「あいわかった。」
この後、久住双葉についていた尾行は八社女征一千と推城朔馬によって全滅の憂き目に遭う。
そして根尾弓矢のもとに定期連絡が途絶えたことが伝えられた時には、双葉の裏切りは全て終わっていた。
⦿⦿⦿
その後、必死に双葉に連絡を取ろうとしていた陽子は再び陰斗の術式で呼び戻された。
「ま、待って! 何故か繋がらないんだ! 決して躊躇っていたわけじゃない!」
しかし、弁明した直後に陽子はこの場の人間が一人増えていることに気が付いた。
「やあ、久しぶりだね陽子さん。」
「や、八社女首領補佐……。」
背の高く、足元に首輪をつけた裸の美女を侍らせている長身の父親の傍らに、弟と向き合うようにその男は不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「陽子さん、もう久住双葉を呼び出す必要は無いよ。」
「ど、どういうことですか?」
「彼女は僕達狼ノ牙にとっての最大の障害を取り除くために動いてくれた。」
「ふむ……。」
首領Д・道成寺太は顎髭を弄っている。
「それに免じて、陽子と陰斗を解放して欲しい、というのがその久住双葉の願いという訳だね?」
「そういうこと。だがまあ、首領としてもおいそれと首を縦に振れないのは解る。そこで、こういう取引はどうだろう?」
二人の交渉の行く末を陽子は唯々見守る事しか出来ないでいた。
そしてどうやら、八社女の提案はこういうものらしい。
「今後、陽子陰斗姉弟は僕が預かろう。君の許からは離れるので久住双葉との取引には反しないし、首領補佐の僕が従えれば組織との繋がりが切れるわけじゃない。首領、君は一人になってしまうが、敵の組織も間もなく動けなくなるだろう。個人として君を狩りに来るかもしれないが、今の君ならば力で捻じ伏せられるだろう?」
「確かに……。そうして我輩はこの弱小国家で組織を再建し、再びの革命へと乗り出すわけか。」
「そういうこと。一応女も用意できているみたいだし、前と同じように社会への不満分子を煽れば人員は集まるだろう? その時、最早姉弟が必要無くなっていれば……。」
「……まあいいだろう。そういうことならね。」
どうやら、陽子にとって思わぬところで物事が良く運んだらしい。
彼女の頬に涙が伝った。
自分は双葉を差し出すつもりだったのに、その双葉が呑んだ取引のお陰で道が開けた。
「ごめん双葉……。私……。ありがとう……。」
こうして、道成寺は別府幡黎子にコートを羽織らせて姉弟及び八社女と別行動をとり始めた。
⦿⦿
アパートから如何にも怪しげな痩せた長身、髭面の壮年男とコートを羽織った碧眼金髪の女が出てきた。
その様子を、陰から一人の少女が紅い双眸を光らせて睨んでいた。
「道成寺……やっと一人に……。黎子、今助ける……。」
牧辻野愛琉が銀髪を靡かせ、夕暮れ時の住宅街を急ごうとする首領Д・道成寺太の前に立ち塞がった。
次回更新は、11月10日㈬




