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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第三部:魔人無用!
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七十四話:イ・マッチの情報



 闘技場の中で人気(ひとけ)のない通路を選んで、ゾウステは話し始めた。


「どうにもカイジンの旦那とナギの嬢ちゃんをまとめてやろうって話があるみたいですぜ」


 フィリシアはその事実に不可解なものを感じた。魔人であるサブローはともかく、勇者であるナギまで狙われるとは思っていなかったからだ。ミコもその部分を疑っている。

 ただし、ドンモだけは慣れているようにただ黙って頷いた。


「またか、あいつ」

「また……ですか?」

「フィリシアは知らないわよね。ナギはああいう性格でしょ。各方面にケンカを売ったせいで恨まれて、命まで狙われているのよ。広場で言ったように暗殺者に狙われたことも一度や二度じゃないわ」

「この情報を手に入れたイ・マッチの王子様もさすがに今回は見逃せないって、『名前はまだない』を展開しているようですぜ。王国でも世話になってたから頭が上がらねえ」


 ゾウステはまだ見ぬ勇者への感謝を口にする。平時ならナギの自業自得だが、魔王が降臨している今の状況で勇者を減らそうとした行為を知り、話題の王子は動くことを決めたらしい。


「急いで首謀者を見つけませんと!」

「いや、今回は魔物を使った襲撃のようだから、出てきたらラムカナの旦那たちに処理を頼みたい、と指示してきた。現行犯で『名前はまだない』に捕らえさせるためにな。ラムカナの旦那、いけますかい?」

「誰に物を言っているのよ。それにミコもフィリシアも手伝ってくれるんでしょう?」


 一にも二にもなく、声をかけられた二人は了承した。ゾウステは納得いかなそうな顔をする。


「手伝うって……フィリシアの嬢ちゃんに、ミコの嬢ちゃんが?」

「あら、ミコは魔人を倒せるくらい強いわよ。アンタもセクハラするなら命を賭けなさいよね」


 うへぇ、と彼は身震いをした。セクハラをするつもりだったのだろうかとフィリシアは呆れかえる。


「それにフィリシアもミコに鍛えられすごく強くなったんだから。この闘技場に置かれている魔物程度なら、楽に倒せるわ」

「マジか、そいつは心強い……ん? もしかしてイ・マッチの王子様はこのことを知っていたのか?」


 どういうことか尋ねると、ゾウステはこの指示を受けたときことを話し始めた。

 彼はドンモたちに一時報告するために、王国の活動は『名前はまだない』に引継ぎを頼んだ。そしてエグリアに帰ってきた時、特徴のつかめない男に『名前はまだない』の一員と証を見せられ、イ・マッチの新たな情報を提供された。

 どうにもまたナギが命を狙われたこと、その標的には勇者に選ばれたサブローも入っていること、闘技場で魔物をけしかけて事故死に見せかけることを教えられた。

 割とずさんな計画にゾウステは呆れかえったが、被害が出るとまずいので早めに対応した方がいいのではないかと提案する。すると相手は現行犯が望ましく、ドンモとサブローの仲間なら対処できると主張をしてきた。


「俺はそんときのカイジンの旦那の仲間ってのがピンとこなかったけど、話を聞く限りミコの嬢ちゃんとフィリシアの嬢ちゃんくさいな」

「もう地の里のことを知ったのかしら。相変わらず耳が早いわね」


 ひとまず、親衛隊にも伝えねばならない。フィリシアはアートたちとの合流を急いだ。




 話を聞いたアートは歯ぎしりをし、会場の各所に親衛隊を散らせた。フィリシアたちについたベティが介入しやすい場所だと席に案内をする。


「ナギの命を狙うなんて、愚かな真似です」


 吐き捨てる彼女の顔がとても冷たかった。フィリシアとしてもサブローの命を狙っている以上、犯人に容赦する気はないが。

 広めの、けっこう値の張りそうな指定席へとたどり着く。ナギの意思でフィリシアたちにはよく見てほしいと準備したそうだ。

 闘技場の席は一般人が多く詰められる普通席と、貴族や大商人が金を出すことによって座れる貴賓席に分かれている。

 今回案内されたのは後者で区切られた一画が広く、日差しを避けるための屋根と柔らかい座席が用意されていた。妾を侍らせている大商人や、騎士が護衛する貴族らしい一団が両隣の貴賓席を占めている。


「ここからなら、魔物の乱入があってもドンモ様たちなら対処ができるはずです」

「不意打ちでの介入ならともかく、イ・マッチのおかげで割れているしね。事前に知っていればどうとでもなるわよ」


 ドンモに同意する。フィリシアとミコもいつでも天使の輪を起動していいように準備を済ませた。

 円形に作られた闘技場にナギとサブローが入場してくる。会場は盛り上がり、口々に勇者のナギを称えた。サブローだって創星に選ばれたというのにである。


「すごいですね、サブローさん。この状況で落ち着いています」

「どっか抜けているからなー、あいつ」


 ミコが心配そうにぼやいた。フィリシアもサブローのことが気になって仕方がない。自分のことを省みない人なので、このアウェー状態でもしょうがないと考えていそうだ。

 もう少し理不尽に怒ったり、悲しんだりしてくれればいいのに。

 やがて二人は親しげに言葉を交わす。魔人を勇者が成敗する見世物だと思っていた観客の中に戸惑いが生じた。

 それにしてもナギの声はよく通り、この広い会場の隅々まで届いていた。

 やがてサブローは身を魔人に変えて、聖剣を触手に持たせる。小さな悲鳴が観客席のあちこちから聞こえ、フィリシアは唇をかんだ。


「ふふ、初めて見たときから思っていたが、その姿は美しいな!」


 陶酔したような声が響き渡り、会場に再び困惑が訪れる。親しげな様子が幻でないと、魔人を褒め称えるナギの姿が明確に伝えていた。

 そしてこちらが恥ずかしくなるほどの好意を彼女は伝え、さすがのサブローも赤くなっていた。あの表情の変化がつかみにくい魔人の姿で。


「サブローさん羨ましいです。嫉妬してしまいそう」


 ベティは正直に自分の心情を吐露した。他の親衛隊も似たような反応だろうと小さく微笑む。

 フィリシアもナギが羨ましくて仕方がない。あそこまでストレートに好意を伝えられれば、いまの関係を変えられるだろうか。いまいち踏ん切りがつかない。

 やがて始まりのドラが鳴り、二人が接近する。激しい衝突音が会場に響き渡った。



◆◆◆



 触手を使わせるのはマズいと判断したのか、ナギが超接近戦を仕掛け続けていた。拳と斬撃を組み合わせ、魔人の膂力に拮抗をしている。実に厄介だった。

 フッ、とナギの小柄な身体が沈んだ。半身で剣を構え、期待に両眼を輝かせている。サブローは急いで触腕を動かし、聖剣に両手を添えて眼前に構えた。

 稲妻が地から天へと昇り、衝撃が全身に伝わった。下段からの剣の一閃を受け止めたのだ。まともに食らえば魔人の身体といえどただでは済まない斬撃の衝撃に、両腕がしびれて自由を奪われる。相手は剣を振りかぶって二撃目を準備していた。

 サブローは触手を地面に突き刺し、身体を引き寄せる。逃げるとみて相手が追撃した瞬間、今度は全身を押し出し、地を蹴って加速した。白い革鎧に全身をぶつけて弾き飛ばす。

 地面を転がるナギに追撃をしたかったが、まずは腕のしびれが抜けるのを待つ。瞬間、肩がわずかに血を吹き出した。あの不意打ちに反撃した事実を知らされて背筋が寒くなる。


「くっ、ははっ! してやられたな! いいぞ、いいぞ!!」


 ナギが口元の血をぬぐい、目を爛々と輝かせていた。強者としての圧がどんどん強くなっていく。


「さあ、その胸の“灯り”をもっと輝かせてくれ! 君の持てる力をわたしにぶつけてくれ! 魔王の魔を与えられてもその胸を陰らせなかった君の強さを、すべて吐き出したまえ!!」


 ナギが加速し、一直線に迫った。予想される軌道位置に八本の触手を叩きこむが、すべて弾かれ、避けられた。ただただ最短距離を突っ走っているだけなのに、その対応力には舌を巻く。

 速度を乗せた横薙ぎの一撃を再び聖剣で受け止める。今度は触腕を細かく操作し、足の動きを合わせて衝撃を逃がす。結果硬直することなく乗り切り、そのまま腕をとって背負い投げに移った。


「もう見切られたか! 素晴らしいな!」


 大笑いするナギは空中で無理やり身体を跳ねさせ、つかむサブローの手を横から蹴って逃れた。無理やりな体勢だったのに威力がある。恐ろしいほど身体が柔らかい。

 距離が出来たため間合いを測り、次の一手をどう対応するか脳内にいくつか浮かべて待ち構える。


「今の動き手馴れている。ずいぶん修練を積んだ様子が見えたぞ」

「ミコに無理やり道場に通わされましたからね。あいつと違って試合には勝てませんでしたし、黒帯も段も全然でしたが……って通じませんか」

「クロオビもダンもさっぱりだが、彼女がより巧みだとは伝わった。仲が良いな」

「家族ですからね。血のつながった相手はおばあちゃん以外覚えていませんし、施設のみんなが僕の大切な人たちです」


 世間話をしながらも、互いにじりじりと距離を詰める。自分にしろナギにしろ、よくそれはそれと棚上げに出来るものだ。ただ、悪い気はしなかった。


「……きっと君たちの家は明るいのだろうな」

「ええ。みんな辛い目に遭ってもちゃんと笑っていられる、強い子ばかりです」

「手本がいいのだろう。うちの子たちもそうなって欲しいものだ」


 ナギが優しい目つきで頷き、足に力を溜める。その一挙一動を魔人の目を凝らして捉え、小さな身体に触手を殺到させた。

 一本目が加速した標的を捕らえられず、一歩後ろの地面に穴を作る。

 二、三、四本目の触手が逃げ場をすべてふさいだ上で降りかからせる。ナギは剣を斜めに弧を描かせ、たった一撃で三本の触手を弾き飛ばした。

 五本目はまっすぐ腹部へと突っ込み、足蹴にされて跳び避けられる。六、七、八本目は身をひねられただけで空を切る結果になった。


「あと、ニ!」


 ナギが嬉しそうに挑みかかる。次は何を見せられるのか、期待してる目だ。満足いってくれるか自信はないが、今ある自分をぶつけるしかない。

 振り降ろされた彼女の聖剣と、触腕が持ち出した鞘がぶつかり合う。金属音のぶつかり合う轟音とともに鞘が真っ二つになった。職人に申し訳なく思いつつ、最後の一本を低く早く突き出した。

 泳ぐ虹夜の聖剣が引き戻される前に、創星を使って絡めとる。ナギは迷わず柄を手放し、まっすぐ殴りかかってきた。その拳を両手で受け止め、足さばきで衝撃を逃がす。


「「つかまえた!」」


 声が重なり、二人同時に目を瞠った。いつの間にか二人の手のひらががっちりつかみあっている。狙いは同じだったらしい。

 ナギが笑みを深めて歯をむき出しにし、腕を引き戻して頭を突き出してきた。サブローも同じ目論見のため、額の硬い部分がぶつかり合う。

 生物がぶつかり合ったとは思えない轟音が闘技場を揺るがし、額に血を流しながら二人はまた激突させた。



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