七十二話:聖剣とお話をしよう
「なにが聞きたい? なにが聞きたい? 長く生きているし、いろいろ知っているぜー」
「やたらやる気ですね。まあまず逢魔の首領……魔王は何者なんですか?」
サブローが一番知りたいことを尋ねると、さっきまでのはしゃぎようはどこに行ったのか、創星は「あー」と呻きだした。
「どうしました?」
「あれに関してはよくわかっていないんだよな」
豊富な知識があると豪語した割に、すぐ躓いたことに呆れる。思わず責めるような目で見ていると、創星は慌てて言い訳を開始した。
「いや、あいつ自分の身体をいじりまくっているんだよ。人との間に子をなせるから、人族のどれかとは思うんだが……神の権能をコピーできるし、少し自信がない」
「神の権能……魔人化は、神様の力だと広場で言っていましたね」
「そうだよ。元は神獣を力として人の身体に宿わせる、神聖な力だ。あいつは魔を宿させているがな」
「魔……ですか」
吐き捨てる相手の内容に、サブローは気落ちする。結局、この力は忌むべきだろう。わかっていたことだが、再認識して胸が重くなった。瞬間、背中にそっと、温かいぬくもりを左右から感じた。
「サブ、気にしない。どんな姿でも、サブはサブだよ」
「私、その力は大好きです。ですから落ち込まないでください」
よく今の自分の状態を分かったものだとサブローは目を丸くした。心配をかけたことをすまなく思うと同時に、嬉しくもなった。
礼を言うと、彼女たちは優しい笑顔を返した。
「……アネゴと同じ顔で天使なことを言われると違和感すげー」
「創星様、失礼ですが私は姉御というお方ではありません! 風の精霊術一族・族長の娘、フィリシアです!」
「頭ではわかっています。でも似ていますので……しばらくはビビると思いますが、勘弁してください」
あんまりな言い草にフィリシアが言葉を失う。ドンモが心配になったのか、口をはさんできた。
「そんなにフィリシアに似ているの? 初代勇者の一人」
「顔を合わすたびに折られないか心配になるぐらいには……。アネゴ、オレの扱いかなり適当だったし、乱暴者だったからいまだトラウマだわ。大好きだけどな!」
「ハハハ、創星殿はいじめられて喜ぶタイプか。サブロー相手だと満足できそうにないな」
「人聞きの悪いことを言わないでくれる!?」
笑い飛ばすナギに創星が激しく抗議をして騒がしくなる。フィリシアが顔を覆って乾いた笑い声をあげる。
「すごい人ですね、姉御さん」
「まあアネゴの場合、自分の男が落ち込んでいたら『気合を入れてやる』って一発ぶん殴っています」
「よくそれで聖剣を持てましたね!? 私と同じ顔の人が……そんな人だなんて……」
「サブはフィリシアの男じゃない」というミコの小さな抗議を無視して、創星が力なく笑う。
「人はよかったんです。曲がったことが大っ嫌いでしたし。……口下手で喧嘩っ早いからよくトラブルを起こしていましたけど」
聖剣を持てるほど善良だからといって、トラブルを起こさなかったり、他者に迷惑をかけないわけではない。ナギのように純粋すぎるのも困りものだった。
そして広場の様子を見る限り、創星はその女性の影響を受けている可能性が高い。聖剣としてのプライドと相まって、危険な兆候を感じた。
「しかし……私たちの一族から勇者が出ていたなんて、知りませんでした」
「うん……まあアネゴ、家出同然で出てきたって言っていました。アネゴ二号が知らなくても仕方ないと思います」
「…………姉御、二号?」
フィリシアが嫌そうな顔をした。あそこまで拒絶の意志を見せたのは初めてである。
「しかし、フィリシアさんのご先祖様が勇者だとすると、広場で言っていた精霊王の加護をもらっているという話には納得します。ですが、僕がその加護を受けているとはどういうことですか?」
「あの精霊王が人間を見る機会があったほうが驚きだな。そういや青の世界の住民らしいけど、アニキどうやってここに来たんだ?」
「私が召喚しました。風の里に伝わる、禁忌の魔法陣を使って」
「あぁ、あれか! どおりで精霊王がアニキを知っているわけか。アネゴ二号、ちょーお手柄! 尊敬しやっす!」
「姉御と呼ぶのをやめてください……」
「そ、そういわれてもオレの身体に染みついて……名前を呼ぶなんて恐れ多い……」
カタカタと刀身を鳴らす創星の姿に、伝説の武具としての威厳が全くなかった。この剣はどうしてこうも残念なのだろう。
「あれで気に入られたんですね。まあ、納得はしました。そういえばこの世界は加護が強ければ強いほど、肉体も頑強になると聞きました。僕はその影響を受けている様子がないと思っていたのですが、やはり強くなっているのでしょうか?」
「いや、全然。異世界の人間って加護もらっても、肉体の強化に使えないみたいなんだわ。初代こーちゃんの持ち主を始め、何人かの異世界人を見たけどみんなそうだった。アニキ、この世界の人間なら魔人の力にその加護が合わさって、歴代全勇者の中でも最強にもなれたのに残念だな~」
転移の才能といいどうしてこの世界での特典は役立たずで終わるのか。サブローは胸に空っ風が吹いたような虚しい気持ちになった。
「ふむ? 虹夜の聖剣を最初に手にした勇者は圧倒的強者だったという逸話が多かったはずだが?」
「単純に剣の技量がやばい。ブシ……とかいう仕事についていて、ケンゴウだかケンセイだかに挑んで負けて、気づいたらここに居たとかいうじいちゃんだった。魔人だろうがなんだろうかスパスパ斬っていたやべ―奴。普段は気の良いじいさまなんだがな」
「なるほど。サブローといいミコといい、我が聖剣の初代といい、なかなか感心させられる。ふふ、一度行ってみたいな」
兄にケンカを売られても困るのでサブローはのらりくらりと誤魔化そうと決意をする。なんでこうも好戦的なのか理解に苦しんだ。
サブローが脱力したまま創星を見つめていると、脳裏にドンモの光がふと浮かんだ。
「そういえば創星さん、あなたもラムカナさんの剣のように光を持っているのですか?」
「もちろん。オレの力は……」
「あー! あー!! そんなもったいないことを教えようとするな! ふふ、長年持ち手が決まらなかったことで、創星の力は謎だからな。当日を楽しみにしているぞ!」
楽しそうに言い切るナギに呆れた視線を送り、サブローは長く息を吐いた。
「わかりました。ならみなさんもナギの聖剣の力を教えないでください」
「これはわたしの流儀だから付き合わなくてもいいぞ」
「嫌です。僕に教えた瞬間、強制的に創星の力をばらしますからね。それでもいいならどうぞ、ご自由に」
サブローが言い切ると、親衛隊の一部が驚愕していた。今度の対戦相手はますます機嫌をよくする。
「なかなか頑固だな。サブロー、やはりわたしと寝ないか?」
「その冗談、今度口にしたら怒りますよ」
「断られるとわかっていても、なかなか悔しいな。そういうわけだからフィリシア、ミコ、怖い顔をしないでくれ」
彼女の視線を追うと、言葉通りにフィリシアとミコが顔を険しくしていた。久しぶりに見たフィリシアの怒りの表情に背筋が寒くなる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、アネゴ……じゃなかったアネゴ二号…………ゆるしてください……」
怒りを向けられたわけではないのに、勝手に創星が土下座に見える体勢を取った。先代勇者はこの聖剣になにをしたのか、怖くて尋ねる気にならない。
まだまだ聞きたいことはあったが、創星が使い物にならなくなったので、いったんはお開きとなった。
ひとまず庭の隅を借りて、戦闘における聖剣の扱いを相談することとなった。
フィリシアとミコもついてきており、訓練に付き合ってくれるそうである。とても助かる。聖剣を持ち上げると、視線を感じた。
確認しなくても、ナギ邸に住んでいる子どもたちだとわかった。広場に向かった後にサブローの正体を聞かされて警戒をしているのだろう。嫌われたかと思うと少し寂しい。
「よーしアニキ、オレを存分に使え!」
「そうは言いましても僕は剣を使えません。逢魔時代に剣を使う人に見てもらったこともありますが、完全に才能がないようです」
「剣道の相手はいまいちサブ使えなかった。弱すぎて」
剣だけでなく、銃や棒といった武器を使う戦い方全般が苦手だった。指導していた鰐頭いわく、無意識に武器を拒否する傾向があるらしい。
「え、じゃあアニキどうやって戦っていたんだ?」
サブローは腕輪を外して、久しぶりに部分変化で触手を呼び出す。覗いている子どもたちの息を飲む様子が伝わってきて辛い。
「こいつがいろいろ便利なんで」
「身体を部分的に魔人にするとか、アニキ器用だな。五百年前の魔人でもそんなことをできる奴は一人しか見たことねー」
「え……創星様、それは本当ですか?」
「アネゴ二号、様付けはなしでお願いします。その顔で様付けとか恐れ多い……あ、ちなみに本当です」
「兄貴も身体の一部だけ変身とかできないみたい。サブのことをすごいって感心していた」
フィリシアから尊敬のまなざしを向けられ、サブローは居心地が悪くなった。
「そんなに褒められたものではありません。こいつが出来るようになったいきさつは……あまり自慢できることではなかったです……」
「ワニガシラさんという方に教えてもらったのではないのですか?」
「鰐頭さんも出来ませんでした。僕はこれができる相手と長い間一緒にいたので、どうにか見て盗んだんです。不意打ちをするために」
結果は惨憺たるものだった。情けない思いと当時の暗い思い出が混ざり合い、気が重くなる。
そのサブローの様子を感じ取ったミコが「この話はおしまい」と話題を変えた。
「あとサブはステゴロが強いよね。触手より両腕の方が力あるし」
「またか! なんでオレの所有者ってアネゴといい脳筋ばっかりなの!? 武器を使う文明人になろーぜー」
サブローは武器を使うから文明人というのは違う気がした。そう突っ込む暇もなく、フィリシアが呆れかえって話題を継ぐ。
「え、アネゴさんも素手で戦う人だったんですか? あの、勇者ですよね?」
「本当、あの人なんで勇者やっていたんでしょうね。風の精霊術も自分の身体を飛ばすか、隠れている相手を探すかくらいしかしませんでしたし」
「飛行の精霊術とかすごいじゃないですか!? 風の精霊術でも高度すぎて、今では使える人がいませんよ」
「アネゴ、精霊術の才能はあったみたいなんですよ。ただちまちましたのが嫌いなんで、大雑把にか使っていませんでしたが」
すごい人物ではあるようだが、世界を救った英雄という人物像がどんどん遠ざかっていく。正直知りたくなかった真実だ。
「しかし、フィリシアさんにあらたまった口調なんですね」
「鉄芯の髄まで教育を叩きこまれたからなー。アニキは真逆で大人しすぎるから心配だわ」
「はあ……まあ今後ともよろしくお願いします。それで早速ですが、創星さんは頑丈なようですが、鞘も同じ材質なんですか?」
「いや、オレら鞘は後付け。けどまー聖剣に合わせて相応の材質を使っているよ。こーくんは持ち運びしにくいって、革の鞘入れられているけど、あんまり気にしていないみたい」
ナギらしい理由でサブローは和み、思わず笑う。これで戦い方の方針はついた。後でミコを相手に実験してみようと考える。
「それでは創星さんの光を教えてください」
「あーうん、言うよ。けどアニキ……がっかりしないでくれよ?」
創星は予防線を張って自分の力を明かし始めた。サブローはドンモのような破壊に特化した力じゃないかと警戒していたのだが、話を聞いて拍子抜けする。フィリシアも複雑な顔で創星に話しかける。
「意外と地味なんですね。ドンモさんの方は伝説でも有名なほど凄まじかったのですが」
「アネゴ二号、しーちゃんと比べないでくだせえ。あの娘は聖剣としての格もめっちゃ高いんで……」
「いや、なかなか気に入りました、創星さん」
サブローはにんまりとする。この力は充分有用だ。自分の特徴をより活かせる。
「え、マジで気にいったの!? アネゴには役立たず、つかえねーとさんざん言われたのに! そのくせガンガン活用していたけどな」
「……本当に勇者なんですか? しかしまあ、僕向きです。ミコ、付き合ってください」
あいよ、と気安く反すミコと相対して構えをとる。天使の輪を起動させた彼女に対し、サブローは触手だけを呼んだ。
「は!? なんだあれ?」
「天使の輪と呼ばれている武器です。魔人の力を解析して生まれたものだそうですよ」
「魔人……アニキたちには驚かされっぱなしだわ。あれ、疑似的な加護を生みだして力に変えていやがる。しかも青の世界の人間にまで適応する形で……人の手で神の力を再現かよ」
とんでもない単語が聞こえた気がするが、サブローは気を取り直す。訓練とはいえ、天使の輪を使うミコを前に油断はできない。
触手に聖剣とその鞘を持たせて、構えをとる。
「え、こっちにオレを持たせんの!?」
抗議は無視して、地面を蹴る。サブローは触手の方が器用なのだ。今考えている使い道にもその方がやりやすかった。
ミコの巨大な拳が振るわれる。心のギアを一段あげて、四方八方に触手を展開した。




