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夢見鳥というもの

夢を、見ました。

わたくしが人であった頃の夢を、たくさん。

それも、悲しかった思い出ではなく、楽しかった、幸せだった頃の夢を。

普通の家庭で、普通の両親の下、普通の人間として生まれ育った。

普通でありふれた、けれど恵まれていた、そんなかつてのわたくしの人生を。


それから、夢見鳥という種の誕生から現在に至るまでの歴史を。

誰に見せられているかもわからない、そして自分がもはや誰なのかもわからなくなる、そんな気の遠くなるような長い歴史の記憶を、夢に見ました。

始まりの夢見鳥の一生を、そして子から孫へ、そのまた子へ受け継がれてきた、本来の役割を。


わたくしは走馬灯のように、繰返し繰返し、どれだけもう嫌だ、助けてと請うても。

ただひたすら、たくさんの夢を見せられ続けました。


夢見鳥という種は、フェザーランディアを創世した母なる女神が、手ずから創り上げた最後の種。

大地と空、海と言った命の基盤を生み出した後、母神は様々な生き物を創りそれぞれへ放すと、その衰退を暫し見守りました。

彼女が何を思ったのか、それを知る者は本人以外に在りません。

ただ、ある時母神が生き物たちの栄枯盛衰の行く末を、彼ら自身に任せることに決めたあとのこと。

母神は己の本性と似通う姿の、小さな鳥を(つがい)で生み落します。

その小鳥は見目愛らしく、鳴き声は可憐で優美。

そして(うち)には膨大な魔力を孕んでおりました。

母神は生み落した小鳥に小さなお願いを託し、空へと還って行きました。

小鳥の夫婦は母神の願いを受け、これまた小さな卵をいくつも生み落します。

いくつもいくつも、たくさんの小さな卵たちを。

母神の願いを叶えるための同胞を。

小鳥の一生で本来生める数を遥かに超えて、ひたすらに。

夫婦はそれが出来る体を、母神からもらっていたからできたことです。

卵を産み、小さな雛を育て、成鳥にする。

生きている間に、何度それを繰り返したことでしょう。

小鳥の夫婦は命尽きるまで、母神の願いを遂行しました。

そうして生み出された多くの小鳥は世界各地へ散らばり、もはや地上に降りる為の体を持たない、母神の目となったのです。


小鳥はやがて、人間たちにその存在を認知されてから、夢見鳥と名づけられました。

その小さな体に、その小さな頭に。

彼らは、今まで自分たち夢見鳥が見続けてきた歴史を、膨大な夢として内包していたからです。

魔力が多いのは、そんな大量の記憶を保有する心身を守る為。

そして夢見鳥が認めた主には、夢の一部をほんの僅かに垣間見ることが出来ました。

ただし、主になった者にそれが可能であることを口にするものが滅多になかった為、名づけの由来はほんの障りでしか世間一般にならず、夢見鳥の本来の価値も周知されないまま。

ただその見目の麗しさだけが人々の間に浸透していきました。

彼らは母神の目。母神の最後の愛子(いとしご)

人間が何も知らずにその数を大幅に減らしてしまってから、世界各地で少しずつ天災が増え、自然が枯れてゆくことに、現在気づいている者はほんの僅かのみ。

そして人間だけが、その理由を知らないままなのです。


彼らは母神の願いを叶えるために存在しており、母神はその対価として様々な恩恵を与えました。

身の内に含む魔力は、彼らの身を守る為様々な用途に使われます。

寿命延長、身体強化、多種族の言語理解、以心伝心(テレパシー)、果ては身体変化すらも。


夢見鳥は母神の愛玩鳥であり、彼女の御使いでもありました。


わたくしは、わたくしについて、何一つ知りませんでした。

人であった頃の記憶に翻弄され、通常なら親から受け継ぐべき記憶を、ほとんど継ぐことなく巣を飛び立ってしまって居た為に。

そしてそのまま巣に帰らず、人間の主を定めてしまっていたが為に。

そのことを後悔したところで、後の祭り。

この時になるまで、わたくしが何になってしまったのか、本当の意味で理解してはおりませんでした。







「お嬢様!お嬢様、ご無事ですか!!」


「……う、」



――――うるさい。

瞬時に頭の中に浮かんだものは、そんな文句。

どんどんと何かが打ち鳴らされている音がずっと聞こえていて、けれど頭が重くて、体が怠くて。

今すぐにその騒音を止めてほしいと願っても、ずっとずっと、泣きそうな声が聞こえていた。


「どうして開かないの…あぁ坊ちゃま…ファルディア様にお知らせしなくては!」


声が止み、ぱたぱたと掛けていく足音が消え、ようやく辺りは静寂に包まれた。

今は何も聞きたくなかったし、見たくもなかった。

だって、頭が、痛くてたまらないの。

お願いだから放っておいて。







それから、一体どれだけの時が経ったのか。

次に気が付いた時には、外も部屋の中も真っ暗でした。


「…………」


(おもむろ)にむくりと体を起こし、きょろりと辺りを見回して。

何かが可笑しい気がするけれど、頭が未だにぼんやりとしていてきちんと考えられません。

どうしたのでしょう、わたくしは一体………わたくしって、誰でしょうか。

考えた瞬間に、ずき、と頭が痛みます。

わたくしは――――――わたしはどうなってしまったの。

たくさんの記憶が、歴史が、事実が。

未だに奔流のように脳内を駆け巡っている。

ぐちゃぐちゃで整理が付かないまま、現実に返されてしまった気がする。

どうしたらいいのかわからず、(うずくま)った体勢で頭を押さえていると、扉がノックされた。


「…お、お嬢様…?ご無事ですか…?」


「―――――――」


…お嬢様。

だれのことかしら。

恐る恐るかけられた、無事を確認する声。

なんだか聞き覚えがあるような、ないような。

いえ、なんだか懐かしい気もする。


「開けさせて頂いても、宜しいでしょうか…」


かちゃりと、ノブが音を立てる。

向こうでのそれが握られたのだと知って、相手が入ってこようとしていることがわかっても、何故か恐怖心は湧かなかった。

どうしてだろうと思いつつ、黙って相手の動向を見守る。


「…お嬢様、失礼致します!」


意を決した様子の声と共に扉が開かれ、入ってきた女性がこちらを認識した途端、息を飲む。

ほとんど真っ暗と言ってもいい空間で、相手の表情がわかるというのが、何故か不思議だった。


「っえ!?…あ、あなたは…?お、お嬢様は、シファ様はどちらへ…!」


顔だけ女性へ向けたまま、体が怠くて起き上がれず居たところ、女性が恐る恐る近寄ってきた。

おろおろと視線をわたしの頭上にやる様子を見て、わたしもそちらを見上げる。

何かをぶら下げる為のフックが付いた華奢な吊り具がある。

まるで鳥籠をぶら下げていて、その籠だけなくなってしまったかのような風情で。

泣きそうな顔で、頭上とこちらを眺めるものだから、なんとなくずりずりと這いずりながら、その場を退いてみた。

女性は慌ててわたしが寝転がっていたところに駆け寄って、掌で何もない床を探っている。


「い、いらっしゃらない…どうして……」


その声が、震えていて。

心の底から悲しいという顔をしていて。

こちらも具合が悪くて余裕なんかないのに、何故だか、慰めてあげたいと思ってしまった。


「…え?」


綺麗に結ったまとめ髪を避けつつ、頭を撫でる。

女性が驚いてこちらを振り向いた拍子に、綺麗な瞳からぽろりと涙がこぼれた。

悲しまなくて大丈夫。あなたが泣くことなんてないの。

そう言いたくても、まだ気持ち悪いせいで声にならなかったから、ただひたすら撫で続けた。


「………お、嬢…様…」


女性は、黙ってされるがままになりながらわたしの目を真っ直ぐに見ていたけれど、次第にその大きな目が零れ落ちんばかりに開かれ、茫然とした様子で呟かれた。

撫でているほうではない、膝の上にあった片手を、女性に両手で包まれる。


「お嬢様、なのですか。シファ様?」


「………」


わたしが?わからない。

問いかけられても、頭の中の奔流が収まっていないために応える言葉を持たず、ぱちくりと瞬きを返すのみ。

ただ、なんとなく。

繋がれている手を持ち上げて、すり、と頭を擦り付けた。


「……お嬢様…!!」


何故そうしたくなったのか、わたしにはわからない。

そして、突然彼女がわたしに抱きつき、号泣を始めた理由も。

ただただ、ぼんやりと彼女の背を摩るしか、その時のわたしにはできなかった。







ふ、と意識が上昇してみれば、いつの間にやらまた視界が変わっている。

どうやらまた気を失っていたらしい。

気が付けば、朝日が差し込む明るい部屋のベッドの中に居た。

ふわふわのマットレスとすべすべのシーツに包れ、ふかふかの枕に埋もれるようにして。


「……………りゅり、さん」


気づけば側にある、温かさを思う。

もう、頭の中の奔流は収まり、意識ははっきりしていた。







ばたばたとこちらへ近づく足音が聞こえる。

むしろ、どどどど、というような地響き、が徐々に部屋に近づくにつれ大きくなった。

そんなに重かったかなぁなんて思いながら、ベッドの上に上体を起こしたまま彼の人らを待つ。


「シファっ!!」


「グルルゥアッ」


どばぁんっとものすごい音と共に、扉が内側へ開かれる。

そのまま蝶番が跳ね飛んでしまわないか心配になったが、少し歪んだ程度で無事だった。


「ファルディア様、もう少し落ち着かれませ」


ベッドの傍らに立っていたサイードさんが、呆れ気味に窘めた。

側に居るリュリさんも、くすくすと小さく笑みを零す。

主とラタは、目を大きく見開いて、扉を開いた体勢のまま固まっていた。

…無理もないとは思う。


「……あるじ、らた」


舌っ足らずな声音で、こっちに来てと(こいねが)う。

両の手を差し伸べると、固まった表情のまま、よろよろと近づいてくる彼の人とその相棒。

サイードさんとリュリさんは、いつの間にか端に寄っていて、出来た空間に2人が到着した。


「………シファ、か?」


「がう?」


恐る恐る、壊れ物に触れるように。

ゆっくりと頬に触れてくる手に自身の片手を添え、すり、と顔を擦り付ける。

ベッドに乗り上げて、片手の匂いをすんすんと嗅ぐラタに、したいようにさせてみた。


「あるじ」


すりすりと思う存分、頬擦りをしながら呼びかける。

呂律がうまく回らないのは、まだこの(うつわ)に慣れていないせい。

真っ直ぐに主の目を見つめれば、驚いた表情からやがて柔らかく安堵した表情へ移り変わるのが見えた。


「………お前が何であるか、気にすることが馬鹿らしいな。

 無事で、良かった」


「ぐるる…」


何かわからないけれど、納得をしてくれたみたいな、そんな言葉。

主にそっと抱きしめられ、ラタは喉を鳴らしながらわたしの手に頭を擦り付けてくる。

受け入れてくれたのだと心中に喜びが広がる。

あぁ、ここが大好きだ。

わたしはこの人たちを、愛してる。


すりすりと主に頬擦りをしながら、生まれ変わったような心地で、そんなことを思った。

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