餃子と「愛を知るまでは」
佐藤亮太は、二十八歳になってから「順調」という言葉が少し嫌いになった。
「佐藤くんは順調やね。このまま行けば次の主任候補やな」
上司にそう言われれば、もちろん嬉しい。住宅設備メーカーに新卒で入り、営業を三年。そのあとショールームへ異動して二年。同期の中では早いほうだった。資格も取った。社内表彰も一度。給料も少しずつ上がっている。
「ありがとうございます」
笑って頭を下げる。嘘ではない。本当にありがたい。
それなのに、誰かに「順調」と言われるたび、亮太の中では必ず次の言葉が出てきた。
その次は。
主任。その次は係長。課長。その次は。
どこまで行けば「着いた」ことになるのか、自分でも分からない。
*
土曜日の午後三時。自宅のローテーブルに会社のノートパソコンを広げていると、弟の悠から電話が来た。
「何」
『亮太、お前また仕事してんの?』
「仕事中やから切るぞ」
『今日休みやろ』
「資料作ってる」
『家で?』
「そう」
『それ休みちゃうやん』
「月曜楽になるから」
『毎週言うてるやん』
「何の用」
『母さんが晩飯来るかって』
「行かん」
『了解』
「それだけ?」
『それだけ』
切れた。
悠は三つ下、二十五歳。摂陽大学を卒業して物流会社で働いている。
昔から、兄弟なのに全然違った。
亮太は計画を立てる。悠は締切の前日にやる。亮太は貯金。悠は旅行。亮太は資格試験の予定を半年先まで入れる。悠は金曜の夜に「明日空いてる?」と友達を誘う。
「お前はもうちょい考えろ」
何度言ったか分からない。
悠は決まって、
「兄貴は考えすぎ」
と返す。
どちらも直らない。
電話を切って、亮太は画面へ戻った。月曜朝の会議資料。来月の来館予測と成約率。表の数字を一つ直したところで、今度はメッセージが届いた。
村上大地。
大学時代の友人だった。
〈今日暇?〉
〈仕事〉
すぐ返す。
〈土曜やぞ〉
〈知ってる〉
〈夜飯行こ〉
〈何時〉
〈8時くらい〉
亮太は画面右下の時計を見る。
午後三時十三分。
資料は八割。いや、七割半。
〈9時なら〉
〈仕事終われや〉
腹が立った。
〈8時半〉
〈了解〉
パソコンへ戻る。
十五分後。
亮太は画面を閉じた。
「何してんねん、俺」
閉じたところで月曜日が壊れるわけではない。
分かっているのに、それを実行するまで十五分かかった。
*
大地とは大学のゼミが同じだった。
就職先も偶然、同じ住宅関連の業界。大地は建材商社、亮太は住宅設備メーカー。
新卒のころはよく飲んだ。
「今月数字やばい」
「上司がうざい」
「ボーナス何買う?」
会えば会社の話ばかりだった。
三年前、大地が会社を辞めた。
「何するん」
「自転車屋」
「は?」
亮太は本気で聞き返した。
「叔父さんの店手伝う」
「給料下がるやろ」
「下がる」
「休みは?」
「減るかも」
「何で行くん」
「やりたいから」
意味が分からなかった。
大地が自転車好きなのは知っていた。大学時代、自転車で四国を一周し、そのまま九州まで行ったこともある。卒業旅行も一人でしまなみ海道を走っていた。
でも、「好き」と「仕事」は別だと思っていた。
「もったいな」
亮太は言った。
大地は怒らず笑った。
「お前はそう言うと思った」
その言い方だけが、三年経っても残っていた。
*
亮太が「順調」に執着するようになったのは、たぶん父の影響だった。
父は何でも早かった。
二十二で就職。二十五で結婚。二十七で亮太が生まれ、三十で家を買った。
亮太が大学へ入るころには、住宅ローンと老後資金の話をしていた。
「人生、早めに決めといたほうが楽やぞ」
父はよく言った。
悪い父親ではない。むしろ家族思いで、亮太も尊敬している。だから、その言葉を疑わなかった。
二十二で就職。
二十五までに一人前。
三十までに主任。
三十五までに結婚。
誰にも提出しない工程表が、いつの間にか頭の中にできていた。
二十五のとき、三年付き合った恋人と別れた。
「亮太って、ずっと先の話してるよな」
最後に言われた。
「悪い?」
「悪くない。でも、今の話がない」
当時は意味が分からなかった。
旅行へ行く話をすれば予算。欲しい家具の話をすれば耐用年数。同棲の話をすれば家賃。結婚の話をすれば収入と転勤。
間違ったことは言っていない。
でも彼女が聞きたかったのは、たぶん、
「行きたい」
「一緒に住みたい」
「好き」
そんな答えだったのだろう。
別れて三年。
亮太は相変わらず、今を次のために使っていた。
*
午後八時二十八分。
大地はパレットの前に立っていた。
「何でカラオケ?」
亮太が聞く。
「近くで飯食えるとこ探したら出てきた」
「普通の店行こうや」
「ここ飯うまいらしいで」
「誰情報」
「悠」
「何でお前が弟と繋がってんねん」
「前フットサルで会った」
「聞いてへん」
「兄貴に全部報告せなあかんの?」
「お前は弟ちゃうやろ」
「じゃあええやん」
大地が先に店へ入る。
亮太も続いた。
「いらっしゃいませ」
受付にいたのは田中結衣だった。
「二名様ですか?」
「はい。二時間で」
大地が答える。
「あと、飯食いたいんですけど」
「どうぞ。今日は餃子おすすめですよ」
「餃子?」
「団体予約が多くて、美玲さんが珍しく夜まで残ってるんです。せっかくなんで」
「誰?」
「厨房の人です」
亮太がメニューを見る。焼き餃子、一人前六個。
「二人前」
「三人前」
大地が訂正した。
「多いやろ」
「十八個やで」
「分かってる」
「九個ずつ」
「最初から割るな」
「お前が食う数計算してるだけ」
「そういうとこやぞ」
大地が笑う。
「ご飯もつけます?」
結衣が聞く。
「二つ」
「ビール?」
大地が亮太を見る。
「俺いらん」
「じゃあ俺だけ」
注文を終え、部屋へ入る。
「カラオケ来たん何年ぶりやろ」
大地がソファへ沈む。
「俺は会社の二次会で来る」
「それカラオケちゃうやん」
「何が」
「上司の歌聞く会やろ」
「まあ」
大地が笑った。
テーブルに水を二つ置き、亮太の顔を見る。
「仕事楽しい?」
「何や急に」
「顔」
「誰やねん」
「疲れてる」
「土曜も仕事してたから」
「それを言うてんねん」
亮太は水を飲んだ。
「お前は?」
「楽しいで」
即答だった。
「自転車屋」
「うん」
「儲かってる?」
「前より金ない」
「ほら」
「何がほらや」
「給料下がって、休みも少ないんやろ」
「うん」
「それで楽しいん?」
「楽しい」
「何で」
大地は少し考えた。
「今日直した自転車で、明日その人がどっか行くと思ったら、ちょっと嬉しい」
「それだけ?」
「それだけで十分な日もある」
亮太には、まだよく分からなかった。
「金ないの嫌やろ」
「嫌やで」
「休み少ないのも」
「嫌」
「じゃあ何がええねん」
「全部良くないとあかんの?」
大地が笑う。
亮太は返せなかった。
*
「お待たせ」
ドアが開いた。
小川美玲が、大きな皿を持って入ってきた。
羽根つきではない。
小ぶりな餃子が十八個、円を描くように並んでいる。焼き面はしっかり茶色く、皮の端は少し透けていた。
「酢醤油と、こっちは辛子味噌。うちのやつやから、入れすぎ注意」
「辛い?」
大地が聞く。
「入れすぎたら」
「じゃあ入れよ」
「話聞いてた?」
美玲が笑う。
「今日これ美玲さんが作ったんですか?」
亮太が聞く。
「包んだんは昼から。夜まで残る予定なかったんやけど、団体さん入ったからね」
「本格的やな」
「一応、中華やってたんで」
「カラオケ屋ですよね?」
「よう言われる」
美玲は笑って皿を置いた。
「熱いから気ぃつけて」
「いただきます」
亮太は一つ取った。
酢醤油。
大地は最初から辛子味噌を多めに載せる。
一口。
皮の焼き面がぱりっと割れ、内側はもちっとしている。豚肉。白菜。ニラ。生姜。にんにくは思ったより控えめで、噛んだあとに肉汁が出た。
「熱っ」
大地が口を開ける。
「言われたやろ」
「でも、うま」
亮太も頷いた。
「うまいな」
「やろ」
「お前が作ったみたいに言うな」
白飯。
餃子。
辛子味噌。
また白飯。
三人前は多いと思っていた。
五分で六個消えた。
亮太は無意識に残りを数えた。
十二。
大地が一つ取る。
十一。
「お前、今数えたやろ」
「数えてへん」
「顔が十一って言うてる」
「何やその顔」
「そういうとこやぞ」
「餃子くらい均等に食え」
「誰も奪わんて」
大地は笑いながら、もう一つ取った。
「それ俺の分やろ」
「だから数えてるやん」
亮太も笑った。
*
「仕事の話戻すけど」
大地が言った。
「戻さんでええ」
「お前、何になりたいん?」
「主任」
「そのあと」
「係長」
「そのあと」
「課長」
「そのあと」
「……知らん」
「ほら」
「何がほらや」
「肩書きしか出てこん」
亮太は餃子を一つ取る。
「仕事なんてそんなもんやろ」
「別に悪い言うてへん」
「じゃあ何」
「お前が欲しいならええやんって話」
「欲しいよ」
「ほんまに?」
また答えに詰まった。
主任にはなりたい。
評価されたい。
給料も上げたい。
それは本当だ。
でも、主任になった自分を想像すると、会社の席しか浮かばない。
何を食べているのか。
誰と休日を過ごしているのか。
どこに住んでいるのか。
そういう生活が抜け落ちている。
*
「俺な」
大地がビールを一口飲んだ。
「会社辞める前、お前めっちゃ羨ましかってん」
「俺?」
「そう」
「何が」
「営業うまいし、上司にも評価されてたし。同期の中でも早かったやろ」
「お前も普通にやれてたやん」
「やれてたけど、俺あかんかった」
「何が」
「日曜の夜、ずっと月曜のこと考えてた」
亮太は少し黙る。
「会社が悪いとかちゃうで。向いてへんかっただけ」
「辞めて正解やった?」
「知らん」
「は?」
「正解とか、まだ分からんやろ」
「三年経ってんぞ」
「死ぬまで分からんかも」
大地は餃子を取る。
「でも今の仕事、明日行くの嫌ちゃうねん」
「それだけ?」
「俺にはでかい」
大地は餃子を口に入れる。
亮太は残りを見る。
八個。
自分が何個食べたか、もう分からない。
*
数日前。
ショールームの休憩室で、久保田美和が弁当を食べていた。
亮太はノートパソコンを開いたまま、コンビニのパンをかじる。
「佐藤くん」
「はい」
「それ閉じたら」
「これだけ終わったら」
「休憩何分?」
「四十五分」
「今何分目?」
「十五分」
「あと三十分休めるやん」
「逆ですよ。あと三十分しかない」
美和が箸を止めた。
「何でそんな生き急いでんの」
「生き急いでないです」
「昼飯食いながら来月の売上見てる二十八歳、まあまあ急いでるで」
「久保田さん余裕ありますもんね」
言ってから、少し嫌な言い方だったと思った。
美和は怒らなかった。
「ないよ」
「あるように見えます」
「あるようにしてるだけ」
美和は卵焼きを食べる。
「余裕って、残った時間ちゃうで。先に取らな永遠に残らんから」
「それ名言ですか?」
「今考えた」
「怪しいな」
「ええから閉じろ」
その日は、美和自身もいつもより早く鞄を持っていた。
「久保田さん、今日何かあるんですか」
「何で」
「帰る気満々やから」
「帰ったらあかんの?」
「いや」
「佐藤くんも見積もり送ったら帰りや」
「まだ資料が」
「明日世界終わる?」
「終わらないです」
「ほな帰れ」
亮太は結局、五分後にパソコンを閉じた。
その五分が惜しいと思った。
今思えば、美和も「先に取る」を練習していたのかもしれない。
余裕があるから休めるのではなく、休むから余裕ができる。
今日、大地と餃子を食べながら、その会話を思い出した。
*
「お前、彼女は?」
大地が聞いた。
「いない」
「何年」
「三年」
「欲しくない?」
「今忙しい」
「また仕事」
「お前、今日何なん」
「別に」
大地が笑う。
「俺、結婚する」
「は?」
亮太の箸が止まった。
「来年」
「誰と」
「知佳」
「大学んときの?」
「うん」
「復縁したん?」
「二年前」
「聞いてへん!」
「聞かれへんかったし」
「普通言うやろ」
「お前、仕事の話しかせえへんもん」
刺さる。
「……おめでとう」
「ありがとう」
「先に言えや」
「今言った」
「そういう意味ちゃう」
二人で笑う。
亮太は急にいろいろ聞きたくなった。
「いつ決めたん」
「夏くらい」
「プロポーズした?」
「した」
「店?」
「家」
「指輪は?」
「一緒に買った」
「親には?」
「挨拶した」
「式は?」
「まだ」
「何人呼ぶ」
「お前、面接官?」
大地が笑った。
「いや、確認してるだけ」
「また工程表作ってるやん」
「何が」
「俺が会社辞める言うたときも、給料、休み、保険、全部聞いた」
「大事やろ」
「大事やけど」
大地はビールのグラスを置く。
「最後に『やりたいん?』って聞いたん、一番最後やった」
亮太は黙った。
「悪いって言うてへんで」
「分かってる」
「お前、心配すると数字になるねん」
「何やそれ」
「金とか日付とか条件とか。分かるもんに変えたがる」
「そら分からんよりええやろ」
「じゃあ、今楽しい?」
また、その質問。
亮太は餃子の皿を見る。
残り五個。
「楽しいこともある」
「何」
「契約決まったとき」
「仕事以外」
「……」
「ほら」
「うるさいな」
二人で笑う。
でも、答えは出なかった。
最後に仕事以外で楽しみにしたものは何だ。
新しいゲームを買ったのは一年前。
旅行は二年前。
映画館は半年行っていない。
休みの日も、気づけば仕事のことを考えている。
仕事が好きなのか。
仕事以外を忘れただけなのか。
自分でも分からない。
「悠には言った?」
亮太が話を変えた。
「まだ」
「何で弟とはフットサルするくせに」
「今日言うつもりやった」
「俺から言うぞ」
「やめろ」
亮太はスマホを出した。
〈大地結婚するらしい〉
「お前!」
大地が叫ぶ。
すぐ既読。
〈まじ?〉
〈本人横おる〉
〈おめでとうって言っといて〉
亮太は画面を見せる。
「ほら」
「軽い兄弟やな」
「お前が言うな」
*
餃子は最後の一個になった。
亮太と大地が同時に箸を伸ばす。
「あ」
「どうぞ」
「いや、食えよ」
「お前九個食ってるやろ」
「数えてへん言うてたやん」
「途中から分からん」
「じゃあ半分」
「餃子半分にする?」
「平和やろ」
大地が箸で割ろうとして、皮から肉汁がこぼれた。
「あー」
「何してんねん」
「これやから餃子は数えんほうがええ」
「関係あるか」
結局、大地が大きいほうを亮太の皿へ置いた。
「何で俺が大きいねん」
「主任候補やから」
「意味分からん」
笑いながら食べた。
十八個。
何個食べたかは、もうどうでもよかった。
*
「歌う?」
大地が端末を取る。
「せっかくカラオケ来たし」
「何でもええよ」
「お前入れろ」
「何で」
「今日のお前に合いそうなやつ」
「それお前が選ぶんちゃうん」
「じゃあこれ」
検索。
あいみょん。
『愛を知るまでは』
「タイトル重」
「結婚する奴が選ぶな」
「だからお前歌え」
「俺?」
「歌詞見たら分かる」
「押しつけるな」
でも曲は始まった。
亮太がマイクを持つ。
詳しく知っている曲ではない。サビだけは聞いたことがある。
画面の言葉を追う。
走る。
迷う。
生きる。
愛。
「大げさやなあ」
亮太は少し笑った。
でも、歌いながら思う。
自分は何を急いでいるのだろう。
主任になるまで。
給料が上がるまで。
結婚するまで。
何かを達成するまで。
その途中を全部、「まだ途中だから」と準備期間みたいに扱っていた。
二十八歳。
自分では、まだ何者でもないと思っている。
でも今日も一日だった。
土曜の午後に仕事をして。
途中でパソコンを閉じて。
友達と餃子を食べて。
友達の結婚を知った。
笑った。
それを次の目標までの空白にするのは、少し違う気がした。
歌が終わる。
「どう?」
大地が聞く。
「何が」
「愛知った?」
「一曲で知るか」
「まだ死ねんな」
「お前、歌に引っ張られすぎ」
二人で笑った。
*
会計を済ませ、パレットを出たのは午後十時十五分だった。
「次いつ会う?」
大地が聞く。
「結婚式」
「それまで会わん気?」
「忙しい」
「はいはい」
亮太は少し歩いてから言った。
「……来月」
「お」
「お前の店行くわ」
「自転車買う?」
「いらん」
「修理?」
「持ってへん」
「何しに来るん」
「知らん。店見に行く」
大地が笑った。
「待ってるわ」
駅で別れた。
電車に乗り、亮太は反射的に会社のメールを開きかけた。
指を止める。
閉じる。
代わりに社内の休暇申請画面を開いた。
来月の金曜日。
一日。
有給。
理由欄。
私用。
申請。
「これだけか」
誰に言うでもなく呟いた。
すぐ人生が変わるわけではない。
仕事を辞めるつもりもない。
主任にもなりたい。
でも、主任になるまで生きるのを待つ必要はない。
悠へメッセージを送る。
〈来月どっか飯行くか〉
すぐ返る。
〈何の風の吹き回し〉
〈たまには〉
〈パレットでええ?〉
〈またあそこか〉
〈友達も呼ぶ〉
〈誰〉
〈哲平と綾〉
亮太は名前を知らない。
〈好きにしろ〉
送る。
窓の外へ街の灯りが流れる。
明日は日曜日。
資料は開かない。
たぶん。
電車が一駅進んだところで、美和から社内チャットが届いた。
〈月曜朝の会議、資料こっちでも見とくから今日は触らんでええよ〉
亮太は画面を見る。
土曜に仕事をしていたことが、たぶんばれている。
〈ありがとうございます〉
送る。
少し迷って、
〈久保田さんも休日は仕事しないんですか〉
〈する時ある〉
〈説得力ないですね〉
〈せやから言ってる。癖なる前にやめろ〉
亮太は笑った。
〈了解です〉
今度は素直に送る。
スマホをしまう。
窓ガラスに映る自分は、別に何も変わっていない。
昇進が決まったわけでもない。
恋人ができたわけでもない。
人生の目的が見つかったわけでもない。
ただ、明日を次の目標までの空白にはしない。
それだけだった。
次の駅で仕事帰りらしい人たちが乗ってくる。
亮太は席を詰めた。
月曜になれば、また数字を見る。
数字が嫌いになったわけではない。
目標だって必要だ。
でも、数えなくていい餃子があったように、全部を予定表へ入れなくてもいい。
日曜は、日曜として使おう。
たぶん、そういう一日も必要だった。
――今日も明日も、生きて行こう。




