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薄墨の魔術師  作者: 水遁
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魔具の無い②

家に帰って、昔人助けをした時に頂いた生薬の入った薬を飲んだ。入っている物はうろ覚えだが、確かポーションの原料もいくつか入っていたはずだから効くだろうと思っていたが、実際かなり効いた。眩暈は取れたし、体も激しい運動をこなした後くらいの疲れ具合になっている。


アルコールが回っていて、逆に血は全く巡って来なかったせいで盲がかかった頭が段々と冴えて来て、改めて魔術が使えてしまったと言う事実に対面している。椅子から立ち上がるとまだ体はだるいなということが如実に感じられた。


部屋の隅に置かれた収入証紙やら、昔買った小説やらが詰め込まれた棚はほこりをかぶっていた。偶には掃除しないとな、と思いながら棚を漁るとお目当てのものがあった。専門学校時代の教科書だ。魔術基礎論、ゴーナと言う人が書いた物が根底にあり、そこから色んな人が編著して作られた本だという話を初回の講義の時に聞いた。


***

第一章 生命精気と魔術の根源


――魔術基礎論初等教本・第一篇より


人が火を起こすとき、木を擦り合わせれば熱が生まれる。

鉄を打てば火花が散り、水は低きへ流れ、石は地へ落ちる。これらは皆、天地に定められた理であり、万物が生まれながらに備える性質である。


では、魔術とは何か。


炎なきところに火を灯し、触れることなく物を動かし、折れた骨を癒し、己が肉体に本来あり得ぬ力を宿す。かかる現象は、古来より奇跡、神意、あるいは呪いと呼ばれてきた。だが諸賢の長き研究により、今日我々はそれを一つの技術として扱うに至っている。


魔術とは、生命がその内に宿す精気を、外界へと働きかける術である。


この生命精気は地方により様々な名で呼ばれる。ある者はアニマと呼び、ある者は霊素と呼び、東方の学徒は気脈と記した。しかし呼び名の違いこそあれ、その本質は一つである。


すなわち、生きとし生けるものの内には、肉や骨、血や髄といった目に見える器とは別に、生命そのものを生命たらしめる見えざる力が巡っている。


諸君も既に、その存在を無意識のうちに感じたことがあるだろう。


激しい怒りに身を任せたとき、胸の奥が灼けるように熱を帯びたこと。

極度の集中の中で、背骨を電流が走るような感覚を覚えたこと。

あるいは魔術の発動と共に、臓腑の内より何かが競り上がるような昂ぶりを感じたこと。


それこそが、生命精気の励起に他ならない。


しかし精気は、ただ身体の内に留まるのみでは外界に影響を及ぼせない。川の流れが水車を回すように、精気にもまた流れを定め、力を形へと変える“器”が必要となる。


その器こそが、魔具である。


魔具は鉄でも石でも代用できぬ。なぜなら魔具とは単なる道具ではなく、術者自身より分かたれた生命の欠片だからである。


爪、歯、骨、毛髪、眼球、あるいは血肉。己が肉体の一部を適切に加工し、錬成を施したもののみが、術者の精気と完全に共鳴しうる。


故に他者の魔具は借りられても扱えず、形こそ同じでも、その力は決して等しくない。


魔術を学ぶとは、炎を生むことを学ぶのではない。

石を砕くことを学ぶのでもない。


まず学ぶべきは、己が内に流れる生命精気を知ること。


諸君が最初に習得すべき術は、火でも雷でもなく、己が鼓動の内に眠る精気の声に耳を澄ませることである。


すべての魔術は、そこから始まる。」

***


相変わらず長い前書きである。とは言え、少なくとも今の魔術は「生命体は生命精気を持ち、それを現象として正しく使うために魔具が必要」と言う解釈で進む訳である。なので教科書の言葉を借りて自分の状態をいうなら、恐らく生命精気に相当する物を固有魔術と言う現象を起こす際に魔具を必要としていないと言う事になる。


まあ魔具も骨身を削って使っている訳で、基礎魔術は魔具が無くても使える人は使えてしまう。それと同じ理屈で僕は固有魔法が使えている、と言う仮説を今は立てる程度にしておこう。そもそも深く論じたところで座学はそこまでやっていないタイプの学校出身の僕が出来る解釈はたかが知れている。


それよりもどのような魔術であるかを考えるのが先決であるように思う。裏面が白の収入証紙を棚から1枚引っ張り出し、そこにつらつらと何が起きたのか書いてみる。


まず木が地面にめり込んだ。そしてその後木が破壊された。


木が地面にめり込んだと言うのはつまり下に対する力が大きくなった訳で、木が破壊されたと言うのは上にかかる力が木の耐えられる閾値を超えたと考えられる。試し打ち、いやこれで家が壊れたらシャレにならないし、もう1回魔力切れを起こしたらそれもマズい。


上から凄い力をかける能力と仮定してみる事としよう。しかし加減が効かないとなると使えたもんじゃない。


どうした物かなーと背もたれに寄りかかってみる。油がもったいないから明かりを消した。僕は椅子に座ったまま眠りこけてしまった。


***


朝起きて、目にかかった前髪を指で払うとべとっとした。昨日、一日中建設現場で働いた後、友達に飯奢ってもらって、それで、帰り際に固有魔術もどきが使えてしまって、そのまま家に帰っていろいろ考えているうちに眠りこけてしまった、と言う訳だと頭の中で整理がついた。


変な体勢で寝ていたから体が痛いと言うのはあれど魔力切れ由来のだるさというのは感じなかった。今日の仕事は特に取っていなかったのは僥倖だ。僕は窓際に置かれた固形石鹼を手に取り近くの小川へと向かった。


冷たい水を頭に被って、飲んで、体を清めるうちに段々と頭が冴えて来る。まずこの自転車操業の生活の根本的な問題と言うのは僕が魔術師としては下の下の存在、銅級であると言う事が最大の原因である。魔術師として一人で食べていける最低ラインというのは一般的にはこれの2つ上の銀級である。検定に必要なのは現場経験のみである。固有魔術が使えない僕だと流石に銀級相当の魔物を倒すのは厳しかったが、固有魔術を修練したなら受かる見込みがある。


誤魔化し誤魔化し魔術師を続けていたが、いつ見切りをつけるべきかと言う考えは常に頭のどこかで浮き沈みし続けていた。正直機能の魔術は得体がしれない。が、このうらぶれた生活とおさらばする為なら身に着けてやろう。


無意識に握り締めた右手からは冷たい水が零れ落ちた。

結構書いたなと思いましたが教科書の前書きが冗長なだけでした。続きます

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