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月落ちる森  作者: 小湊世月
Ⅴ 毒花の狼

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71 銀月の魔法

 私たちが牢の前でレナリスと対峙していた間、研究室の方では被害者の救出が終わり、地下道に降りる道を発見したりと動きがあったようだ。


 私はヴェイグさんに事の次第を話し、レナリスの治療の許可を得た。レナリスの肥大した腕を見て最初こそ警戒されていたけれど、彼に寄り添い献身的に世話をしているラヴィアを見て、危険は無いと判断したようだ。


 研究室内にあったビーカーや乳鉢を借りて、アルが薬草を調合している間に、ヴェイグさんの部隊は地下道の魔物掃討に向かった。私とアルも治療が済み次第、後を追うことになっている。


 レナリスの話では、五日前、ヴェロニカが最後にこの研究所を訪れた際に、大口の客から依頼が入ったので、すぐにでも実戦データが欲しいのだと、水槽の中で育成していた大蛇に何らかの薬品を投与したという。


 おそらくその時の薬の作用で大蛇に異変が起きて脱走。研究室内を蹂躙して地下道の方に逃げたのかもしれない。

 あるいは、研究所を放棄すると決めて、目撃者を消すために大蛇が暴れるように意図的に細工をしたのかもしれない。


 いずれにしても、この惨状を引き起こしたヴェロニカは五日も前に街を出てしまった。大口の客が何者なのか、本当に存在するのかはわからない。


 これは私の想像だけど、街中ではなく、二人の王子と婚約者が居る場所に、研究所から逃げた魔物が発生したということは、〝客〟というのは彼らを暗殺しようとしている者たちなのではないか?

 研究にはお金が必要だ。資金繰りに困っていたヴェロニカに近付き、魔物を買い取ったのかもしれない。


 赤い牙から作った薬には、一時的に眷族化させる作用がある。眷族は主となった獣人を傷付けられない。だから大蛇が研究室内で暴れても、牢に居た被害者たちは無事だった。薬には彼女らの牙も混じっていたから。


 ならば、〝客〟とは。その正体を考えた時、自ずとある人物が浮かび上がる。

 フィリアスの威信を失墜させ、ディーンを王太子レースから脱落させたいその人は、大金を積んでライルに暗殺を依頼した人。


 騎士になれば貴族と関わることも増えるだろう。近い将来、私たちが相手をするのは、そういう類いの化け物たちなのかもしれない。


「……できたよ」


 心配そうに私の顔を覗き込むアルにお礼を言って、凄まじい臭いを放つビーカーを受け取った。

 指示通りとはいえ、真夏の海岸に放置された生ゴミとか、海を三十年ぐらい漂流したニシンの塩漬けを連想する、名状しがたいすごい臭いだ。

 私は臭気に顔を引攣らせるレナリスの目の前にビーカーを差し出すと、残さずに一気に飲めと手渡した。


 もの言いたげなアルの視線に気付かないフリをして、レナリスが飲み干すのをしばし待つ。きっとめちゃくちゃ不味いんだろうなぁ……そういう風に作ってくれと指示したから仕方ないけど、少し良心が痛む。


「の、飲んだよ。これで治るの?」


 肩で息をして涙目のレナリスに、今度は作業台の上に横になれと指示する。


「横になったら、右向いたり左向いたりして、飲んだものが胃の中に行き渡るようにね」


「わかった……」


 言われた通りに素直に従うレナリスをラヴィアは心配そうに見守っていた。そろそろ頃合いかな?

 後ろに控えるアルに合図すると、突然作業台から太い木の根が生えて、レナリスの身体を作業台に縛り付けた。


「な、何を……」


 怯える二人に、私は()()()冷ややかな笑みを送った。


「今飲ませたのは、月神(セシェル)特製の猛毒だ。何もしなければ、君はあと一時間で死ぬ」


「なんてことを!」


 私に掴みかかろうとしたラヴィアをアルが押さえつけた。レナリスは拘束を解こうと必死に暴れ出す。


「何もしなければって言っただろう? 解毒を始める。大人しくしていて」


 両手をレナリスの身体の上に翳し、私は精神を落ち付けようと目を瞑った。


「――あまねく獣と狩人の守護者。落ちたる銀月の女神の恩寵を此処に。月光花よ、咲き誇れ!」


 痛みに苦悶するレナリスの身体に百合のような白銀の花が乱れ咲く。大きく咲いた花は体内のあらゆる毒を吸い出し紫色に変色して枯れ落ちる。枯れた場所にはまた同じように花が咲いては枯れていく。何度も繰り返すうちに、苦痛に歪むレナリスの表情が和らいでいった。


 やがて、吸い出す毒がなくなり紫の花が咲かなくなると、銀の花は跡形も無く散った。異形と化していた両腕は無理矢理毒を吸い出したために紫色に変色してはいたけど、元の姿を取り戻した。木の根の拘束が解けたレナリスにラヴィアが勢いよく抱き付く。


「『月神(セシェル)が飲ませた毒を月女神(ルーネ)が吐き出す』という過程がどうしても必要だった。御印(みしるし)を持つ父さんならこの過程はいらないんだけど、私が使う場合は手順通りにやらないといけない。驚かせてごめんね。それと、私にできるのは解毒だけだから、腕が治るかどうかは……わからない」


「毒を飲ませたなんて言わなくても良かったじゃない! どうしようかと思ったわ!」


 レナリスを抱き起こしながら、ラヴィアは野ネズミのように頬を膨らませる。まあまあと宥めるレナリスは、私が知っている、いつものちょっと頼りなげな好青年だった。


「あー、はは……。あれは毒じゃないよ。『もの凄く臭くて苦くて不味いけど、身体に良い青汁を作って!』と頼んだら、予想以上に臭いのが出てきただけで……。要は君たちが毒だと思い込むことが大事だったんだ。成功したんだから、不問にして欲しいな!」


 ふむふむと頷く二人は、はたと顔を見合わせる。こちらを見つめるラヴィアの目がどんどん険しくなっていく。

 ――チッ、バレたか。


「…………ねぇ、それ、毒だと思い込むだけで良かったなら『もの凄く臭くて苦くて不味い青汁』じゃなくても良かったんじゃないの!? あんた、レニになんて物を飲ませてんのよー!!」


「それはまぁ、ね! 意趣返しということで」


「はぁ〜!?」


 納得いかなそうにムクれるラヴィアをよそに、私とアルはハイタッチで健闘を称えた。

 このぐらいの仕返しは許して欲しいよね! あたりに青汁の臭いが残ってて鼻が曲がりそうだけど。





 ***





 魔物の第三波を殲滅し、束の間の静けさを取り戻した駐屯地営庭。第五騎士団第一部隊隊長ヴェイグ・セシルより、間も無く第四派が出現するとの報告を受け、営庭には第二十三騎士団と第五騎士団の合同部隊が展開していた。


 しかし、長く()()()街を守ってきた第二十三騎士団と、王命を受けて暗躍している第五騎士団とでは団の練度に大きな差があり、それぞれの団長の不仲も災いして、指揮系統に支障をきたしていた。


 そんな最中、魔物の掃討にあたっていた筈の騎士見習いの二人が行方不明との報告が飛び込み、第五騎士団に戦慄が走った。

 第二十三騎士団の団長が鬼の首を取ったように追い討ちをかけ「戦場は遊び場ではない! 女子供見習いが来ていい場所ではない!」と赤銅色の髪の男を指差して作戦室から追い出したため、現場は更に混乱した。


 後にその時の事を、第五騎士団団長ユーリ・リヴォフは『あっ、こいつ死んだな(社会的に)って思った』と報告書に書き残している。


 そんな事情で作戦室を追い出された、シュセイル王国第一王子フィリアスは、内心で第二十三騎士団団長とその側近共の査定を下しつつ、余った装備を拝借して営庭に展開中の部隊列に加わることにした。


 こちらの事情を聞こうともせずに、女連れで遊びに来たと思われるのは心外ではあるが、遊び場ではないという主張には頷ける。追い出されたのは自分だけで、エルミーナが安全な場所で丁重に扱われているなら、それはそれで構わない。

 ここまではなんら問題ない。


 ただし、あの団長がエルミーナを見るやらしい目だけはいただけない。エルミーナに何かしようものなら容赦無く人事に報告しようと心に決めていた。


「ふぇ!? で……えええっ!? なんで貴方がこんな所に!?」


 フィリアスが紛れ込んだ部隊は第五騎士団だったようで、フィリアスに気付いた部隊が色めき立つ。


「実務訓練のようなものです。自分の身は自分で守れます。どうか、お構い無く」


 いや、そうは仰いましても等とモゴモゴ言い淀む間に、部隊に号令が掛かる。


「第四波来るぞ! 総員配置につけ!」


 営庭に空いた空洞から、空の蒼に墨が滲む。瘴気の煙を上げて過去最大量の魔物が出現した。四度目の戦いの幕が開くと、フィリアスの存在に言及する者は誰も居なくなった。

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