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月落ちる森  作者: 小湊世月
Ⅲ 闘技場の狼

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13 決闘のゆくえ

「げっ……なんでディーンがそっちなんだよー! 僕たち親友だろう!?」


 先に訓練場内闘技場のステージで待っていたクリスティアルは、ディーンの姿を見るなり顔をしかめて抗議する。クリスティアルの隣には悲劇のヒロインを装うラヴィアがべったりとくっ付いていた。


「楽しそうだからさ。それに、自分より強い者に果敢に挑む奴は嫌いじゃない。女の尻を追いかけてる野郎より何倍もマシだ」


「この戦闘狂め」


「うっせえ優男」


 ディーンに背中をぽんと叩かれて私は我に返った。今すごい殺気を感じたけど、君ら本当に友達なんだよね?


 騒ぎを聞きつけた生徒たちが集まって、場内は異様な熱気に包まれていた。クリスティアルの側には心なしか女子が多く、黄色い声援が飛んでいた。対してこちらはといえば、何故かどす黒いオーラを放つ男子生徒達から野太い声援を貰っている……なんだこれ。アイツ相当な恨みを買っているのでは?

 慣れているのかディーンは大して気にしていないようで、少し屈んで顔を寄せる。


「ぼーっとすんな。アイツ、チャラそうに見えるけど、剣技の成績は学院で一、二位を争う天才だ。全力で挑め。それから……アイツは双剣士だ。もう一本抜いてからが本番だ。気をつけろよ」


「わかった。色々とありがとう」


 ディーンは一瞬目を丸くして、困ったように笑うと私の頭をわしわし撫でた。


「頑張れよ。ぎゃふんと言わせてやれ」


 うん。と頷いて、私は準備運動を始めた。

 数分後、剣技教官が訓練場に入ってきたので、場内は一瞬にして静まり返った。ディーンと私、クリスティアルは右手を左胸に当てその場に跪いた。


「フィリアスから事情は聞いている。どちらが正しいか決闘にて決める。双方異存は無いな?」


「はい」


「はーい」


 異存がたっぷりありそうな感じで答えるクリスティアルを横目で睨んだ。


「よし。ならば位置に着け」


 介添人のディーンとラヴィアが離れて、私とクリスティアルは正面に向き合う。ディーンの言っていた通り、クリスティアルは木製ではあるが長剣と短剣の二本を腰のベルトに提げていた。


「抜剣!」


 私は木剣を抜き、両手に握ると眼前に掲げる。クリスティアルも同様に長い方の木剣を抜き掲げる。


 きっと、もっと簡単に穏便に済ます方法はあったと思う。それでもこの方法を選んだのは、転校生だから、女だから、平民出身だからと侮る奴らに、これが私の騎士になるという覚悟だと知らしめたかったからだ。

 私は実力でここに居るのだと、いくら言葉で説明しても理解を得られない。ならば態度で示すまで。

 この剣が今度こそ届くといい。


「構え!」


 私は両手で柄を握ったまま左足を下げ腰を落として構えた。対するクリスティアルは右手に剣を握り、身体を半身にして(きっさき)をこちらに向けた。


「始め!」


 開始の号令に、私は勢いよく床を蹴った。

 一足飛びに間合いを詰めて、身を深く沈めて下から掬うように切り上げると、相手は半歩下がって避けた。

 予想していた私は身を翻し、素早く頭上で剣を先を返して振りかぶる。斬り下ろした剣はクリスティアルの剣に受け止められ、そのまま斬り結び、拮抗した力が双方を弾き飛ばした。

 そこから猛烈な打ち合いになった。木剣同士にも拘らず、剣が触れ合う度に大木が折れるような凄まじい音が鳴り響く。


 ――こいつ、本当に強い。


 相当な数打ち合ったけれど全く疲れが見えないし、段々と剣筋を見切られてる気がする。長期戦は不利だ。

 勝負を決めようと、私は渾身の力で頭上から斬り込む。クリスティアルの剣は、私の斬撃を剣身を滑らせるように打ち払い、返す剣は真っ直ぐに私の首に向かって振り下ろされた。

 私は態勢を崩しながら大きく足を踏み出して踏み留まると、振り向きざまに、剣の腹でクリスティアルの斬撃を止めた。

 ガツンと大きな衝撃に目の奥に火花が飛ぶ。片手で振ったとは思えない重い一撃に、私の足がステージ床のタイルを砕き沈む。そのまま押し切られそうになるのを、なんとか抜け出し間合いを取った。


「細身に見えて、結構な馬鹿力じゃないか。そんな力、一体どこに隠してたの?」


 息を整えながら問いかけると、クリスティアルはいつも通りの美しい王子様顔に薄い笑みを浮かべた。


「君が勝ったら脱いであげようか?」


「それ、負けた時の罰じゃないの?」


 私の心底嫌そうな声音に、クリスティアルは一瞬青い眼をまんまるにして、言葉の意味を理解した途端吹き出した。ほんの少し前の、整い過ぎた美しい笑みよりも何倍も綺麗な笑顔で。


「あはは! 君、おもしろいねぇ」


「おもしろいこと言ってないよ……だって、つまり君は『自分は絶対負けない』って思ってるってことでしょ?」


「ふふ。まぁ、それはね」


 楽しそうに笑っている今だってクリスティアルに隙は無く、どこに打ち込んでも的確に防ぎ、踏み込み過ぎればその穴を縫うように鋭い打突が飛んで来るのだから。

 獣人の筋力を活かした速度と腕力に難なく対処しているし、彼は斬り込む私の力を軽く受け流し、宙を舞う羽のように軽やかにひらりひらりとからかうように躱す。


 そればかりか、最初は肉迫していた剣が徐々に躱され、避けられ、間合いを空けられる。

 そしておそらく、私の歩幅には少し広いこの間合いが彼の得意とするものなんだろう。


 刹那、閃光が煌くような鋭い突きが頬を掠めた。来るとわかって警戒していたのに避けきれなかった。剣を当てて攻撃の軌道を逸らすのが精一杯で、(きっさき)は頬の表皮を裂き鮮血が散った。会場に悲鳴が上がる。


「ごめんね。避けると思ったんだ」


 クリスティアルが片眉を上げる。煽りたいのか謝りたいのかわからない奴だ。

 左手の甲で頬を拭えば、手にべったりと血が付いる。予想外に勢いよく出血しているようで驚いた。血の色、臭いに興奮しているのか、違和感を感じる程度で、痛みはほとんど感じない。

 始まる前はあれほど煩かった見物人たちが一様に押し黙り、剣戟と呼吸音だけが聞こえる重苦しい静けさが訓練場内を満たしていた。

 そんな中、ふとクリスティアルが笑みをこぼす。


「君、本当に猛獣みたいだ。見た目によらず剣が重いね」


「その剣を片手で受け流して捌くのだから、そっちこそバケモノなのでは?」


「ははっ! いいね! 乗り気じゃなかったけど楽しくなってきた」


 冗談じゃない。こちらは最初から全力だ。

 まさか獣人の身体能力を凌駕する剣技を身につけているなんて……。ディーンが天才だと評するのは友人の贔屓目ではないようだ。

 獣人の私が力で人間に負けるはずがないと高を括っていた。実際今まではそうだったし、こんな女好きの優男が強い筈がないと侮っていた私の落ち度。


 『馬鹿力』と言った時、クリスティアルが微妙な反応を見せた理由が今ならわかる気がする。彼は力で斬っているんじゃない。それを今頃理解した私に、勝機は無かったのだ。


 遥か上空から見下ろされている気分。同世代にこんな奴が居るなんて、世界は思っていたよりもずっと広い。成り行き上とはいえ、今までに相対したことのない強者と戦えて良かった。


 ――怒りで曇っていた視界が明るく開けていく気がした。


「君のこと、ただの温室育ちのぼんぼんだと思ってたけど、それは私の偏見だ。見る目がなかった。申し訳ない。――それから、戦ってくれてありがとう」


 クリスティアルは目を瞠り、一拍遅れて笑い出した。


「それ今、言う〜?」


「ふふっ……もう一本の剣を抜かせることができなかったのが残念だよ」


「頭は冷えたかい?」


「うん。ありがとう」


 そう言って、私は構えを解いた。立会人の教官に向き直り、手にしていた木剣の残骸を掲げた。

 剣身に亀裂が入って折れ曲がっている。今までのような戦いを続ければあと数打で確実に折れる。壊れた武器は意図しない怪我を招くかもしれない。


「降参します。剣が壊れてしまいました」


「良いのか? お前の負けで」


「はい。目が覚めました。それに、自分の武器の管理をしっかりしろと叱られたばかりですので」


 教官は頷き、勝者の名を宣言した。


「勝者、クリスティアル! 只今をもって、この決闘を終了する。これ以上の私闘は固く禁ずる。両者、よく戦ったな」


 周りから温かな拍手が起こる中、私とクリスティアルは固く握手を交わした。その後で、私は呆然としているラヴィアの前に跪いた。負けた者の義務だから仕方ない。


「貴女に謝罪を申し上げる。私の早とちりでした。以後は一切関わらないように致します」


 ラヴィアは気まずそうに目を泳がせてもじもじしながら頷いた。


「最後にひとつだけ、聞きたいことがある。目釘を壊したのは君?」


「めくぎ? って何? 私は水掛けただけだし……」


「そうか、わかった。ありがとう」


 立ち上がって振り返ると今のやり取りを聞いていたディーンが頷いた。やっぱり、この子は関係無いのかもしれない。

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