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月落ちる森  作者: 小湊世月
Ⅲ 闘技場の狼

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12 決闘介添人

 部屋に戻って、濡れた制服を脱ぐと訓練用のチュニックと一緒に洗濯籠に放り込んだ。正式な決闘なら青か黒の礼服を着るのが習わしだが、あいにくまだ従騎士未満の私は礼服を持っていないので、クローゼットから黒のシャツとパンツを取り出して着替えた。


 本来なら、じっくり剣の手入れをしたいところだけど、相手を待たせて決闘から逃げたと思われるのが一番嫌だ。仕方なく、床に紙を広げ乾いた布で拭った剣と鞘を置いた。戻ってきたらちゃんと手入れしよう。


 この学院はいかにも騎士養成学校らしく生徒同士の決闘が認められている。

 ただし、立会いに剣技教官と双方の介添人が必要で、魔法と真剣の使用は一切認められない。不正を行ったり、相手に完治不能な重傷を負わせたり殺害した場合は、厳しい処罰が待っている。

 また、戦闘訓練を行なっていない女性、十五歳以下の子供、病人は代闘士を立てることができるが、女騎士として戦う場合は男騎士と同様に扱われる。

 つまり、私は女騎士――見習いではあるが――として、代闘士のクリスティアルとハンデ無しで決闘する。


 訓練用の使い込んだ木剣をベルトに提げて、私は女子寮を出た。介添人をアルファルドにお願いしようと考えていたのに、更衣室を出た時にはもう見当たらなかった。

 訓練は男子と合同になることが多いのに、未だに訓練場でアルファルドを見たことがない。ただ間が悪いのか、それともやっぱり騎士になる気は無く、訓練から逃げているんだろうか?


 となれば、フィリアスが引き受けてくれればいいけど……。そんなことを考えていたら、フィリアスの方から来てくれた。無言で私の腕を掴んで空き教室に引き込むと、外を確認して扉を閉めた。


「君は目立ちたくないんじゃなかったのか?」


 教室に入るなり余裕無く本題に切り込んできたフィリアスに、私は肩を竦める。フィリアスの口調は穏やかでも、魔力が高い人特有のじりじりと肌を焦がすような怒りを発していた。叱られても仕方ないけど、こればかりは譲れない。


「目立ちたくはない。でもここで逃げたら、こいつは何をやっても大丈夫だと思われる。そうなれば、目立つよりも酷い目に合う」


「いったい何があった? 水ぶっかけられたぐらいで決闘を申し込んだりしねぇだろ?」


 その声に振り向けば、いつもフィリアスと一緒にいる銀髪の大男が教室の机の上に座っていた。シュセイルでは珍しい褐色の肌にフィリアスによく似た空色の瞳をしている。なんだろう……前にも会ったことがあるような?

 私の困惑を見て、フィリアスが紹介してくれた。


「俺の友人のディーンだ。身元は保証する」


「ディーンだ。フィリアスと、ヒ……クリスティアルの幼馴染だ。よろしく」


 握手を求められたらどうしようかと思ったけど、彼はそうしなかった。派手な見た目に反して真面目そうな印象だ。はにかむような笑みを浮かべて名乗るので、私も応じる。


「私はセリアルカ。よろしく。質問の答えだけど、訓練中に更衣室に忍び込まれて真剣の目釘を壊された。流石にこれは悪戯にしてもタチが悪い。看過できない」


「……まさかそのまま使ったのか?」


 驚いた様子の二人に、私は首を振る。


「訓練では使わなかった。ロッカーに入れていたから制服と一緒に泥水をかけられていた。手入れの時にわかるかもしれないけど、訓練ですぐ使うってなれば、濡れたままでも剣を抜いたかもしれない。……そうなる前に気付いて良かった」


「剣を振った途端、目釘が外れて柄から剣がすっぽ抜ければ当たった奴は死ぬかもな。そうなりゃ、お前は学院に居られないどころか監獄行きだ。……俺でもキレる。決闘も仕方ないんじゃないか?」


 私が許せない点をディーンが正確に指摘してくれたのでホッとした。同じ騎士を目指す者ならわかってもらえると思ってた。けれど、フィリアスの表情は硬いままだった。


「セリアルカ、武器の管理は騎士の基本だ。整備不良で他人を傷つけたとすれば、それは君の怠慢となる。同じ騎士見習いとして許せることじゃないが、正面から堂々と戦いを挑んでくる者ばかりじゃないってことを今一度よく考えて欲しい。――それはそれとして、彼女がやったという証拠は?」


 優しく厳しく諭すフィリアスの言葉にぐうの音も出ない……。仰る通り、いかなる理由があろうと剣を扱う者として、常に剣の状態を把握していなくてはいけない。


「うん。その点は反省する。……証拠らしい証拠は無い。だけどロッカーに、あの子の香水の臭いが残っていたし、本人もほぼ認めていた」


「ふむ……」


「どうした? 本人が認めているなら何の問題がある?」


 顎に手を当て考え込むフィリアスに、ディーンと私は首を傾げた。


「とても失礼な言い方だが、あの女に剣の知識があるようには思えなくてな」


 ぶふっとディーンがふき出した。私もラヴィアの様子を思い返してみれば、たしかに剣なんて触ったことも無さそうな気はする。

 ディーンの脇腹を肘で小突きながらフィリアスは続ける。


「もし剣に詳しくない者が悪戯するなら、もっと見た目にわかりやすく剣を折ったり柄や鞘を傷つけたり、酸を掛けたりするんじゃないかと思うんだ。目釘を壊すというのはある程度知識のある者なんじゃないかと思う」


「だとすると、ラヴィアの他に剣に細工した奴がいるかもってこと? ……だとしても決闘を申し込んで受理されたからにはもう止められない」


 フィリアスは項垂れて深いため息をついた。額を押さえて眉間の皺を揉みほぐす。


「…………仕方ない。クリスティアルはああ見えて強いぞ。なるべく怪我しないようにな。それと、介添人が決まっていないなら、このディーンに頼むといい。クリスティアルが嫌がるだろうから威嚇になるだろう」


「迷惑でなければ、頼んでもいい?」


「ああ! アイツが相手なら喜んで!」


 ディーンは満面の笑みで快諾してくれた。幼馴染と対決するのに随分嬉しそうに見えたので、一抹の不安が胸をよぎる。


「ただ、向こうはラヴィアだろうし、俺は一切手を出せねぇけどな。何かあればお前が何を言おうが止めるぞ」


「うん。それは仕方ない。よろしく頼む」


「俺が教官に立会いを頼んでくる。先に訓練場に行くといい。また後でな」


「ありがとう!」


 その場でフィリアスと別れて、私とディーンは訓練場へと向かった。先程、フィリアスが口にした真犯人が別に居るかもしれないという話が気になるけど、今は目の前の決闘に集中しないといけない。調べるのは決闘が終わってからだ。

 黙りこくった私を心配してくれたのか、ディーンが遠慮がちに声をかけてくれる。


「この学院じゃ決闘はよくあることだ。本物の決闘と違って負けたって死にはしない。たとえ負けても正々堂々戦ったなら、その勇気は讃えるべきものだ。気楽にやれよ」


「ありがとう。君、いい奴だな」


「はぁ? 何言ってんだ」


 ディーンは照れたらしく顔を背けてしまった。見た目はいかついのにかわいいところあるじゃないか。今まで会った学院の人間の中で一番感覚が近い気がする。彼も平民出身だったりするのだろうか?


「あっ、そうだ! もし決闘後に私が動けなくなっていたら、アルファルドに今日は行けないって伝えてくれる? 探してる時に限って、居ないんだもんな……」


「アイツ、訓練場出入り禁止だからな。どこかで昼寝でもしてんじゃねぇの?」


「……えっ?」


「昔、教官と上級生数人をぶん殴って病院送りにしたんだ。……聞いてないのか?」


 ……あのアルファルドが? 情報が多過ぎるんだけど?

 丁度訓練場に着いたので、その話はそこで終わってしまった。

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