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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
天知しろあは何でも知っている
20/21

ちょっとずれてる?


 球技大会を来週に控えた日、学級委員は放課後、集められた。


 どうやら球技大会は体育委員と学級委員、それから生徒会によって運営されるらしい。連絡通路を渡り、各学年の教室がある普通棟から特別棟に移る。二階にはふつうの教室二つ分ほどの広さがある総合学習室なる部屋があった。おおよそ音楽室と同じ広さだろう。ふたつ上の四階では吹奏楽部が練習に励んでいるに違いない。

 ホームルームが終わり、三浦はその総合学習室を訪れた。開いたままの部屋の中からは人の気配が多く、三つの勢力が入り乱れていた。

 ふと、天知の姿が目につく。どこでもやはり、目立つものだ。雑談している人や作業に勤しむ人がいる中、天知は何もせず椅子に座っていた。背筋がいい。視界に入ったのか横目で目が合う。軽く会釈した。

 特に席が指定されているわけではない。長机が並び、そこにパイプ椅子が置かれているだけ。天知の両隣は空いていた。皆、心の中では座りたいだろう。ただ、これだけの観衆の中、相席するだけの勇気を持ち合わせている人がいないだけ。普段の取り巻きとは違い、たったひとつの相席を取るのはなかなか難しい。

 ならばこそ、三浦は進んだ。


「ここ、いい?」


 天知は頷く。


「わたしのものでもありませんので」

「いや、誰かと約束してたら悪いなって思って」

「そういうことでしたら、どうぞ」

「ありがとう」


 天知のとなりに座る。はてさてどう切り込むか。前野と岡部が作戦に協力はしてくれるものの、あくまで協力。サポート。三浦自身が動かなくてはならない。そう悩んでいると、天知の反対側に座る人物も現れた。


「ご、ごめん。天知さん。遅れちゃって」

「いいえ。まだ始まってないですから。遅刻じゃありませんよ」

「そ、そっか……!」


 明らかな愛想笑いだとわかるが、彼にはわからないようだ。不格好な、中途半端なニヤけ面をしている。とはいえ、それは三浦も相違ない。三浦も、愛想笑い以外向けられていないだろう。

 ふたりのやり取りを横目でうかがっていると、天知からの視線が切れたほんの一瞬の隙に、天知のとなりに座った彼は鋭い眼差しを向けてきた。それで、腑に落ちる。名前は知らないが、あのとき一組で黒板消しをかけていた彼だ。天知と共に職員室まで行く際に見せてきた鋭さと同じ。牽制されている。

 とはいえ、それで引き下がるほど三浦も柔くない。委員会の関係でしかない彼と、世間話もした自分。天知からの好感度はさほど変わらないだろう。いいや。学級委員でなければ話すことも難しい彼と比べれば、三浦のほうが一歩先んじている。


「三浦くん。ここ、いい?」


 声をかけてきたのは、三浦と同じ学級委員の佐藤。もちろん、と頷く。


「ありがとう」


 すこしして、三浦のとなりも埋まった。

 佐藤、三浦、天知、名無しの順になった。

 教室の椅子が人で埋まっていく。正面の黒板並みに大きいホワイトボードの書き込みが終わると、三年生は開始の合図をした。


「そろそろ、始めてもいいか」


 それで、ざわめきは収まっていく。

 リーダーらしき三年生はちらりとこちらに視線を振った。一瞬、何のことかわからなかった。が、次の自己紹介で、これまた腑に落ちる。自分を見たのではなく、天知さんを見たのか、と。


「俺は生徒会長の九重だ。いちおう、球技大会運営実行委員長ってことになってる。すでに球技大会は二回経験しているので、ある程度流れは把握しているつもりだ。まあ、それは三年生の連中みんなもそうだ。だから、困ったことがあれば俺じゃなくても、知っている先輩、聞きやすい先輩に声をかけてもらうのでいい」


 天知は生徒会長に告白されたと言っていた。たしかに、生徒会長の九重という先輩は顔が整っている。シャープな顔立ちだ。三浦とは系統が違い、たったの二年でも大人っぽさを感じる。


「ここには生徒会、体育委員、学級委員がいると思う。それぞれ、役割は違う。いまから説明する」


 ホワイトボードに書いてあることだった。


 まず生徒会は大会を正しく運営していく。流れを制御するような役割らしい。運営本部のテントのもとに誰かしらが常駐していて、試合結果、トーナメント表、順位等を作成。なにかしらのトラブルがあれば生徒会が間に入るらしい。

 次に体育委員。彼らは試合を正しく進めるのが仕事らしい。具体的には、審判をやったり道具の準備をしたりコートの整備をしたり。

 それで最後、三浦たち学級委員。学級委員の仕事は、自分たちのクラスに問題がないかまとめる役割らしい。当日は千人規模の人の流動がある。不慮の事故やトラブルがないように、整列や情報伝達が主な仕事。つまり、生徒と運営を繋げる連絡係ということだ。


 メモを取る佐藤と名無しに挟まれながら、姿勢よく黙って話を聞く天知。三浦はこっそり小声で話した。


「なにか、圧をかけてるの?」


 脈絡のない問いかけに、しばし天知は自分だとわからなかったようだ。ゆっくり瞬きをして、目を丸くする。


「わたしが?」

「うん」

「誰に。なぜ?」

「生徒会長さんに。理由はわからないけど……」


 生徒会長の九重は、総合学習室全体に向けて話しているが、時折こちらに視線を向ける。そして気まずそうにすぐ逸らす。頭ではわかっているのに、つい見てしまうといった感じだ。


「生徒会長。ちらちら天知さんのこと見てる」

「はあ。告白は丁重にお断りしたはずですのに」


 なぜ……と本当にわかっていないのか、憂いている。


「断られたからって、好きって気持ちがなくなるわけじゃない。人によっては未練がましく、執着することだってある。好きな人がこんな間近にいて、しかもずっと見てくるんだから、そりゃあ気になっちゃうよね」

「ですが人の話を聞くときは相手の目を見る。これは人間社会としての常識ですよね?」

「まあ、そうなんだけどね」


 すこし前から思っていたが、天知はズレている。彼女の言っていることは正しいのだが、世の中は正しさだけでは回っていない。話を聞くときは相手の目を見る。これはたしかに常識だが、だからといって瞬きもせずほんの一瞬も目を逸らさないというわけじゃない。視線を向けられっぱなしというのは、圧を感じて恐怖にすら思う。

 とはいえ、口にはしないが。


「それにほら、人は七秒間見つめ合うと相手のことを好きになるって言うでしょ?」

「言いますね」

「それって見つめ合うから好きになるんじゃなくて、お互いにいいなと思っているからこそ見つめ合うことができて、それでやっと好きだって自覚できるって話だと思うんだよ」

「つまり、相手の目をじっと見つめられる時点で、それはもう両思いだと」

「うん。七秒見つめ合うって、それだけ人間にとっては難しいことだって意味なんだよ。告白を断り断られ、そんな関係性の相手の目をじっと見る。見続ける。これは相反するものな気がするね」


 嫌いな人とは目も合わせたくないし、よく知らない人と目が合うとなんだか不快感があるし、友達や知り合い程度の関係性だと、自分のことを見透かされているような気がして緊張感が走る。

 七秒間見つめられるというのは、つまり、それだけお互いに安心感を抱いているということであり、知られてもいいという信頼の証でもあるのだ。告白を断った相手にするべきことではない。


「なるほど、いいことを知れました。そう言われると、なんだかそんな気がしてきます」


 言われてやっと気がしてくる程度なのか。

 天知は視線を生徒会長から逸らし、三浦に。


「ありがとうございます。実践、してみますね」


 息が詰まる。生徒会長はよくもまあ、この視線を受けてああも落ち着いているものだ。

 初めて天知から、愛想笑いではない素直な笑みをもらった気がした。ふつうの、女の子らしい笑み。


「う、うん……こちらこそ」


 実践。その破壊力、その恐ろしさ、思い知った。




 生徒会長から一通りの説明を受ける。球技大会当日の流れと、自分たちの役割、仕事を聞く。それから最後に教師からも一言あって、解散となった。

 一斉に立ち上がり教室をあとにする。人混みで詰まっているこのタイミングで出て行く必要はないだろう。天知もまだ席に着いたままだし。


「あ、天知さん。このあとは……?」

「なにもありませんよ。わたしはすこし用があるので、先に帰っても大丈夫です」

「う、うん……じゃあ、また明日」

「はい」


 帰り際、やはり名無しは三浦を目の敵のように一睨みする。

 天知と個人で別れができたのだから、それをありがたく思えばいいのに。


「私たちは」

「うん、僕らも大丈夫。学級委員はクラスメイトに向けての仕事だからね」


 部活やすでに帰宅してしまっている以上、仕事はない。


「もう部活に行ってもいいよ」

「あ、うん……じゃあね」

「じゃあ」


 佐藤とも別れる。


 天知はまだ椅子に座ったままだ。佐藤と名無しがメモを取っている間、天知は姿勢よく手を動かさず、生徒会長をじっと見つめていた。三浦はその天知の横顔を見つめ、すこし駄弁っていたのでやはり、手は動かしていない。名無しからは無駄口叩くなと目で訴えられかけていたような気がするが、それはメモよりももっと効率的な方法があるからだ。

 教室の出入り口で詰まっていた人が消える。三浦はホワイトボードの前に立った。ぱしゃりとシャッター音は、ふたつ重なる。真横では、天知も三浦と同じくスマホを掲げていた。


「天知さんも同じこと考えてたんだ」

「はい。生徒会長さんなら、必要事項は書かれると思っていたので」


 その生徒会長さんはまだ教室に残っている。ほかの生徒会メンバーと後片付けに勤しんでいる。その背中が天知の言葉にびくりと跳ねたのを、三浦は見逃さなかった。


「こちらのほうが、独自の解釈もないですからね」


 たしかに、話を聞きながらのメモでは端折る部分もあり、それによって解釈が変わってしまうこともある。解釈の対立でも起きたら厄介だが、生徒会長が直々に書いた文面を見せれば信頼度は高い。


「では。用は終わりましたので、わたしはこれで。失礼します」

「あ、ちょっと待って」

「はい?」

「せっかくだから、一緒に帰ろう」

「わたしはかまいませんけれど……サッカー部は?」


 笑う。サボりだ。


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