20.背中合わせの二人
「わ、私達助かったの……?」
「そうだぜ。――あの構え……エナの型か。へっ、命知らずな新米小僧だ!」
モルガンが不敵な笑みを浮かべる。
――今から千数百年昔、魔石の発見により魔法は飛躍的に進化し、剣や槍による近接戦闘を過去の遺物にしようとしていた。
それに対抗すべく生み出されたのが型だ。
どんな魔法にも存在している、魔法の中心点とでも言う部位である『魔芯』に対し干渉や破壊、或いは無力化する事で、魔法を弾いたり、相手に反射する事を可能としたその技は大陸や種族によって細かな違いはあれど、全ての型に組み込まれている。
『魔法使いの攻撃を弾きながら接近し、敵を一刀のもとに切り捨てる』または『魔法を反射し、魔法使いを自身の放った魔法で仕留める』
それは古の剣士のような近接戦闘を愛する者達が作り出した血と汗の結晶だ。
だが、凄まじい速度で飛来する魔法の魔芯を正確に捉え、弾くような行為は並大抵の者にでは不可能だ。
しかしそれを可能とした一つの技術があった。
「――はぁ……はぁ……上手く、出来た……」
ムツキの片手剣が蒼白い光を帯びている。
それはムツキによって剣へ流し込まれた魔力が、含有された魔石に反応しているからだ。
――そう、それこそが先人が生み出した技術だった。
この世界の武器や防具には量や質の差はあれど、全てに魔石が使用されている。
それを利用し魔力の力で剣の威力や性能を高め、さらに自身の魔力を流しこんだ魔石の力で身体能力を強化する。
その技術と、型によって磨かれた技が魔法に対抗する事を可能としていた。
それがこの魔法の発展した世界で、今尚近接武器を持つ者が多く残っている理由だ。
「――あ、ありがとうございましゅっ!」
「お礼はいいから早く逃げて、増援を!」
「は、はひいっ!」
恐怖からか完全に呂律が回らない淫魔族の少女は、今度こそこの場から離脱していく。
「ふふっ、やるじゃない、ムツキ。あの魔法を弾くなんて仮に神がかった反応速度で魔芯を捉えても、並の魔力じゃ不可能よ。流石は魔力SSって所かしら?」
ムツキの背後を守るように背中に寄り添ったルナがムツキへと微笑みかける。
「いえ、もう一度やれって言われたら出来る確証がありませんよ、あんなの。……村での訓練からぶっつけ本番な上に咄嗟の行動だったんで、正直上手く行くか不安でしたが、助けられて良かったです」
「さて、なんでか敵さんは様子見をしていて仕掛けて来ないが……どうする、お二人さん?」
そんな二人の隣にモルガン達寄り添い、即席の円壱型陣形を組み上げる。
「そうね、とりあえず増援とやらが来るまでに時間を稼ぎましょうか。多分ヤツらは、さっきの魔法を弾かれた事に驚愕しているか……それとも思わぬ強敵の出現に、上からの指示を待っているみたいだし、ね。こっちへ仕掛けてこない辺りその可能性は高いと言ってもいいわ」
「指示……?ルナ、お前さんはあの化物共の正体を知っているのか?」
「ええ、ちょっとだけ、ね。……あれは魔導外骨格と呼ばれる魔導兵器。そして多分だけど、伝言魔法で彼らに指示をしている存在がこの近郊に居るはずよ。まぁ詳しい話は後で話すわ、お互い生き残れたら、ね」
ルナがそう言って薄く笑う。
その表情はまるで氷のようで、幼い外見とは極めて不釣合いであるにも関わらず、不思議と彼女の纏う雰囲気と噛み合い、まるで妖艶な女性のような印象を抱かせる。
「へっ、そりゃ是が非でも生き残らねぇとな。で、奴らの対処だがどうする?」
「貴方達前衛職の三人が右の近接型の奴を二体。後衛型の魔導外骨格を含む左の二体は魔術師の私と前衛のムツキで連携して対処するわ」
「なるほど。無理に五人で連携するより、知れた連中同士でそれぞれ連携した方がやりやすいって訳か。いいぜ、乗ったッ! そういう訳だ、行くぞ! リーゼ、シャルロッテッ!」
「はいっ! かつて『暴風』と呼ばれた私達の力を見せつけてやりましょうっ」
「了解よっ。ふふっ、久しぶりの戦闘ねっ」
互いに軽く言葉を交わし合うと三人はそれぞれの得物を手に、二体の魔導外骨格へ向けて走りだす。
「それじゃあムツキ、私達も行きましょうか。……敵の狙いは大方アレの実証テストでしょうけど、だからと言っていつまでもご丁寧に待っていてくれる保証はないわ」
「わ、わかってます……!」
(――たくさんの魔族の人が死んだッ……! 死ななくていいはずの人や、もっと生きたいはずの、生きられるはずの人がたくさん居たはずだ……。それをよくもッ……!)
――ムツキは内心で怒り狂っていた。
彼は元来どちらかと言えば優しく、穏やかな性格だ。
だが彼はこれまで特殊な境遇故に、命に関しては少々特殊な価値観を持っていると言ってもいい。
それは元の世界で、『もっと生きたかった』にも関わらず、後悔を抱いたまま死んでしまった事に起因する。
故に彼は自身は元より、他人の命が失われそうな時には危険を顧みず行動をする傾向があった。
それはかつて村でオークの子供が魔物に襲われそうになった時に身を挺して助けたり、母の命のために勝算があるかも分からない強力な魔物である、クリスタルボアに挑んだ事、そして先程の淫魔族の少女のために防げる保証がない魔法を命がけで防いだり――転生してからの彼の人生で挙げればキリがないが、これらが該当する。
(たくさんの死体を見たショックで俺はあの時、獣人の人達が先行した時に反応できなかった……! もし俺がもっとしっかりしていればあの人達を救えたかもしれないのにッ――)
――そんなムツキにとって先程の死体の海の光景はあまりにも衝撃的だった。
彼らはかつての自分のように病故に生きられなかったのとは訳が違う。
生きられるはずだったのに、生きられなかった――殺されてしまった。
それは彼にとってはそう簡単に許せる事ではなかった。
「落ち着きなさい、ムツキ。無用な焦りと怒りは死を招くわよ」
「っ……わかってます」
そんな感情を見抜かれたかのように釘を差される。
(ルナさんの言う通りだ。……今は落ち着かないとな)
「……よく聞きなさい。これから私は魔法による後方支援を行うわ。だから貴方は安心して前衛を努めなさい」
「わかりました。――というか回復魔法や強化魔法だけじゃなくて、攻撃魔法も使えるんですね」
「ええ。……基本属性は第七位まで、神聖魔法は第六位まで使えるわ」
「っ……多重属性を使用可能な上に第六位っ……!? なるほど、化物級ですね」
「ふふっ、褒め言葉として受け取っておきましょう」
――第八位までの回復魔法と強化魔法を使えるだけでも驚異的な能力だというのに、どうやら彼女は攻撃魔法も使える事にムツキは驚愕する。
おまけに神聖のみとはいえ第六位といえば、魔大陸でも最高位の魔法だ。
何しろそれ以上の位階の魔法はお伽話や、過去の伝説の中でしか存在しないのだから。
「すぅーはぁー……行きますっ!」
「ええ、行きなさいっ。貴方は私が守る、だからその剣を存分に振るいなさいなっ!」
呼吸を整えると同時に、ムツキはこちらを真っ直ぐに見詰める魔導外骨格へ向けて走りだしたのだった。
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