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影操師 ―始まりと終わりの物語―  作者: 伯灼ろこ
第三章 アルファを司る者
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 5節 黄金の光と白金の光

 柊ゆうが相模七叉に呼び出されたのは、茴との遠出から帰宅した1時間後の話である。

 内容は、叶里八復興の対策会議である。いつまでも組織の援助に頼るわけにはいかないので、誰もいなくなってしまった町役場の役員や暮滝中高一貫校の教師などの選任を誰にするかで揉めていた。

「役員くらいなら、ある程度誰にでも務まりそうだが、教師はな……。どうする? 余所者を招くか?」

「叶里八の人々が受け入れてくれるなら、可能でしょう」

「まぁそこら辺は受け入れるように思考操作を施してやればいいだけだが……柊」

「はい?」

 会議の途中にも関わらず、七叉に呼び出された柊ゆうは会議室の外に出る。

「茴の護衛の件だが、親父に代わって俺が務めることになったから」

「……はい?」

「信楽伊織は死んだ。一体、何から茴を護ってるのか知らないが、シャドウ・コンダクターを護衛するのが第三者だと具合悪いだろう。俺も叶里八復興の為にしばらく滞在することになったし、それに柊だけに重荷を背負わせるわけにはいかないしな」

「重荷だなんて」

「それとも、俺が護衛に参加することに、何か不都合でもあるのか」

「……いえ。ご協力、感謝します」

 帰り道、アルイェンがまた呑気に話し掛けてくる。

“なんや、残念そうですなぁ”

「何がです?」

 誰もいない夜道を、桔梗院家に向かって足早に歩いているゆうに、アルイェンは実に面白そうに笑う。

“とんだ邪魔者が入ったもんですわ。ゆう様、あんさん、自分だけが護れるもんや思うてはりましたやろ”

「だから、何が言いたいんです?」

 どこまでも茶化す調子の自分の影に、ゆうは珍しく声を揺らす。

“……相模はんはコンダクターとしての有能なだけでなく、総帥直属の部下。色々と気ぃつけなあきまへんで”

「……わかってますよ」

 桔梗院家に辿り着くと、屋敷から桔梗院芳乃が慌てて飛び出してくるのが見えた。これはただ事ではない、ゆうは瞬時に茴のことだと理解した。

「柊! 茴がどこにもいないのです……お願い、探して下さい!」

 ゆうは、芳乃が話し終えるよりも先に駆け出していた。

“ゆう様! 今さっき、あの山奥で地鳴りがしましたわ! おそらく……”

「間違いないでしょう」

 実は、帰宅してからずっと気になっていた。石碑の文字を読んだ後の、茴の反応が。あれほど楽しそうにしてくれていたのに急に黙り込み、深く考えている様子だった。

(もう……肝心なことは、いつも1人で抱え込む人なんだから!)

 ゆうは召喚したキメラに跨り、山を目指した。地鳴りの原因と思われる正体は、山の中腹にて発見される。

“なんやあれは! 巨人……いや、神?”

 闇夜に現るは、神々しい光を放つ巨人。だが、その姿は絵画などによく描かれる神の姿そのものだ。ゆうはすぐに理解した。それが、アルファのシャドウであると。

「まさか自ら出向いてくるとは」

 そして巨人の視線の先に、頭から血を流す茴を背後から抱きすくめている男の姿があった。茴は渾身の力を振り絞って男の身体から逃れようとしているが、その度に流れ出る血が力を奪っている。

「……。アルイェン、急降下」

“わかりました”

 ワントーン低くなったゆうの声には怒りが含まれている。アルイェンはコンドルの翼を折り畳み、山道へ高速で降下する。

「いい加減諦めろ、俺からはもう逃れられない。今、お前の全身の骨を砕くことだって出来る。これ以上は本当に死んでしまうぞ? 俺だって、自分の妹が死んでしまうのは嫌だし」

「…………」

 茴は顔を両手で押さえ、気を失いそうなほどに痛む頭と激しく揺れる視界に堪えていた。足元では、フェネックの姿に変えられたフィーネが一生懸命に吠えている。

「……うるさい犬」

 泪がフィーネを蹴飛ばすと、フィーネはいとも簡単にコロコロと地面を転がる。

「ぷっ、はは。終末を告げし獣が、なんともお粗末な。おい、ゼウス」

 泪が巨人に目配せをすると、ゼウスは手にしていたトライデントを茴の首筋に当てがう。

“これが最後の忠告。世界を破滅させたくなくば、潔く軍門に下れ”

「……や」

“ん? 聞き取れない”

「嫌だって、言ってるでしょうが!!」

 ゼウスは目をカッと見開き、トライデントに力を込めた。だがそれは突然ぐにゃりと歪み、ドロドロの液体となってゼウスの手から滑り落ちた。

“なに……?”

「――僕がこの手で触れた金属は、全て僕が思うままになる」

“!!”

 何かが、来る。ゼウスは泪を抱え、その場を離れた。直後、地面から飛び出した鋼鉄の壁が、茴とゼウスたちの間を隔てることになる。

 これは明らかに攻撃を加えられている。だが、茴ではない。ならば、誰が。泪は、次々と飛んでくる黄金の矢を防ぐ為、ゼウスに結界を張れと命じた。

「なに……なにが起きてるの……まさか」

 茴の目は、自身の頭から流れる血に覆われ、何も見えなくなっていた。

「貴方がアルファですか。茴の双子の兄……なるほど、僕が知っている双子とは180℃違うようです」

「! ゆう?!」

 すぐ近くで聞こえた、柊ゆうの声。茴は手探りでゆうを探すが、茴がゆうに触れるよりも前にゆうが茴を抱き締めていた。

「大丈夫、もう怖くないよ。僕は、ここにいる」

「ゆう……ゆうっっ」

 ゆうは、恐怖で冷たくなっていた茴の身体をしっかりと包み込む。

 茴の怪我は、第三者であればすでに死亡しているほどの状態であった。これで何回目だろうか。茴が蓮華村の追っ手から、このレベルの怪我を負わされたのは。

「へぇ、妹もなかなかやるなぁ。こんな美少年を引っ掛けるなんて。頭だけじゃなく、手足でももぎ取っておけば、彼の反応をもっと楽しめたかもしれないな、ゼウス」

 陽気に笑う泪を見たゆうの瞳に、妖しい輝きが宿る。心でそれを感じ取った茴は、慌ててゆうの腕を掴むが、するりと抜けてしまう。

「僕を……」

 地面が揺れる。地震が起きたかのように、ガタガタと。ゆうは自身の胸の中から引き抜いた黄金の弓ヴュリズ・アルケットを構えた。

「僕を……あまり怒らせないで下さい」

 黄金の光と、白金の光が衝突した。地震は激しくなり、立ってなどいられない。アルイェンは主人の傍らに立ち、必死に諭す。

“ゆう様、この場所は本気を出すには狭すぎます。大規模な土砂崩れが発生して、叶里八を飲み込んでしまいまっせ”

「だから何だと言うのです? 茴を侮辱し、深手を負わせた者を見逃せと?」

“少々、血が頭に昇りすぎですわ。冷やしなはれ!”

 アルイェンはゆうと茴を大きな口でくわえて背に乗せると、無理やり戦線離脱を敢行した。

「追え、ゼウス! このままでは父さんに顔向けが出来ないっ」

 しかしゼウスは命令には応じず、こちらもアルイェンと同様に主人を諭す。

“泪様、どうやらあの者が叶里八のシャドウ・コンダクターらしいですよ。かなりの強者であり、私のトライデントもこの有り様。再生には3日かかります”

「だからどうした!」

“やつはおそらく、組織の人間です”

「……なんだと?」

 組織という単語を聞いた瞬間、泪は舌打ちをし、追うことを諦めた。

「まぁ、組織が絡んでいるなら話は別だ。手土産がなくとも、父さんは許してくれるだろう」

“ええ。組織が敵になると厄介ですからね――”

 泪は、眼下に広がる田舎町を見下ろすと、フンと鼻を鳴らして山奥へと消えた。



「ごめんなさい……」

 ゆうは、今日に至るまで茴の口から何度も謝られている。その度に「大丈夫」や「謝る必要はない」と言ってきた彼だが、今夜ばかりは、

「今度勝手な真似したら、怒るから」

 と、かなり憤慨した様子だった。茴は「もう怒ってるじゃない」と小さく反論する。

「あのアルファに1人で会いに行くなんて、自殺行為も甚だしい! 僕が行かなかったら、君は本当に殺されていたんだよ?!」

「うう。だから、ごめんなさいって……」

 頭を包帯でぐるぐるに巻かれ、やっと見えるようになった茴の目は、涙で濡れていた。

 ゆうはふぅ、と溜め息を吐き、茴の頬に片手で触れる。

「その無鉄砲さには呆れる。目が離せないじゃないか……」

「……ごめんなさい」

 茴はゆうの胸に顔をうずめ、いつだって自分を助けてくれる頼もしい年下少年の存在に安心し、甘えた。

(…………)

 自分の腕の中で眠ってしまった茴をゆっくりと布団の上に寝かせ、ゆうはどうしたものかと考える。

(茴の居場所が蓮華村に知れてしまったか……。再び追っ手が現れるのも時間の問題だな)

 その時、カリカリと窓ガラスを引っ掻く音がする。ゆうが障子を開くと、窓の外には体長30センチほどの小さなイヌ科の動物が開けてくれと騒いでいた。

“我だ”

 一体何の動物かと思っていると、可愛らしい見た目とは正反対の低い声に、ゆうは「ああっ」と驚く。

「もしかして、フィーネ……?」

 開けた窓から素早く部屋に入り込んだイヌ科の動物フェネックは、茴の頬に擦り寄る。

“そうよ。貴様が茴にイマジネーションを教えたせいで、この有り様よ”

「だから能力が発揮出来ず、こんな事態に陥った……とでも言いたいのですか」

“いや。愚かな主人のことだ。我がこんな醜い小動物などになっておらずにリヴァイアサンのままであった場合、最後まで名を呼ばなかったはずだ。茴は、まだまだ甘い……”

 大きな耳をピョコピョコと動かす小動物を見ながら、ゆうは気になっていた疑問を投げかける。

「もう茴から聞かれたと思いますが……あの墓の主人たちを君は知ってるのですか?」

“知らぬ。本当に知らぬのだ。我がこの世に誕生した時の記憶を遡って思い出してみても、墓の主はおらぬ。おそらく、ゼウスも知らぬだろう”

「……僕が気になっているのは、あの碑文です。我はアルファなり、オメガなり――その言葉、どう考えても1人の人間のことを指している」

“つまり? あの墓に眠るのはアルファであり、オメガでもある人間だということか?”

「はい。いや、あくまで仮説なのですが、本来アルファとオメガは、分かれるべき存在でなかったのかもしれない」

“…………”

 黙りこくるフィーネに、ゆうは次なる仮説を提示する。

「もう1つ疑問があります。茴は生まれてからずっと軟禁されていた。つまり、生かされていたわけです。しかし脱走した途端に抹殺に切り替わった。それがアルファにより、捕縛して再び軟禁というやり方に逆戻りしていました。ここで当然ながら生まれる疑問は、彼らにとって茴は生きているべきなのか、死ぬべきなのか」

“確かに、脱走してからの矛盾には我も気付いていた。最初から殺すつもりであったなら、軟禁する必要などない。なのに、あの愚兄は茴を捕らえにやってきた……”

「おそらく、蓮華村の中で何らかのいざこざがあったのは間違いないでしょう。茴を生かす派、殺す派に分かれ、どちらが先に目的を遂行出来るかを競っている」

“ならば、笹楽坂家は茴を生かす派、ということか。これは果たして喜ばしいことなのか……”

「どちらにせよ、人の命を弄ぶような輩に茴を渡すことは出来ません。僕の持てる能力全てを解放し、茴を護ります」

 フィーネはフンと鼻を鳴らす。

“しかし貴様も物好きな少年よ。影人化したとはいえ、自分の両親を殺した人間なんかをよく護りたいと思うわ”

 半ば呆れ気味のフィーネに、ゆうは意味深に微笑む。静かな寝息をたてて眠る茴を眺めるその瞳は、深海のように穏やかで優しい。

“美しい薔薇には棘がある、とよく比喩表現として用いられる言葉だが、うちの主人はそれそのままよ。オメガを司る茴と共に歩む人生は、茨の道どころか針山の道となろう”

 オメガの能力が本当に忌み嫌われるものならば、たとえ蓮華村の者を皆殺しにしたとしても、別のコンダクターから狙われてしまうかもしれない。

 光のアルファと闇のオメガ、全く同じ顔をしていながらその存在は対局にある。不幸の代名詞と言っても過言ではないオメガを司る茴を、見捨てることなんて出来やしない。

「それは――覚悟の上です」

 ゆうは茴の手を握り、フィーネに揺るぎない意志を告げた。フィーネは大きな瞳でゆうの顔をジッと見つめ、やがてゆっくりと頭を垂れた。

“我が主人を、頼む”



「アルイェン、君に謝りますよ」

“は? 何がです?”

 茴の部屋がある離れ。その縁側に腰掛け、ゆうは星空を眺めていた。

「僕は本来、戦いを好みません。そんな僕がシャドウ・システムに属している理由は、世界を守りたいが為に他ならない。ですがここに来て、その理由が大きく変わりましたよ」

“はいはい。世界よりも1人の女性を護りたくならはったんでっしゃろ?”

 柊ゆうのことは全てお見通しとでも言うかのように、アルイェンは言葉を繋げる。

「そんな僕は間違っているでしょうか。シャドウ・コンダクターとしての使命をねじ曲げるのは……」

“別にええんとちゃいますか。シャドウ・コンダクターも人間ですわ。無理に世界の下僕になる必要はありません。ただし、組織には悟られんようにせんとあきませんけど”

「ふふ。もう悟られてる気がしますがね――」


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