最終話:あの日みた桜は
そして私の住んでいるあたり一帯が、昔は遊郭や赤線地帯と呼ばれていた場所だと教えてくれた。
言おうかどうしようか迷ったと前置きをしてから、私が借りた新築アパートは、もともと寺があり
数十年前には遊郭で亡くなった女性たちの遺体を、その寺の塀から寺の敷地内に投げ捨てていたと教えてくれた。
やがて、衰弱しきってはいるものの、まだ息のある女性まで投げ込まれるようになり、
とうとう住職は耐えかねて夜逃げした、とも聞かされた。
さらに、桜の綺麗な公園についても
「寺の管理をする人が誰もいないから、さすがに塀から投げ捨てはしなくなり、
亡くなった女性たちの遺体を焼いた場所が公園になった」とも。
後になって調べてみると、確かにかつて遊郭があり、その後しばらく赤線地帯として続いていたと、いくつかの資料に書かれていた。
詳しい範囲や時期までは、よそ者の私にはわからない。
ただ、あの港町の周りで、長いあいだ多くの女性が働き、暮らしていたことだけは、どうやら本当らしい。
その数年後、祖母の法事のとき、その話をお坊さんにしたことがある。
「そんな場所だと知らずに、一人で花見をして、お酒を飲んでしまったんです」と。
お坊さんは少し笑って「とても良いことをしましたね」と言った。
亡くなった人にゆかりのある場所で飲んだり食べたりすることは、亡くなった人への供養になるのだと、教えてくれた。
その言葉を聞いたとき、私の中で、いくつかの点が線になったような気がした。
私は公園の由来を知らずに花見をしたが、その行為が供養と受け取られ、
かつての遊郭の女性たちが、私を夢の中で歓待してくれたのではないか、と。
職場の人からは「家が貧しくて売られ、亡くなっても弔っても貰えないかわいそうな女性たちの話」と聞かされたけれど、
私が夢で出会った彼女たちは、明るく屈託なく、とにかくよく笑う人たちだった。
きっと現実の彼女たちは、つらいことも、理不尽なことも、たくさんあったのだと思う。
それでも、お互いを支え笑いあう時間も、どこかでちゃんとあったのではないか、と勝手に想像してしまう。
そして彼女たちに明るい笑い声を思い出すたび、
私は少しだけ、自分のささいな幸せを大事にしてもいいような気がしてくる。
たとえば、今日食べた牡蠣フライがおいしかったこととか。
ふと見上げた空がとても青く澄んできれいだったこととか。
「いやいや、今けっこうつらいけど、いいこともあるんじゃない?」と、
心のどこかで誰かに言ってもらったような気がして、ふと肩の力が抜けるのだ。
あの日みた桜は、ひっそりと静寂に包まれ、本当に綺麗だった。
そして、それに気づけた私を、今でも少しだけ誇らしく思っている。




