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【悲報】『俺ツェェェ』系のラノベを読みまくっていた俺の異世界転生、現実はそんなに甘くない。  作者: karo


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第5話:拒絶される概念


「最高級の掘り出し物」という不穏な言葉を残し、ロイはそれ以上俺を問い詰めようとはしなかった。

その日から、俺の奇妙な療養生活が始まった。


数日が経ち、体の痛みも引いてきた頃。俺の前に立ちはだかったのは、腹の底が見えない恩人への不信感よりも、もっと切実な「孤独」だった。


声が出ない。そして、この世界の文字が書けない。

思考はこんなに雄弁なのに、外側へ出力する手段が何一つないのだ。


(……伝えなきゃならないことは山ほどあるのに)


俺は震える手で、ベッドの脇に置かれた羊皮紙にペンを走らせた。

だが、結果は無惨だった。頭の中では「助けてくれてありがとう」と明確な日本語を描いているはずなのに、ペン先が紙に触れた瞬間、何かに弾かれるように指が強張る。

インクは意図しない方向へ飛び散り、紙面にはミミズがのたうち回ったような、意味をなさない黒い汚れが広がっていく。


「……ッ、……ガッ」


喉を鳴らし、無理やり筆跡を矯正しようとするが、書けば書くほど、それは文字から遠ざかっていく。

まるで、この世界の「紙」と「インク」が、俺の知る概念を物理的に拒絶しているかのようだった。


「……奇妙だな」


いつの間にか部屋に入っていたロイが、独り言のように呟いた。彼は俺の横に立つと、俺が握りつぶしそうになっていたペンをひょいと取り上げる。

ロイは俺の書いた「汚れ」をじっと見つめ、その視線は未知の病原体を観察する学者のように冷徹だった。


「お前、知能に問題があるようには見えない。俺の言葉も正確に拾っている。……だが、お前が『意味』を込めようと筆を動かした瞬間に、その形はこの世界の理から外れて霧散しているな」


ロイはペン先で、俺が書いた歪な線をなぞった。


「喉の構造が適応していないだけかと思ったが、どうやら認識の次元からズレているらしい。……面白い。お前、文字の概念そのものは持っているんだろう?」


俺は力強く頷いた。ロイは琥珀色の瞳を細め、何かを試すように卓の上に置かれたカップを指さした。


「これは、何だ?」


(……カップ。コップ。水飲み。……容器)


俺は必死に言葉を頭に浮かべ、どうにかロイに伝えようと彼を凝視する。だが、ロイは肩をすくめた。


「目力だけで意思が伝わるのは物語の中だけだ。…いいか、お前が喋れないのも書けないのも、病気じゃない。お前の中にある『常識』が、この場所ではあまりに強固な『異物』すぎて、世界の側が翻訳を拒んでいるんだ」


ロイの推測は、俺の背筋を凍らせるのに十分だった。

俺が当たり前だと思っている「知識」こそが、俺をこの世界から弾き出している元凶だというのか。


「お前の知っている『物の名前』を捨てろ。俺が今から教える『音』と『形』だけを、唯一の正解だと思い込め。」


ロイはそこから、執拗なまでの「教育」を始めた。

商売の合間を縫って、彼は部屋にあるあらゆる物を指さし、その名称を繰り返し口にする。


「これは『カリス』。聖杯などという大層なもんじゃない、ただの杯だ。言ってみろ」


「……カ、ッ……リ……」


喉が焼けるように熱い。肺から押し出した空気を、声帯の代わりに喉の奥にある「何か」にぶつける感覚。ロイは厳しい教師だった。少しでも発音が甘ければ、その日の食事を一口分減らされた。慈悲など微塵もない。彼は俺という「商品」の品質を上げるために、磨きをかけているだけなのだ。


数週間が経つ頃。俺の喉からは、壊れた笛のような音ではなく、辛うじて聞き取れるレベルの「音」が出始めていた。


「……カ……リ……ス」


「……及第点だな」


ロイは満足げに頷くと、次に羊皮紙とペンを俺の前に置いた。


「次は書く練習だ。お前の持っている知識がどんな形をしているのか、俺は興味がある。ただし、普通に書こうとするな。……そのペンに、お前の『意志』を乗せるんじゃない。この世界に馴染もうとする『妥協』を込めてなぞるんだ」


俺はロイが手本として書いた文字を、一画ずつ、なぞる。呪われたように手が重い。指先から熱が奪われるような感覚。

だが、数時間の格闘の末、石板の上にぼやけた文字が浮かび上がった。


『ロイ』


俺が書いた、この世界で初めての「意味」を持つ文字列。それを見たロイは、一瞬だけ目を見開いた。


「……ははっ、不吉な形だな。だが、確かに俺の名前だ」


彼は短刀の柄を弄びながら、底の知れない笑みを浮かべた。


「おめでとう、迷い人。これでようやく、お前は『家畜』から『見習い』に昇格だ」


(家畜……。最初から、人間扱いなんてしてなかったってわけか)


俺は皮肉に満ちたその言葉を、黙って受け入れた。喉の痛みも、指の痺れも、今は心地よかった。

ロイという男に利用されるのは癪だが、この「不自由な体」を乗りこなす感覚は、確実に俺をこの世界に繋ぎ止めていた。


「……ロ、イ」


俺が掠れた声で呼ぶと、ロイは扉に手をかけたまま振り返った。


「なんだ?」


(……次、教えろ。全部だ)


言葉はまだ不完全だ。けれど、俺の視線がそう語っているのを、ロイは敏感に感じ取ったらしい。


「強欲だな。……いいだろう。お前のその渇き、商売には欠かせない資質だ」


ロイの瞳に、初めて薄暗い共感が宿ったのを、俺は見逃さなかった。


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