第九話 7月24日
あの輝かしい日から1ヶ月が経った教室。
後ろを振り向きながら俺に愚痴を言う優也。
「部活組からすれば夏休みって地獄なんだよな。暑いし、練習は長いし。それに比べて、お前はいいよな」
「まぁ俺もバイトあるけどな、休み全くないの?」
「お盆ぐらいしかないよ。しかもキャプテンが気合い入ってて、今年はかなり走るらしいんだよ」
「それはやばいな。でも夏の大会が終わると優也の時代だろ?頑張るしかないじゃん」
「そうか。でも夏休み来ないでほしいわ」
彼女もいない、部活に入っていない俺からすれば特に楽しみでもなく、嫌でもなく、普通の日常である。
そんな事を考えながら珠凛の方をチラ見する。
「珠は夏休みどこ行くの〜?」
「んー、バイト三昧、かな?乙葉はどこか行くのー?」
「私は海外旅行〜、今年もマジ黒くなって帰ってくるわ〜」
「そうだったね!毎年夏休み日本いないもんね。美華もおばあちゃんの家だもんね!」
「そうそう。マジで夏休みは珠と乙葉に会えないの、マジ寂しいわ〜」
なんとなく盗み聞きしている俺は、珠凛との買い物を思い出していた。
「流石にないか」
特に2人で出かける用事もないと、心の声がボソッと出てしまった。
「夏はイベントとかライブとか色々ありそうだから、行きたいなー」
「ライブか…」
優也の何気ない一言で、夏にMissyのドームライブがあるのを思い出した。
周りに好きな人いないし、1人で行くのは足が重くて、チケットは取らなかったけど、チケットサイトをなんとなく見てしまう。
「あ、取れるじゃん」
「何が?」
「Missyのライブチケットが再販されてる」
「いつ?」
「7月24日!」
「俺試合だわ。なかなか取れないし、誰かと行けば?」
「とりあえず2枚取っておくか」
そんなこんなで勢いで、チケットを購入してしまった。誰と行くとか決めていないけど、なんとなく前川さんが頭に浮かんでいた。
廊下に目をやると、涼と前川さんが通り過ぎていく。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
ちょっとした期待感と細かいステップで廊下に向かう。
「よう、涼!あ、前川さん、おつかれー」
「おう貴大!」
目的は涼ではないが、悟られないように。
「夏、部活とか忙しいの?」
「とりあえずお盆までは休みなしだな」
「めちゃくちゃハードじゃん!女バスも忙しそうだね」
それとなく横で聞いている前川さんに話を振ってみた。
「私たちも男子とほぼ同じだからね。私部活嫌いじゃないから良いんだけど」
「バスケ部さすがだね、部活頑張って!じゃあ俺トイレ!」
たまたま会いました感から逃げるように立ち去る。
少ない可能性を信じてたけど、笑いながら俺は肩を落としていた。
「最後の可能性は…」
最初から行く人は珠凛しかいないと思ってたけど、いざ誘うとなると、緊張で手が冷たくなっていく。
夕食時、珠凛と向かい合わせて2人きりの机。
今日は青椒肉絲。ピーマンはそこまで好きじゃないけど、いつ誘おうかとソワソワしていて、食事が喉を通らない。
「たまたまチケット取れて、一緒に行かない?」
「ごめん、予定あるわ」
「Missyのライブ2人で観に行かない?」
「2人はちょっと…」
なぜか断られるイメージが湧かず、口の中が乾いていく感じがしている時、
「全然、食べないじゃーん!お腹減ってないのー?」
「あ、あのさー」
「えっ?嫌いだった?まさかピーマンとか」
「いや、あのライブ一緒に行かない?Missyのドームのやつ」
「行きたい!当たったのー?」
「たまたま今日見たら、再販されてて」
思ったよりあっさりで、ソワソワの余韻が自分の耳を熱くさせた。
「めっちゃ楽しみじゃん!いつー」
「7月24日だけど、大丈夫そう?バイトとか…」
「平気!夏休み入ってすぐとかマジで上がるねー」
初ライブの高揚感と誘いが成功したことの安堵で、ピーマンの苦味が美味しく感じた。
ライブ当日の朝。リビングで朝食を食べている親。
私服の俺たちに気づいた卓哉さんと母は
「夏休み早々に2人で遊びに行くのか?」
「仲良いじゃなーい!デートみたいだね」
親の茶化しに顔を赤くする俺と、笑って流す珠凛。
「今日ライブ見に行ってくるんだよ」
「たかぴーがチケット取ってくれたんだよ」
急に立ち上がって鞄の中を漁る卓哉さん。
「じゃあこれで、ご飯でも食べて」
「あ、ありがとうございます」
「ラッキー、ありがとう」
渡されたのは綺麗な1万円。グッズとか買いたい俺にはありがたいお金である。
「じゃあ行ってきまーす」
「気をつけてねー」
珠凛と母の声の余韻が消える頃には、初ライブの緊張感が高まっていた。まだエレベーターだけど。
「お昼何食べるー?」
「何食べようかな。お昼の前にグッズ買いに行っていい?」
「いいよ!私も欲しいものあるし!」
エレベーターの中の鏡に映る、ヒールを履いた珠凛は僕よりも少し背が高いけど、子供のように楽しみオーラがすごく出ている。
10時頃にはドームには着いていたのだが、グッズの列は1時間ほど並ぶ羽目に。
「やっと次だね」
「こんなに並ぶとは思わなかったよ」
「珠凛ちゃんは何買うの?」
「んー、タオルでしょ?Tシャツでしょ?ペンライトでしょ?」
「せっかくだし、今日は全部買ってあげるよ。誘ったの俺だし」
「えー、いいの?」
「いいよ!今日は楽しもうよ!今日は今日しかないんだから!」
右も左もわからない人生初デートの俺。彼女じゃないけどダサいと思われたくない。
「やったー!ありがとうー!」
珠凛の嬉しそうな顔を見ると、照れてニヤけてしまう。会場周りに流れるMissyの曲が雰囲気をより良くする。
2人でライブTシャツを着て、人混みの中ランチのお店探し。
「めっちゃ可愛いじゃーん!お揃いとか初めてーー!」
「まぁそこら辺、みんな同じ服着てるけど…」
「そうなんだけどー、そういうことじゃないじゃん」
「でも珠凛ちゃんが着るとめっちゃ可愛いよね」
「いえーい!じゃあ一緒に写真撮ろうぜー!」
カシャ
「めっちゃいいじゃん、たかぴーに送っとくね!」
すれ違っていく恋人たちを見て、ライブの高揚感が高まっていく中、俺たちが1番幸せそうかも。
結局ランチは1番並んでいないハンバーガー屋さんで食べた。一応、ヒールを履いている女性の配慮。スマホでモテる男で検索して知りました。
「あそこのハンバーガー量多かったねー」
「普通に吐きそう」
「たかぴーは食べ過ぎだからーー」
「それにしても人増えてきたね、はぐれないようにしないとね」
開演まで1時間前にして、入場待ちの人が溢れかえっていた。
無意識だけど俺はそっと肩が触れそうな距離に近づいた。
「大丈夫?腕掴んでてもいいよ」
「じゃあ掴んでおこうかな」
手を繋ぐとかが正解なんだろうけど、恋人じゃない。たまに頬に触れる珠凛の髪の毛が鼓動を強くする。
急に人混みの流れが一方方向に動き始めた。
「あ、入場始まったみたい。珠凛ちゃん大丈夫そう?」
「あ、うん」
人混みの勢いは強くなるばかり。割り込んでくる人さえいる。
「珠凛ちゃん!」
俺は咄嗟に珠凛の手を握った。柔らかい手のひらの感触、それを突き破るように鼓動が暴れている。
「ごめん、人混み多いから…」
「そうだね」
気まずい。そしてなかなか入場の列が進まない。あと何分手を繋ぎ続けるんだろうか。
手汗は大丈夫か。珠凛ちゃんは嫌がってないだろうか。頭の中は負の大渦が巻き起こっている。
「ふぅー、やっと入れたね」
「ありがとう」
握った手を離して目が合った瞬間、同時に逸らした。ライブ前の緊張?手繋ぎの気まずさ?モヤモヤしながら席を探していると、
「めっちゃいい席じゃーーん!」
「やばくね?これは近い!」
「これ絶対顔めっちゃ見えるよー」
「テンション上がってきた!」
再販なのにアリーナ席だった興奮が俺たちの気まずさをぶち壊してくれた。
ライブ中は声が枯れるまで叫んで、腕が痛くなるまでペンライトを振って、珠凛と俺は騒ぎまくった。
初めてのライブと初めて見る珠凛の騒いでいる姿が、愛おしく感じてしまった。
最後のバラードが流れた。
青いライトに包まれた会場。
隣で珠凛が静かに歌っている。
その横顔を見て、
この時間が終わらなければいいのに、と思った。
「やばかったな!俺、絶対Missyと目合ったわ」
「ウチも目合った!ってか、歌うますぎーーー」
「一回行くと、また行きたくなるやつだわ、もうロスってるもん」
「それねーー!また行きたいー」
「またチケット取れたら行こうよ」
「うん!行こう!今日はありがとう!」
家族の絆が深まったと思う。でもたまに越えてはいけないラインを越えそうになる時がある。
部屋で送られてきた写真を開く。笑顔の珠凛を見た瞬間、顔が熱くなって枕に顔をうずめた。




